「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」が2017年12月16日(土)から2018年3月18日(日)に熊本市現代美術館で開催された。本展覧会は、2016年に起きた地震によって大きなダメージを受けた熊本城を、特撮美術の力で甦らせることをコンセプトに企画されたものである。制作に当たっては、特撮のプロフェッショナルのほか、設営インターンとして熊本在住の市民らも参加。完成したミニチュアセットは、アーティストの映像作品に活用され、撮影されたものは2018年11月10日(土)から2019年3月10日(日)まで開催される上海ビエンナーレに出品されている。本稿ではミニチュアセットの制作現場や展示会場の様子、また制作物が特撮美術として機能するまでを追う。
「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」会場入り口
「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」ミニチュアセットの様子(画像提供:熊本市現代美術館)
特撮の力で復興を応援
2016年4月14日、そして16日に発生した地震によって、熊本の街は被災し、街のシンボルである熊本城も大きなダメージを受けた。震災からの復興計画は、今なお進行中であり、熊本城に至っては、全体の復旧に約20年を要する見込みであるという。こうした状況を背景として、熊本の復興をテーマに企画されたのが「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」である。本展覧会では、特撮美術監督の三池敏夫氏の監修のもとで、特撮美術の力により、震災前に存在していた「熊本城の見える熊本の街の風景」がつくり出された。なお、展示は、熊本城と熊本の街並みのミニチュアセットのエリア、ミニチュアセットのメイキングエリア、熊本城の過去・現在・未来を各種資料で紹介するエリア、阿蘇神社のミニチュアセットの大きく4つのエリアから構成されていた。
本展覧会開催のきっかけは、2015年に熊本市現代美術館で開催された「館長庵野秀明 特撮博物館 ミニチュアで見る昭和平成の技」(以下、「特撮博物館」)の巡回展まで遡る。この「特撮博物館」の開催によって、熊本出身の特撮美術監督である三池氏と熊本市現代美術館との交流が始まった。震災後も三池氏と美術館の交流は続き、ある時美術館側が「特撮の力で熊本城をつくれないか」と三池氏に打診したことが、本展覧会の始まりだったという。
本展覧会の準備には1年以上の時間がかけられており、開催までの期間中も「『特撮雲』製作・撮影ワークショップ」(2017年5月6日)や「ミニチュアセット製作・撮影ワークショップ」(2017年11月19日)、三池氏による特撮の講演会(2017年5月7日、11月18日)といった数多くのプレイベントが開催された。なかでも三池氏の講演会では、本展覧会の企画の進捗や目玉である熊本城のミニチュアセットの制作進行状況が伝えられ、展覧会開催への期待感を盛り上げていた。
「『特撮雲』製作・撮影ワークショップ」で制作された雲
「ミニチュアセット製作・撮影ワークショップ」で制作されたミニチュアセット
職人の手でつくられる特撮
本展覧会の展示の中心である20分の1スケールで制作された熊本城(天守閣・宇土櫓)のミニチュア、および阿蘇神社のミニチュアは、「ウルトラマンシリーズ」などの特撮映像作品でミニチュアセットの制作を行っている株式会社マーブリングファインアーツによって引き受けられた。ミニチュア制作を担当したのは、マーブリングファインアーツの伊原弘氏である。伊原氏は、「特撮博物館」内で上映された短編作品『巨神兵東京に現わる』において、新たなミニチュアビルの破壊方法「伊原式」を考案したベテランスタッフである。伊原氏の職人技によって生み出された熊本城、阿蘇神社のミニチュアセットは、細部のディテールにまでこだわり抜かれた非常に高いクオリティーのものである。本展覧会では、メイキング映像や検討模型、レーザーカッターによってミニチュアのパーツが木材から切り出された跡などから、その職人技の一端に触れることができた。
東京のマーブリングファインアーツで制作された熊本城、阿蘇神社のミニチュアは、熊本市現代美術館へと発送され、展示会場内で青空のホリゾント(背景)をバックに設営された。展覧会の目玉となる熊本城のミニチュアには、ホリゾントのほかに、熊本市街・住宅街のミニチュアセットや照明が組み合わせられ、「城下の街並みをイメージしたミニチュアセット」として展示されることとなった。
左:熊本城ミニチュア メイキング写真
右:熊本城小天守 検討模型(上)、レーザーカッターによりパーツが切り出された跡(下)
設営前に撮られた熊本城ミニチュア野外撮影写真 自然光の下で撮影されると、ミニチュアがより本物らしく見える(画像提供:熊本市現代美術館)
左:熊本城ミニチュア 照明テスト中
右:熊本城ミニチュア ディテール
阿蘇神社ミニチュア
市民の手でつくられる特撮
ミニチュアの熊本城をとり囲む大規模な熊本市街・住宅街のミニチュアセットの設営に活躍したのが、設営インターンと呼ばれるボランティアスタッフである。設営インターンは熊本在住の市民を中心に総勢44名から構成されており、ミニチュアセットの設営期間である2017年12月6日から14日の間、監修の三池氏やマーブリングファインアーツのスタッフからの指示を受けてミニチュアの設営作業の補助を行った。なお、設営インターンは期間中全日強制参加ではなく、各人の予定がつく日に参加することとなっていたため、設営期間1日当たりの参加人数は10人前後であった(註1)。
設営インターンの活動は、基本的には三池氏主導で行われていた。その活動は、例えば、熊本市街・住宅街のミニチュアセットのベースとなるビルや、一軒家のミニチュアのレイアウトの手伝い、別の撮影で使用したミニチュアの補修、ホリゾントの雲の描画の手伝い、マンションのベランダ部分などに配置される布団や物干しなど小物類の制作といったものである。しかし、作業が進むにつれ、次第に設営インターンが各々の制作する小物のディテールに凝りはじめ、そのうちに設営インターン側から制作する小物の提案がなされるまでになった。その象徴的存在が、熊本市街の商店街である上通、下通のアーケードのミニチュアである。これらは当初のミニチュアセット制作構想では制作工程や予算の都合上断念していた部分であったが、細かい点は三池氏と相談しながらも、設営インターン自身の創意工夫によって制作されたのである。熊本市民自身の自発的な制作活動により、ミニチュアセット上で市民が心に描く「熊本らしい」風景が生み出されてゆく。まさに特撮制作を通して、疑似的な街の再生が、市民の手によって行われていると言えるだろう。
本展覧会のミニチュアセットにおける市民参加のもうひとつの例が、写真切り出し用の写真の提供である。写真切り出しとは、印画紙に印刷した写真を人の形に切り取り、自立できるように細工をすることで制作される簡易的なミニチュア人形であり、「特撮博物館」の「巨神兵東京に現わる」でも巨神兵の襲来シーンに活用された。写真切り出しは、単純な構造であるため、肉眼で見るとつくり物にしか見えないものの、カメラ越しに見た場合には、実際にミニチュアセットの中に人がいるかのように見える効果をもたらす。今回の展覧会では、事前に熊本市民に写真切り出し用の写真の募集を行っており、設営インターンの人海戦術でその量産が行われた。これにより、実際の熊本市民が住んでいる熊本の風景が、ミニチュアセットという形でつくり出されることとなったのである。
設営作業風景(画像提供:熊本市現代美術館)
左:熊本市街 右上の赤い建物が設営インターンによって制作された商店街・上通アーケード
右:街の一角 ゴミ箱、自動販売機、立て看板などが設営インターンにより制作された(上)、住宅街の一角 洗濯物や物干し竿、ゴミ捨て場のゴミなどが設営インターンにより制作された(下)
左:写真切り出し
右:写真切り出しの構造 人物の形に切りとった写真を台紙とスチレンボードで固定するという、簡素な構造
左:設営インターンの作業台 写真切り出しは右下の写真から制作された
右:アパートの一角 写真切り出しがあるだけで実在の街の雰囲気に(上)、下通アーケード 膨大な数の写真切り出しにより街の活気が表現されている(下)
来場者の手でつくられる特撮
このように、三池氏やマーブリングファインアーツのスタッフといった特撮美術の職人と、設営インターンとして参加した一般市民の双方の力によって、熊本城を中心とするミニチュアセットが完成した。非常に情報量の多いセットであり、さまざまな角度から観察するだけでも十分楽しめる展示であるが、本展覧会は、来場者が単に展示物を見るだけでは終わらない。展示会場内は撮影可となっており、来場者は、会場に展示されているミニチュアを自分のカメラで撮影して、TwitterやFacebookといったSNSに自由にアップロードすることができるのである。なぜこのような運営方法が取られたのかと言えば、特撮においてミニチュアセットは、あくまでも作品制作のための中間制作物であり、特撮作品はミニチュアセットをカメラで撮影して初めて完成するからである。すなわち、本展覧会では、来場者が各々のカメラを用いて展示物の撮影を行うことによって、ミニチュアセットが初めて作品として完成することとなるのである。
熊本市街のミニチュアセットには、三池氏の計算の下、効果的な写真が撮れるカメラポジションがあらかじめ設定されており、その位置はイベントなどでひっそりとアナウンスされていた。だが実際のところ、来場者は、展覧会側から与えられた撮影位置に縛られず、自分の体でミニチュアセットの中を動き回り、より本物らしく見えるポジションを探索していた。いわば、来場者の手によって、来場者の数だけの「熊本の風景」が写真の形で生み出されていったのである。ここでもまた設営インターンの活動と同様に、特撮制作を通して「熊本の風景」を再生させる、疑似的な復興が行われていると言えよう。
3枚ともミニチュアセット内を筆者が撮影した写真
アーティストの手でつくられる特撮
2018年3月18日、「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」は会期終了となった。通常の展覧会であればここから展示物の撤収作業となるのだが、本展覧会ではこの熊本城と街並みのミニチュアセットを活用して、1本の特撮映像作品が制作された。映像作品の構想・構成・総合ディレクションを手がけたのは、上海の現代アーティストであるルー・ヤン(陸揚)であり、本展監修の三池氏は、映像作品の特撮美術監督を担当している。撮影は会期終了の3月18日の夜から翌日の早朝にかけて行われた。撮影が開始されるや否や、床に移動撮影用のレールが敷かれ、グリーンバックの合成設備が会場入り口の横に建てられることとなり、現代美術館の展示室は一転して特撮の撮影現場と化した。この時に撮影された映像を使用した映像作品《器世界の騎士 〔エピソード1〕》は、2018年9月22日(土)から11月25日(日)に熊本市現代美術館で開催された企画展「魔都の鼓動 上海現代アートシーンのダイナミズム」で3チャンネル映像作品として展示され、2018年11月10日(土)から2019年3月10日(日)に開催される第12回上海ビエンナーレでも発表されている。このように、熊本城のミニチュアセットは、展覧会の会期終了後も、次なる映像作品の中間制作物として機能したのである。
「魔都の鼓動 上海現代アートシーンのダイナミズム」看板
《器世界の騎士》撮影風景 (画像提供:熊本市現代美術館)
《器世界の騎士》上映風景
さまざまな人の創作の場としての特撮
これらの展覧会を総括すると、特撮のプロフェッショナル、設営インターン、来場者、現代アーティストといった属性の異なるさまざまな人物が、「特撮」をキーワードに多種多様な創作活動を行うものであったと言える。また、熊本地震で被災した市民が設営インターンや来場者という形で参加することにより、さまざまなレベルで「市民による街の再生」が疑似的に行われていた。これは我々が普段「特撮」と聞いて思い浮かべる「破壊」や「爆発」といったイメージとはまったく真逆のものである。その意味で、「熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展」は、単にテレビや映画のスクリーンを鑑賞するだけに終わらない、特撮と人々の新たな関わり方の可能性を提示した展覧会であった。
(脚注)
*1
なお、筆者も、2017年12月10日から14日にかけて設営インターンとして活動を行った。
(information)
熊本城×特撮美術 天守再現プロジェクト展
会期:2017年12月16日(土)~2018年3月18日(日) 10:00~20:00
会場:熊本市現代美術館
入場料:一般1,000円、シニア(65歳以上)800円、学生(高校生以上)500円、中学生以下 無料
http://www.kab.co.jp/special/tenshu_saigen/
魔都の鼓動 上海現代アートシーンのダイナミズム
会期:2018年9月22日(土)~11月25日(日) 10:00~20:00
会場:熊本市現代美術館 ギャラリーⅠ・Ⅱ
入場料:一般1,000円、シニア(65歳以上)800円、学生(高校生以上)500円、中学生以下 無料
http://www.camk.jp/exhibition/shanghai/
※URLは2018年12月26日にリンクを確認済み