6月1日(土)から6月16日(日)にかけて「第22回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはさまざまな関連イベントが行われた。6月9日(日)には日本科学未来館で、アワードカンファレンス[エンターテインメント部門]キーノート『人を楽しませる作り手の意志と芸術表現』、セッション1「テレビという媒体でも、こんなつくり方で新しいエンターテインメントを表現できる - 大賞『チコちゃんに叱られる!』」が開かれた。まずキーノート(基調講演)にエンターテインメント部門の審査委員・主査の遠藤雅伸氏が登壇。続くセッションには、大賞に輝いたテレビ番組『チコちゃんに叱られる!』の制作チームから、小松純也、水高満、河井二郎、林伸彦の各氏が登場。さらに、同番組のバーチャルでリアルなMC「チコちゃん」もゲストとして会場を沸かせた。本稿ではその様子を、主にセッションでの議論を中心にレポートする。
ゲストとして参加したチコちゃんと、モデレーターの遠藤氏、受賞者の面々
地上波テレビ界からの大賞作品が誕生
カンファレンスは、エンターテインメント部門審査委員・主査の遠藤雅伸氏による基調講演「人を楽しませる作り手の意志と芸術表現」でスタート。同氏いわく、文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門は「何でもありの異種格闘技戦」。そのなかで、人々を楽しませるエンターテインメントとしての表現と、芸術としての表現、両者のせめぎ合いが常に見られると語った。こうした状況で審査するうえで、遠藤氏は「誰がどういう意思でつくっているのか」「世間にどんな影響を与えたか」がポイントだと主張。この視点をふまえて、今回の各受賞作品に簡潔にコメントしていった。
ゲームクリエイターで、東京工芸大学教授でもある遠藤氏
大賞を受賞したのは、テレビ番組『チコちゃんに叱られる!』。遠藤氏は同作品について、「いまさら地上波テレビでエンターテインメント?」という厳しい見方もあり得るなか、バーチャルとリアルの良さ双方を取り入れた番組MC「チコちゃん」を誕生させた点を評価。特に「CGをCGだと思わせない」演出のユニークさと、作り手側の「観る人を喜ばせようという意思」があるとし、それが世代を超える人気につながったとした。
続いて、その遠藤氏がモデレーターを務めるセッション1「テレビという媒体でも、こんなつくり方で新しいエンターテインメントを表現できる - 大賞『チコちゃんに叱られる!』」が開かれた。ゲストにチコちゃん本人が登場し、「いちばーん!」と叫んで大賞の喜びを表現。会場を湧かせた後、「難しい話はお任せしまーす!」と、いったん舞台裏に消えた。
セッションに招かれたのは、同作品の制作チームから4名。まず各々が今回の大賞受賞についてコメントした。フジテレビ所属時代から数々の人気バラエティ番組に関わってきたプロデューサーの小松純也氏(株式会社スチールヘッド代表取締役)は、「いつも身近なものから番組をつくってきました。今回の受賞はそうした活動に対し、お励ましをいただいたと感じています」と語った。同番組の放送局であるNHKのプロデューサー、水高満氏は「テレビを通じて新鮮なワクワクをつくりたい、という思いでやってきました」と挨拶。加えて、この日のセッションタイトルに「テレビという媒体でも」とあるように、近年はオールドメディアというイメージを抱かれることもあるテレビ界から、同番組が大賞を授かったことへの感慨を語った。
総合演出を担う河井二郎氏(共同テレビジョン)は、両プロデューサーの存在や、隣に座るCGスーパーバイザーの林伸彦氏(NHKアート)ら現場スタッフの奮闘あってこその受賞だとし、「これからも皆さんに喜んでもらえるものをつくりたい」と抱負を述べた。その林氏は、テレビ放送ゆえの制約もあるなかで、魅力あるコンテンツを「届ける仕組み」を問い、答えを出し合う日々であったと語った。
フジテレビで活躍後に独立したプロデューサーの小松氏(左)。NHKのプロデューサーの水高氏(右)
アイディアに合わせた『出口』を探す
『チコちゃんに叱られる!』が生まれたきっかけは、小松氏と水高氏が食事をともにした席でのこと。「5歳の子が素朴な疑問を問いかけ、ときに大人たちを叱りつける」というアイディアを話し合ったという。小松氏は当時、所属先のフジテレビから共同テレビジョンに出向中で、比較的自由に動ける立場を得ていたことから「アイディアに合わせた『出口』を探す」ことができたと回想。企業の垣根を超えたこうした協働は、今後もテレビ界に広がっていくのではと語った。2018年の新語・流行語大賞の候補にもなった「ボーっと生きてんじゃねーよ!」というチコちゃんの決めゼリフについては、5歳の子どもが大人たちに放つ言葉として大丈夫なのか?との声もあったが、水高氏は「そこは仮で、後々詰めていければと思います」として企画会議を通したと舞台裏を明かし、会場の笑いを誘った。同時に「むやみに相手を否定するのではなく、大人が本当にボーっと生きてしまっているときにだけ使う叱咤のセリフ」というコンセプトであると語った。
ユニークな3DCG表現についても舞台裏が語られた。スタジオ収録において、チコちゃんの着ぐるみは複数台のカメラで撮影され、放映時には頭部を3DCGモデルに置き換える処理が行われる。これによって本当に顔のパーツが動いているような豊かな表情を実現している。3DCGによって頭を突然大きくするなどのマンガ的な演出も可能。そこに声の担当、タレントの木村祐一氏による軽妙な受け答えぶりも加わることで、チコちゃんの実在感あるふるまいが同番組最大の魅力となった。
河井氏は当初、「こうしたライブと3DCGを組み合わせた表現がテレビの予算や制作スケジュールのなかでどこまで可能なのか、未知数でした」と振り返る。着ぐるみキャラクターという古くから親しまれてきた表現を用いつつ、今までにないものを生み出すべく、林氏のもとへ飛び込んだという。「いかにもCG、という質感でいくらきれいに動いても何か違う。むしろ着ぐるみの質感がそのまま動いている感じを目指した」と語った。
総合演出を担った河井氏
林氏はこの作品における技術的なチャレンジについて、「着ぐるみの女の子を自由に動かし、喋らせられるか」と「その収録をどのように行うか」という、互いに関わり合う2つの点を挙げた。複数の収録カメラと着ぐるみとに特殊なセンサーを付ける手法もあり得たが、収録スタジオは毎回変わる可能性も高く、そのため特別な設備なしで可能な撮影法を検証。最終的に、通常のカメラ映像をトラッキングし、着ぐるみ頭部の3Dスキャンデータで置き換えるという技術を採用した。これはハリウッド映画などで俳優の顔を付け替える映像処理にも使われているという。
小松氏は、「細かい演出としては、ときどきチコちゃんがカメラから部分的に見切れていたり、逆にバックステージに映っていたりもする。これらによって、彼女が本当にあのままの姿でスタジオにいて、それをカメラが撮っているかのような実在感を出しています」と、河井氏らの工夫を紹介した。
CGスーパーバイザーの林氏
作り手が育てる表現、受け手が育てる表現
最後に、遠藤氏は同作の今後に向け、登壇者それぞれが抱く思いを聞いた。水高氏は、将来的に技術面、内容面での変化や進化もあり得るとした一方で、「チコちゃんが実際に話したことが彼女のプロフィールになり、そうして(チコちゃんというキャラクターが)あとから生成されていくのが良いと思う」とコメント。また河井氏は「いつか生放送でもチコちゃんが自在に表情を変えるような番組を実現できたら、というのが夢」と語った。林氏はこれを引き取る形で、2018年末の紅白歌合戦などでそうした試みにも少しずつチャレンジしていることを紹介。多様な映像制作のトレンドを追いかけつつ、今後もアイディアを探っていきたいと抱負を述べた。小松氏は同作について「皆さんに育てられてここまでになった。こうしたものはすぐ飽きられがちな難しさもあるが、毎週楽しんでいただけるようにと、それだけを思ってつくっているので、どうかチコちゃんをこれからも好きでいてくださったら嬉しいです」と呼びかけた。
遠藤氏からは、たとえばチコちゃんがゴーグル(メガネ)をかけて登場し、その表面に目の表情を映し出すなど、演出・技術両面の工夫によって、ライブでも一定以上の豊かな表情を生み出せるのでは?などのアイディアも挙がった。また同氏は「日本の人々はコンテンツを育てたいという方が多い。スマホアプリやグッズなどの幅広い展開で、より新しい試みのための開発費を得るような流れもあり得るのでは」と提案した。さらに、同番組の再放送が土曜の朝のドラマの直後、長らく報道枠だった時間帯であることにもふれ、老若男女を引きつける同番組ならではの大胆な編成判断ではと指摘。テレビ視聴のスタイルにおいてハードディスク録画が大きな割合を占めるようになった今も、地上波の新しい「届け方」は開拓の可能性があることを示唆した。
最後に、再びチコちゃんが壇上に登場。客席に向けて愛嬌をふりまく姿を制作チームが微笑ましそうに見つめるなか、カンファレンスは幕を閉じた。技術と表現力で生み出したエンターテインメント作品を、そこから「いかに育てていくか」。このことを考えるうえで、示唆に富んだ1時間となった。
第22回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展における展示の様子
(information)
第22回文化庁メディア芸術祭 アワードカンファレンス[エンターテインメント部門]
・キーノート「人を楽しませる作り手の意志と芸術表現」(遠藤雅伸[エンターテインメント部門審査委員・主査])
・セッション1「テレビという媒体でも、こんなつくり方で新しいエンターテインメントを表現できる - 大賞『チコちゃんに叱られる!』」
※受賞作品展会期中に3セッションを開催
日時:2019年6月9日(日)11:00~12:00
会場:日本科学未来館 7階 未来館ホール
出演:受賞者 小松純也、水高満、河井二郎、林伸彦
モデレーター 遠藤雅伸
ゲスト:チコちゃん
主催:第22回文化庁メディア芸術祭実行委員会
http://festival.j-mediaarts.jp
※URLは2019年7月17日にリンクを確認済み