2017年3月2日から3月14日の日程で、「『魔法使いの嫁』『とつくにの少女』Alterna pixiv(オルタナ ピクシブ)原画展 」が、東京・中野ブロードウェイ2階にあるギャラリーpixiv Zingaro(ピクシブジンガロ)で開催された。
「Alterna pixiv」(オルタナ ピクシブ)は、出版社マッグガーデンとイラスト(含むマンガ)発表・閲覧ソーシャル・ネットワーキング・サービスのpixivがコラボレートして、2016年9月に創刊したWebマガジンである。
そのテーマは「ひと為らざるものとひととの絆・交流」であり、魔物・妖怪・亜人・怪物等と人間との営みを描く作品を掲載し、各作品を月1度ほどで更新している。目玉として月刊コミックガーデンに掲載している「魔法使いの嫁」(ヤマザキコレ作)と「とつくにの少女」(ながべ作)がリバイバル連載されており、それ以外に4本の新作が載っている。
会場のpixiv Zingaroは、pixivと村上隆が代表取締役を務めるアーティストマネジメント商社カイカイキキがプロデュースするギャラリーだ。延床面積は約37.22㎡(だいたい25畳)である。
ヤマザキコレが描く「魔法使いの嫁」は、2013年11月に月刊コミックブレイドで連載を開始(2014年9月、同誌のWebマガジン化により、紙媒体の月刊コミックガーデンで連載継続)、翌年の4月に単行本1巻が刊行されると同時に人気を得て、2015年度のさまざまな漫画賞で大いに評価された(「全国書店員が選んだおすすめコミック2015」第1位受賞。マンガ大賞2015第12位入賞。次にくるマンガ大賞2015「これから売れて欲しいマンガ」部門、第2位受賞、「このマンガがすごい!」2015年オトコ編第2位等)。2017年3月10日の7巻刊行段階で、公式サイトでは累計売上が400万部に達したと発表し、同時に同年10月からのTVアニメ放映も報じられた(2クール連続放映予定)。アニメに関しては、前日譚「魔法使いの嫁 星待つひと」が前・中・後編に分割して劇場公開され(2017年8月に後編公開予定)、ヒット作となっている。
作品の内容は、大量の魔力を体内に有するがゆえに不幸な人生を歩んできた15歳の少女羽鳥智世(チセ)が、異形かつ人外の魔法使いエリアス・エインズワース(その頭部は大型犬の頭蓋骨に山羊のようなねじれた角が生えている、という形に描かれている)と出会ってその弟子となり、彼の住居であるイングランドの田舎町で、様々な魔法や妖精や異形の神・魔物がらみの出来事を体験しつつ、相互の絆を深めていく、という長編ファンタジーである。
この作品が「ひと為らざるもの」を描く上で素晴らしいと思えるのは、人外のエリアスが外見が異形なだけにとどまらず、そのメンタリティが人間と異なっているという描写がしっかりなされていることである。エリアスは魔法で様々な問題を解決できるのだが、自分の感情は明確に認識できておらず、チセとの関係に齟齬が生じると、感情が暴走して人間の形を保てなくなってしまう。
ファンタジー作品中で描かれた異形の生物が、結局人間の思考・論理パターン・倫理観からさほど逸脱していない事がままあるが、「魔法使いの嫁」はその点、人外キャラの異質さがうまく描かれており、良作であると言えよう。
また、作品中には過去の様々な神話・伝説・幻想譚・妖精物語が盛り込まれており(ラブクラフトのクトゥルー神話なども入っている)、ファンタジー好きの人間にとってたまらないエピソードも多い。
このようにウェルメイドなファンタジーが、繊細ではあるがくっきりとした線で描かれており、その生原稿を閲覧できるのは、ファンにとっては至上の喜びであろう。
ながべの「とつくにの少女」はマッグガーデンの月刊コミックガーデン2015年10月号から連載を開始し、この原画展を開催した時点では2巻の単行本が刊行されている(1巻刊行が2016年3月、2巻刊行が2016年9月。3巻は2017年4月発行予定)。2冊の累計売上は20万部に達している。
物語は近世ヨーロッパを思わせるような架空の国で展開し、「呪い」のため真っ黒な異形の姿になってしまった元医師の「せんせい」と、彼と暮らすことになった少女(といっても10歳以上には見えない)のシーヴァをめぐる、時として残酷な、様々な出来事が描かれる。「魔法使いの嫁」とは対象的に、画面には静寂が満ちており、「人外と少女の物語」という設定の類似が気にならないほど受ける印象が異なる。
ピクシブの関連サイトpixivision(ピクシヴィジョン)のインタビューコーナーに、ながべのインタビューがあり、画材としてカスカスになるまで使い込んだサインペンを使っていると言っている。画面に漂う不思議な静けさの正体は、そのような工夫された画材のせいかと思うと、非常に興味深い。(pixivision:http://www.pixivision.net/ja/a/2008?p=1)
ながべのデビュー作は、「部長はオネエ」(茜新社刊)という作品で、登場人物は頭部が龍だったり狼だったりするサラリーマンたちだ。その次の作品は「ニヴァウァと斎藤」で、無職の20代後半の男である斎藤のアパートに、地上の社会見学に来た水棲生物アーフィカ族の子供ニヴァウァが居候をするという作品である。つまり、ながべはデビューから全ての作品が人外モノという、生粋の人外専門マンガ家なのである。
以上の2本の人気作品の生原稿や着色完成した大判のカラーイラスト、設定や構想スケッチなどを中心に展示が行われていた。生原稿はパソコンで加工される前の貴重なもので、漫画家・イラストレーターを志望する者には宝の山のようなものだろう(もちろんその美しい線画を観賞するだけでも十分楽しめるのだが)。「魔法使いの嫁」のものは最新7巻の作品の原稿も多く、ギャラリーの壁一面に展示されたそれらは、訪れたファンたちを魅了していた。単行本では、小さい絵になってしまう表紙や扉のカラーイラストも、大きい原稿で見ることができ、改めて様々な発見をする観客も多かったのではないだろうか。
「とつくにの少女」の趣向を凝らした表現も、生原稿で見るとまた面白く、カラーイラストの筆のタッチを活かした塗り方は、静けさの満ち溢れる作品世界を、単行本などで接するとき以上に見る者に感じさせる。
これ以外にも夏に公開される劇場用アニメ「魔法使いの嫁 星待つひと 後編」の予告編が、大きいモニタで映し出されていたり、エリアスとチセのフィギュアが展示されていたりと、ファンを満足させるものが盛り沢山であった。
そして、ギャラリーの中央に置かれた机には、来場者が感想を書き込むことのできるクロッキー帳がおいてあり、皆それぞれの感想を綴って、作品を愛する心を共有していた。
原稿やスケッチのいくつかは購入可能で、それ以外にもポストカードセットやクリアファイルなどの関連グッズが販売され、長蛇の列ができていた。缶バッジをガチャポンできるコーナーもあり、好評であった。
ファンである来場者にはより楽しく、そうでないものも心をつかまれファンになってしまう、そんな素敵な展示であると言えよう。
この2作に加え、Alterna pixivで連載している4作の原画もしくは複製原画が展示され、両作に続く人気作品となるべく、存在をアピールしていた。
田中清久の「竜の七国とみなしごのファナ」は、人類が滅んで竜人が文化を築いた世界で繰り広げられる、卵から生まれた人間の少女ファナと竜人の発掘者ニドの冒険物語。森野きこりの「終わりのち、アサナギ暮らし。」は、山の中で一人暮らしをする少女ナギと、彼女がアサと名付けた体長3メートルほどの蜘蛛のような生物との交流を描いた作品。カラーページの水彩画的表現が柔らかく美しい。宮沢寿平の「捜査班動く!」は、幽霊・化物・妖怪・神・宇宙人などと人間が一緒に暮らす街の警察を舞台にしたギャグ。1ページを4コマに割った最近勢力を拡大しているワイド4コマと呼ばれる形式だ。ワイエム系の「バッフルとボク」は、特別捜査隊に所属していた煙型の亜人(人型の気体生命体)バッフルが、任務に失敗し降格され、捜査隊の上司の息子のボディガード兼ベビーシッターをさせられるシチュエーションコメディ。主人公キャラがアメコミ風である。
「竜の七国とみなしごのファナ」と「終わりのち、アサナギ暮らし。」は、この3月10日に単行本第1巻が刊行されている。
歴史を振り返ってみれば、「人外(ひと為らざるもの)モノ」のマンガは、日本の戦後マンガの流れの中で、いくつものヒット作を産んできた。現在も「亜人(デミ)ちゃんは語りたい」「けものフレンズ」などが人気を呼んでいる状態だ。何しろ戦後マンガの生みの親である手塚治虫が無類の人外好きであったため(アトムも人語を解するレオも、きわめて人外である)、それは必然的な結果と思われる。
ただ、アメリカのトランプ政権の誕生を一例として、世界中に排他的・差別的な思想が蔓延しつつある現在、「自分と思考形態や倫理観、生活習慣が違う存在」の比喩でもある「人外」と、何かしらの折り合いをつけて物語を紡いでいこうとするマンガ作品が世に広まることは必要なことではなかろうか。今回の原画展は、美しい原画を楽しむのみならず、そういう意味でも意義があると考えるものである。