国内外のファンを魅了してきたアニメーター・湯浅政明。天才と呼ばれ、比類ない個性的な表現を追求する彼の仕事を、豊富なアイディアスケッチやインタビューから分解した一冊。湯浅の才能を支える経験と技術を、年代を追いながら知ることができる。

表紙

本書は、これまで湯浅政明が携わってきた作品を、本人への長文インタビューを中心にアイディアスケッチや設定画といったイメージとともにまとめている。最新の湯浅政明監督作品となる3作『夜明け告げるルーのうた』(2017)『夜は短し歩けよ乙女』(2017)『DEVILMAN crybaby』(2018)はスケッチの紹介のみに留まっているが、それまでの作品については仔細に紹介され、各作品で湯浅が何を考え、どのように表現したのかを知ることができる構成となっている。
1章は「原点を語る」とタイトルされ、湯浅政明がアニメーション監督になるまでの道筋が語られている。子どもの頃に好きだったアニメの紹介や、アニメーターという職業に興味を持った経緯、制作会社で動画マンとして働き始めた時代の思い出など、湯浅の現在に繋がるプロローグが語られる。湯浅の原点を知るとともに、本書には湯浅政明というクリエーターの半生が、作品を通して記録されていることを印象付ける。

湯浅政明をつくった作品たち

本書で紹介される作品の先陣を切るのは、湯浅が原画や設定デザインを任された『映画 クレヨンしんちゃん アクション仮面vsハイグレ魔王』(1993)だ。現在も続く映画『クレヨンしんちゃん』の第1作目であるが、湯浅は本作を自らの仕事のブレイクスルーだったと位置付けており、本作で、これまで「きつい」「つらい」と感じていたアニメの仕事を、初めて「めちゃくちゃ楽しい」と思えたと語っている。現在は日本を代表するアニメーターである湯浅だが、本作での原画を担当した時の「自分のイメージがそのままフィルムになる」という体験によって、初めてアニメーターを「天職かも」と感じたそうだ。過去の湯浅作品が、本人のアニメーターとしての成長においてどの過程にあったのかを、本人のコメントとともに知ることができ、過去作への理解を深めることができるのも本書の特徴である。
『映画 クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』(1997)の紹介においては、リアリティを重視する原恵一監督の下で、ビルや日本家屋といった建築物を、キャラクターのアクションを考えながら表現することの難しさを知ったことや、それにより原画が間に合わずほかのスタッフに渡したことの悔しさなどが語られている。その経験は『映画 クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶジャングル』(2000)での、タンカーのドッグの細かい背景を描く時に役立ったそうで、天才という言葉で言い表されることが多い湯浅が、描くことに向き合い、戦いながらその作風を確立していった過程を知ることができる。
セットデザインを担当した『カスミン』(2001〜2003)の自らの理想を詰め込んだという主人公の家や、恐怖や嫌悪にも近い感情を喚起させる『ねこぢる草』(2001)の奇怪なモチーフ、『ケモノヅメ』(2006)に登場する強烈な顔を持つキャラクター群など、豊富に収録されたアイディアスケッチにより、アイディアの出処や構想の過程をビジュアルとして知ることができるものも多い。湯浅作品の独創的な表現も、そこには確かな技術と知識に裏打ちされた設計があることを意識させられる。

『映画 クレヨンしんちゃん 暗黒タマタマ大追跡』(1997)より(p.88-89より抜粋)
左:『ねこぢる草』(2001)(p.130より抜粋)
右:『ケモノヅメ』(2006)(p.151)

貴重なインタビューから見えるもの

本書の見どころはほかにもある。「証言者インタビュー」と銘打たれた湯浅作品にまつわる人々へのインタビューコラムでは、本郷みつる、原恵一、伊藤伸高、横山彰利といった湯浅とともに仕事をしてきた監督やアニメーターが、制作時の湯浅の貴重なエピソードを語っている。例えばアニメーターの末吉裕一郎は、努力家としての湯浅のエピソードとして、ボートのオールが水に当たる表現を風呂でしゃもじを使って確かめながら何度も描いていたという話を紹介しており、湯浅の作品に対する姿勢が現場の視点で知ることができる。
巻末の押井守、大友克洋と湯浅の対談も貴重だ。両者とも日本のアニメーション史に残る監督であるが、湯浅と仕事をしたことはない。湯浅にとっては当然、影響を受けた存在である両監督だが、押井・大友ともに自身の作風と湯浅の作風を比較しながら、これから何をつくるべきなのかを湯浅と和やかに語り合っている。三者の発言からは、異なるアプローチからアニメーションの表現を追求してきた矜持が垣間見え、日本のアニメーションの軌跡をなぞるようなインタビューとなっている。
本書は、天才と呼ばれながらも抽象的な言葉で語られがちな湯浅政明の作品を、豊富な言葉と資料によって拾遺している。それらを通して、思考し、悩み、壁を乗り越えてきた湯浅のアニメーションを設計する手つきを知ることで、より湯浅の仕事の価値は認知されるだろう。そして、次作で表現されるであろう新たな創作にも、期待せずにはいられない。


(作品情報)
『だれもしらないフシギな世界-湯浅政明スケッチワークス-』
作者:湯浅政明
出版年:2018年
出版社:ワニブックス
http://www.wani.co.jp/event.php?id=4016

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