2018年8月に国内公開された映画『詩季織々』(中国では『肆式青春』)は、中国のアニメ制作スタジオであるハオライナーズ(HAOLINERS)と、新海誠監督の作品制作でも知られる制作会社コミックス・ウェーブ・フィルムの合作によるアニメ映画である。『詩季織々』は中国が長く日本製アニメを受容してきたからこそ生まれた作品だといえるが、現在の中国における日本製アニメの立ち位置は大きく変わりつつある。『詩季織々』から見えてくる、中国のアニメ受容の現在を確認してみたい。

『詩季織々』チラシ

『詩季織々』の総監督であるリ・ハオリン(李豪凌)は、2013年に上海でアニメ制作スタジオ、ハオライナーズを設立。ハオライナーズはこれまでに、中国のウェブ小説サイト「創世中文網」で連載された人気小説をアニメ化した『霊剣山』シリーズ(2016~)や、同じくウェブ小説を原作とした『銀の墓守り』シリーズ(2017~)などを、日本のアニメスタジオやスタッフと組んで制作している。リは、2018年12月に発表された中国のマンガ・アニメ産業40年を代表する40人(註1)に選ばれるなど、現代の中国アニメを語るうえで外せない監督の一人だ。
新海誠監督の『秒速5センチメートル』(2007)に多大な影響を受けたリは、2013年に新海が所属するコミックス・ウェーブ・フィルムと合同での映画製作を企画したが、スケジュールの都合などで断念することとなった(註2)。その後も交渉を続けた末に、ようやく実現したのがこの『詩季織々』である。

『詩季織々』と80后世代

『詩季織々』は3作からなるオムニバスであり、それぞれの話は北京、広州、上海を舞台としている。
ひとつめの「陽だまりの朝食」は、本作がアニメーション監督初挑戦となった、イシャオシン(易小星)監督の作品だ。せわしない北京で働く日々に疲れている主人公シャオミンは、幼少期から青春時代を過ごした故郷での生活や人々を、当時ごちそうだった温かいビーフンとともに思い出す。そんな時、一緒にビーフンをすすった祖母の病の知らせがシャオミンに届く。食の思い出を通じて、時代の移り変わりとそこに生きる人間の姿が描かれる。

「陽だまりの朝食」メインビジュアル
思い出のビーフン

「小さなファッションショー」は日本人の竹内良貴が監督を務めた。『秒速5センチメートル』以降、3DCGアニメーターとして新海誠作品を支えてきた竹内の初監督作品となる。ファッションモデルのイリンと、服飾の専門学校に通う妹のルルは、2人で広州のマンションに暮らしている。イリンはモデルとして多くの雑誌の表紙をこなしてきたが、若い後輩の勢いに押され、最近はモデルとしての旬が過ぎつつあるとも感じていた。無理を続け、やがて倒れてしまったイリンと、それを支えようとするルルとの軋轢と回復の物語だ。

「小さなファッションショー」メインビジュアル
専門学校に通う妹のルルとファッションモデルのイリン

リ・ハオリンが自身で監督を務めたのが「上海恋」。上海の伝統的な石庫門様式の建物が連なる地区に住む男子中学生のリモは、幼馴染のシャオユに淡い恋心を抱いていた。2人はカセットテープを通じて互いの言葉をやり取りしていたが、やがて高校受験が迫り、シャオユは遠く離れた町の進学校を目指すことになる。彼女と同じ高校を目指すことを決意したリモだが、やがて2人の間には距離が生まれていく。緻密に描きこまれた上海の失われつつある街並みのなかで若い男女のすれ違いを描く構成は、『秒速5センチメートル』からの影響を感じさせる。

「上海恋」メインビジュアル
カセットテープを見つめるリモ

3本のオムニバスに共通して設定されているのが「衣食住行」だ(註3)。これは、生活の基本となる衣・食・住・交通をまとめた中国語である。例えば「陽だまりの朝食」において学校のジャージ姿で食べるビーフンだったり、「小さなファッションショー」でのシンクに積まれた食器だったり、「上海恋」での棚の上に置かれた化粧品や時計だったりといった、日常の何気ない風景の仔細な描写が本作を支えている。それら一つひとつが、同時代を過ごした世代にとって共有できる過ぎ去った日常の断片であり、物語への共感を導く装置として機能している。このような表現から、コミックス・ウェーブ・フィルムが得意としてきた、豊かな情景描写のノウハウが見て取れる。
総監督のリは1985年生まれ、中国で「80后」と呼ばれる80年代生まれの世代である。この世代は、中国において日本製アニメの影響を最も強く受けた世代だ。幼少期にはテレビ放映の『一休さん』や『ドラえもん』を見て育ち、00年代には『クレヨンしんちゃん』や『スラムダンク』に触れることになる。80后世代は、中国での日本製アニメの人気を形づくった世代である。『詩季織々』で描かれる主人公たちも80后世代、日本製アニメと蜜月関係にあったこの世代が、日本製アニメの手法に倣って自ら経験した時代の空気やその時の感傷を表現した作品、それが『詩季織々』だといえよう。
しかし、中国における日本製アニメの立ち位置は、アニメ消費の中心となる世代が、80后から、次第に90年代、00年代生まれへと移ることにより変化しつつある。

現代中国のアニメの受容

10年代に入り、中国での日本製アニメの需要環境は00年代と比べて大きく変化した。00年代までは日本製アニメの正規視聴ルートが限られていたので、「盗盤」と呼ばれる海賊版や、インターネットの違法動画が主な視聴手段だった。しかし10年代に入ると、個人動画配信サイトとしてスタートした「bilibili」や、「優酷」と「土豆」が合併した大手動画サイト「優酷土豆」などが正式に日本製アニメの配信権を取得し、日本とほぼ同時に新作を中国語吹き替えで視聴できる環境を用意するようになった(註4)。00年代のような、日本製アニメを見るなら違法視聴という時代は過去になりつつある。
一方で中国政府は2004年以降、テレビで放送する外国製アニメの比率を国産アニメの3割以下に制限し、さらにゴールデンタイムの外国製アニメの放送を禁止するなど、外国製アニメに対する規制を段階的に強めてきた。『進撃の巨人』や『DEATH NOTE』といった人気作品が、2015年には暴力表現や猥褻とされる表現などの観点から取締り対象とされており、配信されるアニメの選別には政府の意向が強く働いている(註5)。
このように80后世代と比べると、90年代以降に生まれた世代にとって、日本製アニメはアニメ視聴において中心的な存在ではなくなりつつあり、その一方で中国製アニメーションの存在感が強くなっている。中国政府もまた、自国産アニメに対しては、税の優遇や人材奨励基金などの施策で支援を強化している(註6)。
では、どのような中国製アニメが人気を集めているのだろうか。例えば「笑えない冗談10万個」という意味の『十万個冷笑話』は、マンガ家の寒舞によるウェブコミックであり、10年より中国の大手マンガ配信サイト「有妖気」で連載されているギャグマンガだ。公開以来徐々に人気を集め、12年にはアニメ化、2015年と2017年には2度の劇場版が公開され、上映初日だけで約9,000万元(約17億3,400万円)の興行収入を上げた(註7)。監督のリー・シュージエ(李姝潔)も、先述の中国のマンガ・アニメ産業40年を代表する40人に、唯一の女性として選ばれている。本作は唐突な不条理ギャグや日本のアニメのパロディといった、これまでの中国製アニメの持っていた一種のお行儀の良さとは異なるつくりで、多くの人々を惹きつけた。作者の寒舞は増田こうすけのマンガ『ギャグマンガ日和』をヒントに『十万個冷笑話』をつくっており(註8)、日本のギャグマンガのフォーマットが共有されたうえでの笑いの表現が、中国国内に広く浸透していることがわかる。
このように、かつて80后世代が日本製アニメに求めた独自性の高い表現は、既に中国製アニメの骨子に組み込まれており、中国国内で自給自足の形で消費されるようになっている。ほかにも特撮ヒロインをルーツに持ち2011年以降現在に至るまでシリーズが続いている魔法少女アニメ『巴拉拉小魔仙』や、2015年よりネット配信されたハーレムラブコメディ『愛神巧克力進行時』など、日本独自と思われていたジャンルの作品も、中国国内で製作され人気を集めている。

今後の日本製アニメの道しるべとして

『君の名は。』(2016)や映画『ドラえもん のび太の宝島』(2018)が中国において人気、といった報道も聞こえてくるので、未だ中国においては日本のアニメが強い影響力を持っていると考えがちだ。しかしながら、前述のように中国のアニメファンの興味の中心から、日本のアニメは外れつつある。
しかし、中国製アニメの置かれた状況が必ずしも順風満帆なわけではない。中国政府は2018年、新規ゲームの認可ライセンスを9カ月にわたり凍結し、中国のコンテンツ産業に激震が走った。規制を強める政府の矛先がいつアニメに向くかわからないという不安が中国のアニメ産業には常に存在しており、斬新で先鋭的な表現を生み出す土壌としては心もとなさもある。
一方で、日本製アニメは技術面においても演出面においても、変わらず高いレベルを維持している。ただし、日本製アニメがその高い技術力と表現の幅を維持し続けられるだけの需要を確保するためには、アニメ製作を行う団体ないしは個人が、現在の海外のアニメ事情を理解したうえでロードマップを描くことが求められる。
『詩季織々』に対しての『秒速5センチメートル』のように、ある地域のある世代に一定の影響力を与えるためには、日々変化する現地のコンテンツ事情への知見が不可欠だ。言語的にも視聴環境的にも障壁が大きい現状であるが、中国製アニメの現在を日本の視点から知ることは、つくり手にとっても視聴者にとっても大きな意味を持つだろう。


(脚注)
*1
CICF EXPO組織委員会、中国動漫金竜賞組織委員会、中国二次元指数組織委員会による

*2
『詩季織々』映画パンフレットより

*3
『詩季織々』公式ホームページ−INTRODUCTIONより
http://shikioriori.jp/intro.html

*4
日本貿易振興機構「中国アニメ市場調査」(2018年3月)
http://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2018/ab0ab7636de81fe2/animation.pdf

*5
日本貿易振興機構「中国アニメ市場調査」(2018年3月)
http://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2018/ab0ab7636de81fe2/animation.pdf

*6
日本貿易振興機構「中国アニメ市場調査」(2018年3月)
http://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/02/2018/ab0ab7636de81fe2/animation.pdf

*7
「笑えないジョーク10万個」がブームに、人気の秘密は?―中国
http://news.livedoor.com/article/detail/9660827/

*8
人民中国「アニメ『十万個冷笑話』が興収1億突破で話題に!」
http://www.peoplechina.com.cn/wenhua/2015-01/14/content_663832.htm


(作品情報)
映画『詩季織々』
総監督:リ・ハオリン
アニメーション制作:コミックス・ウェーブ・フィルム
http://shikioriori.jp

「陽だまりの朝食」
監督:イシャオシン
声の出演:坂泰斗、伊瀬茉莉也、ほか

「小さなファッションショー」
監督:竹内良貴
声の出演:寿美菜子、白石晴香、ほか

「上海恋」
監督:リ・ハオリン
声の出演:大塚剛央、長谷川育美、ほか

©「詩季織々」フィルムパートナーズ

※URLは2019年2月15日にリンクを確認済み