NTTインターコミュニケーション・センター [ICC](東京都新宿区)の無料展示「オープン・スペース」。毎年作品を入れ替えているが、14回目の今回は「別の見方で」をテーマに、16組のアーティストの作品を紹介する。アーティストたちが提示する「別の見方」とは?
シンスンベク・キムヨンフン《ノンフェイシャル・ポートレイト》(2018年)
さまざまな「別の見方」
新宿・初台にある、メディアアート専門のミュージアム、NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]。1年ごとに展示が変わる「オープン・スペース」の今年のテーマは「別の見方で」だ。世界や常識を別の視点で見る、従来の技術を捉え直す、といったさまざまな「Alternative Views(別の見方)」に関連した作品を取り上げている。出品作家は16組のアーティストやプロジェクト。そのほとんどが新作もしくは近作を出品した。
「見方」というキーワードから、いくつかの作品を取り上げたい。展示スペースに入ってすぐの作品、《ノンフェイシャル・ポートレイト》は、人工知能(AI)と人間の脳の「見方」の差異を浮き彫りにする作品。複数のモニターにはそれぞれ、ある人の肖像画を描く様子が映し出されている。描いているのはそれぞれ違う画家だが、共通のルールが課されている。それは、人の顔だと決してAIに認識されてはいけない、というもの。つまりそこで描かれるものは、人間だけが顔と認識できる「顔」となる。ソウルの2人組のアーティスト、シンスンベク・キムヨンフンが手がけた。
シンスンベク・キムヨンフン《ノンフェイシャル・ポートレイト》(2018年)。中央の絵は、AIに顔だと認識されないよう写真の人物を描いたもの
後藤映則は、3Dプリンタでつくったオブジェに、スリット状に光をあてることで、新たな映像の形を編み出した。《ENERGY #01》では、バレエダンサーがさまざまなスピードで踊る姿が暗い空間に浮かび上がる。多様に見えるダンサーの動きは、オブジェに当てる光の動きとスピードの変化によって生まれている。
これは19世紀後半に行われたイギリス人のエドワード・マイブリッジによる連続写真に着想を得た技法だ。オブジェには動きの断片が並んでいる。それらを切り取るように光が当てられ、光もしくはオブジェが動くことで、その断片が動いているように見えるという仕組み。時間の「見方」を変えたこの作品は、従来の技術の根本に立ち返り現代の表現として応用している点で、技術の「見方」も変えている。
後藤映則《ENERGY #01》(2017年)。上の写真はオブジェ全体に光が当たっている状態。下の写真は同じオブジェに複数の光のスリットを当てている
ダンサーとしても活動する梅田宏明による《kinesis #3 - dissolving field》は、新しい体の「見方」を提示する。部屋全体に映し出された点が、人の動きに反応して動く作品。瞬時に反応するというよりは、少しタイムラグがありゆっくりと変化する。その動きは、例えば細胞の増殖のようでもあり群れをなす魚や鳥のようでもある。その点の動きに呼応するように、自然と自身の体もいつもとは違う動きになる。
梅田宏明《kinesis #3 - dissolving field》(2019年)
撮影:木奥恵三
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
メディアやテクノロジーの根源に迫る
外部の音を遮断したICCの「無響室」。真っ暗な闇のなかで、そこで流れる音だけに集中する数分間の体験は、さまざまな感覚の扉を開ける。今回は、肉声のみを素材にした音楽作品が展示された。ボイスアーティストの細井美裕による《Lenna》だ。トゥトゥトゥ、ファファファ、と言葉にならない声が音楽となり、闇に広がる。作品タイトルは画像処理技術のテストに使われる「Lenna」という女性モデルのポートレートに由来する。マルチチャンネルの制作と視聴環境への提案と実践をうながす作品として制作されたため、二次利用可能な音源サンプルとしての配布を視野に入れている。
ほかにも、「視ることそのものを視る」というコンセプトから制作された三上晴子による《Eye-Tracking Informatics——視線のモルフォロジー》(2011年)のアップデート版《Eye-Tracking Informatics》、メディア・テクノロジーやジェンダーなどの問題を考察した青柳菜摘のインスタレーション、真鍋大度+坂本洋一+石井達哉のライゾマティクス・リサーチの3名による実像と虚像があいまいになる体験をもたらす光を用いた作品、単純なマルバツゲームからテクノロジーの力とその歴史を浮き彫りにするJODIの体験型作品など、「別の見方」を捉えたさまざまな作品が展示されている。また、NTTの研究所の先端的な取り組みを紹介する「リサーチ・コンプレックス NTT R&D @ICC」も連携プロジェクト展示として、合わせて見ることができる。
18世紀の自動チェス人形や19世紀に生み出された物語『フランケンシュタイン』をモチーフとしたインスタレーション。青柳菜摘《彼女の権利————フランケンシュタインによるトルコ人,あるいは現代のプロメテウス》(2019年)
岡ともみ、渡邊淳司《10円の移動日記》(「リサーチ・コンプレックス NTT R&D @ICC」、2019年)
「触れてつながるラボ」(「リサーチ・コンプレックス NTT R&D @ICC」、2020年3月1日まで)
展示の全体としては、テクノロジーやメディアというものの根源に立ち返った作品や、人の生体に迫る作品が多く見られた。「メディアアート」は技術的な部分に注目されることも多いが、ICCの「オープン・スペース」シリーズでは、哲学的に物事を問う最先端の美術表現を展示している点で貴重だ。常時、年間を通して無料で見ることができる点でも、民間企業による希少価値の高い事業である。
(information)
開催情報
オープン・スペース 2019 別の見方で
会期:2019年5月18日(土)〜2020年3月1日(日)
休館日:月曜日(月曜日が祝日もしくは振替休日の場合翌日)、保守点検日(2020年2月9日(日))、年末年始(2019年12月28日(土)〜2020年1月6日(月))
入場無料
会場:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]
*《Lenna》、《Eye-Tracking Informatics》は一人ずつの体験のため、Peatixによる予約が必要
https://www.ntticc.or.jp/ja/exhibitions/2019/open-space-2019-alternative-views/
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