金工・漆のまち富山県高岡市に受け継がれる伝統産業と最先端のテクノロジーを掛け合わせ、イノベーションの可能性を探る狙いで2017年より始まった「工芸ハッカソン」。その成果を紹介する展示が、東京・渋谷のEDGEof(エッジオブ)で開催された。このハッカソンにはメディアアーティストやエンジニアも参加し、異なる分野の人材の交歓が意欲的な作品を生み出した。

会場入口には高岡市の伝統産業を紹介する映像が流れる

工芸ハッカソンとは

工芸ハッカソンは、ライフスタイルの変化や後継者不足といった困難に直面している日本の工芸を活きた産業として発展させるべく、2017年に「国際北陸工芸サミット」(註1)の一環として高岡市で開催された。ハッカソンには、富山県内の工芸家・職人をはじめ、人工知能(AI)、情報技術などの技術者と、ファッション、音楽、メディアアートのクリエイターなど計37名が参加し、さまざまな分野の人材を混合させた7つのプロジェクトチームでハッカソンを行った。後継者育成をサポートする「伝統技術の継承」、販路拡大を目的とした「つくるラボTakaoka」「トントントヤマ」、伝統産業の新たな表現に挑んだ「Re工芸」「9+1」「素材調」「Metal Research Lab」の7チームの活動は以後も自発的に継続され(註2)、その最新状況を報告するイベントとして「工芸ハッカソン2018」が開催される運びとなった。
熟練の職人たちの手業がつくる「工芸」と一時的に形成された技術者やクリエイターのチームによる協働である「ハッカソン」、古くから守り継承されてきた「伝統産業」と今までにない新しい「先端技術」。正反対とも受け取れる両者だが、うまくマッチングし、工芸の新たな可能性を見出すことができたのだろうか。本稿では、伝統産業がメディアアート作品として結実した3つのプロジェクトを例に探っていきたい。

無機的な制作工程と有機的な素材

漆芸にAI技術を導入した「Re工芸」チームには、漆芸職人、メディアアーティスト、3D系ソフトウェアエンジニア、建築・インテリア設計に携わるクリエイターら12人が属している。彼らは初年度に、電子機器や都市の建築物といった現代的なイメージのみを学習させた画像認識AIに、漆芸職人が制作した仏壇の画像を読み込ませ、AIが認識した画像を立体化して漆塗りを施した作品《BETWEEN #1 #2 #3》(2017)を制作している。今回は、3Dモデリングや3DCGを駆使して漆の美的質感を引き出す造形を制作し、3Dプリンタで出力したものに漆を塗り重ねた。3Dソフト上で衝突のシミュレーションを行い、3Dデータを作成することで、手わざでは不可能な造形を実現した。会場には、そうして出来上がった漆の彫刻が展示され、壁にはその彫刻を撮影した画像と元になった3DCG画像が2枚1組で掛けられていた。一見して同じように見えるが、比較すると表面の光の反射や黒の質感の違いに気づく。
漆工芸の造形への考えをAI技術の介入により刷新した初年度を踏まえ、今回は常識にとらわれずに漆の魅力を引き出す造形をつくり出すに至った。

《BETWEEN #1 #2 #3》(2017)
左:《BETWEEN #4 Black Aura》(2018)。3Dプリンタの出力物に漆を施した彫刻。四角形の面に流線形の先端が突き刺さったような造形で、四角形の部分は柔らかい布地のように複雑なひだができている
Photo: Yuki Tsutsumi
右: 3DCGによる画像(下)と漆の彫刻を撮影した画像(上)

インスタレーションの一部として設置されていた制作プロセスダイジェスト動画

漆の特性をアートの新素材に

「Re工芸」と同様に、素材の特性を生かしたアート作品を制作したチームが「9+1(ナインプラスワン)」だ。漆芸家やハードウェアエンジニア、インテリアデザイナー、テーラーなど幅広い職種から9人のメンバーが集まった「9+1」は、漆の性質を落とし込んだ6点の作品を制作した。光の反射を空間に映し出すインスタレーション「CRAFTSCAPE」とAIスピーカを実装させるためのプロトタイプ「CRAFTFLOAT」は、プラスティックや鏡の反射では表現し得ない、漆ならではの柔らかな光の演出を可能にしている。また漆芸家の話から、漆は絶縁体であること、酸化鉄を混ぜて色を出す黒漆には磁気特性があることを知り、ウェアラブル端末としての応用を視野に入れ、導電性の糸と天然繊維を混繊した布に漆を塗った「CRAFTTEXTILE」、水面に黒漆を施したチップを浮かせて磁性を可視化したインスタレーション「CRAFTMOVE」を制作した。
簡潔な表現ながら漆の特性をうまく利用した作品群は、漆の知識を持つ職人と、最適な表現を導き出すエンジニアの協働があってこそだ。

左:黒漆を施した「CRAFTFLOAT」
Photo: Ryo Mitamura
右:「CRAFTEXTILE」の各テストピースに添えられたコメントからは、苦労の様子がうかがえる

違う個性を持ったパートナーとして

金工作家、プログラマー、ソフトウェアエンジニアなど5人のメンバーで構成された「Metal Research Lab」チームは、制作の現場におけるAIや3Dモデリング、ロボットアームといった先端技術のあり様に着目した。人間よりも正確な作業・手仕事では困難な作業が可能なこれらの技術を、本チームでは補填的なものとしてではなく、職人と発展的な関係が築けるものとして扱った。
具体的には、アルゴリズムで生成された複雑な形状を3Dプリンタで成型し、それを原型として鋳造した「Cast」や、これまで偶発性に任せていた着色テクスチャーを、シルクスクリーンの使用により意図的なものへと近づける「Patinate」といった試みである。なかでも、職人によって施された鋳物表面の着色パターンを解析し、ロボットアームがそのパターンに応じて幾筋もの波紋のような模様を削り出した「Evgrave」は、職人による表現と先端技術による表現がお互いを引き立て合う作品となった。

「Cast」
Photo: Ryo Mitamura
左:「Patinate」
右:「Evgrave」
ともにPhoto: Ryo Mitamura

協働による新たな表現の開拓

古くからの製法が受け継がれてきた伝統産業に対し、機械技術を積極的に導入することは躊躇われてきたかもしれない。現に、当初は「先端テクノロジーが職人の仕事を奪うのでは」(註3)と危惧した参加者もいたが、同時に「職人が自身の技術を言語化して弟子に伝える術を持っていない」(註4)ことに危機感を抱く参加者もいた。
しかし本ハッカソンは、まず伝統産業の制作現場を訪ね、伝統産業の担い手と先端技術を持つクリエイターによる混合チームを編成、2カ月弱の自主活動期間を経て行われた。通常のハッカソンとは異なり、長期に渡って綿密なコミュニケーションを交えながら進行したことにより、お互いが持っている思想や技術への理解度を高めることができた。それにより、制作の段階から伝統産業の技術と最先端の技術がどちらに偏ることなく等価に混ざり合う、思い切った、稀有なプロジェクトとなったのである。
普段は違うフィールドで活躍する彼らがお互いを尊重し、知識や技術を学び合い、まさに温故知新と言える新たな表現へと昇華させていく。その道程を見ることができた。


(脚注)
*1
「THIS IS 工芸 –伝える。創る。–」をテーマに、世界の工芸を取り巻く状況や新しい動向について共有し、「日本の工芸」を世界へと伝える国際サミット。シンポジウムや展覧会などの主要なイベントは9月~11月にかけて、富山県各地と日本橋とやま館(東京にある富山県のアンテナショップ)で開催された。
国際北陸工芸サミット 公式ウェブサイト
https://kogeisummit.jp

*2
当初はプロジェクトを継続する予定はなかったが、メンバーたちが独自に研究を続け、デザイン見本市への出展や学会発表などを行う動きがあったため、今回のイベント開催に至った。
CINRA.NET 特集「衰退していく伝統産業。『工芸ハッカソン』が開いた新たな可能性」
https://www.cinra.net/report/201812-kogeihackathon

*3, 4
CINRA.NET 特集「衰退していく伝統産業。『工芸ハッカソン』が開いた新たな可能性」
https://www.cinra.net/report/201812-kogeihackathon


(information)
工芸ハッカソン2018〜展覧会・トークセッション・ワークショップ
会期:2018年11月30日(金)~12月2日(日)10:00~18:00
※11/30(金)は21:00まで
会場:EDGEof
入場料:無料
主催:文化庁、有限会社エピファニーワークス
https://kogeihackathon.com/tokyo2018/
※URLは2018年12月26日にリンクを確認済み