シリーズ第1回の後編。1998年にスタートした多摩美術大学の情報デザイン学科は、社会の変化とともにそのシステムやカリキュラムも変えてきた。その柔軟性と多様性こそ、時代の先を行く情報デザイン分野の特徴かもしれない。多数のアーティストやクリエイターなど多方面で活躍する人材を輩出する、学科の特徴を掘り下げる。
情報デザイン学科情報デザインコースの授業
大海原を泳ぐおもしろさ
そもそもなぜ学科の名称を「情報デザイン」としたのでしょうか。
久保田晃弘(以下、久保田):理由は2つあります。まず1998年に学科がスタートした当時は「情報」の時代の真っ只中で、それは社会のキーワードだったことがひとつ。また工学とデザインの融合も、当時の国のミッションとして掲げられていました。ここでいう工学分野とは、コンピュータサイエンスやコミュニケーションテクノロジーです。この美術と工学という2つの分野の融合を示すのに「情報デザイン」という言葉がとてもわかりやすかった、というのがもうひとつの理由です。
発足時から2つのコースがあったのですか。
久保田:発足当時は、コースはありませんでした。ただ1学年120人という大きな学科で、設立から年々学生も増えていくと、大人数であるがゆえのマネジメントの難しさが明らかになってきました。そこでアートとデザインという2つのコースをつくり、それぞれが固有の特徴が出せるようにしました。メディア芸術コースの中には3つの「ラボ」と呼んでいるゼミがありますが、それは教員ひとりが運営するゼミではなく、複数の教員で運営する仕組みにしています。
メディア芸術コースの在校生が制作した大学の紹介ビデオ。多摩美術大学情報デザイン学科メディア芸術コース3年制作(監督/撮影:竹久直樹、VFX監督:cha-bow、音楽:沼澤成毅/竹久直樹)
宮崎光弘(以下、宮崎):情報デザインコースはラボではなく「領域」と呼んでいますが、3年生になると3つの領域の中から選択して分かれていきます。
久保田:1学年120人を、2つのコースに分け、さらに3つのラボや領域に分かれると、それぞれが20人くらいのクラスター(集団)になります。学生にとっても、教員にとっても、そのくらいが適切なサイズだと思います。
特に、カリキュラムを組むうえで気をつけていることなどはありますか。
久保田:僕が留意しているのは、学生が、自分からはやらないようなことを体験できるカリキュラムにすることです。美大に入ってくるような学生は、写真や映像、描くことなど、好きなことは、誰に言われなくとも自発的に取り組みます。でもプログラミングやデジタルファブリケーション(筆者註:アイデア等や個人の身体データ等をデジタルデータ化したうえで、それらをデジタル工作機械により木材やアクリルなどの素材を加工・成形する技術)には、ひとりではなかなか出会う機会がありません。また、異分野のグループで考えたり、公の場で発表することなど、自分だけでは体験できない機会を提供していくと、そこから何かに目覚める学生がいるんです。だからいかにカリキュラムのなかに、異化作用を持ち込むかを考えています。
それだけ4年間で学ぶことも多岐にわたるんですね。
久保田:1年次は、映像や音響、そしてプログラミングとクラフトという基礎科目を全員が体験します。2年になると、複数のワークショップを年間で4つ選択するアラカルト形式のカリキュラムになります。その過程で学生たちは、自分が何をやりたいのか、という問いと向き合うようになります。情報デザイン学科は入口と出口の距離が遠い学科です。例えば美大における絵画系の学科だと、デッサンや絵画で受験し、卒業制作も絵画系というのが王道です。グラフィックデザイン学科の入試は平面構成で、多くの学生が平面作品で卒業する。一方、多摩美の情報デザイン学科の入試にも鉛筆デッサンはありますが、立体作品やインスタレーションで卒業する学生も多いし、機械や電子回路、ソフトウェアをつくって卒業する人もいます。入口とは違う出口がある。そのことによって戸惑う人もいるかもしれないし、入試前には知らなかったことができるようになったと喜ぶ学生もいます。
宮崎:情報デザインコースでは、1年次で情報デザインの基礎となる造形技法やコンピュータ言語を必修で学び、情報デザインの基礎体力と知識を身につけます。2年次ではプログラミング、インフォグラフィックス、映像、電子工作などの基礎演習科目を選択し、 自分の興味や進路に応じたカリキュラムを組み立てます。そして3年次から各人がより専門分野を深めていきます。
情報デザイン学科の授業
久保田:いろいろな経験ができるけれど、学生にしたら過酷かもしれません。大海原にポーンと放り投げられて「何やりたいの?」って言われる。整えられたルートがあり、そこを何秒で泳ぐか、という基準もありません。アスリートではありません。どのような泳ぎ方をしても、どちらに向かってもいいんです。ましてや、速ければいい、というものでもないんです。その過程のなかで、そもそも自分がなぜここにいるのか、自分が泳いでいる海が一体どうなっているのかという問いと対峙せざるを得ない。それこそが大学教育の場だと思います。昨今、高大連携(筆者註:高校と大学が連携して行う教育活動)が叫ばれていますが、高校までやってきたことと大学はまったく違う。そこには大きな不連続があるし、不連続があるからこそ大学の意味がある。大学に入って、世界が変わる不連続さのおもしろさと喜びにぜひ気づいてほしいと思っています。
久保田晃弘氏
多様な働き方を創造していく人材
同じ入口でも出口が多様ということですが、卒業生はどのような進路に進まれているのでしょうか。
久保田:今は、卒業後に大きな企業に就職し、同じ会社で定年まで勤めることをリアルに感じている学生は少ないと思います。そのなかで、どうやってやりたいことと、暮らしていくことの両立を考えていけばいいのか。いまはその変化の過渡期じゃないかと思います。僕らが一緒に考えることもできますし、僕らの想像力の外の世界で活動するようになるケースもあります。週刊誌で連載を持ち、出版社から単行本を出すのが王道だったマンガ家も、ウェブの出現で、それとは違う新しいかたちの創作や発表が可能になりました。アニメーション作家になったメディア芸術コース卒業生のひらのりょうさんも、そうした新しいタイプのクリエイターで、さまざまなメディアを使って発表していますし、本の装丁なども手がけています。僕らのラボの卒業生も何人かいる「backspacetokyo(バックスペース・トーキョー)」という、少数精鋭のプロダクションチームがありますが、それぞれ個人としてはフリーランスでありながら、オフィスをシェアし、プロジェクトごとにチームを組んで活動しています。そうしたダイナミックなチーム活動が、これからますます増えていくように感じています。
宮崎:卒業生を受け入れる企業の方があとから追いついている面もあるかもしれません。たとえば「デザインシンキング」という考え方は、その言葉がなかった頃から、情報デザインコースでは教えられていたことでした。当時は「それって何になるの?」と思われていたかもしれません。むしろ、今はビジネスにデザインシンキングを取り入れなければ遅れると思われている時代。そういった先駆的な教育を常にやってきたので、徐々に受け入れ先が増えていると思います。情報デザインコースは、インターネットなどの情報産業、ゲームなどのエンターテインメント産業、 グラフィック分野、メーカー企業、広告代理店、放送や出版などのメディア産業、美術館や博物館といった公共事業など、幅広いジャンルで活躍しています。
久保田:情報デザインコースにも、おもしろい卒業生がたくさんいますよね。
宮崎:付録付き雑誌のヒットメーカーとなった、カリスマ編集長の皆川祐実さんや、不妊をテーマに精子チェッカーのプロジェクトで「カンヌライオンズ国際クリエイティビティ・フェスティバル」でグランプリを獲得した大田哲也さん、大手広告代理店から独立してダンボール素材の財布をつくり続けその活動が映画化された島津冬樹さん、有名ミュージシャンのプロモーション映像を昨年1年で50本以上監督して一躍注目されている映像作家で撮影監督の林響太朗さんなど、少し思い出しただけでも最近は本当にたくさん卒業生が社会で活躍してくれています。もちろん、個人名は出なくても企業の中でしっかりユーザーインターフェイス(UI)やユーザーエクスペリエンス(UX)のデザインに取り組んでいる卒業生もたくさんいます。
久保田:就職活動のことで学生が時々相談に来るのですが、「就職活動もいいけれど、まずはいい卒業制作をつくることが大事だよ」と言っています。いい作品をつくって発表すれば、必ず誰かがどこかで見ていてくれます。卒業制作展で声をかけてくれる人もいます。そういう意味では僕は社会の底力をまだ信じていて、通常のいわゆる就職活動というパスにのって会社回りをすることだけが就職活動だけではない、と常々思っています。実際に、いい作品をつくった学生は、卒業後も活躍し続けてくれることが多い。だからこそ大学にいる僕らは、日々の教育の場がクリエイティブな社会に繋がっていく、という希望を持てるんです。
入口と出口が違うという話をしましたが、4年だと短いと感じる人もいます。学科の1〜2年生でいろいろなことを試しながら、何か新しいおもしろさに気づく。次の3〜4年で実際にやってみて、なるほど、と実感するようになる。そこで終わるのではなくて、もっとこんなことができるんじゃないかという創造的実験の場として、大学院修士の2年がある。これまでの学生を見ていると、大学院に2年行くことで、飛躍的に変わる。
情報デザイン学科のキャンパス
宮崎:情報デザイン学科の大学院は、学部でわかれていた2コースがひとつになります。そうするとまたさまざまな専門分野の教員の指導を受けられるのも魅力ですよね。
久保田:その混ざることが大学院のおもしろさでもありますね。ただ、大学院に進まなくても、こうした分野は一生未知のものごとに対する探求だと思うので、固着したり、円熟したりすることなく、いろいろな意味の学びが継続できる場に居続けてもらえるといいなと思います。もちろん、まずは僕ら教員が、なのですが。
宮崎光弘氏
道とは、先に決めるのではなくあとで振り返るもの
最後に、これから受験をする高校生や、在学生に向けて一言いただけますか。
久保田:いまは就職に直接繋がるように見える授業が優先されたりもしますが、まずは「キャリアパス」だとか「キャリアデザイン」という言葉を忘れて欲しいと思っています。キャリアって、デザインするものではなく、あとから振り返るものですよね。事前にあれこれ考えたって、ほとんど役には立ちません。大海原の真ん中で、決められたようにみえるルートをまっすぐに泳いでいるつもりでも、その先には何もありません。だから「あそこに何か見えるかも」と思って泳ぎながら、常にルートを修正していくような感覚こそが大事です。それは別に、アートやデザインの分野に限らないことだと思います。
宮崎:そういう意味では、情報デザイン学科の「学び」は、例えるなら山の頂上を見ながら進む登山ではなく、樹林をかき分けながら発見をする森歩きが近いと思います。
情報デザイン学科
久保田:いい意味で、山の頂上のような大家や権威のようなものがなかったんですよね。90年代末にこの学科が生まれたころ、私もまだ30代で、その上の世代にはほとんど誰もいませんでした。それから20年あまり経って、今度は僕らが若い世代の重石にならないよう、常に自分たちを更新できる状態に置いておくと同時に、学生たちには僕らと違う世界で生きていって欲しい。カリキュラムはある種の構造でありフレームに過ぎないし、そこに学生を押し込もうとしたら大学はおしまいです。そうではなく、時代時代の学生に応じてフレームや構造をいかに変化させていくことができるか。この20年で技術も社会も様変わりしました。同じスマホを見ているようでも、世代によって見え方も使い方も全然違うでしょう。
宮崎:学生たちのなかにはキーボードよりもスマートフォンのフリック入力の方が得意な人もいます。たぶんそれも変わっていくのでしょう。学生たちには日常のなかで変化し続けるテクノロジーを呼吸するように自然に取り入れて、自由に自分の創作活動に活かしてほしいと思います。
久保田:はい、社会のなかで何が不変で、何が変化しているのかを見極めていくことが大切なんだと思います。大学の教育もそれと同じで、変化する領域の担当として非常勤講師の役割が重要です。多摩美に限りませんが、私立大学は非常勤の教員が多く、多彩なことが特徴です。もし大学を選ぶことに悩んだら教員の仕事を見て、といいましたが、専任教員だけではなく非常勤講師のリストをみてどんな活動をしている人なのかを調べると、それぞれの大学や学科の特徴がさらにわかると思います。
久保田晃弘(くぼた・あきひろ)
1960年生まれ。多摩美術大学美術学部情報デザイン学科メディア芸術コース教授/アートアーカイヴセンター所長。アーティスト。東京大学大学院工学系研究科船舶工学専攻博士課程修了、工学博士。数値流体力学、人工物工学に関する研究を経て、1998年より多摩美術大学にて教員を務める。芸術衛星1号機の「ARTSAT1:INVADER」でアルス・エレクトロニカ 2015 ハイブリッド・アート部門優秀賞をチーム受賞。「ARTSATプロジェクト」の成果で、第66回芸術選奨の文部科学大臣賞(メディア芸術部門)を受賞。著書に『遙かなる他者のためのデザイン−−久保田晃弘の思索と実装』(BNN新社、2017年、共著に『メディアアート原論』(フィルムアート社、2018年)ほか。
宮崎光弘(みやざき・みつひろ)
1957年生まれ。多摩美術大学美術学部情報デザイン学科情報デザインコース教授。アートディレクター。株式会社アクシス取締役。東京造形大学美術学部卒業後、ファッション誌のADを経て1986年に株式会社アクシス入社。同社のCIやデザイン誌『AXIS』のアートディレクション、展覧会企画などに携わる。現在は同社のクリエイティブ部門を統括し、多くの企業のブランディングや課題発見、課題解決のデザインプロジェクトを行う。デザインを通して、持続可能な社会の実現を目指す非営利団体「Think the Earth」の理事も務める。
撮影協力=株式会社アクシス
写真提供=多摩美術大学
(information)
多摩美術大学 情報デザイン学科 メディア芸術コース・情報デザインコース
八王子キャンパス(大学院・美術学部)
192-0394 東京都八王子市鑓水2-1723
042-676-8611(代)
https://www.tamabi.ac.jp/dept/id/
※URLは2019年10月16日にリンクを確認済み
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