2019年初頭に集英社が始めた海外向けマンガ配信サービス「MANGA Plus by SHUEISHA」。「週刊少年ジャンプ」「週刊ヤングジャンプ」などに連載されているマンガ作品の正規版を同時配信する本サービスは、マンガのデジタル海賊版の蔓延を抑止する有用な方法となっている。今回は番外編として、その立ち上げに携わった「週刊少年ジャンプ」編集部「少年ジャンプ+」副編集長・籾山悠太氏と編集総務部部長代理 法務グループ・伊東敦氏へ、2019年12月下旬にインタビューした内容を紹介。集英社による海外戦略と海賊版対策に迫る。

「MANGA Plus by SHUEISHA」トップ画像

「MANGA Plus」と海外における日本マンガビジネス

2019年は筆者にとって、海外における日本マンガビジネスのこれからの変化を予感する出来事が多い年だった。今後、海外での売上が急激に伸びるなどのわかりやすい変化が訪れると言うつもりはないが、この先10年、海外における日本マンガビジネスは新たな局面に入り、これまで以上に世界への普及において重要な時期になるのではないか、と感じている。
なかでも変化の兆しを強く感じたのが、2019年初頭に集英社が始めた海外向けマンガ配信サービス「MANGA Plus by SHUEISHA」(以下、「MANGA Plus」)である。このサービス開始が業界に与えた驚きは、「MANGA Plus」が同年末に「電子出版アワード 2019」の「エクセレント・サービス」賞を受賞していることによって証明された。
海外向けサービスなのに日本国内、特に業界内で話題になり受賞にまで至った理由について、2019年11月の「国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima (IMART)」で行われた「ジャンプの世界戦略:MANGA Plus海外配信の狙い」特別講演のインパクトの大きさを挙げた記事(註1)がある。
同講演では、「MANGA Plus」立ち上げに携わった「週刊少年ジャンプ編集部」(以下、ジャンプ編集部)「少年ジャンプ+」副編集長・籾山悠太氏と編集総務部部長代理 法務グループ・伊東敦氏が登壇し、短い時間ながらも同サービスについてかなり踏み込んで語って、大きな反響を呼んだのである。
今回、先の講演でモデレーターを務めた筆者が、改めて上記のおふたりにお話をうかがった内容をもとに、「MANGA Plus」とその立ち上げの理由のひとつにもなった「海賊版対策」について、それぞれ2回に分けてお伝えしたい。
1回目は、籾山氏へのインタビューから、なぜ「MANGA Plus」がこれからの変化を予感させるサービスだったのか、その画期性はどこにあるか考察する。

「MANGA Plus」

2019年1月28日に始まった「MANGA Plus」は、英語とスペイン語とタイ語(註2)で「週刊少年ジャンプ」と「少年ジャンプ+」(ウェブマンガ誌)ほかの30作品以上を、日本・中国・韓国を除いた全世界に向けて無料で配信するサービスである。ユーザー数は2020年2月時点で370万人を超え、その地域はアメリカ、メキシコ、タイ、インドネシア、ブラジルの順に多いという。
特にこのサービスで重要なのは、日本とほぼ全世界でマンガを同時配信しているところだ。時差のために地域によってはカレンダー上の日付が異なることはあるが、掲載作品の最新話に限定するとそのすべてが日本とまったく同じ時間にネットにあがる。つまり「MANGA Plus」掲載作品に限っては、全世界の読者が海賊版ではなく正規版で同時に最新話が読めるようになったわけである。とは言え、実際に読めるエピソードは掲載作品の最初の3話と最新の3話など作品によって限定され、過去エピソードのすべては読めない。もっと読みたい読者は「MANGA Plus」からほかの有料サービスに誘導されるようになっている。
このことからもわかるように、同サービスはマンガの販売を目的とするプラットフォームではない。収益は広告によるものであり、その一部はマンガ家に還元しているが収益自体はまだそれほど多くない、とのことだ。
海外の読者にとって同サービスの最大の魅力は、最新話がこれ以上ないほど早く読めること(同時配信)と、それが無料で提供される点にある。しかし、英語圏やヨーロッパやアジアのいくつかの国では集英社の「ジャンプ」(註3)作品に限らず、他社の作品でも同時かつ一部の無料配信はすでに行われていて、「MANGA Plus」が最初というわけではない。
しかしそれでも「MANGA Plus」は、少なくとも英語圏におけるマンガビジネスの点から見ても、かなり画期的なサービスである。「ジャンプ」というブランドのもと、30以上の作品を一斉に全世界に向けて同時配信しているだけでも画期的とも言えるが、何より筆者が驚いたのは、その運営自体がマンガ作品を制作するジャンプ編集部によって自前のプラットフォームで直接行われているところだ。

「MANGA Plus」の画期性

すでにジャンプ編集部は、国内向け配信サービス「少年ジャンプ+」(以下「ジャンプ+」)を運営しているので、「MANGA Plus」運営は国内向けサービスに海外向けサービスが加わっただけと見ることもできる。そのため、その何が画期的なんだろうと不思議に思う方もいるかもしれない。しかし、日本の大手出版社に限定すると、マンガ編集部が日本で出すのと同じ作品を、紙であれデジタルであれ、ひとつのブランドの元に複数作を同時にまとめて海外の読者に直接同時に届けるのは過去にまったく例がない。
その点をわかりやすくするために、一般的な海外のマンガ出版の流れをざっくり単純化して説明してみよう。
例えば、日本のA出版社(ライセンサー)の作品を、アメリカのB出版社(ライセンシー)が紙の単行本(英語)で出したい場合、BはAからその作品の出版権ほかを購入し英語翻訳版を出版する。(流通する地域はAとBの契約書によって決められる。)契約の際にAがBと直接取引する場合もあれば、AとBの間にエージェント会社が入ることもある。AとBが直接交渉する時でも、特にA出版社が大手の場合、交渉するのはAの社内のマンガ編集部ではなく、海外ライセンスを扱う部署である(あくまでわかりやすく単純化した例である)。
これが電子書籍になると、Aから電子書籍の出版権を買ったBが直接手配することもあれば、AまたはBが海外または日本の取次を通して、海外の電子配信プラットフォームで作品を販売する場合もある。いずれにせよ、基本的には(それが日本の出版社系列のところであったとしても)、最終的に読者に作品を届け、時には直接対応する「窓口」の役目を担うのは日本の出版社でなく、現地の出版社もしくは配信プラットフォームであり、マンガという商品を最大限に売るために、通常日本とは違う現地の流通システムや商習慣、そして文化に沿ったかたちで出版を行っていく。
この“常識”をひっくり返したのが「MANGA Plus」である。現地の出版社ではなく日本の集英社ジャンプ編集部が直接運営することで、これまでの海外向け翻訳出版の流れでいうと、最も遠く離れた川上と川下にいた日本のマンガ制作の現場と海外の読者を一気に近づけてしまったのだ。
先に述べたように、海外におけるマンガのデジタル配信は過去にもさまざまなかたちで行われてきた。現地資本だけでなく日本資本の海外向けのマンガ販売プラットフォームは複数あって、なかには日本の出版社と協力して無料で試し読みを提供したり、同時配信を行っているところもある(註4)。加えて、いわゆる出版社でなくても、日本から海外向けに小規模にマンガを同時配信していた例はいくつもある。(同人レベルで見ると、それこそ大量にある。)しかしそれでも日本の大手出版社のマンガ編集部が海外向けサービスを直接運営、しかも過去作品だけでなく日本での出版と同時にこれだけの規模で配信している例は「MANGA Plus」が最初だと言っていいだろう。
それではジャンプ編集部は、なぜ“常識”破りの「MANGA Plus」を行うことになったのか。

「MANGA Plus」立ち上げの理由

当記事のためにお話をうかがったジャンプ編集部の籾山悠太氏は、集英社に入社してジャンプ編集部に配属され、そのあとデジタル事業部へ、そして再びジャンプ編集部に戻った経歴の持ち主であり、日本国内向け「少年ジャンプ+」(2014年サービス開始)のローンチにも携わった。「MANGA Plus」開始の動機について尋ねると、籾山氏はこう答えた。

僕が子どもの頃「ジャンプ」で体験した週刊マンガ雑誌の楽しさ――毎週のエピソードを友だちと一緒に夢中で読んで次週を待ちきれない思いで待つ感覚――を、日本の読者だけでなく世界中の読者にも体験してほしいと思っていたんです。

「MANGA Plus」の発想のもとは、「世界中の読者が週刊マンガ雑誌の連載を追う楽しさを共有するためにはどうしたらいいか」にあった。同サービスを開始する2年ほど前のことだ。

「MANGA Plus」開始前は、日本と同時に「ジャンプ」作品が読めるのは15カ国ぐらいでした。それに、世界のほとんどの国で一番早く「ジャンプ」が読めるのは公式版ではなく海賊版だったんです。だから海賊版ではなく正規版で、普通に「ジャンプ」を同じ日に読めるようにしたいと考えていました。

当時、籾山氏は海外での日本マンガ人気にも違和感を抱くようになっていた。

海外のアニメやマンガのコンベンションに参加した時、会場内は凄く盛り上がっているのに、一歩外に出た時はその落差に驚きました。日本だと会場の外でもマンガを至る所で見ますが、海外では会場の外ではほとんど見かけない。海外ではマンガが一部の熱いファンだけのものになっているんじゃないかと心配になり、もっと広い層にも届けたいと考えたんです。

それだけではない。ある時、Google PlayのCOMICSのカテゴリーで韓国のアプリが100以上の国と地域で圧倒的な数の読者を獲得し収益をあげていることを知り、驚いたという。

ほとんど韓国か中国のアプリが上位を占めていたんです。海外での日本マンガ人気に危機感を覚えました。

当記事の冒頭に挙げた「国際マンガ・アニメ祭 Reiwa Toshima」講演でも、氏は中国の海賊版サイトではここ数年、以前に比べて日本マンガの海賊版が減少していることに対して、日本からの海賊版対策の成果であるとは認識しつつも、不安を覚えた、と話している(註5)。
この籾山氏の危機感は、別のマンガ出版大手・講談社国際ライツ事業部・森本達也氏による発言(「講談社コミックプラス」2019年12月14日掲載)にも呼応する(註6)。
森本氏は、海外でのマンガ売上について、「大きく成長しているのは確か」であり、「講談社だけで見ても、この7〜8年ほどで海外漫画出版関連の売り上げは全体で3倍以上伸びて」いると述べているにも関わらず、デジタルにおける縦スクロール形式の韓国マンガ人気の広がりについて話題が及ぶと以下のような発言で強い危機意識を表し、日本マンガは現状に「あぐらをかいていてはダメ」な状況であるとの見解を示した。

気が付けば日本以外の全世界を席巻される可能性はあると思います。だから、「日本の漫画はクオリティが高いから負けるはずがない」という考え方は非常に危険だと思っています。

週刊少年ジャンプ編集部で「少年ジャンプ+」副編集長を務める籾山氏

マンガ海賊版の蔓延

籾山氏は「MANGA Plus」を立ち上げた理由として海賊版対策も挙げている。

海賊版対策は「MANGA Plus」を始めた唯一の理由ではないですが、大きな理由のひとつではあります。海賊版を読む人たちを正規配信に誘導したいという気持ちはありました。

普通に世界中の人が「ジャンプ」を同じ日に読めるようにするためには、海賊版をなんとかする必要があったのだ。
海外では日本以上にマンガのデジタル海賊版の蔓延ぶりが深刻である。その存在は1990年代後半から知られるようになり、長らくマンガ家と出版社の悩みの種となってきたが、海外と日本の出版社双方の努力にもかかわらず一向に減らず、海賊版根絶の難しさを見せつけられてきた。抑止の方法としてよく言われるのが、正規版の同時配信である。同時配信で、少しでも早く読みたい読者が海賊版に走るのを食い止め、正規版を読むのが当然という状況や習慣を創り出すことができる。同時配信が海賊版対策に対して効果があることはすでにデジタル配信がマンガより早く普及したアニメで証明されている、というのが通説だ(註7)。
そして実際に、「MANGA Plus」開始とともに、同時配信が海賊版への抑止力を発揮していることが明らかになってきた。
例えば、英語圏の掲示板ウェブサイトRedditでは以前、マンガのトピックでスレッドが立つと海賊版サイトのリンクがしばしば貼られていたが、2019年11月にサイトのポリシーとして、英語圏で「ジャンプ」作品ほかを配信する「VIZ」と「MANGA Plus」作品の海賊版サイトへのリンクは自動的に削除すると発表した(註8)。
さらに、12月に入ると相次いで老舗や大手のデジタル海賊版サイトが「ジャンプ」作品の配信を停止した。その海賊版サイトのひとつは、配信停止の理由として「MANGA Plus」を挙げている。この件を英語圏のマンガのニュースサイトではこぞって、「スキャンレーション(=海賊版)時代の終焉」と報道した(註9)。
ちなみに、集英社と海賊版との戦いについては、次回の記事で詳しく取り上げる。

ジャンプ編集部が直接運営する意味

海賊版対策にも有効であることを示しつつある「MANGA Plus」だが、ジャンプ編集部が直接同サービスを運営する意味はほかにもある。特に重要なのは「海外の読者」と「つくり手(マンガ家と編集部)」の距離の近さだ。
特定の作品に対してどの国からどのくらいアクセスがあったかなど、情報は日々編集部に入り、世界中の読者からの反応をほぼリアルタイムで受け取ることができる。籾山氏によると、この効果は営業面ですでに出ている、という。

地域ごとにどの作品が人気か随時把握できているので、これまでよりも各地域への売り込みもやりやすくなりました。

そのため、各地域での日本との出版時差が減りつつあるという。
2019年12月には「MANGA Plus」にタイ語が加わったことにより、タイ語で読む読者の存在が大きく可視化された。氏の説明では、それまでタイに住む読者は英語で「MANGA Plus」を読んでいたが、タイ語が加わった途端、これまでの英語への数を遥かに超えるアクセス数があったとのことである。タイは、読者が海賊版で最新話を読むのが常態化していると考えられる地域であり、この数字からも現地でのタイ語正規版には大きな可能性があることが見えてくる。
しかも、国内より海外のほうが人気のある作品もあり、例えば高橋よしひろの動物マンガ『銀河-流れ星 銀-』は、フィンランドで国民的な人気があるそうだ。このような作品の存在をいち早く知ることで、今後さらにきめ細かい営業が可能になっていくだろう。
ところが籾山氏に、マンガ家さんとの打ち合わせなどで、どれほど海外での反応を意識するか聞いたところ、現在はほとんど意識していないとの答えが返ってきた。

編集者にとっては日本国内での人気が一番大事で、国内の人気や売上に一喜一憂しています。

海外と比較したときの国内市場の大きさを考えるとそれは当然であり、多くのマンガ家にとって日本の身近な読者の反応のほうがより気になるのも当然である。しかし、マンガ家との打ち合わせで以前よりも「(作品の)こういうところは海外でうけるかも」という主旨の発言が出るようになり、Twitterなどで直接海外のファンから声をかけられるマンガ家も増えたという。海外からの印税のほうが多いマンガ家も出てきて、「MANGA Plus」の運営により、マンガ家や編集部にとって海外の読者が以前より遥かに身近になったのは間違いない。
今後、もしアンケート至上主義で知られるジャンプ編集部が本格的に海外の読者の反応も考慮に入れるようになったら、そして今後時間の経過とともに、自然に海外の読者を意識するマンガ家が今まで以上に増えてきたら、これまでとは違う可能性を持った作品やその作品に対する海外戦略が生まれてくるかもしれない。少なくとも「MANGA Plus」はそう考えることのできる未来を呈示してくれた。

『銀河-流れ星 銀-』1巻表紙

マンガビジネスの変化

すでに筆者はジャンプ編集部が運営する「MANGA Plus」を画期的な試みであり、同サービスがマンガビジネスの今後の変化をも予感させるものだと考えていると述べたが、誤解のないように書いておくと、日本のほかのマンガ出版社や編集部も同サービスと同じことをすべきと考えているわけではない。
商習慣や文化の違う海外での日本マンガの普及は、作品の魅力に加えて、現地と日本の出版社、取次、エージェントなどの担当者それぞれの売るための努力があったからこそであり、そこに疑いの余地はない。今後もこれまでと同じ商形態でマンガを売っていくことのメリットも当然ある。
しかも「MANGA Plus」はそもそも販売で利益を上げるプラットフォームではなく、作品を世界中に“届ける”ことに特化した配信サービスである。このようなタイプのサービス提供があらゆるタイプの会社にも可能とは思えない。「MANGA Plus」と同様のサービスを検討した会社も少なからずあると思われるが、実行されてこなかったのは同様のサービスを立ち上げる際に超えなければいけないハードルがいくつもあるからだ。
しかし、現時点で「MANGA Plus」が仮にジャンプ編集部にしかできないことであっても、編集部が同サービスを通して海外の読者と直接向き合っている意味は大きい。そこには当然ながらリスクもあるが、そのリスクを知ってなお、ジャンプ編集部は同サービスの立ち上げに価値を見出していた。リスクを冒しても、海外の読者と直接向き合って作品を届ける決断をしたジャンプ編集部の変化は、同編集部や「ジャンプ」を有する集英社の変化というよりは、業界全体が海外市場との向き合い方を変えようとしている現れ、と捉えるほうが正しいのではないかと思う。
間違いなく「週刊少年ジャンプ」は海外で一番売れている日本マンガを生み出してきた雑誌だが、10年前であったら「MANGA Plus」は実現しなかっただろう。海外における日本マンガ人気は2000年代に入り急激に上昇し、国内で海外での日本マンガ人気の報道を目にする機会も増えるが、国内市場が大きい日本では国内だけで十分利益をあげられるため、海外での売上は大手出版社にとって今ほど重視する必要を感じるものではなかった。
しかし国内市場がデジタル出版の売上急騰などで劇的にそのあり様を変え、少子化などでマンガ読者人口の先行きが不安定な現在、さらに開拓する余地のある市場として、改めて海外へ目を向けるのは自然な流れである。もちろん、すでに20年も前から出版社が「開拓の余地のある市場」と海外を捉えていたのは承知しているが、近年の国内市場の変化により改めて、海外市場への携わり方、向き合い方に変化が生じたのではないだろうか。
この変化には、先に発言を引用した講談社ライセンス事業部の森本氏も言及しており、今後海外事業をデジタルで伸ばしていくために、「単純なライセンス完結型から、一歩踏み込んでマーケティングやプロモーションまで力を入れていくようなスタイルへと進化していく時期にきて」いると、講談社が現地の出版社からのライセンスのオファーを待つ体制から、攻めに転ずる姿勢を示した(註10)。

『SPY×FAMILY』

最後に、籾山氏が「MANGA Plus」で驚いた例として挙げた遠藤達哉のホームコメディマンガ『SPY×FAMILY』について触れておこう。同作は「MANGA Plus」サービス開始後に日本の「ジャンプ+」で連載が開始されたため、第1話は日本向けには「ジャンプ+」、世界向けには「MANGA Plus」で同時に配信がスタートした。

最初に掲載されたのがデジタルだったので海賊版が先に出ることがなかったんです。そのせいかアニメ化も単行本化もされる前だったのに、「MANGA Plus」で掲載された途端第1話から人気が出て驚きました。

海外では「ジャンプ」作品であっても、アニメがまず人気になり、その後マンガ売上に火が付く場合が多く、特に売れ行きが上位の作品には一部の例外を除いて、その傾向が強い。『SPY×FAMILY』は、アニメやゲームなどのメディアとはまったく関係なくマンガ単体で、日本を含む世界全体の読者を熱狂させている。
作品のおもしろさが伝わった背景のひとつには、作品自体の力に加えて、、同作品が海外でも人気の「ジャンプ」ブランドの傘の下にあり、「ジャンプ」ブランドへの信頼があったがゆえに読者の目に留まったという点を挙げてもいいかもしれない。しかし、ほかのメディアに展開していない作品が人気になり、実際に海外で熱心なファンを生んでいる事実は、改めてマンガというエンターテインメントの可能性を示したように思う。
これから「MANGA Plus」はどんどん海外からの読者の反応を蓄積していき、その距離を縮めていくだろう。そして海外を意識するマンガ家も編集者も生み出していくだろう。その先には、今とは違うかたちの作品づくりが行われる未来もあるかもしれない。私たちがAIやデジタル技術発展の過渡期にいることを考えると「MANGA Plus」が10年後も同じ形式で存在しているかどうかはわからないが、この画期的なサービスが今後の日本マンガにおける海外ビジネスの方向性のひとつを確実に示すものである気がしてならない。

『SPY×FAMILY』1巻表紙

(脚注)
*1
「2020年出版関連の動向予想」鷹野凌 HON.jp 2020年1月6日配信
https://hon.jp/news/1.0/0/27547?fbclid=IwAR281FwvXx3F8vBu6ChBWI-QYI7_Eehj_j03nokfYYvWTtYpDszu63NlG4U

*2
サービス開始直後は英語のみ、その後2月末にスペイン語、12月にタイ語の配信が開始された。

*3
本稿において「ジャンプ」表記は、集英社の「週刊少年ジャンプ」に代表される「ジャンプ」名の入った雑誌およびアプリ等で出版・配信される作品全般を指す。

*4
例えば、白泉社の雑誌横断マンガアプリ「Manga Park W」が2018年1月18日から、アフリカでの配信を開始した。サービス開始時は既存作品の配信に留まっているが、2019年8月15日から開始されたコンテスト「少年マンガコロシアム」の受賞作品をアフリカで配信するとしている。

*5
「『少年ジャンプ』全世界対象のマンガアプリ配信の背景 海賊版サイトの脅威を「可能性に」オリコンニュース・アニメ&ゲーム 2019年11月15日配信
https://www.oricon.co.jp/news/2148755/full/

*6
「講談社国際ライツ事業部に聞いた「ぶっちゃけ日本の漫画は世界でどうなの?」」講談社コミックプラス 2019年12月14日配信
http://news.kodansha.co.jp/8076

*7
「アニメを日本での放送とほぼ同時配信することで違法ダウンロードが7割減少したクランチロールのビジネスモデル」Gigazine 2012年3月22日配信
https://gigazine.net/news/20120322-anime-crunchyroll-taf2012/

*8
“Copyright Removal of Links” Reddit, November 26, 2019
https://www.reddit.com/r/manga/comments/e19elb/meta_psa_copyright_removal_of_links/
(この情報は籾山氏に教えていただいた。)

*9
複数の海賊版サイトの名前が記事内に出てくるので、海賊版サイトへ誘導しないように念の為、この件についての記事へのURLは掲載しない。

*10
「講談社国際ライツ事業部に聞いた「ぶっちゃけ日本の漫画は世界でどうなの?」」
http://news.kodansha.co.jp/8076

※URLは2020年3月23日にリンクを確認済み

番外編Ⅱ▶