「竹宮惠子 カレイドスコープ -50th Anniversary-」が2017年10月7日(土)~12月10日(日)に、福岡県の北九州市漫画ミュージアムで開催された。本展覧会は、「風と木の詩」や「地球[テラ]へ・・・」などで知られ、デビュー以来少女マンガの革新を担ったマンガ家・竹宮惠子の画業50年を記念した大規模な個展である。
図1 「竹宮惠子 カレイドスコープ -50th Anniversary-」展覧会場入り口
開催までのいきさつ
竹宮の集大成的個展「竹宮惠子 カレイドスコープ -50th Anniversary-」が、なぜ今、福岡という地で開催される運びになったのか。北九州市漫画ミュージアム学芸員の柴田沙良氏によれば、2015年に開催され全国を巡回した「『描く!』マンガ展」に竹宮の作品も展示されたのだが、北九州市漫画ミュージアムに巡回した際に、竹宮自身が2013年秋から福岡県朝倉市に居を構えた縁もあり、北九州で個展を開催する構想が竹宮と北九州市漫画ミュージアムの間で持ち上がったという。さらに、2016年に竹宮のこれまでの仕事を振り返る『竹宮惠子 カレイドスコープ』が新潮社より出版されたこともあり、本書をもとに展覧会を構成する企画が進められた
展示構成
本展覧会においてメインの展示物となるのが、原画ダッシュ(註1)と肉筆原画である。カラー原稿において原画ダッシュが採用されていたが、退色の心配がないモノクロ原画はすべて肉筆原画によって展示されていた。展示全体の構成は、「第1章 『風と木の詩』」、「第2章 デビューから『イズァローン伝説』まで」、「第3章 『地球へ…』&SF各作品」、「第4章 『天馬の血族』ほか個展描き下ろしまで」という4章構成である。
「第1章 『風と木の詩』」では、竹宮の代表作品の一つである「風と木の詩」(1976-1984年)をクローズアップし、カラーの原画ダッシュとモノクロの肉筆原画を中心に展示されている。注目されるのが、作品制作に用いられたクロッキーノートによる鉛筆スケッチが、実際に制作されたモノクロ原画と並べて展示されていたことである。一般的にマンガ家は、ペンで描く原稿を制作する前に、ネームとよばれる下書きを制作することが多いが、竹宮のそれが、実際に制作された原稿とほとんど変わらない構図、配置、セリフによって1971年には既に完成されていることに驚かされる。それだけ発表を阻まれた作品なのだ。特に、ジルベールとセルジュが抱き合う場面のクロッキーノートは、部分的にペン入れがなされており、それだけで作品として完成されているかのような仕上がりといえる。(図2)そのほか、1970年代後半からよく作られていた「イメージアルバム」と呼ばれる、作品のイメージに合わせた曲や詩を組み合わせたレコードも展示されており、当時の読者の受容の様子がうかがえる。(図3)
「第2章 デビューから『イズァローン伝説』まで」では、古代王国の血を引くイズァローン王国を舞台とする長編ファンタジー「イズァローン伝説」(1982-1987年)を中心に竹宮のデビュー作から初期短編作を交えて振り返っている。ここでは、竹宮が萩尾望都と1970年秋から同居していた「大泉サロン」と呼ばれるアパートの見取り図をもとに、当時の部屋を想像し再現したコーナーも見られる。(図4)この「大泉サロン」は、「風と木の詩」の発表前から、この作品の一番の理解者だった小説家の増山法恵が向かいに住み、後に「花の24年組」と呼ばれる山岸凉子や山田ミネコ、ささやななえこなど少女マンガに革命をもたらした作家が集い、「トキワ荘」のようにマンガ家たちの切磋琢磨の場となった。マンガ作品だけではなく、マンガが生み出されマンガ家同士が交流した「場」の空気もうかがい知ることができる。
「第3章 『地球へ…』&SF作品」では、竹宮のSF作品としての代表作である「地球へ…」(1977-1980年)を中心に、「私を月まで連れてって!」(1981-1986年)や「エデン2185」(1984-1985年)などを紹介している。「地球へ…」は「風と木の詩」と並ぶ竹宮の代表作で、これまで1980年にアニメ映画が、2007年にテレビアニメが制作されている。少女マンガ誌ではなく少年マンガ誌である『月刊マンガ少年』で連載され、それまで竹宮の作品を読んでいた少女読者にSFに興味を持たせるきっかけにもなった。地球環境問題や、コンピュータによる管理社会など、社会批評的なテーマを取り上げ、少年マンガというジャンルの枠をも広げた作品として位置付けられる。ここでは宇宙空間をイメージした会場の中に原画が配置されている。(図5)
「第4章 『天馬の血族』ほか個展描き下ろしまで」では、モンゴルを舞台とした歴史ファンタジー「天馬の血族」(1991-2000年)のほか、満州からの引揚者である母や祖母、叔母の自伝的ストーリーである「紅にほふ」(1994-1995年)などが紹介される。最後のコーナーでは、朝倉にある竹宮の書斎兼仕事場を再現したレプリカ、これまでの竹宮の個展で販売された描き下ろしイラストも展示されている。参加型コーナーとして、ジルベールやダン・マイルドの描き下ろしの等身大パネルとともに写真を撮れるコーナーも用意されており、SNS投稿用などに嬉しいスポットである。(図6)
図2 「風と木の詩」のクロッキーノートにおけるスケッチと肉筆原画
図3 竹宮作品の「イメージアルバム」
図4 「大泉サロン」を再現した部屋
図5 「第3章 『地球へ…』&SF各作品」会場風景
図6 「風と木の詩」のジルベールと写真を撮れるコーナー
作品ジャンルとファン層の幅広さ
本展覧会を通じてわかるのは、竹宮がいかに多様なテーマを取り上げてきたかということと、既存のマンガ表現の幅を拡大したことによって、いかにマンガの可能性を押し広げることに貢献したかということである。「風と木の詩」では少女マンガではタブーとされてきた少年の同性愛を、その後もSFや歴史、音楽、古典文学など多様な題材を取り上げ少女マンガの枠を超えて様々なジャンルを開拓している。竹宮のマンガ家としての活動が、当時の読者のマンガ読書の幅を広げることに貢献したことは間違いない。
さらに展覧会場では、竹宮の圧倒的な表現力に触れることができる。例えばそれは竹宮独特の「線」である。特に肉筆原画をみれば、いかに迷いのない線が引かれているかに目を奪われる。そして、輪郭線などには少女マンガによく使われる繊細で細い線だけでなく、劇画のような力強い線も用いられていることに気付く。この音楽のように流れる線の緩急が竹宮の重層的な物語を支えてきたのである。竹宮の作品は、女性読者だけでなく男性読者のファンも多く存在してきた。このような竹宮の線や、目が大きすぎず中性的なキャラクター造形は、少女マンガ風の表現が苦手な男性読者にとっても受け入れやすかったことが推測でき、竹宮作品が性別・年齢を超えて幅広い読者を獲得してきた要因の一つであることがうかがえるのである。
1970年代に少女マンガに革命をもたらしたマンガ家の集団は後に「花の24年組」と称されるようになるが、竹宮を含むこの時期の「24年組」のマンガ家たちは、テーマや表現の実験によって少女マンガだけではなくマンガ全体に革新性をもたらした。本展覧会をみれば、竹宮がその原動力となっていたことが確認でき、マンガに対する情熱やチャレンジ精神が、いかに後続のマンガ家たちに多大な影響を与えてきたかということが実感できるのである。
それはマンガ家だけでなく、現在に続く熱狂的読者の存在にもつながっている。柴田氏によると、来場者アンケートから今回の展覧会の来館者としては圧倒的に女性が多く、40代以上のリアルタイムの読者が多いとのことであった。福岡近郊だけでなく、東京など遠方からの来館者も多く、みな熱のこもったコメントをアンケートに残していくという。こうした様子からは、現在新しい作品を制作・発表していなくても、今なお竹宮の作品が多くのファンの心をつかみ続けているということがうかがえる。さらに柴田氏は、熱狂的ファンだけでなく、家族連れや若い来館者もみられたとしており、幅広い世代に改めて今竹宮の仕事を知ってもらう機会になったのではないかと述べている。
本展覧会は、今後各地を巡回する予定とされている。本展覧会をきっかけとして、実際に竹宮の作品を読むことが、また新たな発見を生み出すことにつながるのではないか。「竹宮惠子 カレイドスコープ -50th Anniversary-」展は、少女マンガに革命を起こした偉大なマンガ家の功績を今一度振り返るよい機会となることだろう。
(脚注)
*1
原画ダッシュ(「原画’」とも呼ぶ)とは、コンピュータにマンガ原稿を取り込み、綿密に色調整を重ねた上で印刷した、精巧な複製原画を指す。竹宮は2001年よりプロジェクトリーダーとして京都精華大学国際マンガ研究センターと共同で原画ダッシュの研究を進めてきた。竹宮が原画の保存と展示・公開を両立させようと長年取り組んできた成果が本展覧会でも発揮されている。参照:「原画’プロジェクト | 京都精華大学国際マンガ研究センター」
http://imrc.jp/project/
(information)
竹宮惠子 カレイドスコープ -50th Anniversary-
会期:2017年10月7日(土)~12月10日(日)11:00~19:00
会場:北九州市漫画ミュージアム 企画展示室
入場料:一般800円、中・高生400円、小学生200円
http://www.ktqmm.jp/kikaku_info/8669?list=kikaku_info&pg=1