物事の表層に着目し、3Dコンピュータ・グラフィックスの技法を用いた映像作品や写真作品を手がけてきた渡辺豪の個展が横浜市民ギャラリーあざみ野で開催され、フィンランド滞在を経た作家の進化を観た。

《M5A5》2017年 展示風景
グラスやマグカップ、皿など様々な食器類が、ゆっくりと崩壊しながら落下していく様を大型のプロジェクション4面に渡り投影。内3面は元々は縦長の映像を分割したものであり、残りの1面は視点を変えて俯瞰で描写したものが、床面に投影されている。
Photo: Ken Kato

フラットな表現を追求してきた作家と、フィンランドの「光」

「あざみ野コンテンポラリー」シリーズは、横浜市民ギャラリーあざみ野で毎年開催されている、現代美術の動向を紹介する展覧会だ。2017年はその第8回として、デジタル技術を駆使した映像と写真による作品を制作・発表し、国内外で活躍する渡辺豪の個展が開催された。大型の映像インスタレーション2作を含め、ほぼ全てが2017年制作という彼の、延いては映像表現の現在を知る絶好の機会となった。
渡辺は大学時代、油絵を専攻したものの、その絵の具を塗り重ねる手法に自身の世界の捉え方との差異を感じ、厚みのないフラットな表現手段を模索した。3Dシミュレーションソフトにおいて、多角体の組み合わせでできるポリゴン(註1)の世界が全て表層のみでつくられていることに着目し、以降、3Dコンピュータ・グラフィックス(以下、3DCG)による映像・写真作品を手がけてきた。
本展での大きな軸となるのは、作家が近年滞在したフィンランドでの経験だ。高緯度のフィンランドでは、夏に白夜、冬に極夜の両方を体験する。その生活は、昼間は明るく夜は暗いといった日本のそれとはまるで違っていたと言う(註2)。物事の表層を捉えることをテーマにする渡辺が、「光」に対して関心を持つことは不可避だろう。本展のタイトル「ディスロケーション(dislocation; ずれること、脱臼、転位、断層などの意味を持つ )」にも端的に表れているように、生活リズムと光のあり方が「ズレ」ていたことは、想像以上に身体的、感覚的に作家に影響を及ぼしたようだ。

3DCGという手法と表現の合致、「ズレ」への確信

《〈ひとつの景色〉をめぐる旅》2011年
©︎ Go Watanabe, Courtesy of URANO

「ズレ」というと渡辺の作品の中で《〈ひとつの景色〉をめぐる旅》(2011、本展には出品されていない)が思い浮かぶ。積み重なった磁器類が、ゆっくりと時間をかけてバラバラに崩壊していく映像作品だ。その様は実際に食器が割れる姿とはまるで違い、ポリゴンで形成されたRPGやレーシングゲームで時折画像が乱れ、立体に亀裂が入る、あの「バグった」感じに似ている。
渡辺の作品は全て3DCGで作られているが、崩壊前のモノには本物と見紛うほどのリアリティがある。それゆえ、それらの表面に亀裂が入り、中が空洞なことに気づく瞬間、鑑賞者の中で現実から作られた世界へのズレも同時に起こる。3DCGという手法と、作家の世界観が見事に合致している。

本展は2フロアに渡って構成され、1階には主に大型の映像インスタレーションが1点、2階の前半には大小約20点の写真作品と、その奥にもう一つの映像作品が展示されていた。1階の映像作品《M5A5》(2017)は、前述した作品が大型のインスタレーションとして物理的にも内容的にもスケールアップしたような、圧巻の作品だった。広い展示室に大型のプロジェクション映像が計4つ配置され、描かれたモチーフがゆっくりとズレていき、崩壊する様が描かれている。展示室を進むことで、全ての映像が内容的には縦に繋がっていることがわかる。スクリーンを追うごとに進行した「ズレ」による崩壊は、作家がフィンランドで得た「確信」を感じさせるものだった。

白夜、極夜を体験した作家の新たな表現

2階には、何気ない屋外の景色や、薄暗い室内に映り込んだ光と影を捉えた写真作品が並ぶ。そのどれもが、どこかしら「ズレ」や「ブレ」を含んでいた。《景色のできる場所》(2017)と題されたシリーズもあり、作家が日常的にふれる景色をどのように捉え、作品を立ち上がらせているのかが垣間見えた。
そしてもう一つの映像インスタレーション《M2B2》(2017)。白夜と極夜それぞれの景色を室内から定点観測したような映像が、2面隣り合わせで配置されている。それらを交互に見るうちに、いつの間にか室内に入り込む光や外の様子が変化していることに気づく。
《M2B2》や写真作品に入り込んだ現実の光景。これは作家にとって新たな展開ではないだろうか。「目の前の光景の客観的な見え方と、自身の認識としての見え方が違い、それを作品化」(註3)していた作家に、フィンランドでのリアリティを伴った「光」と「ズレ」がもたらしたもの。滞在を経た作家自身の言葉、「事象が一つに繋がっている、あるいはすでに逸脱した状態から変化して、不連続の景色を形づくってゆくさま」(註4)が可視化された作品が《M2B2》だ。その中で印象に残る、不意に現れては消えたコップの存在。誰かがコーヒーを片手に窓から外の景色を眺める姿が想像されるその現れ方に、作家の新たな立ち位置が見える。

《景色のできる場所》2017年
©︎ Go Watanabe, Courtesy of URANO
《M2B2》2017年 展示風景
Photo: Ken Kato

(脚注)
*1
3Dグラフィックにおいて、立体的な物体の曲面を表現する際に用いられる多角形のこと。

*2~3
展示会場上映インタビューより。
https://artazamino.jp/interview/

*4
情報誌『アートあざみ野vol.45』(横浜市民ギャラリーあざみ野、2017年)より。


あざみ野コンテンポラリー vol.8
渡辺豪 ディスロケーション/dislocation
会期:2017年10月7日(土)~29日(日)
休館日:10月23日(月)
入場無料
会場:横浜市民ギャラリーあざみ野
https://artazamino.jp/event/contemporary-2017/