恵比寿ガーデンプレイスの広場。時々ページをめくる音が聞こえてくる。めくられているのは、鈴木康広氏がライフワークとして、頭の中の経験を描きとめ、描き足し、見返すため、綴り続けてきたノート。《記憶をめくる人》というタイトルのこの巨大なインスタレーションは、東京都写真美術館を中心会場として2013年2月24日まで開催される、第5回恵比寿映像祭「パブリック⇄ダイアリー」で展示されている。
入場料無料の展示とトーク、そして一部の有料の上映、シンポジウム、ライブイベントなどからなるプログラム構成。海外の映画祭や国祭美術展で話題となったベン・リヴァース氏、ハーモニー・コリン氏、ジェレミー・デラー氏、シェイラ・カメリッチ氏、ルサー・プライス氏などの監督・アーティストによる作品が多数紹介されている。そして、国内外の短編アニメーション、故・マイク・ケリー氏追悼プログラム、ベトナムのドキュメンタリー作品、イスラエルの現代アーティスト作家特集など見どころは盛りだくさんだ。
全プログラムの中で絶対見逃さないでほしいのは、ダムタイプのメンバー、川口隆夫氏のソロ・パフォーマンス《a perfect life vol.6 – 沖縄から東京へ》。公演は会期中9回行われ、パフォーマンス空間と映像はインスタレーションとして展示される。川口氏の言葉通り、作家個人の生活の細部を通して世界の諸相を映し出す、隠喩と想像力に満ちている美しい作品だ。
多様性が目を引いた展示の中で、とりわけ異質的な存在感を持っている作品として取り上げられるのは、野口久美子氏、平川紀道氏、森浩一郎氏による《潮位と鉄の半閉鎖的計測》。地球、月、太陽の位置をシミュレーションし、人工海水の潮位を変化させ、ブラックボックスの中の鉄がその人工海水によって微細に腐食されていく様子をスキャンして視覚化するという構造のインスタレーションだ。鉄粒から宇宙までのスケールを内包しているこの空間には、自然現象の観測とシミュレーションをめぐる思考が凝縮されている。
2009年以降、一貫して恵比寿映像祭の根幹を成してきたのは「映像とは何か」、そして映像という言葉の「曖昧さを逆に活かすことで、多様化する映像表現と映像受容の在り方を、あらためて問い直したい」という明確な問題意識だった。また同時に「オルタナティブ・ヴィジョンズ」「歌を探して」「デイドリーム ビリーバー!!」「映像のフィジカル」という毎年のテーマは、集められた作品を制作背景、ジャンル、個別的評価などの限られた文脈から解放し、新たな意味の中で編み直すための柔軟な軸として機能してきた。今年のテーマ「パブリック⇄ダイアリー」は、ある意味では、いかなるアーティストの表現にも当てはまるかもしれないが、「時を記す」行為を「⇄」が象徴する「公と私」の動的な関係性に位置づけることで、「映像とは何か」という問いに本質的な手がかりを提供していると評価できる。今年の恵比寿映像祭も、例年と同様、15日間の長さを持つ1本の総合映像作品のように私たちの記憶に残るだろう。

第5回恵比寿映像祭「Public⇄Diary」
http://www.yebizo.com/