アートを介して共生社会を考える「ここから」展の第3回目が、国立新美術館で開催された。今回は「障害・年齢・共生を考える」をタイトルに据え、「エイジ/レス」をサブキーワードに、障害のある方たちによる魅力的な作品と、文化庁メディア芸術祭の受賞作などから選ばれた、「年齢」や「生きること」が表現されたマンガ・アニメーション作品、体験型のメディアアート作品が展示された。展覧会初日に開かれた内覧会の様子をレポートする。

パート2「ここからおもう〜多様な『エイジ/レス』を描くメディア芸術〜」の展示風景

生きる=つくることの力強さ

会場は、障害のある方の作品が並ぶパート1「ここからはじめる〜生きる・つくる・アートの原点に触れる〜」から始まる。
オリジナルのキャラクターたちが渋谷や大阪、デンマークまで旅する様子を描く横溝さやかは、今回、東京オリンピック・パラリンピックをイメージして描いたという新作を発表し、「世界中の人たちにみてもらうために頑張った」とコメントした。
ボールペンで花や葉などを描く大庭航介の作品は、モチーフ全体に模様が高い密度で描きこまれ、制作期間は一作につき2〜3カ月かかるという。
ほかにも、さまざまな色の紙を1mmにも満たないほど細く櫛状に切る藤岡祐機や、間の取り方などで変化をつけながら、いちごやアロエといったモチーフで画面を埋め尽くす大倉史子など、総勢10名の作家による、表現者のエネルギーが伝わってくる作品が並ぶ。

本展監修者で美術評論家・新潟市美術館館長の前山裕司(左)と、出品作家の横溝さやか(右)
自身の作品の前で撮影に応じる大庭航介
藤岡祐機『題名なし』2006-08
大倉史子『いちご』2009

おばあちゃん画家 丸木スマのまなざし

パート1の作品群を抜けると、特別展示「おばあちゃん画家-丸木スマ」の動物や植物たちが出迎えてくれる。丸木スマ(1875-1956)は『原爆の図』で知られる画家・丸木位里の母親で、息子の妻である丸木俊に勧められて絵を描き始めたのは70歳を超えてからだ。それまで絵を描くことのなかったスマだが、81歳で亡くなるまで、広島での日々の生活や身近な動植物をテーマに700点以上の作品を描いた。旺盛な創作意欲もさることながら、70歳を過ぎてから才能を開花させたことに驚かされる。

左:特別展示「おばあちゃん画家−丸木スマ」の展示風景
右:丸木スマ『めし』1950、原爆の図丸木美術館蔵

年齢という枠を超えて世界を眺める

パート2「ここからおもう〜多様な『エイジ/レス』を描くメディア芸術〜」では、老いや年齢、生きることについて考えさせられる5点のマンガ・アニメーション作品が展示されている。いがらしみきおの代表作である4コママンガ『ぼのぼの』(1986-、竹書房)からは、シマリスくんの両親や新しく誕生した子リスに関するエピソードなどの原画が展示された。また、新しい試みとして、凹凸が浮き出る特殊なインクでマンガを印刷し、直接触れて鑑賞する「触図(しょくず)」を作成した。コマの中は色別に異なる模様の凹凸がつけられ、ふきだしには発話者を指す矢印が加えられる。さらに背景には「はっぱ」「しげみ」などと対象を表す単語が、欄外には状況を説明するテキストが点字で追加され、鑑賞の助けになってくれる。制作の様子は映像でも紹介されており、コマの順番をどう示すかなど、まだまだ課題も多いという。
その他のマンガ作品は、老婆の夢と現実を情感豊かに描いた池辺葵の『どぶがわ』(2012-13、秋田書房)、事故で26年間眠り続け、心は中学生のまま40歳になってしまうというストーリーの松田洋子『大人スキップ』(2016-17、KADOKAWA)の原画が展示された。
アニメーション作品では、死別した妻が自身の影となり、その影にとらわれる老いた男性が主人公のDebanjan NANDYの『Chhaya』(2015)、機械仕掛けの装置を抜け出して赤ん坊が大冒険をする湯浅政明『夢みるキカイ』(2007)が取り上げられた。『夢みるキカイ』は映像のほか、絵コンテやスケッチなども展示された。
赤ん坊から老人まで、文字通り老若男女揃った登場人物たちが、それぞれの目で見て感じた世界がパート2の展示作品には表現されていた。

「触図」で再現した『ぼのぼの』の一コマ(左)とその制作の様子(右)
『夢みるキカイ』の絵コンテ
障害や年齢について取り上げたマンガ作品が読める、マンガライブラリのコーナーも併設

同じ空間に存在する異なる世界

展覧会の最後を飾るのは、パート3「ここからひろがる〜『いまのわたし』が感じる世界〜」の体験型インスタレーション『echo』(2017-)だ。障害や年齢によらず、多くの人が感じとることのできる「振動」を頼りに空間を認識するという作品で、鑑賞者は約2m以内の障害物を検知して振動する「echo band(エコーバンド)」という装置を手のひらに装着し、薄布の垂れ下がる空間を歩き回る。「echo band」は、障害物に近づくと大きく、離れると小さく振動する。また、約20秒ごとに、シンプルな振動・鼓動のような振動・泡立つような振動と、パターンが自動的に変化する。インスタレーションの中心部に設置されたサーキュレータの風によって、薄布で作られた空間は常に変化し、手をかざしながら空間を歩くと、予期しない振動を味わい、楽しむことができる。

echo band(左)を装着して作品を体験(右)

今回の「ここから3」展は、障害者週間(12月3日〜9日)と会期を重ね、『ぼのぼの』の「触図」や振動で体験する『echo』など、障害や年齢によらず鑑賞できる作品が展示された。これは、視覚を頼りに鑑賞されることの多いアート作品、それを取り扱う美術館での展示としては、特筆すべき試みだったと言える。
こうした誰もが同様に鑑賞できる作品に加え、障害のある方の作品、さまざまな視点から「年齢」を捉えた作品たちが一堂に会する本展は、今までとは異なる場所から世界を眺める第一歩となるだろう。


(information)
ここから3―障害・年齢・共生を考える5日間
会期:2018年12月5日(水)〜9日(日)10:00~18:00
※7日(金)・8日(土)は20:00まで
会場:国立新美術館 1階展示室1A
入場料:無料
主催:文化庁
共催:国立新美術館
制作:アート・ベンチャー・オフィス ショウ
http://www.kokokara-ten.jp
※URLは2018年12月28日にリンクを確認済み