80年代の後半から原画マンとして活躍し、メカニックの重量や質の表現、爆発や煙炎などのエフェクト、重量のある動きが感じられる人物描写など、「リアル」と評されるアニメーション作画を作りあげたアニメーター、磯光雄。『磯光雄ANIMATION WORKS』は、磯がこれまで手掛けた代表作の作画を収録した画集である。

磯光雄「ANIMATION WORKS」vol.1,2

限られたコマ数で動きを表現する

磯光雄の作画は「リアル」であると評されてきた。1990年代は日本のアニメーション作画において「リアル」志向の表現が成熟した時期であり、磯光雄はその中枢を担ったひとりである。しかしながら、アニメーション作画を「リアル」であると思わせる要素とはどのようなものなのだろうか。
1秒あたり24コマの映像を撮影する映画フィルムをアニメーションは使用してきた。ディズニー作品に代表されるようなフルアニメーションは、24コマのうち12コマに異なる絵を描いており、なめらかな動きが表現される。しかし、予算や時間の制約により作画枚数に制限のあった多くの日本のアニメーションは、慣例的に1秒24コマのうち、8枚の異なる絵を描き、3枚同じ絵を連続して撮影することで表現してきた。この8枚は動きを決める原画と、その間を埋める中割りによって構成される。例えば人物が走る動画であれば、8枚のうちの1枚を右足と左手が前に出た絵に、もう1枚を左足と右手が前に出た絵とする。この2枚を繰り返し入れ替えれば動きは粗いながらも人物が走っていることを表現できる。この2枚は原画と呼ばれ、アニメーションの動きを決めるキーとなり、キャリアをある程度積んだ原画マンが担当するのが慣例である。この原画には動きの設計に関する指示なども書き込まれており、それを元に動画マンは、中割りと呼ばれる原画と原画の間を補完する6枚の絵を用意する。動画マンは2枚の原画で指示された通り、人物が走るときの滑らかな動きを実現するため、足や手の位置が推移する過程を描く。このように日本の多くのアニメーション製作の現場は、原画によって作画表現の方向性を示し、中割り担当の動画マンはそれを補完するという分業が通例であった。しかし磯は8枚すべてを一人で原画として描くという手法によって、日本のアニメーション制作に革命を起こした(註1)。すべてを原画として描くことの難しさは、単に労力に起因するものではない。先の例をとるのであれば、地面を蹴り上げたあとの筋肉の弛緩や、それが再び地面にぶつかる時の衝撃の伝わり方など、1/8秒のうちに起こるすべての動きを詳細に表現できなければならない。磯の描く動きが「リアル」と呼ばれるのは、このすべての動きを統制する画力と、それを編集する卓越したセンスによるものである。
上記の知識を前提にすることで、レイアウトや原画を中心に収録した本書から、磯の表現力をより深く考察することができる。

磯光雄による「機動戦士ガンダム0080ポケットの中の戦争」の原画(P.90,91)

■緻密な観察と設計が拾い上げる「リアル」さ

『磯光雄ANIMATION WORKS』は現在までにVol.1とVol.2が刊行されており、これまでにビジュアルコレクションが発売されている『電脳コイル』を除く、磯が関わった代表的な仕事のレイアウトや原画が収録された。Vol.1は磯の存在を業界やアニメファンに強く印象づけたOVA作品・髙山文彦監督『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989)から始まる。この作品は巻末のインタビューでも語られているが、「磯爆発」と呼ばれ、以降親しまれていく爆発エフェクトが顕著に見られる作品である。これについて磯は、数多くの爆発シーンを集めたテープをリピート再生して研究をし、最終的に「丸に押しつぶされた三角形を連続して変化させるやり方」にたどり着いたと述べている(註2)。本書の原画からは、緻密な観察により、破片や煙幕の変化を1コマながら多くの原画に落とし込んでいく技が確認できる。Vol.1には他にもメカニック描写が多数収録されており、ロボットの巨大さを表現するためのアオリや俯瞰といった多様な構図から、磯の慧眼を知ることができる。
Vol.2では神山健治監督『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』(2017)のような近作に至るまでの原画を収録している。そのなかでも注目したいのは、北久保弘之監督『BLOOD THE LAST VAMPIRE』(2000)だ。本作で磯は初めてAdobe社のグラフィック制作ソフト「After Effects」を使用し、撮影の行程も手掛けている。それまでは撮影担当に指定していたような特殊効果が、コンピューターの導入によって原画マン自ら行えるようになったことが、収録された原画に記された指示にも現れている。また、人物の描写も構造的であり、主人公さやの頭部の動きに合わせて揺れるおさげや顔にできる陰の変形などは、いかに巧みに1コマごとの動きが設計されたかを物語る。
アニメーションに対して「リアル」を感じること、その「リアル」は、絵で時間を区切るための統制が生み出す。フルアニメーションに比して、制限され欠損したものであった日本のリミテッドアニメーションが、唯一無二の「リアル」を獲得する、その重要な立役者のひとりである磯の軌跡を、本書から感じることができるだろう。

磯光雄による「BLOOD THE LAST VAMPIRE」の原画(vol.2 p.184,185)

(脚注)
*1 『WEBアニメスタイル』「アニメの作画を語ろう」animator interview井上俊之(4)より
 http://www.style.fm/as/01_talk/inoue04.shtml
*2 『磯光雄 ANIMATION WORKS Vol.1』 巻末インタビューより

(作品情報)
『磯光雄 ANIMATION WORKS』vol.1/vol.2
著者:磯光雄
発行:2017/18年
出版社:メディア・パル
http://www.mediapal.co.jp/book/3072/index.html
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