公開から30年を経ても、未だ世界中に根強いファンを持つリドリー・スコット監督の映画作品『ブレードランナー』(1982)。その続編としてドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ブレードランナー2049』が2017年10月より公開された。前作の30年後の世界を描いた作品であるが、その前日譚として映画公式ウェブサイト等で世界同時公開されたアニメーションが渡辺信一郎監督の『ブレードランナー ブラックアウト2022』である。わずか15分ほどの短編ながら、手描きアニメーションの粋を集めた記念碑的作品に仕上がっていた。
「ブレードランナー ブラックアウト 2022」キービジュアル
リドリー・スコット監督による映画『ブレードランナー』(1982)の舞台は、2019年のロサンゼルスだ。人類が宇宙に移住し、地上に残った人間は酸性雨が降り注ぐ中、ビルの谷間に身を寄せて暮らしている。一方、過酷な環境下での奴隷労働に従事するのは「レプリカント」と呼ばれる、人間と同じ形をしたアンドロイドだ。自らの役割に疑問を抱いて脱走し人間社会に紛れこもうとするレプリカントと、彼らを処分するために派遣された捜査官のデッカードが織りなす物語。本作が、それまでSF映画がしばしば描いてきた明るく洗練された未来ではなく、混沌と闇が支配する21世紀の姿を提示し、後続の映像作品に大きな影響を与えたのは今さら語るべくもないだろう。
『ブレードランナー ブラックアウト2022』は、映画『ブレードランナー』における2019年の3年後に起きた事件を描いた作品だ。他にもリドリー・スコットの息子であるルーク・スコット監督による『2036:ネクサス・ドーン』と『2048:ノーウェア・トゥ・ラン』の2作品が配信され、『ブレードランナー』の2019年と『ブレードランナー2049』の2049年との間の30年間を埋める3作品が用意されたことになる。
『ブレードランナー ブラックアウト2022』のあらすじは以下のようになっている。人間によるレプリカントへの迫害が続く中、男女のレプリカント、イギーとトリクシー(註1)は燃料を積んだトレーラーを強奪し、発電所を爆発させることでサーバーシステムを停電させる計画に参加する。それは、世界で同時多発的にレプリカントたちが人間への反旗を翻し、自らの登録情報をデータサーバーから抹消するテロ計画の一環だった。
コンセプトアート画
手で描くことがレプリカントを創造する
本作の監督と脚本を手がけた渡辺信一郎は『COWBOY BEBOP』(1996)や『サムライチャンプルー』(2001)等の作品で、日本はもとより欧米でも大きな人気を得ている監督だ。今回は『ブレードランナー2049』の制作を手がけるAlcon Studioから直々にオファーを受けて、制作を行った。監督本人も『ブレードランナー』は最も影響を受けた作品であると語っており(註2)、然るべき人選だと言えるだろう。
制作にあたり、渡辺は3DCGスタッフへの注力以上に、手描きの優秀なアニメーターを集めたいという考えから(註3)、高度な手描きアニメーションの作画技術を持つスタッフたちを集めた。3DCGを使用すれば、人間の実際の動きをモーションキャプチャーによって取り込んだり、物理演算によって根拠のある動きを与えたりといった、実在する動きをソースにした表現が可能である。対して、手描きのアニメーションは、実在の動きを観察して取り入れることはあれど、最終的なアウトプットは人間の想像の中で手を動かすことによって成立する作業だ。
本作が手描きという伝統的な手法を選択したことは、『ブレードランナー』の人間とレプリカントという重要なテーマを映像で表現する上で、多大な貢献をしていると言える。
例えば、女レプリカントのトリクシーが、トレーラーのミラーをもぎ取って円盤投げのように警備部隊へと投げつけるシーン。このシーンの原画を担当したのは、大友克洋監督『AKIRA』(1988)から新海誠監督『君の名は。』(2016)に至るまで、特に身体の動きについての作画を洗練させ続けてきたアニメーター、沖浦啓之だ(註4)。トリクシーの華奢な少女の身体が、重量のある金属を引き抜く重心の移動は、物理法則を超えた言うなれば偽物の動きである。沖浦はその想像上の動きを構造化しながら、映像の中に確立している。描画による偽物の動きがレプリカントという存在の説得力となる、言うなればレプリカントを製造するような創作の過程がここに込められている。『ブレードランナー』という作品が問うレプリカントという存在の実像が、手描きならではの偽物の動きだからこそ現出しているのだ。
以上はもちろん一例に過ぎない。珠玉のアニメーターたちによる絵の説得力が、本作には語り尽くせないほど無数に散りばめられており、繰り返し再生する度に、観る者は『ブレードランナー』の世界に、新たな発見を得ることになる。
世界的に見ても少数派になりつつある手描きアニメーションに渡辺監督がこだわり、最高の技術を有する顔ぶれを集めたのは、ただクオリティの高い絵を見せたいという欲求のためだけではない。『ブレードランナー』という作品に正面から作り手として取り組むためには必然であったのだ。
手描きアニメーションの1つの標として
本作には1991年にウィーンで生まれ、現在も在住しているオーストリア人のアニメーター、BAHI. JD(註5)の名前もクレジットされている。トリクシーと警備兵の格闘シーンの原画を担当した(註6)。幼少期から日本のアニメーション作品に夢中になり、創作の道を志したという彼のような存在が、世界中で頭角を現し始めている。現在のアニメーションの世界的なトレンドにおいては、3DCGが主流となっていることに疑いはない。しかし、極限にまで高めた手描きの表現が込められ、世界中で配信されている本作を見た者の中から、BAHI. JDのような手描きアニメーションを継いでいく存在が新たに現れるかも知れない。
最高練度の技術と表現力を持つアニメーターが集結し、手描きでしか表現し得ない物語の領域を見せてくれる本作は、手描きアニメーションの歴史の1つの到達点として語り継がれていくだろう。
(脚注)
*1
トリクシーの声優は、シンガーソングライターの青葉市子が務めており、レプリカントの女性の無機質さを表現したような、かすれた声の演技が印象的となっている。
*2~*4
KAI-YOUインタビュー 2017.10.10 ふじきりょうすけ
『ブレードランナー2022』渡辺信一郎インタビュー 自己の渇望とアメリカ大統領選
http://kai-you.net/article/45892
*5
BAHI.JDは本作以前にも渡辺信一郎監督『スペース☆ダンディ』(2014)に原画担当として参加しており、佐藤竜雄監督『ATOM THE BEGINNING-アトム・ザ・ビギング-』(2017)では絵コンテ・演出・作画監督を務めるなど、日本製のアニメーション作品でキャリアを重ねている。
*6
BAHI.JD Twitterの投稿より
https://twitter.com/bahijd/status/912698355079307264
(作品情報)
ブレードランナー ブラックアウト2022
ウェブアニメーション
2017年
15分
監督・脚本:渡辺信一郎
キャラクターデザイン・作画監督:村瀬修功
音楽:Flying Lotus
制作:株式会社 Cygames Pictures
© 2017 ALCON ENTERTAINMENT