単純な形態と鮮やかな色面で構成された風景を描くペインター、原田郁。その作品のモチーフとなっているのは、3Dモデリングソフトでつくられた、実在しない仮想の島の景色である。2008年より島をつくり続けて10年を経た今年(2019年)、府中市美術館で原田による公開制作が、4月13日〜 7月7日にわたり行われ、その制作プロセスを垣間見ることができる貴重な機会となった。この公開制作を糸口に、原田の作品世界と、作品を介した現実世界との関わり方を紐解く。

原田郁「もうひとつの世界 10年目の地図」(公開制作開始後2週目の様子)
撮影:谷岡康則
写真提供:府中市美術館

仮想の島の風景を描く

府中市美術館にあるガラス張りの公開制作室を廊下から覗き見ると、奥の壁面に掲げられた制作途中の大きなキャンバスがまず目に入る。キャンバスと旧作が並ぶ壁、養生シートが敷かれた床に、画材が所狭しと置かれた台。その様子はいかにもペインターの公開制作なのだが、手前に提示されているものに目をやると、少し様子が違う。
壁で区切られた手前の空間には、おそらく作家が普段から使用しているであろうノートPCや、大きなモニターが置かれ、PCのディスプレイには3Dモデリングソフトの操作画面、大きなモニターにはそのソフトで制作された、海に浮かぶ小さな島の映像がループ再生されている。
映像で提示されているのは、原田が2008年に構想しはじめた、作品制作のための仮想の島「inner space」である。公開制作で制作中の作品も含め、原田の作品はすべて、この島のどこかに視点を置き、そこから見える風景を描いたものだ。

「inner space」(detail) update 2019.07 ©Iku Harada

持続のための島

CGでつくられた「inner space」は、ゲーム世界を思わせる風貌だが、島内には登場人物がいるわけでも、何かハプニングが起こるわけでもない。原田がソフトを立ち上げた時にだけ現れ、手を入れたぶんだけ変化する、つくり手のためだけにある箱庭のような世界である。原田は「まずは10年続ける」という決心とともに、この島をつくりはじめたという。それは同時に、10年はコンセプトをブレさせることなく、作品制作を持続しようという意志の表れでもある。
スタート段階では、今よりずっと小さな島に簡単な形態のオブジェを置くことからはじめ、ソフトの扱いに慣れながら、建物や標識など、さまざまなものをつくっていった。それらは削除されることなく増え続け、島も徐々に大きくなっている。少しずつ変化するその島では、以前と同じ場所に視点を置いても新たな要素が視界に入り込み、同じ風景になることはない。「inner space」に要素を増やしては、島のどこかから見える景色を描き続ける、その制作スタイルは一人遊びのようでもある。

《SIGN (in the daytime)》455×530mm /キャンバス、アクリル絵の具/2018年
写真提供:原田郁

受容し、繋がるための島

しかし、原田はその箱庭でずっと一人遊びをしているわけではない。「inner space」をつくりはじめて数年後に起きた東日本大震災を受け、原田もまた多くの作家と同様に、芸術に何ができるのかという、大きな問いにぶつかった。
「inner space」には仮想の建造物だけでなく、実在するギャラリーや、依頼や協働がきっかけとなり生まれた建造物なども存在している。原田はギャラリーで展示を行う際、そのギャラリーと同じ空間を「inner space」にもつくり、仮想の展覧会を開く。さらにその架空の展覧会場に視点を置いて描いた作品を、実際の展覧会場に出展し、入れ子のような状況をつくるのである。実際の展示を見る鑑賞者は、自分がどの地点に立ち、何を見ているのかわからないような、不思議な感覚を覚えることになる。
このように現実と「inner space」とをつなぐ術を持つ原田は、コミッションワークにも積極的である。島には、ある絵の具会社から作品制作の依頼を受けて建てられた「某絵の具会社の工場」と名付けられた建物もある。島という受け皿を介すことで、コミッションワークも自身の純粋な作品制作と同等に扱うことができるという。この作品世界と現実世界をつなぐ作品のあり方は、震災を経て、自身ができることと社会とを結びつけることを意識して生まれたものである。
今回の会場である府中市美術館の公開制作室も、会期中に島に加えられた。筆者が会場を訪れた際に制作途中だった作品は、まさに「inner space」内の公開制作室からの光景を描いた作品《OPEN STUDIO (in the Neo Fuchu Park) #001》であった。

《OPEN STUDIO (in the Neo Fuchu Park) #001》1818×2273mm/キャンバス、アクリル絵の具/2019年
撮影:谷岡康則
写真提供:府中市美術館
《HOME – WHITE CUBE #001》1820×2270mm/キャンバス、アクリル絵の具/2011年
写真提供:原田郁

さまざまな展開、広がり続ける島

現在「inner space」の中央に位置するのも、実在するギャラリー(アートフロントギャラリー、東京都渋谷区)だ。原田は2018年、同ギャラリーの個展において、新たな試みを行った。その際も、仮想空間内のギャラリーと実際の展示室、両方で展覧会を行ったのだが、実際の展示室では、見る角度によっては、作品が壁面に落とす影が不自然だったり、キャンバス(実際には、ポリスチレンボードでつくられている)が途中で折れ、壁から床にまたがっていたりする。しかし、鑑賞者がある一点からカメラを構えたときにだけ、目(カメラのレンズ)の錯覚により、仮想であるはずの「inner space」内のギャラリー空間がそこに立ち上がって見えてくるのだ。トリックアートの技法を用いたその展示で原田が意識したのは、鑑賞者を介したメディアへの展開である。
鑑賞者は会場で写真を撮影し、インスタグラム等のSNSにアップする。すると、本来入り込むことのできない「inner space」内の展覧会と同じ景色が、SNSというメディアを通して際限なく広まっていくのである。現実世界の展示空間でスマートフォンの画面に映った仮想の展示を見る鑑賞者、SNSにアップされた写真を遠隔で見る鑑賞者。実際の展示室は肉眼で見ると、写真よりもズレている。作品を見るとはどういうことなのか。リアルとバーチャルを行き来し続けてきた原田ならではの問いかけであった。
近年は養老天命反転地(岐阜県養老町)のアンビルドで終わった構想を可視化する試み《養老天命反転AR》プロジェクトにリサーチメンバーとして参加するなど、原田と仮想の島「inner space」は10年の継続を経て、さらに新たな広がりを見せている。

《WHITE CUBE- WHITE CUBE 2018》インスタレーションビュー/ポリスチレンボード、アクリル絵の具、インクジェットプリント/2018年
撮影:野口浩史
写真提供:原田郁
《養老天命反転AR》プロジェクト/制作:研究グループ“現実感芸術 Reality Arts”/2018年 
参考:https://www.youtube.com/watch?v=XJ8ZDQxBQZ0
写真提供:原田郁

(information)
公開制作75「原田郁『もうひとつの世界 10年目の地図』」
会期: 2019年4月13日(土)〜 7月7日(日)
会場:府中市美術館 公開制作室
https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/kokai/kokaiitiran/75haradaiku.html

※URLは2019年7月25日にリンクを確認済み