「クール・ジャパン」という言葉が登場してから、すでに10年近くが経つそうだ。ところが、この言葉が日本の社会において未だにその居場所を見つけられない一方で、海外における「クール・ジャパン」をめぐる状況は、その間に大きく変化してしまった。今や「クール・ジャパン」に関する認識はアップ・デートされる必要が出てきていると言えるだろう。そんな「クール・ジャパン」についてあらためて考えるための新書が3冊続けて出版された。

1冊目は、元経済産業省官僚である三原龍太郎氏による『クール・ジャパンはなぜ嫌われるのか----「熱狂」と「冷笑」を超えて』(2014年、中央公論新社)である。「オタク官僚(オタクラート)」として、国の政策現場に直接関わってきた著者が、なぜクール・ジャパンが嫌われているのか、その批判の対象は何なのかを分析し、さらには批判が行われる際の論の組み立てられ方まで分類してみせる。それは、なによりもイメージとして評判の悪いクール・ジャパンの実情を伝え、これからの建設的な対話を目指すためにほかならない。いわゆる元官僚の内情暴露系の本ではなく、公開されている資料をもとに明晰な分析が加えられた本だ。とはいえ、ビジネスとして成功することこそがクール・ジャパンの目的であり、経済産業省こそその「一丁目一番地」と述べるあたりは、やはり著者の出自を感じさせる。

もう1冊は、アニメ研究者として著名な津堅信之氏による『日本のアニメは何がすごいのか----世界が惹かれた理由』(2014年、祥伝社)である。先ほどの三原氏の著作でも触れられていたように、実のところ海外で人気があるとされる日本のコンテンツは、強烈なファンが存在するのは確かにせよ、市場規模としてはそれほど大きくない。また、そのピークはすでに過ぎ、年々下降現象にあるとも伝えられる。津堅氏は、これまでの歴史を振り返りつつ具体的な数字を挙げることで、そんな海外におけるクール・ジャパンの現状をわかりやすく描いてみせる。本書でクール・ジャパン政策として最終的に提言されるのは、ビジネスとしての可能性よりは、むしろ聖地巡礼に象徴されるような日本アニメの観光資源としての可能性のようだ。

そして3冊目は、河野至恩氏の『世界の読者に伝えるということ』(2014年、講談社)である。河野氏は東浩紀氏の『動物化するポストモダン』英語版共訳者のひとりであり、海外の大学で日本文学を学んできた人物だ。その経験から、「世界の中の日本文化」を語ろうとする際に、どうしても日本中心の視点になってしまう傾向を指摘し、「日本発の文化を世界の読者の視点から見る」ことの重要性を説く。それは、ゲーテの造語とされる「世界文学」を、「海外文学を自国の翻訳で読む」という意味ではなく、「自国の文学を世界中で書かれている文学のひとつとして読む」行為の実践としてとらえるということである。具体的な例として主に挙げられるのは村上春樹氏の文学作品だが、同じ指摘は、マンガやアニメを含んだ文化一般についても当てはまるだろう。そのとき、世界文学には「翻訳によって失われるもの」がある一方で、「翻訳で豊かになる」面があるはずだ。ただし、それはもともとのオリジナルとはすでに異なっており、わたしたちのオリジナルに関する観念そのものに変更を迫るものとなるだろう。このことからもわかるように、前2冊に比べれば、河野氏の関心はむしろクール・ジャパンの文化的な側面にあると言える。

クール・ジャパンの関心領域やその目的意識はそれぞれに異なっているとはいえ、3冊の本に共通するのは、「日本の文化が世界で受けている」という話にただナルシスティックに反応するのではなく、相手方がどういう状況下にあるかについてその実情を探ろうとする姿勢だ。クール・ジャパンとは何を指すのか、そしてそれを誰にどのように届けるのかという「発信」の問題は、「受信」の問題と切り離すことができない。相手側の話に耳を傾けず、ただ自分のことだけを喋る人の話はいつまでも聞いてもらえないだろう。相手側がどういう状況にあり何を望んでいるのか、またその関心はどのカテゴリーに含まれるものなのか、あるいは、相手側における類似文化の現状はどうなっているのか、つまりは他文化に関する基本的な尊敬の念が、本当の意味での交流・対話には欠かせない。クール・ジャパンという収まりの悪い言葉がまだこれからも使われるとすれば、ただそれを毛嫌いするのではなく、その言葉の奥にある実際の行いのほうに思いをはせる必要があるのかもしれない。そのための手がかりとして、この3冊は格好の手引きとなることだろう。

『クール・ジャパンはなぜ嫌われるのか----「熱狂」と「冷笑」を超えて』
著:三原龍太郎、出版社:中央公論新社
出版社サイト
http://www.chuko.co.jp/laclef/2014/04/150491.html

『日本のアニメは何がすごいのか----世界が惹かれた理由』
著:津堅信之、出版社:祥伝社
出版社サイト
http://www.s-book.net/plsql/slib_detail?isbn=9784396113599

『世界の読者に伝えるということ』
著:河野至恩、出版社:講談社
出版社サイト
http://bookclub.kodansha.co.jp/bc2_bc/search_view.jsp?b=2882558