1980年代よりキャラクターデザイナーとして長く活躍を続ける美樹本晴彦。35年に渡るその仕事を振り返ることのできる画集が『美樹本晴彦キャラクターワークス』だ。これまで美樹本がキャラクターデザインを手がけた34作品の資料が本書には収められている。時代とともに求められる絵柄や衣装の流行が移り変わるなか、一線で描き続けてきたキャラクターたちを、豊富な資料を通じて総覧することができる。

『美樹本晴彦キャラクターワークス』表紙

時代をつくったキャラクターたち

1982年に放送を開始した『超時空要塞マクロス』(1982-83)で、美樹本晴彦は初のキャラクターデザインを手がける。当時の美樹本が描くキャラクターは、それまでにない新しいものであったという。編集者の小黒祐一郎は『超時空要塞マクロス』の放送前にキャラクター原案のカラーコピーを見たときのことを「ちょっとした衝撃だった。それまでに見た事もないくらい、アニメファン的にキャッチーな画だった」(註1)と述懐している。本書には残念ながらテレビ放映版の『超時空要塞マクロス』のキャラクター原案は収録されていないが、放送終了後に公開された劇場版『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』(1984)は収録されており、当時のアニメーションファンに衝撃を与えた、生き生きと表現された体の線や表情が伝わってくる。

『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』を始め、美樹本の初期作品を本書で確認すると、当時すでに自身のキャラクターデザインを確立していることがわかる。例えばその特徴のひとつとして、キャラクターの少女マンガ的な黒目の大きさが挙げられる。本書でも「私の絵の根っこは少女マンガだと思います」(註2)とコメントしており、少女マンガの持つエッセンスをアニメーションのキャラクターデザインに持ちこんだことが、当時与えた斬新さの要因のひとつであることがうかがえる。これは現代のアニメーションのキャラクターデザインにも大きな影響を与える、画期的な試みであったと言えよう。

『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』原画とヒロインであるリン・ミンメイの設定画。本書p. 243(左)、p. 245(右)

また、美樹本が自身のキャリアの「転換期にもなっているのかも」と評するのが高山文彦監督『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989)だ。それまで、美少女キャラクターを中心に描いてきた美樹本は、当時まだ「おじさん」をほとんど描けなかったという。本作で美樹本は多くの中年男性のキャラクター達を描くことになり、それが新たなキャラクター制作の勉強になったと本書で語っている(註3)。この仕事の際には監督の高山から、年配者の描写を骨格と筋肉の構造から説明してもらい、大きな学びがあったそうだ(註4)。顔に刻まれた皺や筋肉の垂れ具合など、人物の厚みを感じさせる表現が収録された設定画からも感じられ、本作がキャリアの転換点として重要な作品であることが認識できる。

『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』ヒロインのクリスとスチュアート大尉、ミーシャの設定画。本書p. 58(左)、p. 67(右)

キャラクターづくりの情熱

90年代以降、美樹本はライトノベルや雑誌など、イラストレーターとしての仕事を増やしていく。そんな美樹本がアニメーションのキャラクターデザインで再び存在感を示したのが、第20回文化庁メディア芸術祭で審査委員会推薦作品に選出された荒木哲郎監督『甲鉄城のカバネリ』(2016)だ。

当時、美樹本は漠然と「もうアニメに関わることはないかな……」と思っていたそうだ。記号的な表現よりも雰囲気を重視する自身の描き方や絵柄は、アニメーションに向いていないのではないか、という考えが強かったからだという(註5)。しかしながら監督の荒木は、これまでの美樹本のアニメーション、マンガ、カードゲームに至るまであらゆる仕事を調べあげ、その知識をもって美樹本にキャラクターをオーダーした。その熱量に感銘を受け、美樹本は『甲鉄城のカバネリ』のキャラクター原案の仕事を受けることを決断したそうだ(註6)。本作のキャラクターデザインは2016年においても、80年代と同様に多くのアニメーションファンの人気を集めた。動きで演技させるための髪型や衣装など、アニメーションの目的に合わせてキャラクターの造形がいかに考慮されたのか、本書の設定画からうかがい知ることができる。美樹本の変わらぬキャラクターデザインに対しての情熱が、稀代のアニメーション作品に昇華された過程が伝わってくる。

本書では日本のアニメーション史に美樹本が与えた影響を、豊富に収録された設定画から再確認することができる。変わらぬ今後の活躍、そして新たな作品への期待を抱きたくなる一冊である。

『甲鉄城のカバネリ』主人公の生駒、ヒロインである無名の設定画。本書p. 7(左)、p. 11(右)

(脚注)
*1
アニメスタイル アニメ様365日 第106回 美樹本晴彦と大阪のメカキチ
http://style.fm/as/05_column/365/365_106.shtml

*2
『美樹本晴彦キャラクターワークス』p. 169

*3
『美樹本晴彦キャラクターワークス』p. 52

*4
『美樹本晴彦キャラクターワークス』p. 67

*5
animate Times 「美樹本キャラ」の新たなる1ページ!『甲鉄城のカバネリ』キャラ原案・美樹本晴彦さんに聞く、主人公・生駒とヒロイン・無名が生まれるまで
http://www.animatetimes.com/news/details.php?id=1462408495

*6
『美樹本晴彦キャラクターワークス』p. 5

※註のURLは2018年11月7日にリンクを確認済み


(作品情報)
『美樹本晴彦キャラクターワークス』
著者:美樹本晴彦
出版年:2018年
発行元:株式会社パイ インターナショナル

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