前回は、集英社の週刊少年ジャンプ編集部が運営する海外向けマンガ配信サービス「MANGA Plus by SHUEISHA」(以下、「MANGA Plus」)について、「少年ジャンプ+」副編集長・籾山悠太氏に行ったインタビューをもとに、その画期性と意味について考察した。今回は、「MANGA Plus」立ち上げ理由のひとつでもある海賊版対策について、集英社・編集総務部部長代理法務グループの伊東敦氏へのインタビューをお届けする。なおインタビューを行ったのは、2019年12月下旬である。

出版広報センターを中心に出版界全体、IT・通信企業・団体の協力も得て取り組んでいる「STOP! 海賊版キャンペーン」のバナー。現在、第4弾まで実施され、新聞広告(全国紙5紙)、雑誌広告(200誌2,000万部)、SNS等で展開。SNSではのべ1億5,000万人に拡散された

2000年以降の海賊版対策の動き

マンガの海賊版と言うと、日本でも一昨年(2018年)より「漫画村」などの大規模海賊版サイトの問題がメディアでも取りあげられ、その存在が一般にも広く知られるようになっている。一方、海外の海賊版については、地域によっても歴史的にそのあり様がかなり異なることもあって、長年日本国内ではなかなかその存在や規模が知られることがなかった。しかしデジタル海賊版に限ると、テクノロジーの進化やインターネットの普及にしたがって1990年代中頃から目立ちはじめ、2000年代以降は爆発的にその数を増やして現在に至っている。日本国内での海賊版以上に海外での歴史は長く、被害は深刻だ。
国内で知られていないとは言え、海外の海賊版への対策が講じられてこなかったわけではない。例えば、2002年には「日本コンテンツの海外展開の促進と海賊版対策」を目的に掲げた一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(CODA)が設立され、2010年には主要マンガ出版社やエージェントなどからなるデジタルコミック協議会が、アメリカのMANGA出版社と協力して海賊版に対して法的措置の検討する旨の警告文(註1)を出した。2013年には、出版社やアニメスタジオからなる「マンガ・アニメ海賊版対策協議会」が発足し、翌年から海賊版削除要請や正規版サイトへ誘導する「Manga-Anime Guardians PROJECT」を開始するなど、出版社のほかにも、さまざまな団体が海賊版を減らす努力を続けている。
そんななか、国内外に大量の海賊版が存在する「週刊少年ジャンプ」作品を擁する集英社は、海賊版に対してどのような対策をとってきたのか。その戦いの最前線で陣頭指揮をとってきた伊東敦氏にお話をうかがった。

海賊版対策の現状

今までも多様な海賊版対策をやってこられたと思いますが、基本的な対策は、集英社の出版した作品の違法アップロードがあった場合、そのサイトに対して削除要請を行う、という理解でいいでしょうか。

そうですね。英語だろうと日本語だろうと、言語にかかわらず削除要請を送っています。
実は集英社で言うと、日本語、英語だけでなくさまざまな言語の海賊版に対して、2019年11月の数字で月に合計12万ぐらい送っているんです。2017年10月から2018年9月までの数字になりますが、日本の出版社連合の削除要請を合計すると年間200万ほど出していますね(註2)。
削除要請の対象は、検索エンジン、サイバーロッカー、ウェブサイトのほかに、最近ではSNS、写真共有サービス、動画投稿サイトが増えています。日本で言うと「漫画村」「ネタバレサイト」「はるか夢の址」の3つの海賊版サイトが閉鎖された後、動画投稿サイトやSNS上の侵害が急増しています。特にYouTubeとFacebookが深刻ですね。
YouTubeやFacebook、Twitterといった正規のプラットフォームの場合、我々が言えば削除してくれますが、アップロードするユーザーが多いので、月に数万の要請を送っても違法アップロード自体は一向になくならないのが現状です。
それでもYouTubeやFacebookなら削除はしてもらえますが、海賊版サイトは削除要請を送ったって聞かない。そうすると今度は彼らが使っているドメイン登録会社や画像を保存しているサーバーなどに削除要請を送る。そのドメイン登録会社やサーバーがちゃんとした会社じゃないと、またもや全然こちらの話を聞いてくれません。
良心的なドメイン登録会社やサーバーの会社の場合は対応してくれますが、そうすると海賊版サイトのほうがドメインやサーバーを変えてしまいます。つまり新しいサイトに移転する。いたちごっこです。
例えば、ある海賊版サイトはアメリカにサーバーがあったので、そこに警告書を送ったら、アメリカのサーバーから東欧や中東のサーバーに逃げてしまって、「(法的アクションが比較的やりやすい)アメリカから追い出さなければよかった」と後悔したこともあります。
そういうサイトが本当にすごくたくさんあるので、リスト化しています。オンラインリーディング型だと、200ぐらい。そのうち日本語のサイトは一桁程度で、残りは英語、スペイン語、中国語、タイ語、インドネシア語、韓国語などさまざまな言語のサイトですね。
当然、把握している海賊版サイトなどすべてに削除要請を送っていますが、さすがに200に対して同時に海外での法的アクションを起こすことはできないので、悪質なものから順に実施しています。

いつ頃から削除要請をなさっているんですか?

削除要請に関して言うと、ここまでやるようになったのは9年前(2010年)ぐらいからです。著作権侵害対策会社に頼んで本格始動したのが2011年で、法的アクションを積極的に取るようになったのは、5年前ぐらいですね。それまでもずっと動いてはいましたが、その間にノウハウを身につけて、特に最近は前以上に力を入れてやっています。
ここ2、3年優先しているのは、「週刊少年ジャンプ」を発売日前に入手して海賊版データを制作しているところです。そこがつくった海賊版データをほかの海賊版サイト運営者が入手して自分のサイトに転載してしまうので。
2011年の頃は集英社や侵害対策会社が削除要請を送るだけで、海外でも閉鎖したり潰れたりするところがありました。「マンガが好きなのでちょっと翻訳してみよう」というサイトがまだ多かったのかもしれません。現在では、アバウトな計算ですが、日本語サイトもほかの言語サイトも含めて年に200~300ぐらい、出版社連合のアクションで閉鎖しています。ただし、次から次へと海賊版が出てくるのは、今も昔も変わりありません。
とにかく海外での法的アクションが手間と時間がかかります。海賊版サイトを潰すのは容易ではないんです。

海外の海賊版

海賊版対策には本当にご苦労なさっていると思いますが、海外の場合、理論上はアクションを起こす相手の国がベルヌ条約(著作権を保護する国際的な条約)に加盟していれば、法律は味方してくれるはずですよね。

ものすごくざっくりしたことを言ってしまうと、向こうの警察が「なんで自分たちの国じゃない日本のマンガのために俺たちが動かなきゃいけないんだ」という風になってしまうんですよ。アメリカのVIZ Media(集英社の関連会社で正規版の出版・配信を手がける)にも聞きましたが、なかなかFBIは動いてくれないようです。ハリウッドのためならFBIはスウェーデンや香港まで行きますけど、日本のマンガのためにはそこまで頑張ってくれない。
ひとつの方法としては、たとえば中国の場合、中国で正規配信している有力企業と一緒に行動する。中国語の海賊版サイト「愛漫画」の運営者を逮捕できたのは、CODA、出版社と現地企業との連携の成果ですね。
もうひとつの方法としては、刑事ではなく民事で戦う方法もあります。なんにしろ刑事でも民事でも、自分たちが頑張らなくてはいけないので、100%潰すのは無理かもしれませんが、ある程度無視できるレベルまで、海賊版の数を落としたいと思っています。

1件の法的アクションにかかる時間と費用はどのくらいですか?

海外での法的アクションですが、半年から2年ぐらいかかるのは当たり前ですね。費用はしっかり追い詰めようとすると、1件につき4、500万円から数千万円ぐらいかかることもあります。集英社単独の場合もあれば、出版社連合で実施するケースもあります。それ以外に削除要請を月に12万件送るために、現在集英社では、侵害対策会社3社と契約していますが、その費用もバカになりません。

特に海外の場合、90年代から2000年代前半ぐらいまで、ファンは「正規版が出版されていない」という理由で海賊版を出していた場合も多かったように思いますが、最近はお金目当て、広告料目当てというところが増えているのでしょうか。

そうですね。海外では、ほとんどが広告収益目的ですね。しかし、日本での話で、マンガの海賊版で捕まった人たちの裁判の傍聴に行って驚いたのですが、お金目的だけではない場合もあります。海賊版をアップしたことを褒められたいという理由だったりします。SNSでの侵害が増えているのも同様の理由ではないでしょうか。

裁判の傍聴までされているんですね。

「漫画村」の裁判も今ちょうどやっているので傍聴に行っています。裁判を傍聴すると犯人の口から新しい事実がわかることもあるので。また取材に来たメディアのみなさんに海賊版の実情をしっかりと知ってもらういい機会と捉え、積極的に発信する必要を感じています。

海賊版対策のための啓蒙活動

削除要請以外に、海賊版の対策としてなさっていることを教えてください。

著作権啓蒙活動として熊本の中学校に行って、200人ほどの生徒さんを前にお話ししました。生徒たちのダイレクトな反応が感じられて、非常にいい経験をさせてもらいました。
ほかには、一般社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会(ACCS)という団体と一緒に警察とも協力して、ショッピング・モールで子どもたち相手に著作権の啓発活動を実施しています。グッズがあったほうが子どもたちも興味をもって来てくれると思ったので、グッズを用意して、配ったこともありました。
直近の例では、e-ネットキャラバンにて、こちらで制作した「海賊版はダメですよ」という内容の資料を使ってもらっています。e-ネットキャラバンというのは、年間47万人ぐらいの小学生・中学生・高校生とその保護者の方たちにネットリテラシーを講義する活動です。ネットの正しい使い方やネットの危険性などを学んでもらうもので、その講義資料に、「りぼん」のマンガ家さんに描いていただいた「海賊版にアクセスするとマンガ家さんも困ってしまう」という内容の8コママンガも使ってもらえるようにしました。
CODAからも頼まれて外国にも行きました。タイに2回、ベトナムに1回、出版関係者や法律関係者の前で海賊版の講義もしています。
ほかにも、「STOP!海賊版キャンペーン」をのべ100社、300を超える出版各社や賛同する企業・団体の公式SNSアカウントからも発信していますし、Yahooさんと協力して「海賊版」と検索すると、トップに「STOP!海賊版キャンペーン」のバナーが来るようにしたりと、いろいろやってますね。
ただ、本当にここ1年ですね。皆さんが海賊版被害に関心を持って興味を示してくださるようになったのは。海賊版対策で言うと、2018年から2019年が大きな動きになりました。以前よりずっとダイナミックに活動が進むようになったんです。

海賊版対策の広がり

伊東さんご自身も海賊版対策に10年近く取り組んでこられましたよね。どうして2018年から2019年にかけて大きな動きになったんでしょう?

それはやはり「漫画村」というわかりやすい例が出てきたからです。海外の人からすると、「漫画村」みたいな海賊版サイトは昔からあったので、今更な話なのですが、日本のプレイヤーからすると、国内のデジタル配信売上がずっと右肩上がりだったのにその伸びが停滞してしまった。ほんとうに「漫画村」は衝撃的だったんですよ。「漫画村」で、海賊版による被害の実態が可視化されたということです。
僕自身も長い間、自ら削除要請を送ったり、侵害対策会社に依頼したり、海賊版対策協議会で大規模削除事業を率先したりしてきましたが、結局それは知る人ぞ知る活動だった。警察やCODAや経済産業省ほか、一部の関係者しか、海賊版被害が大変なことになっているというのを知らなかったんです。
ほかの人たちは残念ながら「海賊版、何それ?」という感じでした。そこに「漫画村」が登場して、「こんなに大変なんです」というのをいろいろなところで言わずとも「じゃあ協力しましょう」と言ってもらえるようになってきたんですよ。

マンガを掲載するサイトが、正規サービスであることを示す「ABJマーク」(登録商標)の普及広告。ABJマークは、2020年2月27日時点で700サービス、169事業者に交付済み。世界の主要国でも商標を出願中

「MANGA Plus」効果

海外のデジタル海賊版対策では、正規版を日本の出版と同時に配信するのが一番有効だと言われて、まさに集英社の週刊少年ジャンプ編集部が自分たちで海外向けに「MANGA Plus」で同時配信を始められました。すでに英語圏のRedditなどのネット掲示板が、サイトのポリシーとして「VIZ」や「MANGA Plus」掲載作品の海賊版へのリンクを自動削除すると宣言し、その効果は表れていると感じます。伊東さんご自身は、「MANGA Plus」の企画を最初に聞いた時はどう思われましたか?

個人的に大賛成でした。海外には古くからマンガを育ててくれた現地のいい出版社があって、彼らがいないと日本のマンガがあれだけ定着しなかったと思うんです。でも、とは言え現在の海賊版の状況を考えると、「MANGA Plus」を始めてよかったと思います。
無料じゃなくても有料でもいいから、とにかく早く全世界の人が読めるようにしてほしい、そうしないと海賊版サイトはなくならない、と言ってきました。なぜなら海賊版は全世界に配信されているからです。
「MANGA Plus」があって、ここで読んでくださいと言える場所があるからこそ安心して海賊版サイトを潰せます。しかも「MANGA Plus」を始めてから、海賊版の是非を問う発言が、ファンの間からも出てくるようになりました。

Redditのポリシー変更などの動きに対するネット上の読者の発言を見ていると、自分たちの応援したいマンガ家さんの作品を最初に出している“日本の出版社”である集英社さんが「MANGA Plus」を運営しているというところも、大きく影響したのではないかと感じたのですが。

それもあるかもしれませんが「MANGA Plus」が世界190カ国に同時配信していることが大きいと思いますよ。結局、日本との発売と同時に190カ国で読める、ということが大事なんです。海賊版の状況を見ていると、世界中の人が「ジャンプ作品」(註3)を読みたがっている。「MANGA Plus」以前は正規に同時配信している国は十数カ国でした。それ以外の地域の人たちは正規版を同時に読めなかったので、ほぼ全世界の人が読めるという点が重要だったと思います。
全世界の人たちがマンガを正規版で読み、マンガが売れてお金が入ってくれば、マンガ家さんも出版社も潤って、日本も含めた全世界の読者にマンガをもっと手に入りやすいかたちで届けられるようになる。そしてもっとマンガ読者が増えていく。その結果より魅力的な作品が生み出される。これが理想です。
「MANGA Plus」ができて、ようやく配信と対策の両輪が上手く回りはじめた。これから反撃だな、と感じています。

2回にわたって「海外に日本マンガを届けた人々」番外編をお届けした。前回は、2019年から開始された海外向け配信サービス「MANGA Plus」について、同サービスを立ち上げた籾山氏のお話を聞き、その革新性について解説し、今回は「MANGA Plus」を始める一因にもなった海賊版対策について、最前線で指揮をとる伊東氏にお話をうかがった。前回の記事の冒頭でも触れたが、筆者は日本マンガの海外ビジネスが現在新たなフェーズに入ったと感じている。国内市場の変化を受けてマンガ業界が海外市場への向き合い方を変え、「MANGA Plus」のような革新的サービスが開始されたことが、そう感じた理由のひとつだが、ただし変化しているのは国内だけではない。海外の市場もまた同様に変化している。
だからこそ、前回の記事で引用した講談社の森本氏による「「日本の漫画はクオリティが高いから負けるはずがない」という考え方は非常に危険」という発言は重い。作品の力とは別に、世界に日本マンガをどのように届けていくのかがあらためて今、問われているのだ。そんな変化の時代にあって筆者はひとりのマンガ好きとして、これからも日本マンガにおける業界の、そして個人の海外市場への取り組みに注目し、応援していきたいと思っている。


(脚注)
*1
「マンガ違法サイト摘発のため日米出版社が連携」(プレスリリース)デジタルコミック協議会、2010年6月25日
http://www.digital-comic.jp/img_top/pdf/20100625press.pdf

*2
マンガ・アニメ海賊版対策協議会が実施した共同削除事業による調査。参加出版社は、2017年度が25社、2018年度が31社。

*3
本稿において「ジャンプ」表記は、集英社の「週刊少年ジャンプ」に代表される「ジャンプ」名の入った雑誌およびアプリ等で出版・配信される作品全般を指す。

※URLは2020年3月23日にリンクを確認済み

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