2019年9月に公開された伊藤智彦監督のフル3DCGによるアニメーション作品『HELLO WORLD』。SFからミステリーまでを手がける小説家・野﨑まどが脚本を務め、記憶装置のなかの京都を舞台に、高校生の男女、堅書直実(かたがき・なおみ)と一行瑠璃(いちぎょう・るり)の出会いを通じ、変質していく世界を描く。手描きアニメーション調の処理を可能にするトゥーンレンダリングの3DCGで描かれる本作は、技術的な新規性のみならず、その技術をいかに物語構造に使役させるのかが、考え抜かれた作品であった。

『HELLO WORLD』ポスター

『HELLO WORLD』の舞台となるのは、都市内で起きた事象をすべて記録する「クロニクル京都」という社会実験が行われている2027年の京都だ。「アルタラ」という量子記憶装置が、膨大なデータを蓄積し続けている。
高校生・堅書直実は、ある日10年後の未来から来た自分、カタガキナオミと出会う。直実はナオミから、直実がアルタラに記憶された世界のなかにいる、10年前のカタガキナオミであることを告げられる。さらに、ナオミは直実に、クラスメイトの一行瑠璃といずれ恋仲になり、そして瑠璃が落雷によって命を落とす未来を伝える。ナオミは直実に、瑠璃が命を落とさないための行動を記した「最強マニュアル」に沿って、取るべき行動の指南を始めた。
しかし、記録を書き換えるというナオミの行動は、アルタラのシステムが排除すべき行為となる。システムの排除行動から身を守りつつ瑠璃を生存させるため、ナオミは直実に「神の手(グッドデザイン)」と呼ばれる手袋を伝授する。それは、想像した物質を右手を通じて具現化することを可能にするものだった。

『HELLO WORLD』作中カット

作中の技術と設定が描く未来

本作の制作を手がけた2009年設立の株式会社グラフィニカは、『ガールズ&パンツァー 劇場版』(2015)をはじめ、多くのテレビアニメ、劇場アニメの3DCGパートの制作を、デジタルプロダクションとして受託してきた。劇場公開作品『楽園追放 -Expelled from Paradise-』(2014)では、手描きパートも含めたアニメーション制作をすべて請負い、『十二大戦』(2017)ではテレビアニメの元請け制作を初めて担う。そして本作『HELLO WORLD』で、同社は初めてのオリジナル劇場公開作品を元請けとして手がけることになった。
本作は、3DCGに手描きアニメ調の処理をする、トゥーンレンダリングという手法で制作されている。その技術は、豊かな表情や、細かい仕草による演出を高いレベルで実現しており、手描きアニメーションと見間違えるほどだ。このアニメーションをつくり出すために、グラフィニカはいくつかの特徴的な試みを行っている。
まず、本作で使用されるキャラクターの3Dモデルには、大量のボーン(註1)が仕込まれており、顔面から身体までボーンで埋め尽くされている。このボーンを筋肉のように可動させることで、様々な表情や動きを作り出すことができる。本作では、モーションキャプチャーや物理演算ではなく、人の手でボーンを動かし演技をさせることで、豊かな表情や動きを実現している(註2)。
また、本作は3Dモデルながらも、手描きアニメーションと同じコマ数にするために、本来1秒間60コマや30コマで出力される3DCGを、あえて1秒間に8コマ〜15コマにまで抜きながら出力している。リミテッドアニメーションのように、どのコマを抜くかによって動きの緩急に変化がつけられ、豊かな演出を可能としているのだ(註3)。
キャラクターの演技においては、本作のキャラクターデザインと作画監督を務めた、堀口悠紀子の存在も大きい。堀口は株式会社京都アニメーション出身のアニメーターであり、山本寛監督・武本康弘監督『らき☆すた』(2007)や山田尚子監督『けいおん!』(2009、2010)といった、同社制作の高い人気を誇るアニメ作品のキャラクターデザインを手がけてきた。
本作で堀口は、3DCGアニメーションのキャラクターデザインを初めて手がけることになった。手描きアニメーションならではの、顔のパーツの変化による生き生きとした表情が堀口の持ち味と言えるが、『HELLO WORLD』においては前述した3DCGチームの努力により、それを存分に表現できる土壌が整っていた。
堀口は作画監督として、各シーンの表情や仕草には堀口の細やかな監修を入れている。例えば、瑠璃がバスの中で立っているときの立ち姿に「お尻つき出しているのが気になるのでもう気持ちシャンと立ってる」と赤字を入れたり、目と顔の動きの連動に「スタートは目だけ先行して動く方が動かされている感が減る気がします」といった指示を行っている(註4)。本作では、手描きアニメーションで蓄積されてきた堀口のキャラクターづくりの知見が3DCGにおいても存分に生かされており、観客が引き込まれるような、キャラクターの生き生きとした存在感を創出している。

『HELLO WORLD』作中カット

京都を舞台とした意味

本作の物語の舞台において重要となるのが、都市の膨大な記録を蓄積し続けるアルタラである。Googleが現在も世界中でストリートビューの撮影を続け、蓄積し続けていることを思い起こさせるが、脚本の野﨑まどもアルタラの解説を外部にする際には、Googleマップを例に出して説明していたという(註5)。すでにGoogleマップが我々の日常に入り込んで10年以上となる現在、アルタラによって作り出される「クロニクル京都」は、多くの視聴者にとって現実感を持って受け入れられるものだったのではないだろうか。
アルタラという装置を考えるにあたって、監督の伊藤智彦は京都にあるVRプロダクションスタジオ、Kyoto VR株式会社のアーカイブプロジェクトから大きな刺激を受けたという(註6)。このプロジェクトは、京都の伝統文化や文化財を360°カメラで撮影し、3D映像と組み合わせながらアーカイブするというものであり、できるだけ、その場にいるときの視覚体験や聴覚体験に近い形で、京都を仮想空間に再現している。さらに、制作段階から京都市と連携してロケ地の使用許諾をするなど、綿密な資料集めにより、舞台となる京都のリアリティを担保してきた(註7)。
このような現実の京都と仮想空間の京都を繋ぐ発想は、本作のプロモーションも兼ねて実際の京都でも試みられていた。京都市公式のアプリケーション「Hello KYOTO」は、京都の写真映えスポットや交通情報、キャンペーン連動コンテンツなどを配信するアプリケーションで、『HELLO WORLD』は、この「Hello KYOTO」とコラボレーションしている。これは、京都の市街にある作品の舞台となった各所をラリーポイントに設定、そこに設置されたパネルやポスターをアプリケーションのARカメラで撮影しながら、デジタルスタンプを集めていくという企画だ。また、作中のロケーションの場所を記したマップも制作され、配布されている。
また、グラフィニカは地方展開に積極的な制作会社であり、京都に設置したスタジオでも同作の制作を行っている。こうした地の利を活かせる制作環境も、同作の舞台設定を詰めることに貢献したと言えるだろう。
上述したように、本作には鑑賞後にいわゆる「聖地巡礼」を喚起させる仕掛けが多々準備されている。後述するが、こうした試みは、単なる観光の喚起以上に、京都の町を訪れることで作品内容をより実体験に基づいた形で感じるための試みであるともいえるのだ。

『HELLO WORLD』作中カット

物語と現実を結びつける映像

これまで見てきたように『HELLO WORLD』は、手描きアニメーションの要素を取り入れた高いレベルのトゥーンレンダリングと、京都の土地性と実在感を強調したことが特徴的な作品だ。この両要素が同時に存在することが、『HELLO WORLD』という作品をより記憶に残るものにしている。
これまで、トゥーンレンダリングという手法については「時間も人手もかかる手描き作画を3DCGで代替するための手法」という見方が多かれ少なかれあった。仮に、本作が手描きアニメーションだった場合、手描きの豊かな線が生み出す動作やデフォルメは、キャラクターをより生き生きとしたものにするかもしれない。しかし、本作は手描きの要素をふんだんに取り入れながらも、3DCG特有の物理的な正確さゆえの硬質な動きや、崩れない線の無機質さは残されている。こういった3DCGならではの要素は、アルタラの中の記憶情報、つまり主人公たちがデータであるという設定を視覚的にも裏付けることになる。
この意味において、本作は、トゥーンレンダリングをなぜ選択しなければならないのかという問いに対し、アルタラのシステムを演出するためだと必然性をもって回答できている。
そして、トゥーンレンダリングならではの質感によって、データ内の事象として印象づけられた本作を見た後、現実の京都を訪れる。このとき、「好きなキャラクターがそこにいるかもしれない」という現実とフィクションが同居する楽しみとはまた違う、「私たちが住む世界も、作品内の世界と同時並行で存在するひとつの記録なのかもしれない」という、作品の延長線上に自身を位置づけられるような「聖地巡礼」を可能にしているといえる。
物語の構造から現実のロケーションにいたるまで、ひとつなぎに結びつける視聴体験を提供する。そこに『HELLO WORLD』の作品としての強度がある。

『HELLO WORLD』作中カット

(脚注)
*1
3DCGのモデルが複雑に変形するアニメーションをつくる際は、モデル内に「ボーン」と呼ばれるパーツを、人体の骨と関節のように複数配置する。各ボーンの動きにモデルを追従させることで、より複雑な動きを可能となる。

*2
gameindustry.biz「[Unite 2019]実は3DCGアニメ作品だった「Hello World」。この作品をゲームエンジンUnityで再現することはできるのか?」
https://jp.gamesindustry.biz/article/1909/19093002/

*3
gameindustry.biz「[Unite 2019]実は3DCGアニメ作品だった「Hello World」。この作品をゲームエンジンUnityで再現することはできるのか?」
https://jp.gamesindustry.biz/article/1909/19093002/

*4
『映画 HELLO WORLD 公式ビジュアルガイド』p.110

*5
『HELLO WORLD』パンフレット、「HELLO WORLDをより深く楽しむためのウラ話」

*6
『HELLO WORLD』パンフレット、「HELLO WORLDをより深く楽しむためのウラ話」

*7
コトカレ「「HELLO WORLD」制作のグラフィニカに聞いた!映画と京都をつないだものとは?」
https://kotocollege.jp/archives/15695


(作品情報)
『HELLO WORLD』
公開日:2019年9月20日(金)
上映時間:98分
監督:伊藤智彦
脚本:野﨑まど
キャラクターデザイン:堀口悠紀子
アニメーション制作:株式会社グラフィニカ
声の出演:北村匠海、浜辺美波、松坂桃李ほか
https://hello-world-movie.com/

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発売・販売元:東宝
©2019「HELLO WORLD」製作委員会

※URLは2020年2月10日にリンクを確認済み