もし誰かに、メディアアートに関する本を1冊だけ推薦してほしいと言われたら、筆者はこの本を取り上げるだろう。そう思うのは筆者だけではないようで、例えば、アーティストのためのプログラミング言語Processing の開発者、ケーシー・リース(Casey Reas)氏 なども、この類の書籍の中で最高だと絶賛した。それでは、『Art and Electronic Media』(Edward A. Shanken, Phaidon, 2009) はなぜ「最高」なのか。
この本の構成は単純である。PHAIDONの大型本「Themes and Movements」シリーズの特徴である3部構成で、書籍全体の方向性を提示する著者の「サーベイ」、全体の半分以上がカラー図版とキャプションによる「作品」紹介、最後に「ドキュメント」として関連文献の引用を載せている。30カ国、200人以上のアーティストを網羅する百科事典的幅広さもいいが、それら作品をゆるく分けている7つのテーマの柔軟性もいい。「動き・持続・イルミネーション」、「変化された環境」など、アナログ・デジタルの間にさえ明確な線を引かないテーマを設定することによって、今までのメディアアートの書籍にありがちだった、絵画、彫刻、パフォーマンスなど、既存のジャンル分けに「デジタル」をつけるような愚を犯さず、「美術史的連続性」を保持することが可能になったのである。
実際、著者のエドワード・A・シャンケン(Edward A. Shanken)氏は、メディアアートの美術史的連続性に非常に意識的な研究者である。氏は、2001年「情報時代の芸術:サイバネティックス、ソフトウェア、テレマティックス、そして美術史と美学理論におけるアートとテクノロジーの概念的貢献」というタイトルの論文で美術史の博士号を取得して以来、一貫して美術史の中でメディアアートの歴史を位置づける研究に専念してきた。その成果の集大成としての『Art and Electronic Media』の他に、具体的研究功績のひとつとして、1970年ニューヨーク、ユダヤ美術館において開かれた「Software, Information Technology: Its New Meaning for Art」展を切り口に、1970年代の美術史を牽引したコンセプチュアルアートの言説とメディアアート前史としてのアートとテクノロジー運動を接続させたことが取り上げられる。
この観点によると、この展覧会は、「Cybernetic Serendipity」展(1968)が、コンピュータと創造性についてコンピュータ・グラフィックス、ロボット、機械装置などの物質性にフォーカスを当てたのに対して、洗練された概念性に基づいて、実験的作品の非物質化された形を提示することに成功したのである。とりわけ、コンセプトをソフトウェアとして、その表象をハードウェアとしてみなした、アーティストのレス・レヴィン(Les Levine)氏や、情報処理技術が創造性、知覚、芸術の限界に対する概念、さらには美的意識そのものへ影響を与えるのであろうと予見した、キュレータのジャック・バーンハム(Jack Burnham)氏の存在は、メディアアートにとってコンセプチュアルアートがどれほど示唆に富むかを証明する、見事な例となる。
ただ、『Art and Electronic Media』がメディアアートと20世紀美術史に対するひとつの観点であること、したがって他にも様々な見解が可能であることをわすれてはいけないだろう。例えば、日本のメディア芸術の枠の中で、社会現象として議論されるメディアアートを理解するためには、アメリカを中心とする美術史の文脈には押さえきれない部分や芸術以外の領域との関係性が重要になってくるのである。そしてメディアアートは、明確なコンセプトだけではなく、テクノロジーの本質を理解した上で、それを自由に使いこなすための技術的な熟練とテクニックも要求される分野である。
それにしてもこの本は、魅力的な書物である。最初にこの本を目にした時の率直な感想は、後進研究者としての嫉妬に他ならなかったことを告白しておこう。
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