日本のゴジラから生まれた“KAIJU”なる概念は、如何にして世界に広がっていったのだろうか。すべてのはじまり=キング・コングの故郷であるアメリカでは? サンダーバードを送り出したイギリスでは? そして、遠くて近いアジア諸国では? さあ、各国の特撮映画に目を向けよう。彼らは確かに、海の向こうで巨大な爪痕を残していた……!

『原始獣レプティリカス 冷凍凶獣の惨殺』(1961)よりレプティリカス。近年になって、日本のメーカーが製造・発売した。こうしてレトロスタイルのソフビ人形になってしまえば、たとえ海外生まれであっても日本の怪獣との違いはなくなる

※写真はすべて著者の私物のフィギュア

大怪獣、欧米に現る

前回、当コラムにおける“怪獣”の定義づけを行った。海外の人間が抱く日本の怪獣観を強く意識したもので、要件は以下のとおりとなる。
・現代、あるいは近未来、近過去が舞台の作品に登場する
・実在する生物とは比較にならない巨体を有する
・大都市に出現し、その巨体や超能力を以てビル群を破壊する
つまるところ『ゴジラ』(1954)からの強い影響がうかがえるモンスターたちのことで、彼らがどのように世界のニーズに応えてきたかを検証していこうと思う。たとえば、旧ソ連のファンタジー映画『巨竜と魔王征服』(1956)には、キングギドラのモデルになったともいわれている極めて魅力的な三ツ首竜が登場(註1)するのだが、先の前提を満たしていないので、ここでは怪獣とカウントしない。
逆に、これ以上ないほどに必須条件を満たしているのが、アメリカ産の『人類危機一髪! 巨大怪鳥の爪』(1957)である。全長300mはあろうかというコンドルのような宇宙怪獣が、米軍の攻撃を物ともせず暴れに暴れまくる。どことなくマンガチックでユーモラスなルックスが災いして、物笑いの種になることも少なくないが、エンパイア・ステート・ビルに止まって翼を広げた巨大な姿は必見。傑作の誉れ高い『空の大怪獣ラドン』(1956)にだって、インパクトでは負けていない。むしろ通常兵器を一切寄せ付けないという意味では、自衛隊のミサイル攻撃で深く傷ついていた初代ラドンよりも怪獣らしいといえるかもしれない。また、米軍を翻弄するといったら、『極地からの怪物 大カマキリの脅威』(1957)に登場する死のカマキリも忘れられない1体だ。火山の影響で目を覚ました古代カマキリという設定で、姿かたちはカマキリそのもの(註2)だが、造形物の完成度も相まって異様な迫力を誇る。デンマーク唯一の怪獣映画といわれる『原始獣レプティリカス 冷凍凶獣の惨殺』(1961)のレプティリカスも、戦車隊の攻撃を弾き返し、たとえバラバラにされても小さな肉片から復活するタフネスさを備えていた。海外のモンスターというと、軍隊の攻撃に打たれ弱い傾向にあるのだが、こういったしぶとい連中も少なくない(註3)。なお、これら3体は着ぐるみ怪獣でもコマ撮り怪獣でもなく、マリオネットやパペットの要領で人形を操作して表現される操演怪獣だ。
さて、お次はイギリスにスポットを当ててみよう。「サンダーバード」シリーズや「ドクター・フー」シリーズで知られる特撮大国だが、そのものズバリな怪獣映画となると数は限られてくる。まずは、『大海獣ビヒモス』(1959)。監督・脚本は『ゴジラ』に大いなるヒントを与えた『原子怪獣現わる』(1953)のユージン・ルーリーで、特殊効果は『キング・コング』(1933)のウィリス・オブライエンという鉄壁の布陣で制作された作品だ。核実験の影響で出現したパラエオサウルス科の恐竜が、ロンドンに上陸して放射能を撒き散らす……『原子怪獣現わる』のセルフリメイク的な意味合いが強く感じられる筋書きではあるものの、怪獣が口から放射能を吐いたり、田舎の漁村から異変が始まったりと、『ゴジラ』を参考にしたと思しき箇所がいくつか存在する。さらにルーリーは、日本よろしく着ぐるみとミニチュアセットを用いた『怪獣ゴルゴ』(1961)も監督している。日本との共同製作の予定もあった作品で、当初は東京を舞台にすることも考えられていたという。結局、ロンドンに落ち着くのだが(註4)、ストーリーはこうだ。アイルランド沖で捕らえられた伝説の海獣オグラは、ロンドンのサーカス団に売り払われ、ゴルゴという名で見世物にされてしまう。しかしゴルゴは、まだ成長過程にあるオグラの幼獣だった。そして子供を取り返さんと怒りに燃えるゴルゴの母親が、イギリス近海まで迫ってきており……。『キング・コング』の影響を受けた筋書きながら、親子怪獣という捻りを効かせたアイデアを盛り込んでいるところがポイント(註5)。実景合成やミニチュアの完成度も高く、海外の怪獣映画というと真っ先にタイトルが挙がる作品だ。母怪獣の身長は60m、英軍の攻撃を物ともしない強靭さも有しており、まさに怪獣である。これまで挙げた作品(註6)には、必ずしも『ゴジラ』の影響下にあるとは言いきれないものもあるが、『怪獣ゴルゴ』に関しては確実だろう。

日本からアジアへ

では、アジアの怪獣事情はというと、日本から特撮スタッフを招聘してつくられた怪獣映画が何本も存在する。その一端を紹介すると、まずは昭和「ガメラ」シリーズ(註7)のスタッフが協力した韓国の『大怪獣ヨンガリ』(1967)。核実験の影響で目を覚ました地底怪獣ヨンガリが、口からの火炎放射と角からの怪光線でソウル市内を破壊するという話だ。大韓民国国軍の総攻撃にも耐えて暴れまくるヨンガリだが、実はアンモニアを苦手としていることが発覚。最後は特殊な液体アンモニアを散布され、身体を掻きむしりながら下血するという壮絶な死にざまが、特撮マニアの間で語り草になっている。こういった過度な残虐描写にはカルチャーギャップを感じなくもないものの、昭和「ガメラ」シリーズや「仮面ライダー」シリーズを手掛けたエキスプロダクションによるヨンガリの造形は、ザ・怪獣といって差し支えないシンプル且つ力強いものだ。ストーリーの流れも、怪獣映画の基本に忠実なつくりで、日本人の目から見ても違和感は少ない。現地でも人気を得たのか、2000年に『怪獣大決戦ヤンガリー』としてリメイクされている。ただし、こちらは日本ではなく、アメリカとの合作だった。
一方、香港を代表する映画会社ショウ・ブラザーズも、円谷英二の一番弟子である有川貞昌を招いて、『北京原人の逆襲』(1977)を製作している。北京原人といっても、我々のよく知る化石人類は異なり、ヒマラヤの奥地で目を覚ました身長25mもの巨大猿人だ。要するにリメイク版の『キングコング』(1976)の対抗馬として作られた作品なのだが、造形は先述のエキスプロダクションから独立した村瀬継蔵が担当しており、香港市内での見事な暴れっぷりも含めて、非常に日本的な怪獣となっている。また、ショウ・ブラザーズの特撮映画といえば、『中国超人インフラマン』(1975)もある。こちらは怪獣映画というよりも、「仮面ライダー」シリーズを代表とする等身大の変身ヒーロー番組を強く意識した作品なので詳細は省くが、その造形は本家本元であるエキスプロダクションが担当している。もっとも怪獣映画に限定しなければ、日本人スタッフが参加した香港特撮は枚挙にいとまがない。際限がないので、タイの話題に移ろう。

『ジャンボーグA』(1973)および『ジャンボーグA&ジャイアント』(1974)より、侵略宇宙人アンチゴーネ。左側のソフビ人形はタイ製で、ほかにも同作品に登場する多くの怪獣と宇宙人がラインナップされていた。一方、日本では右側のものも含めて2種類しか怪獣ソフビは発売されておらず、タイとの熱量の差は歴然である

タイの特撮映画といえば、円谷英二のもとで特撮技術を学んだというソンポート・ソンゲンチャイが興したチャイヨー・プロダクションの作品群が有名だ。特に名が知られている作品としては、『ウルトラ6兄弟VS怪獣軍団』(1974)がある。仏像泥棒に殺害されたコチャン少年が、インド神話に謳われる白猿ハヌマーンとして復活。タイのロケット発射基地を襲撃した怪獣軍団に、ウルトラ兄弟とともに立ち向かうという物語で、本家「ウルトラマン」シリーズに携わっていた日本人スタッフも数多く参加している。『大怪獣ヨンガリ』と同様、怪獣たちの最期が筆舌に尽くし難く、しかもこちらは馴染みのキャラクターだけに衝撃が大きい。さらにチャイヨー・プロダクションと円谷プロダクションの合作映画では、日本では未公開に終わった『ジャンボーグA&ジャイアント』という作品もあった。タイでも放映されていた日本の変身ヒーロー番組『ジャンボーグA』のオリジナル劇場用作品である。ワット・ポー(涅槃寺)とワット・アルン(暁の寺)の神像に命が宿ったジャイアントと、日本のジャンボーグAが手を組んで怪獣軍団と戦う。なお、円谷プロダクションとチャイヨー・プロダクションの関係悪化に伴い、現在ではいずれも容易に観ることができなくなってしまった。
さて、最後は北朝鮮の怪獣映画を紹介したい。映画マニアだった金正日総書記の指揮のもとで製作された『プルガサリ~伝説の大怪獣~』(1985)である。高麗朝末期を舞台とする時代劇のため、最初に挙げた条件を満たすものではないのだが、「ゴジラ」シリーズを手掛けた東宝の特撮スタッフが全面的に協力している由緒正しい怪獣映画だ。主役のプルガサリは、デザインと造形を東宝の造形チーフだった安丸信行が担当しており、スーツアクターもゴジラ役で知られる薩摩剣八郎ということで、まさしく怪獣王の遺伝子を受け継ぐ1体といえよう。しかし本作は完成直後、監督の申相玉がアメリカへ亡命したことからお蔵入りとなってしまう(註8)。もっとも現在では封印も解かれており、1998年には小規模ながら日本国内で劇場公開もなされた。折しもハリウッド版『GODZILLA』が公開され、世界中で怪獣人気が高まっていた時期のことだ。次回は、いかにしてゴジラがハリウッドリメイクされるほどの海外人気を獲得したのかについて考えていきたいと思う。

『怪獣王ゴジラ』(1956)発表後に、世界各地で生まれた怪獣映画群

(脚注)
*1
20mほどの実物大モデルが制作されており、口内に仕込まれた本物の火炎放射器を用いて、群衆相手に炎を撒き散らすさまは圧巻。東欧および中欧において、この手の多頭竜はポピュラーな存在のようだ。また、ギリシャ神話に伝えられる多頭蛇のヒュドラーは、ロシア語綴りでギドラとなる。

*2
そのまま過ぎるルックスは、あまり怪獣的といえないのだが、のちの『怪獣島の決戦 ゴジラの息子』(1967)などに登場するカマキラスも、右の前肢が槍状になっていることを除けば、ほぼ現実のカマキリに即した姿かたちをしていた。なお、造形の緻密さ関しては死のカマキリ、操演の繊細さについてはカマキラスに軍配が上がるだろう。

*3
逆に日本の怪獣が、軍隊の攻撃で深手を負ったり、絶命したりすることも珍しくない。怪獣にとって、ミサイル攻撃など豆鉄砲のようなものというイメージは、「ウルトラマン」シリーズ以降に根付いたものと思われる。

*4
第二、第三の候補地としては、オーストラリアとフランスも検討されていたようだ。結局、ロンドンにはビッグ・ベンやロンドン橋といった壊し甲斐のある建造物が多いということが決め手となったらしい。名所の破壊シーンは、怪獣映画の醍醐味だ。

*5
のちに日活で製作された『大巨獣ガッパ』(1967)のストーリーは、明らかに本作を参照元としている。また、実物大ゴルゴをトレーラーに乗せて輸送するというアイデアも、『スペクトルマン』(1971)のマウントドラゴンや『小さき勇者たち〜ガメラ〜』(2006)に引用されている。

*6
イギリスの怪獣映画としては、ほかに『怪獣ウラン』(1956)と『巨大猿怪獣コンガ』(1961)がある。しかし前者は『マックイーンの絶対の危機』(1958)に先駆けたブロブ型のモンスター、後者は『キング・コング』を意識した大猿モンスターということで、日本の影響はあまり感じられず割愛した。

*7
現在、「ガメラ」シリーズは全12作。そして、特に旧大映が製作した『大怪獣ガメラ』(1965)、『大怪獣決闘 ガメラ対バルゴン』(1966)、『大怪獣空中戦 ガメラ対ギャオス』(1967)、『ガメラ対宇宙怪獣バイラス』(1968)、『ガメラ対大悪獣ギロン』(1969)、『ガメラ対大魔獣ジャイガー』(1970)、『ガメラ対深海怪獣ジグラ』(1971)、『宇宙怪獣ガメラ』(1980)の8本を昭和「ガメラ」シリーズと呼ぶ。ガメラと対戦怪獣の、文字通り肉を切らせて骨を断つデスマッチが人気を博した。

*8
ハリウッドに渡った申相玉は、のちに本作のセルフリメイクともいえるファンタジー映画『ガルガメス』(1996)の製作代表を務めている。日本人スタッフこそ関わっていないが、ガルガメスもまた着ぐるみ怪獣であった。

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