テレビアニメ化した大人気小説『転生したらスライムだった件』をはじめ、昨今ゲームをモチーフとした「ゲーム系小説」が盛り上がりを見せている。本稿では、意外と古くからつながりのあるゲームと小説の関係について紹介、また2017−2018年に発表されたゲーム系小説作品を取り上げながら、その構造を解き明かす。新たな作品が続々と生まれ、日々進化していくゲーム系小説というジャンルに迫る。

『スタートボタンを押してください』(D・H・ウィルソン&J・J・アダムス編、東京創元社)表紙

ゲームと小説の関係

(ビデオ)ゲームと小説は密接な関係がある。ゲームの第一号とされ、1962年に発表された『スペースウォー!』からして、E・E・スミスのSF小説「レンズマン」シリーズ、『宇宙のスカイラーク』の影響を受けていたほどだ。
これが1980年代後半になると、「小説を原作としたゲーム」だけでなく、「ゲームを原作とした小説」も登場し始めた。2000年代には小説を取り込んだゲーム、いわゆるノベルゲームがブレイク。そして2010年代に入ると、ゲームをモチーフとした「ゲーム系小説」が誕生し、伏瀬の『転生したらスライムだった件』(マイクロマガジン社、2014年)を筆頭に、大きな人気を集めている。

それでは、このゲーム系小説は、ゲームの何をモチーフとしているのだろうか。実のところゲームがそうであるように、ゲーム系小説についても、明確な定義は存在しないと思われる。ゲームは技術進化に伴って、そのあり方が変化していく。これまでゲームとみなされていなかったものが、技術進化に伴ってゲームとみなされるようになるのである。この傾向は今後も続くと考えられるため、ゲーム系小説もまた「ゲームをモチーフとした小説」としか説明できないともいえる。

そこで本稿では仮に、ゲームがルール(=メカニクス)によって構成されるように、ゲーム系小説を「主人公と世界の関係性に焦点を当てた小説群」と定義する。ゲームはルールによって構築され、プレイヤーはルールに基いて世界と戯れる。これと同じように、ゲーム系小説で主人公は、自分と世界の関係性に自覚的で、その関係性を活用し、世界のあり方を変容させ、時には破壊すら試みる。この点において、ゲーム系小説は「ゲーム的」なのである(註1)。

さて、このように定義した上で現状を俯瞰すると、実にさまざまなゲーム系小説が存在する。推理小説や金融小説、ギャンブル小説なども、ゲーム系小説の一種だと考えられるだろう。そこから範囲を狭めて、ビデオゲームをモチーフにしたものでも多種多様だ。実際、2018年に出版された『スタートボタンを押してください』の巻末に掲載された解説文で、ゲーム作家/ライターの米光一成は下記のように現状を紹介している。

ゲームを直接的な題材にした小説でなくとも、ゲーム的感覚を取り込んでいる小説は多い。
『死のロングウォーク』『バトル・ロワイアル』『クリムゾンの迷宮』といったデスゲーム系のモノ、『ペナンブラ氏の24時間書店』『火星の人』『ゲームウォーズ』のようにレベルデザイン的な感覚を巧みに小説構造に落とし込んだモノ、『ゲームの王国』『撲殺天使ドクロちゃん』等のゲームメカニクスを世界と対峙/融合させたモノ、一大ブームとなったゲーム的な異世界へ飛ばされる異世界転生モノ等、さまざまな作品が小説をアップデートしていく。

このように本ジャンルの広がりは、とても筆者の手に及ぶところではない。そこで、本稿では近年出版された作品群のなかで、目についた作品を3作取り上げることで、ゲームとゲーム系小説の関係性について考察していきたい。

ゲームのように作中にルールを敷く

まずルールに基いて登場人物が互いに殺し合いを続ける様を描くデスゲーム系小説では、2018年に出版された数多くの作品群のなかでも、『父さんな、デスゲーム運営で食っているんだ』(みかみてれん、KADOKAWA)が目をひいた。本作は「月刊少年エース」で連載中の同名マンガ作品(原作:みかみてれん、漫画:いなほ咲貴、KADOKAWA 2018)を原作者自身がノベライズしたものだ。

内容は「業界モノ」で、デスゲームが一大エンターテインメントとなった近未来を舞台に、革新的で刺激的なデスゲームを制作・運営する中間管理職が、無能な上司の無茶ぶりや、意識だけが高い部下の期待、暴走する天才エンジニア、自分に好意を寄せる異性の部下、ライバル企業からの妨害などをはねのけつつ、愛する妻と娘のために奮闘する様が描かれている。

本作で主人公はさまざまな人間関係、すなわちルールに縛られながら日々を過ごしている。中でも大きなものに「社会人としてのルール」と「家庭人としてのルール」があり、両者はしばしば矛盾する(デスゲーム業界は大量虐殺の上に成立しているため、主人公は自分の職業を家族に公表していない)。しかし、主人公はこれらのルールを肯定し、それを維持・発展させていこうと努力していく。その意味で本書は極めてゲーム系小説だ。

作者が後書きで記しているように、今やデスゲームは異世界転生モノと並んで、ほとんどのマンガ雑誌で掲載される、成熟期を迎えたジャンルである。これを逆手にとって「業界ネタ」を展開した点がポイントだ。そのためデスゲームの陰惨な描写は影を潜め、一般的な企業活動と大差のない程度に抑えられている。その一方で主人公が、「いかにはったりをかまして、窮地を切り抜けるか」に絞りこみ、コメディタッチに仕上げた。スマートフォンゲームが人気を集めるなか、外部からはわかりにくい運営の姿が垣間見られる点でも興味深い内容だ。

『父さんな、デスゲーム運営で食っているんだ』表紙

このようにゲーム系小説では、読者に主人公の視点を借りて、何らかの世界と世界の法則を提示し、その関係性を理解させたうえで、ストーリーが進んでいく。時にはこの両者が同時展開で進行したり、最後でどんでん返しが発生したりすることもある。しかし、その際にも読者に理不尽な思いをさせることなく、きちんと世界の法則を理解させたうえで、鮮やかに裏切らなければいけない。その点でゲーム系小説はファンタジーやSFといった異世界モノと相性が良い。

ただし、そのためには相応の筆力が求められるのは明らかだ。そして多くの「異世界転生モノ」は、舞台を「ゲームで見慣れたファンタジーRPGの世界」とすることで、読者の理解を助けようとしている。これに対して、短編という限られた文字数で、この難題に正面から立ち向かっているのが、前述した『スタートボタンを押してください』だ。本作は2015年に出版された『Press Start to Play』の邦訳で、26編が収録された原著から、12編が収録されている。

登場するのはゲーム黎明期に人気を博したテキストアドベンチャーから脱出ゲーム、FPS(一人称視点シューティング)、MMO(大規模同時接続型)RPGまで幅広く、シチュエーションも現代社会から未来の宇宙船内まで多彩だ。そのどれもが、ゲームのルールとストーリーを絡めつつ、読者に提示するという難題を抱えている。そのため読者が見慣れたゲームであれば、ストーリーに抵抗なく入っていける。逆にどちらも不慣れだと、敷居が非常に高くなってしまう(そのため巻末には登場するゲームについて若干の解説がある)。
そのどれもが秀作ばかりだが、個人的には学校では冴えない少女のアンダが、趣味のMMORPGで憧れのクラン(ゲーム中で協力するプレイヤー集団)で活躍しながら、精神的な成長を果たしていく『アンダのゲーム』を推したい。アンダが本作を通して直面するのは、ゲーム内で現実の貨幣が稼げるリアルマネートレードであり、ゲームとプレイヤー、そしてその外側にある経済との関係性だ。正解はひとつではなく、プレイヤー自身の価値観が試されることになる。

もっとも、これらは現実のゲームで日常的に起きている問題であり、だからこそ筆者にとって身近なテーマだったともいえる。同じようにお勧めの一作は読者ごとに異なるだろう。短編集の気安さもあり、気に入った内容から読み進められるメリットもある。何より、海外SFが苦戦している国内市場で、こうした書籍が出版されたこと自体に、ゲーム系小説の成熟ぶりが感じさせられた。

ゲームとゲーム系小説とゲームレビュー

最後に2017年初版の『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』(赤野工作、KADOKAWA)についても取り上げたい。本作は2115年のゲーマーによる、歴史に埋もれた低評価ゲームのレビュー集という体裁で、重層的なコンテキストが特徴だ。ゲームの評価という意味ではレビュー集であり、そのすべてがフィクションという点では小説でもある。一方で実際に発売されたゲームも多数引用されており、現実との接続性も感じさせる。

すでに述べたように、小説では読者に対し世界観を、主人公の視点を通してストーリーとともに提示し、理解させる必要がある。世界観だけを取り出して事前に説明しても、読者は敬遠するだけだ(『指輪物語』を読むのに、序章で挫けた読者は多いはずだ)。ゲームにおいても同様で、開発者はゲームを遊ばせながら、プレイヤーに世界のルールを自然に理解させる必要がある。ゲームを遊ぶ前にマニュアルを熟読したいプレイヤーは少数派だからだ。

ゲームレビューもこの問題に直面している。多くの読者は遊ぶ価値のあるゲームを求めてレビューを読むため、レビューはゲームの予備知識がない読者向けに書かれる必要がある。そのためレビューではゲームのルールを説明する必要があるが、それだけでは読者にとって外国の交通ルールを覚えるようなもので、退屈なこと極まりない。そこで優れたレビュアーは、ルールによって生まれる展開やプレイヤーの感情を、セットで説明していく。このようにルールを「ゲームを遊ぶことで得られる体験」、すなわちストーリー(=ナラティブ)でくるむことで、読者の理解を手助けするのだ。

ただし、それだけではゲームを紹介しただけにすぎない。そのうえでゲームが持つルールの新規性や、それによってもたらされるおもしろさ、平均的なゲームに比べて優れている点、ルール上の不備をはじめ、さまざまな要素の分析と評価、そしてタイトルの存在意義や社会との接続などを提示することが求められるのだ。このような視点に立てば、レビューにはゲーム系小説と似た側面があることがわかるだろう。

『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』が行っているのは、まさにこういうことだ。しかも、本作に収録されているのは、どれもゲームの本質をゆさぶるようなタイトルばかりだ。誰もが勝者になれる夢の環境を提示する『Poetpia』、ゲーム依存症患者のためにつくられた『진실게임(チンシルケイム)』、ゲームを遊ぶために作られたアンドロイド『Acacia』などだ。このように本作は架空のゲームレビュー集であり、ゲーム系小説の短編集であり、ゲーム自体の存在意義を問い直す批評集でもある。

『ザ・ビデオ・ゲーム・ウィズ・ノーネーム』表紙

海外のゲームにも影響を与える

あらためて論旨を整理すると、ゲームと小説は本来別のメディアであり、異なる特性を有している。その一方でこれまで述べてきたように、「主人公と世界との関係性」に焦点を当てるゲーム系小説は、両者を接続するうえでユニークなポジションにある。ゲームが技術進化に伴い、進化と多様化を続けるように、ゲーム系小説もまた、新たな視点を読者に提示してくれるだろう。そして、両者は互いに影響しあい、新たな作品を生み出す苗床となる。

実際、日本のゲーム系小説は海外のゲーム業界にも影響を与えており、そこから日本に逆輸入された例もある。1999年に出版され、映画版も制作されたデスゲーム系小説『バトル・ロワイアル』(高見広春、太田書店)だ。本作の映画版は韓国でも公開され、そこから影響を受けて開発されたのが、2017年にリリースされた『PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS』である。無人島に降下した最大100人のプレイヤーが互いに戦いあい、最後の一人を決めるFPSで、日本だけでなく世界中で大ヒットしている。

その後本作に続いて、中国で『荒野行動』、アメリカで『フォートナイト』などのフォロワーが登場。バトルロイヤル系ゲームという新たなジャンルを創り出した。これらのゲーム群が日本に上陸し、現在のデスゲーム系小説やマンガを盛り上げている面もある。世界がますます狭く、メディアが融合していくなかで、今後どのような作品が登場してくるか、今から楽しみだ。

『PLAYERUNKNOWN’S BATTLEGROUNDS』キービジュアル
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(脚注)
*1
ただし、多くのゲーム系小説で主人公は、メタ小説とは異なり、小説そのもののルールや構造を逸脱したり、破壊したりすることはない。世界が破壊されれば、主人公もまた存在意義を失うからである。その姿はさながら、プレイヤーがゲームでプログラムのバグを活用したり、ハッキングツールなどを用いて改変したりして、ゲーム世界そのものを改変して楽しむことが、文字通り「ルール違反」だとされる点に似ている。この点においてもゲーム系小説には、ゲームと似た点があると考えられる。