21世紀に入ってから、急速に数を増やし始めたハリウッド製の怪獣たち。ウルトラマンシリーズの放送が1年間から半年間に短縮され、ゴジラシリーズとガメラシリーズの新作も途絶えている現在、怪獣の本場は日本からアメリカに移りつつある。最終回となる今回は、そんな激動の20年間を振り返りながら、怪獣の未来を探っていく。

左:『パシフィック・リム:アップライジング』(2018)よりライジン
右:同じくシュライクソーン(上)、ハクジャ(下)。前作の舞台は香港だったが、最新作では怪獣のメッカである東京が三大怪獣によって蹂躙される

※写真はすべて著者の私物のフィギュア

CGI怪獣の台頭

1998年、ローランド・エメリッヒによるハリウッド版『GODZILLA』が公開された。前回も軽く触れたように、本作の評価は決して芳しいものではなかったが、その話題性に便乗した作品は少なくない。例えば、日本と同様に着ぐるみを用いて撮影された『巨大怪獣ザルコー』(1997)と『グジラ 大怪獣襲来』(1998)。どちらもアーロン・オズボーンなる人物が監督を務めており、大都市を襲う宇宙怪獣と人類の戦いを描いた作品だ。80年代にも『空の大怪獣Q』(1982)や『デッドリー・スポーン』(1983)、『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(1986)といった巨大モンスターの登場する映画(註1)は存在したが、いずれも日本からの強い影響は見受けられず、確かに意識しているといえばそうかもしれないが、はたして……? というレベルに留まっていた。ところが、『巨大怪獣ザルコー』と『グジラ 大怪獣襲来』は違う。ザルコーの着ぐるみに至っては、日本のレインボー造型企画が製作している(註2)のだから、これはもう確信犯と断言していい。また、『ガジュラ』(1998)という邦題まで寄せられた作品もある。ガジュラは、両生類が放射能によって変異した設定で、『怪獣ゴルゴ』(1961)よろしく親子怪獣ものだった。かなりの低予算映画だが、着ぐるみとパペット、CGIを併用しており、その方法論自体はエメリッヒの『GODZILLA』にも通ずる(註3)。
このように90年代以降は、モンスター表現にCGIという選択が加わり、やがてそれが主流となっていく。その代表格といえるモンスターが、『ザ・グリード』(1998)に登場したオクタラスである。そのネーミングから察しがつくだろうが、巨大なタコのモンスターだ。超豪華客船の底に取り付き、瞬く間に3,000名もの乗客を喰らい尽くすというスケールのデカさは、明らかにハリウッド映画離れしていた。本作より遡ること約10年、ジェームズ・キャメロンの『アビス』(1989)に当て込んで、『リバイアサン』(1989)、『ザ・デプス』(1989)といった深海系のモンスター映画が矢継早に公開されていた時期があったものの、これほどまでに巨大なモンスターは登場していない。数十、下手したら100mをも超す巨躯は、まさに怪獣と呼ぶに相応しい。

タイのウルトラ戦士、ウルトラマンミレニアム。特徴的な青い瞳は、地球に初めてやってきたとき、海の色が反射して染まったというイメージらしい。随分とロマンチックな話だ

なお、これまで挙げた作品は、どれもアメリカ製の映画となるが、2000年代に入るとアジア方面でもCGIを駆使したモンスター映画が増えてくる。一例を挙げるならば、タイの『ガルーダ』(2004)がいいかもしれない。インド神話に語られる神鳥ガルーダと、神殺しの特殊部隊の戦いを描く作品だ。モンスターのサイズこそ控えめで怪獣らしくないが、日本では「“タイ版ゴジラ”降臨!」という謳い文句が添えられていた。事実、日本の怪獣映画からの引用と思われるカットもあり、なかなかのマニアが監督しているのであろう。前々回も書いたように、タイでは日本の怪獣やスーパーヒーローが非常に高い支持を得ている。かつて円谷プロダクションと提携していたチャイヨー・プロダクションも、この時期にウルトラマンミレニアム、ウルトラマンエリート、ダークウルトラマンという独自のウルトラ戦士を生み出しており、彼らを主役に据えた新作テレビシリーズすら計画していたようだ。しかし両プロダクションの関係悪化に伴う裁判の結果により、現在は幻の企画となっている。ちなみにマレーシアでは、2014年に3DCGアニメーション番組『Upin & Ipin』でデビューを果たしたオリジナルのウルトラ戦士、ウルトラマンリブットが人気を博している。こちらは円谷プロダクション公認である。

巨匠たちが愛した怪獣

左から『モンスターVSエイリアン』(2009)よりムシザウルス、『ランペイジ 巨獣大乱闘』(2018)よりリジー。それぞれデザインの方向性は異なるが、メインモチーフに恐竜の要素を掛け合わせていることが共通点として挙げられる。そして、前者の場合はあえての二足歩行が、後者は捕食の役には立ちそうにない見てくれ重視の牙が、その怪獣らしさに拍車をかけているのだ

アメリカと日本ほどではないとはいえ、韓国でも散発的にモンスター映画が発表されている。特にコメディアン出身のシム・ヒョンレは、第2回でもタイトルを挙げた『怪獣大決戦ヤンガリー』(2000)のほか、ロス市街でのロケーションを敢行した『D-WARS ディー・ウォーズ』(2007)なども撮っている大のモンスターフリークだ。前者は日本の怪獣映画を思わせる筋立てで、クライマックスではサソリゲス(原語名:Cykor)という悪の宇宙怪獣とヤンガリーが激突を果たす。そのクオリティにこそ雲泥の差があるものの、CGIでありながら着ぐるみのようなフォルムの怪獣というアプローチは、のちの『パシフィック・リム』(2013)を先取りしていたといえるかもしれない。一方、ストーリー面の稚拙さがしばしば指摘される後者も、聖なるイムギと邪悪なブラキという大蛇スタイルの巨大ドラゴンのほか、重火器を装備した小型ドラゴンや無数のワイバーンまで登場するという大盤振る舞いで、そのVFXの完成度は特筆に値する。また、『殺人の追憶』(2003)で知られる若き巨匠ポン・ジュノも、『グエムル-漢江の怪物-』(2006)と『オクジャ okja』(2017)というモンスター映画を監督しているが、やはり幼少期にゴジラシリーズやウルトラマンシリーズを愛好しており、自国に怪獣映画の伝統がなかったことが制作の動機のひとつになっているという。ただし、グエムルもオクジャもあまり大きくないため、本稿における怪獣の定義からは外れてしまう。同じく韓国の『人喰猪、公民館襲撃す!』(2009)と『第7鉱区』(2011)に登場するモンスターも同様だ。
では、再びアメリカに話を戻そう。2005年には、かの名匠スティーヴン・スピルバーグが、SF小説の古典的名作『宇宙戦争』の映画化に取り組んでいる。H・G・ウェルズによる原作の発表は100年以上前のことであり、一見すると日本の怪獣映画とはまったく関係がない。しかし宇宙人の操る巨大マシン、トライポッドの描き方は怪獣そのもの。劇中でも「大阪じゃあ、あいつらを何体か倒したらしい」という台詞が登場しており、その理由についてスピルバーグは「大阪は、ゴジラやゴモラ(註4)を迎え撃ったこともある街だから」と語っていた。もちろん、この発言はリップサービスに違いないが、彼の怪獣好きは疑うべくもないだろう。『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』(1977)のラストカットは、『怪獣総進撃』(1968)のエンディングにそっくりだったし、昨年公開の新作『レディ・プレーヤー1』(2018)では、最強の敵としてオリジナルデザインのメカゴジラを登場させているくらいだ。加えて、そんなスピルバーグが興した映画会社ドリームワークスも、マニアックなジャンル映画を題材にした3DCGアニメーションを多数発表しているが、古今東西のモンスター映画にオマージュを捧げた『モンスターVSエイリアン』(2009)には、昆虫が放射能を浴びて変異したというムシザウルス(原語名:Insectosaurus)なる怪獣が登場する。トカゲだろうが昆虫だろうが、お構いなしにザウルスと付けるネーミングは、いわゆる“怪獣あるある”だ。
怪獣好きの映画監督といえば、あのティム・バートンも有名であろう。彼の代表作『マーズ・アタック!』(1996)は、『怪獣大戦争』(1965)と『怪獣総進撃』が元ネタとされており(註5)、火星人が『ゴジラVSビオランテ』(1989)を鑑賞しているシーンまで登場する。さらに『フランケンウィニー』(2012)でも、トシアキ少年のかわいがっていた亀が、巨大なタートルモンスターとして蘇るくだりが描かれるが、こちらはガメラを強く意識しているわけだ。そして忘れてはならない一本が、J・J・エイブラムスの『クローバーフィールド/HAKAISHA』(2017)。自作のPRのために来日した際、原宿で見かけたゴジラのソフビ人形から着想を得たという本作には、体長100mもの大怪獣が登場するほか、エンドクレジット音楽として伊福部昭の楽曲を思わせる「Roar!」が流れる。伊福部は日本を代表する作曲家のひとりで、『ゴジラ』(1954)をはじめとする怪獣映画の劇伴を数多く担当した。こうしたハリウッドの巨匠たちの作品を観ていると、日本人よりもアメリカ人のほうがよっぽど怪獣を愛しているように思えてきてしまう。なお、流石にキリがないので、ここではタイトルを挙げるだけに留めるが、怪獣と呼ぶに足る超巨大モンスターの登場するハリウッド映画としては、『ミスト』(2007)、『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』(2008)、『モンスターズ/地球外生命体』(2011)、『ゴーストバスターズ』(2016)、『キングコング:髑髏島の巨神』(2017)、『ランペイジ 巨獣大乱闘』(2018)などもあった。酒浸りの元OLとゴモラのような怪獣の動きがシンクロしてしまうという異色作『シンクロナイズドモンスター』(2016)は、カナダとスペインの合作映画だ。
いかがだったろうか。2000年代以降、怪獣の登場するハリウッド映画が急増したことに気づかれた方も多いのではないかと思う。これまで必ずしも網羅的に振り返ってきたわけではないが、確実に増えてきているのだ。その理由のひとつとして、PCのマシンスペックが上がったことが挙げられよう。『ゴーストバスターズ』(1984)のマシュマロマン登場シーンのように、日本と同じく着ぐるみとミニチュアセットを使用していながら、なお現在の目で観ても素晴らしい効果を上げている例もあるにはあるが、これは極めてレアなケース(註6)。結局、どこまでいっても着ぐるみは着ぐるみでしかない。どんなに精巧につくられたミニチュアセットも、ライティングの加減によってはニセモノであることが一発でわかってしまう。つまりチープで当たり前というパロディや技術的な制限の掛からないコミックの世界でしか成立し得なかった怪獣と都市破壊は、フォトリアルを突き詰めたCGIの力を借りることによって、ようやく万人が納得できるだけの説得力を得ることができたというわけだ(註7)。かつて“怪獣とは一種の災害”と説明したが、70年代における粗製乱造ののち、すっかり下火となっていたディザスタームービーもまた、VFX技術の進歩によって隆盛を取り戻している。もともと、アメリカ人はパニック映画もモンスター映画も大好きなのだ。きちんと時代に合ったアップデートさえなされていれば、そこに飛びつかない理由はない。まして怪獣映画は、その両方のジャンル要素を併せ持っている。現在のKAIJU人気は、約束されていたようなもの。昔気質の映画制作者やオールドファンのなかには、昨今のデジタル導入に対して拒絶反応を示す者も少なくないが、むしろこの技術革新がなければ、とっくの昔に怪獣映画なんて絶滅していた可能性が高い。CG万歳、だ。
そして今春公開される『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』では、往年の名獣モスラ、ラドン、キングギドラが、高精細なフルCGによって再現される。2020年には『Godzilla vs. Kong』の公開も予定されており、90年代には実現しなかったハリウッド版ゴジラサーガは順調そのものといえよう。一方、アメリカのスターライト・ランナー・エンターテインメントおよびライセンシング・グループが、円谷プロダクションとパートナーシップ契約を締結したという報道もあった。ゴジラに続き、アメリカ生まれのウルトラマンが世界を席巻する日も近いかもしれない。さらにブラジルでも『巨獣特捜ジャスピオン』(1985)の独自リメイク企画が進んでいるという。ゴジラをルーツとする怪獣たちは、世界各地で息づいている――。


(脚注)
*1
『空の大怪獣Q』のQとは、アステカ神話に伝わる蛇神ケツァルコアトルのこと。クライスラー・ビルの尖塔で繰り広げられる警官隊との攻防戦は迫力満点だが、『キング・コング』やレイ・ハリーハウゼンによるストップモーション・アニメーションに対するオマージュの意味合いが強い。『デッドリー・スポーン』は、ワラスボ似の宇宙生物=デッドリー・スポーンの群れが、郊外の民家の地下室に巣食い、人々を喰らっていくというスプラッタ映画で、山のように巨大なデッドリー・スポーンが姿を見せるオチが話題となった。そして、同名のミュージカルを映画化した『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』には、巨大化した宇宙植物軍団が大都市を蹂躙するという未公開エンディングが存在する。監督のフランク・オズは、『ゴジラ』を意識したスペクタクルシーンと語っている。

*2
『巨獣特捜ジャスピオン大百科』(勁文社、1985年)のメイキングページには、製作中のザルコーの着ぐるみ写真が掲載されている。ドラゴン型=ザルコーとは別に、カマキリ型とワシ型の着ぐるみ製作も依頼されていたらしい。

*3
フルCGのゴジラという印象が独り歩きしている“エメゴジ”だが、実際には着ぐるみや巨大なアニマトロニクスも併用されており、特に後者が絶大な効果をあげている。ハリウッドといえど、当時はまだCGIのみでモンスターを表現しきることは不可能に近かったのである。

*4
『ウルトラマン』(1966)の第26・27話「怪獣殿下」に登場する怪獣。特撮ファンであれば、誰もが知っている人気キャラクターだが、残念ながら通訳と記者はそうでなかったらしく、当時のインタビューではガメラと訳されていた。

*5
もちろん、ゴジラ映画だけが参照元とされているわけではなく、『宇宙戦争』をはじめとする古今東西の古典SFにオマージュが捧げられている。

*6
『ゴーストバスターズ』の場合、日本の特撮映画とは比べものにならないほどに巨大なミニチュアセットが用意され、マシュマロマンの頭部には細かく表情が変えられるようにアニマトロニクスが仕込まれていた。しかもマシュマロマンは生物ではなく、マスコットキャラクターが実体化したという設定だ。登場時間も、わずか3分半に過ぎない。日本の怪獣映画のように、“巨大生物が組んず解れつの大バトル!”という内容であったならば、とてもあのクオリティは維持できなかったに違いない。

*7
本稿における怪獣の定義からは外れてしまうが、ロード・オブ・ザ・リングシリーズやトランスフォーマーシリーズのように、巨大モンスターの登場する大作映画そのものが激増している。今やマイティ・ソーやアクアマンのような等身大ヒーローでさえ、当たり前のように怪獣クラスの巨大モンスターと戦う時代なのだ。

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