横須賀の三笠桟橋から船で10分。自然散策やレジャーで人気の無人島・猿島を舞台に夜のアートプロジェクトが開催された。暗い、スマホを手放す、情報が少ないという稀有な環境での鑑賞体験をレポートする。
「Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島」ロゴ
普段は入れない、夜間の無人島へ
横須賀の港
株式会社ライゾマティクス代表取締役の齋藤精一氏がプロデューサーを務め、4組のキュレーター陣により、16組のアーティストが参加した「Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島 アートを通して体感する猿島とその自然」。東京湾内最大の自然島・猿島で、「我々が失ってしまった感覚」を取り戻すことが、このイベントのコンセプトだ。通常、猿島航路に夜間の便はないが、このイベントのために17:30から4便の船が運行されていた。
猿島行きの船便が出る三笠桟橋までは、横須賀中央駅から15分ほど歩く。グーグルマップを頼りに桟橋までたどりつくと、すでに100人ほどの人が船を待っていた。受付でPeatixを見せて、チェックインをすませる。列に並び乗船すると、船内はとても賑やかだった。「ディズニーシーみたい!」と近くの女性が話しているのが聞こえた。夜の無人島に出かける、その期待と高揚感に沸き立つ。
船の旅は10分ほど。バーベキューや海水浴といったレジャーで人気の猿島だが、明治期より首都防衛の拠点としての歴史を持つ。いまも砲台や兵舎、弾薬庫などの要塞が島内に残り、それらは国史跡に指定されている。
齋藤精一《JIKU #004 SARUSHIMA》
photo by Koichiro Kutsuna
島に着くと、船から一筋の光が見えた。高台から海に向かって伸びるその光は、齋藤精一の作品《JIKU #004 SARUSHIMA》だ。鎌倉時代、日蓮上人が鎌倉に布教にいく船旅の途中、嵐に見舞われ猿島にたどり着いたときの伝説に基づいた作品。日蓮上人を猿島に導いたのが白い猿だったということから、島の名が「猿島」になったという。その猿が導いたとされる方向に、その光は伸びている。
暗闇のなかのささやかな作品
猿島桟橋
下船後、海岸沿いにある作品、博展《prism》。光線がキューブ状のアクリルに当たると、その角度によってさまざまな色に変化する作品
photo by Koichiro Kutsuna
下船してからは管理棟で待機した。ここから数十人ずつ、整理番号順に案内される。スマホなどの電子機器は、用意された封筒に入れて封をし、チェックを受けなければならない。
番号が呼ばれると、スタッフが先導して猿島公園の道を案内してくれた。街灯はなく、足元にところどころ置かれた小さな明かりを頼りに夜道を進んでいく。闇のなか、前を歩く人のシルエットと、自分の足の感覚を頼りに、歩みを進める。こんなに慎重に歩く経験はいつぶりだろう。いつもは注意したことのない筋肉の動きや、足裏の感触が気になる。海のほうを向くと、対岸に見えた横須賀の町が随分と明るく感じた。
スタッフに導かれ、要塞のトンネルに入る。トンネル内の洞窟にはおぼろげな猿のシルエットが浮かぶ作品、後藤映則の《逸話》があった。ロープを貼り、交差する箇所の光で猿を表した。トンネルの前では「ここからは自由行動です。3〜4人にひとつ、懐中電灯を渡しますので自由にまわってください」とアナウンス。一人での参加だったので、列の前後の人と一緒に行動することになった。
後藤映則《逸話》
photo by Koichiro Kutsuna
自由行動といっても鑑賞ルートはひとつ。だが、暗すぎて手元の地図とハンドアウトが読めない。懐中電灯やわずかな照明の光で、地図に載っている作家名と作品名を確認しながら作品を見た。暗闇の島を巡るなかで出合った作品は、どれもささやかな印象だった。マットを敷いて仰向けになる菊池宏子の《地球交響楽団》。一切の明かりを排除したトンネルのなかを壁伝いに進むと模様が見えてくる、マシュー・シュライバーの《猿島トンネル #2, 2019》。蓄光塗料によって光る岩は佐野文彦の《磐座》。触ると冷たくすべすべした岩は天然のものではなく、周辺の砂や土によってつくられたものだった。
情報を排除した鑑賞体験
なかでも、もっとも印象的だったのは鈴木康広の《遊具の透視法》だった。猿島にあるはずのないグローブジャングルと、そこに投影された映像。映像のなかでは、子どもたちがどこかの公園のグローブジャングルで遊んでいる。白く塗装されたジムを回すと、その残像から投影された映像がはっきりと浮かび上がってくる。目の前にある遊具も回るが、映像の中の遊具も回るという構造の面白さと、暗闇にガラガラと回るグローブジャングル、そしてそこに写るホームビデオのような映像が不思議な心地よさを放っていた。
鈴木康広《遊具の透視法》
photo by Koichiro Kutsuna
管理棟に戻ったのは、猿島に着いてから約1時間半後。帰りの船内は、行きに比べると静かだった。どこかで期待していたエンターテインメントの要素はなく、静寂に包まれたイベントだった。暗闇のなかで感覚を研ぎ澄ますことに重点を置いているためか、作品にキャプションはなく解説も一切なかった。普段作品を見るとき、当たり前のように言葉で情報を補っているが、それは一方で見ることへの集中を妨げているかもしれない、と気づく鑑賞体験だった。
再び横須賀のまちに戻ると、駅前の賑やかさに情報量の多さを感じた。わずか1〜2時間ほどの体験だったが、人間の本来の感覚を取り戻すというコンセプトの通り、船に乗る前とは明らかに見る風景が変わっていた。
(information)
Sense Island -感覚の島- 暗闇の美術島
会期:2019年11月3日(日)~12月1日(日)の木金土日および祝休日のみ
時間:17:30~21:30 ※日没以降
料金:大人3,500円、中学生以下2,350円
会場:猿島一帯(神奈川県横須賀市猿島1番)
主催:横須賀都市魅力創造発進実行委員会
https://senseisland.com
※URLは2019年12月6日にリンクを確認済み