日時:2016年2月24日(水)19時〜21時
会場:秋葉原UDXシアター
主催:文化庁、デジタルコミック協議会(Digital Comic Association)
HP:マンガ翻訳コンテスト(Manga Transration Battle vol.4)
マンガ翻訳コンテストの2015年中間報告会レポート
2016年2月24日(水)、文化庁とデジタルコミック協議会が主催する「第4回 マンガ翻訳コンテスト」の授賞式とシンポジウムが、東京・秋葉原のUDXシアターで約100人の観客を集めて行われた。日本のマンガの海外普及に不可欠である優れた翻訳家の発掘と育成とを目的とするマンガ翻訳コンテストである。
●授賞式開会の挨拶
2012年から毎年開催を重ねて第4回を迎えたこのコンテストで、開会にあたってはデジタルコミック協議会理事長の横田清氏(小学館)からの次のように挨拶があった。
「デジタルコミック協議会はインターネットを通じて日本のマンガを世界に発信することを目的に、2006年に発足しました。マンガ業界が結束して海賊版対策にあたると共に日本語の壁を乗り越えるため、マンガの翻訳に情熱を傾ける若者に対する支援の場としてコンテストを開催しています。また第1回から文化庁の御支援をいただき、今回は文化庁メディア芸術連携促進事業として共同開催させていただきました」と、開催の体制を以下のように説明した。
プロモーション担当:(株)電通(コンテスト事務局)
募集告知:協力会社「Tokyo Otaku Mode」HP内の開催プラットフォーム
受賞者の渡航費用助成:日本航空株式会社(協賛会社)
翻訳費用助成:角川文化振興財団(協賛会社)
そして「コンテスト開催は業界の任意団体の自前による手作りであり、協力各社、財団に対しては感謝するしかありません。デジタルコミックは今後ますます普及が見込まれることから、今こそ翻訳版を作る意味合いが増えています。これからも御協力、御支援をよろしくお願いします」と挨拶を述べた。
●授賞作品と授賞式
第4回の応募課題作品には『会社の奴には絶対知られたくない』(若竹アビシ、日本文芸社)『蝶のみちゆき』(高浜寛、リイド社)『いまどきのこども』(玖保キリコ、小学館)の3作品が選定され、それに対してプロ・アマ、また国や地域を問わずに、100を超える翻訳作品の応募があった。一次選考では審査員がその中から優秀な8作品を絞り込み、さらに各課題作品で一番優秀な翻訳に「作品優秀賞」が、そして作品優秀賞3作品の中でもっとも優秀な翻訳に「大賞」が授与された。作品優秀賞授賞者2名と大賞授賞者1名は以下のとおり。なお作品優秀賞に選ばれた応募者には正式なマンガ翻訳者としての道が開かれ、また賞品としてApple Watchが贈られることになっている。
作品優秀賞・Jennifer Ward(カナダ)
*応募課題作品『会社の奴には絶対知られたくない』(若竹アビシ、日本文芸社)
授賞者・ビデオメッセージ「大変誇らしく思います。なぜなら昨年からプロの翻訳者になったので、これを切掛けにさらに著名なプロジェクトを引き受けられることを期待しています。」
審査員・デボラ青木 コメント「サスペンス作品に使う言葉を上手に選んでいますし、若い女性キャラクターの考えがより自然に感じられるように翻訳しています。」
作者・若竹アビシ メッセージ「この作品は私にとって初めての単行本です。典型的な日本の会社の気弱なOLの話が、文化の異なる英語圏に伝わるかどうか不安もありましたが、辞書を片手に読んでみると生き生きと表現されていました。Wardさんが翻訳者として成功することを願っています」。
作品優秀賞・Ronald Classman(カナダ)
*応募課題作品『蝶のみちゆき』(高浜寛、リイド社)
授賞者・ビデオメッセージ「今までマンガの翻訳はしたことがなく、私にとって新しい体験でした。私の翻訳作業を振り返ってみると、違う翻訳のほうが良いかもしれないとも思えましたが、それでも私の翻訳を選んでくださったことを感謝しています。」
審査員・マット・アルト コメント「この作品は翻訳者にとって非常に難易度の高い作品です。時代劇であるうえに芸者の世界に設定されているので、近代日本と違うシチュエーション、言い回し、独特な俗語や訛りが翻訳のハードルになるからです。このような作品を翻訳するには、英語に存在しない敬語や芸者の階級などをどう表現するかがポイントとなり、直訳すれば意味が無くなります。逆に無理に英語圏のアクセントを入れようとすると読みにくくなります。芸者の最高位である"太夫"を"MyLady"と貴族のように訳したり、いろいろな方法で難しい内容をわかりやすく英訳しています。」
作者・高浜寛 メッセージ「この作品は長崎の方言や、今では使う人のいない廓言葉で書きましたので、日本人にもわからない言葉がたくさんあります。ましてや外国の方にはとても難しい作品だと思いますが、課題に選んでいただきありがとうございました。」
大賞・Monique Murphy(アメリカ)
*応募課題作品『いまどきのこども』(玖保キリコ、小学館)
授賞者・メッセージ「私の翻訳を選んでくださったみなさまに感謝いたします。日本語の先生や、私をサポートしてくださったみなさんにも感謝します。」
審査員・ウィリアム・フラナガン コメント「作品中の擬音はテキストブックも辞書もない中、本当に良く翻訳できていました」。
審査員・デボラ青木 コメント「擬音とジョークの翻訳は本当に難しいのですが、ウェイトレスの"ぶいっ"という回転を"HUMPH"と訳すなど、内容や雰囲気を伝えるものになっていました。」
審査員・マット・アルト コメント「日本のマンガは今回のように時代物、コメディ、ホラーと様々ですが、日常的な作品の翻訳は意外と難しい。海外とは異なる学校生活や言葉遊びのダジャレも難しいが、Murphy氏はそのハードルをクリアしている。特に英語の効果音や擬音は日本語と比べると少ないのですが、単純なローマ字にしないで英語圏に相応しい丁寧な表現をしています。」
作者・玖保キリコ ビデオメッセージ「自分の作品が英語になることはうれしくドキドキしますが、現在ロンドンに住んで、イギリス人家族と暮らす私にとってはそのうれしさは格別です。日本語の擬音を翻訳する難しさを考えさせられ、日本語でマンガを描き、書ける幸せを噛み締めています。日本語の擬音は自由で創造的で、それは当たり前に思えることかもしれませんが、今回の翻訳でそのありがたさがわかるというのも面白いことだと思います。日本のマンガの影響で近い将来、他の国のマンガの擬音が変化していったら面白いと思います。Congratulations! Miss Monique Murphy!」
授賞式会場のUDXシアターには、大賞授賞者のMonique Murphy氏が来場して賞状と賞品が授与され、最後に文化庁文化部芸術文化課長の加藤敬氏が、以下のようなメッセージを贈って式を締めくくった。
「電子書籍の普及によって、我が国のマンガへの世界各国からの注目はますます高まっています。2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、我が国の文化に興味を持ってもらうための重要なコンテンツであるマンガを、積極的に諸外国に発信していくことが必要ですが、そのためには関係者の連携による翻訳者の育成が欠かせません。このコンテストを切掛けに翻訳に興味を持つ人が増え、日本文化へのさらなる理解が増進することを期待しています」。
なお授賞した各翻訳作品は、マンガ翻訳コンテストのHPで読むことができる。
●シンポジウム「海外へのマンガ配信と翻訳の現状」
授賞式に続いて「海外へのマンガ配信と翻訳の現状」をテーマに、清水正明((株)スクウェア・エニックス)、ロバート・ニューマン(Crunchyroll)、海部正樹((株)WOWMAX代表取締役社長)の三氏を招いてのシンポジウムが行われた。
最初にモデレーターの椎名ゆかり氏(翻訳者・東京藝術大学非常勤講師)から、以下のようにシンポジウムの趣旨が説明された。
「日本でのマンガ単行本の販売状況が厳しい中、国内のマンガ配信は様々なプラットフォームで行われ、市場が活況を呈している一方、北米などの英語圏では早期からの文字版電子書籍の展開もあって"iBooks"などのプラットフォームが整備され、マンガの電子版も一定の市場を形成しつつあります。また韓国には日本同様にローカルなプラットフォームが存在し、デジタルマンガ市場がすでに確個たる地位を占めている。しかしそれ以外の国では海賊版の横行もあって、なかなか大きなビジネスには至っていません。またヨーロッパ(特に西ヨーロッパ)とアジア(主に中国)は正規配信に力を入れており、台湾、タイでも一昨年からデジタル配信が始まりつつあります。現在はまだ海賊版に対抗するための配信、プロモーションのための配信という側面が大きいですが、大きな市場を形成する可能性を秘めていると思います。今回は海外配信、プラットフォーム作り、翻訳・海外市場調査でそれぞれ実績のある三方をお招きして、お話をうかがいます。」
以下、シンポジウムにおける三氏の発言を要約してお届けする。
清水正明「スクウェア・エニックスは2010年から自社作品の海外配信を開始し、その後現地協業で展開。2015年には英語圏、韓国、中国への配信を拡大している。特徴としては配信言語ごとのエリア制限を行わずに世界各国、200の地域に配信し、現地パートナーと主要なエリアに応じた配信モデルを選択している。」
ロバート・ニューマン「Crunchyroll.社で行っているクランチロール(日本のマンガ、アニメ、ドラマなどの配信サービス)は、2006年にアニメ好きのバークレー大学院生が立ち上げたアジア・コンテンツの配信から始まり、2008年には日本支社を設立し、2013年には講談社作品を中心にマンガの配信サービスを開始。以後、少年画報社、双葉社、コルク、リイド社、スクウェア・エニックス、コミPo!の配信を行い、現在はロサンゼルスが拠点のエンターテインメント会社・CHERNINグループと大手通信会社・AT&Tの傘下に入っています。クランチロールは日本からは見ることはできませんが、海外ではクランチロールを通して日本のマンガを読み、アニメを見て、グッズを買い、イベントやフォーラムで仲間とエンジョイできる。弊社のミッションは日本のマンガを世界中に広げることです。ニュースで日々、マンガとアニメのオタク・カルチャーの情報を流し、ユーザーがフォーラム内で世界中のファンと話し合える仕組みになっています。最近では2010年からイベント、コンベンションへの来場者数が増え、使うお金も増えている」と紹介したうえで、Crunchyroll.社の翻訳フローを解説した。
海部正樹「私はテレビマンとして映画の共同製作やアニメの製作も経験した後、2001年に渡米して、アニメ製作・市場調査・翻訳の個人企業を立ち上げました。2015年には株式会社化し、より幅広い規模に対応できる体制を作っています。社内には編集者チームをロサンゼルスに抱え、フリーランスの翻訳者に日本のマンガ作品の翻訳などを依頼していますが、翻訳はマーケティングです。翻訳の善し悪しで作品が人の心に刺さるかどうかが決まり、刺されば成功が決まる」と強調して、WOWMAX社の経験にのっとってマンガ翻訳の難しい事例を紹介した。またここ10年ほどはJETRO(日本貿易振興機構)の「米国コンテンツ市場調査」を担当し、北米のマンガ・アニメ市場の動向を調査し続けた経験から、マンガの潜在ニーズがまだ高いことを報告した。
シンポジウムの終了後は来場者との質疑応答が行われ、海部氏からは「マンガ、小説、アニメは物理メディア(印刷)よりもデジタルを通して触れる人が増えている。しかし功罪として、タダで手に入ってしまう」との指摘があり、また清水氏は「デジタル・ファーストを海外でやってみての印象は、面白い動きだと思った。デジタル単行本やサイマル(同時通訳)配信などをデジタルで買ってくれ、状況は良い傾向に向かっている」と発言。海外配信の現場からの報告が、シンポジウムの時間を目一杯使って行われた。