強靭な想像力で暗黒の未来都市を描いた弐瓶勉のマンガ『BLAME!』が、連載終了から14年を経て劇場アニメーションとして復活。『シドニアの騎士』でも弐瓶原作とタッグを組んだポリゴン・ピクチュアズによる3DCG表現の粋、そしてNetflixによる世界配信が話題を呼んだ同作の革新性をひも解く。

© 弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局

マンガから劇場アニメーションへ

遠い未来、テクノロジーが暴走し、無限に増殖を続ける巨大な階層都市を探索する霧亥(キリイ)の旅を描く原作は、1997年から2003年にかけて講談社「アフタヌーン」で連載され、単行本で全10巻、新装版で全6巻を成す長編だ。
「ネット端末遺伝子」「セーフガード」「塗布防電」といったSF的なジャーゴンが説明のないまま作中に登場し、寡黙な主人公の霧亥がどのような存在かも謎のまま進行する原作は、初見の読者には「難解」と受けとられかねない要素を持っている。
今回、105分の劇場用アニメーションとしてリサイズするにあたっては、必然的に霧亥の旅路のごく一部が切り取られることになる。このプロセスには原作者の弐瓶勉も参加し、脚本担当の村井さだゆきをサポート。のみならず8カ月ほどをかけて膨大な設定資料を書き下ろすなど、全面的な協力を行った(註1)。

「BLAME!は台詞や説明が極端に少なく、物語の行間を読者の想像にゆだねがちな、いわゆる好き嫌いが分かれる漫画です。〔……〕1本の映画にするには原作を忠実に再現するのではなく、多くの人に見ていただくことを前提に物語を再構築する必要がありました」(註2

再構築されたストーリーは、原作の複雑さを廃してシンプルにまとめられた。いささか大胆に要約すれば、以下のようなものだ。——ある困窮した集落があり、暴徒に襲われた集落の娘を居合わせた旅人が助ける。旅人は集落に迎え入れられた後、新たな協力者とともに集落救済のための冒険に出る。敵との死闘を経て、集落の人々と別れ、また独りの旅を続ける。
このようにSFの装いを外してみると、まるでウエスタン映画でクリント・イーストウッドが演じてきたような定型の物語の枠に『BLAME!』のストーリーはぴたりと収まる。主人公の霧亥が手にする唯一の武器「重力子放射線射出装置」も、「ガンマン」としてのアイデンティティを際立たせているかのようだ(註3)。
遠未来の設定やSFのガジェットの魅力を外しても(それらの要素にとっつきにくさを感じる観客にとっても)受け入れやすいエンターテインメントの土台を確保する。この単純化は観客の間口を広げる策でもあったが、同時にストーリーに神話的な装いも与えているように感じられた(イーストウッドのウエスタンがそうであるように)。
原作者の協力を得て、大胆にメスを入れられたストーリー。本作のエンターテインメントを志向する改変は、そればかりではない。

3DCGのキャラクターデザイン

© 弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局
[右]弐瓶勉による動画設定資料より(註4

冒頭、「集落の娘」づるが、セーフガードの群れに襲われるシークエンス。間一髪、霧亥の重力子放射線射出装置から放出される閃光がセーフガードを殲滅させる。霧亥にうながされるまま、づるが武骨な白いマスクを脱ぐと……頬を上気させた美少女の顔が現れる。
この登場(お披露目)シーンが筆者にとって印象だったのには、ふたつの理由がある。
ひとつは、原作にはこのような美少女が登場しないこと(註5)。突如、画面に花が咲いたようなキャラクターデザイン。ここにも、本作のエンターテインメント化への意志を感じた。
もうひとつは、これが3DCGによるキャラクターである点。
ここで3DCGと本作のアニメーション制作を担ったポリゴン・ピクチュアズについて簡単に触れておく必要があるだろう。
3DCGの特性は大きくふたつある。
1)密度の高い絵を動かせること
2)立体的なカメラワークが可能になること
日本のアニメーション史で、テレビシリーズ「ゾイド -ZOIDS-」(1999)が3DCG導入に先鞭をつけたことが象徴するように、無機質なロボットなどの「メカ」をモデリングして動かすことが初期3DCGの主戦場だった(註6)。やがて技術の進捗で人間のキャラクターの3DCG制作も始まっていくが、ここで重要なのは、あくまで伝統的なセルアニメーションのような見た目を保ったままの3DCG化(セルルック)が試行されていた点だ。
3DCGにつきまとう「ぎこちない」などといったユーザーの目は、人間が描かれる際に、とくに厳しくなる。角度によって変わる鼻やアゴなどのラインが、3Dとしては整合性がとれていても、見た目では崩れてしまう。過渡期的な段階では、身体は3DCG、顔は手描きで表現していた作品もつくられた。
『BLAME!』の制作で、づるは最もはやい段階で制作が始まったキャラクターだというが(註7)、キャラクターデザインの森山佑樹とキャラクターモデリングの綿引健の仕事が高い次元で結びつき、3Dと2Dセルアニメーションの新しい均衡点を見出している。
この達成は、北米公開用に制作された『超ロボット生命体 トランスフォーマー プライム(原題:Transformers Prime)』(2012)などで3DCGの経験値を積んできたデジタルアニメーションスタジオ、ポリゴン・ピクチュアズの培ってきたノウハウが背景にある(註8)。
ポリゴン・ピクチュアズ代表作で、やはり弐瓶原作の『シドニアの騎士』は、演出スタイルやキャラクターデザイン、エンターテインメント性など、『BLAME!』のマンガ原作以上に本作との連続性を感じさせる作品だ。実はその第2シーズン『シドニアの騎士 第九惑星戦役』(2015)では、劇中劇としてすでに『BLAME!』が描かれていた。

『シドニアの騎士』の第2シーズン『シドニアの騎士 第九惑星戦役』8話で制作された、作中のキャラクターたちが楽しむテレビアニメーションの設定でつくられた劇中劇『BLAME! 端末遺構都市』。
© 弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局
いまとなっては、後の劇場アニメーションの「予告編」としか見えないが、実際に両作の監督である瀬下寛之は、この力の入りすぎた劇中劇の製作時に、後の劇場アニメーション化をある程度射程に入れていたという(註9)。

上映と配信の未来

『BLAME!』は2017年5月20日より2週間限定で劇場公開され、定額制動画配信サービスのNetflixでも、同じ5月20日より配信を開始した。
本稿の最後に、この同時配給/配信についてまとめておきたい。
これまで映画は、劇場公開から半年ほど空けて他メディアに展開されるのが通例だった(し、いまもそうだ)。劇場公開を川の上流として、パッケージ、配信、地上波放送へと川下に向かう流れがある。Netflixの月額利用は650円から。劇場公開と同じタイミングで、自宅のテレビでもスマートフォンでも視聴できる環境が観客に安価に提供されるとなれば、観客はわざわざ川を遡上して劇場に足を運ばないのでは、との懸念がなかったわけではないだろう。
結果的に『BLAME!』は、ソフト自体の魅力と、日本アニメーションで初となるドルビーアトモス上映といった音響面での工夫もあり、賛同する50館近くの劇場を集めることができた。
また、アニメーションの業界には、これに近い先行事例もあった。
OVA(オリジナル・ビデオ・アニメーション )の劇場上映とBD先行販売だ。OVAを、発売に先駆けて劇場で2週間上映し、その劇場内でブルーレイも先行販売する。このスタイルは2010年の『機動戦士ガンダムUC(ユニコーン)』が確立し、同作のパッケージ販売成績の好調を受けて、その後『宇宙戦艦ヤマト2199』(2013)、『攻殻機動隊ARISE』(2013-14)などで同様のビジネススキームが展開されている。
しかし、このケースでは観客はまず劇場のスクリーンで作品を最初に目にすることが必然になるが、『BLAME!』はパッケージ販売ではなく配信である。観客が最初に作品を目にする画面=ファーストウィンドウがスクリーンになるのかスマートフォンのモニタになるかは不明瞭だ。
異例な形式だが、しかしいったん視点をユーザー側に切り替えれば、魅力的な選択肢というほかない。
劇場のスクリーンでは凝った音響と高密度の作画を大画面で味わえる。配信では内容を把握しやすく、繰り返し見直すこともできる。一度『BLAME!』の世界観にはまれば、どちらが先か、後かは関係なく、場合によっては劇場からデバイス、デバイスから劇場へと両者を行き来しながら楽しむファンも現れるだろう(その視聴スタイルのためには2週間の「限定」はあまりに短いが)。これほどユーザー体験に潤沢な選択肢がある2週間は、かつて存在しなかった。
折しも、アメリカでNetflixの共同創業者のMitch Loweらが、月額9ドル95セントで映画館に通い放題になる新たなサービスをローンチしたばかりだ(註10)。映画館の垣根が取り払われ、より身近な視聴の選択肢として浮上してくる動きが出始めている。
映像作品をめぐるビジネスモデルが変わろうとしているのだ。
劇場の迫力、インターネット配信の利便性、そして劇場でも配信でもみられないメイキングなどのコンテンツが充実したパッケージ。コンテンツへの忠誠心が高いアニメーションの観客は、アーリーアダプター(新しいサービスを早い段階で取り入れる消費者層)として、その変化の先端に立たされている。あらゆる視聴環境の可能性が、私たちの前にフラットに差し出されるのは、遠い未来ではないかもしれない。

5月20日の日本での配信タイミングで、Netflixでは『BLAME!』を190か国で同時配信をしている。そのうち字幕は25ヵ国語、吹替えは9か国語で制作された。
© 弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局

 

(脚注)

*1 具体的には2015年におこなわれた最初の企画会議から、脚本が決まるまでの7~8カ月間、制作に携わっていました」と弐瓶はインタビューで答えている。クレジットは「総監修」。
「COURRiER Japon」「劇場アニメ『BLAME!』に世界中が熱視線!|弐瓶勉「漫画は世界で通用する武器だ」
https://courrier.jp/news/archives/86513/

*2 『劇場版「BLAME!」弐瓶勉描きおろし設定資料集』、弐瓶勉、講談社、2017年。「あとがき」より。

*3 基本のプロットがウエスタンのそれに近いことは、制作サイドも自覚している。
「『BLAME!』は西部劇のようなシンプルなログライン(筋書き)にできる。充分エンタメになりうる。それを、弐瓶先生の緻密で深い世界観に埋め込む…という考え方が企画のスタートラインです」(瀬下)
原作では、長く謎に満ちた旅に、読者は孤独な主人公に同伴しながらページをめくり続け、世界の深層の姿に少しずつ迫っていく。アニメーション版では、物語の語り部として、オリジナルキャラクターのづる(とその子孫)が設定され、広大無辺な世界のごく一部が切り取られる変更がなされている
「WIRED」「「BLAME!」を超える「BLAME!」が動き出す──伝説のハードSFに時代が追いついた。映画『BLAME!』爆誕の歓喜」より。
https://wired.jp/2017/05/20/blame-movie/#galleryimage_4

*4 『劇場版「BLAME!」弐瓶勉描きおろし設定資料集』動画設定資料より。
「思いついたことを忘れないうちに記録しようといると自然にコマ割してしまっていました」(弐瓶)
マンガのコマ割と考えた場合も、印象的な大きなコマで、彩色されている。

*5 マンガ『BLAME!』にはづるは登場しない。アニメーション版のためのオリジナルキャラクターである。しいて原形といえるキャラクターを挙げると「LOG.3 テクノ遊牧民」の回に登場するヨネだろうか。『BLAME!』に登場する女性キャラクターは一様に、冷たく、強く、たくましい。づるのように純朴な可愛らしいキャラクターはこの世界で意表をつく。これは執筆当時、まだデビュー間もない弐瓶の描写力にも起因するのではないだろうか。
『新装版BLAME!』1巻、p.74より

*6 『ゾイド-ZOIDS-』ではトゥーンレンダリングで3DCGの2D的な表現を追求した。トゥーンレンダリングとは、フォトリアルな光の反射や陰影部のグラデーションを、段階的な色分けや輪郭線をつける技術である。Pixerに代表される海外3DCGアニメーションとは異なる、日本独自のハイブリッドアニメーションのスタイルがこの作以降、模索されていく。また『ゾイド-ZOIDS-』と同時期に制作された『青の6号』(1998)も、メカニックのほかに海のしぶきや炎などのエフェクトを3DCGで表現し、3DCGの表現の発展に足がかりをつくったことも触れておきたい。

*7「CGWORLD .jp」「劇場アニメ『BLAME!』でポリゴン・ピクチュアズがこだわったキャラクターづくり」(月刊「CGWORLD + digital video」vol. 226(2017年6月号)からの転載記事)参照。
https://cgworld.jp/interview/201705-blame-chara.html

*8 海外向けの戦略を立ててきたポリゴン・ピクチュアズにとって、初の日本国内向けの作品となったのが弐瓶勉原作の『シドニアの騎士』テレビアニメーション第1期。継衛(ツグモリ)や寄居子(ガウナ)といったメカやクリーチャーが、宇宙空間で自在なカメラワークで捉えられるといった、3DCGの特性を最大限引き出した映像が好評をもって迎えられ、『シドニアの騎士』の劇場版、テレビアニメーション第2期と制作が続いた。その第2期のなかで、劇場版として『BLAME!』が小出しに描かれたことは本文で触れたとおり。ポリゴン・ピクチュアズの近作としては、劇場アニメーション『GODZILLA 怪獣惑星』(2017)がある。瀬下寛之とともに『名探偵コナン 純黒の悪夢』の静野孔文が監督を務める。
http://godzilla-anime.com

*9「アニメディア」2017年7月号「劇場 & Netflix同時公開 アニメBLAME!を探索せよ!」守屋秀樹インタビューより「長編映画企画のパイロット版として〔……〕制作し、Netflixさんに「こういう映画を作りたいんだけど、サポートをお願いできないか」と持ちかけたというわけです。映像内で、キャラクター同士の「霧亥はこのあと、どうなってしまうんですか?」「みんなの応援次第よ」というやりとりがあんですが、これは僕自身の思いだったんです」。弐瓶ファンへのサービスかと思いきや、したたかなパイロット版制作を兼ねたプランだった。ちなみに主人公霧亥のモデルはこのときの劇中劇のモデルをブラッシュアップしてつくられている。註7参照。

*10 アメリカの映画鑑賞料金の平均は8ドル89セント。MoviePassの会員は約1本分の料金で毎日映画館に通うことができる。
https://www.moviepass.com

※註のURLは2017年9月5日にリンクを確認済み


(作品情報)

『BLAME!』
劇場アニメーション
2017年5月20日公開
105分
総監修:弐瓶勉
監督:瀬下寛之
声の出演:櫻井孝宏、花澤香菜、雨宮天、ほか
http://www.blame.jp

©弐瓶勉・講談社/東亜重工動画制作局