日本を代表するキャラクターのひとつ「クレヨンしんちゃん」。『Weekly漫画アクション』編後半では、いまなお双葉社の屋台骨を支える大ヒットマンガ『クレヨンしんちゃん』誕生秘話を、作者の臼井儀人の初代担当編集者でもあった島野浩二が語る。ヒットが思わぬところから生まれるのがわかる。

「Weekly漫画アクション」1991年10月8日号表紙。本号で『クレヨンしんちゃん』が初めて表紙を飾った

『クレヨンしんちゃん』が国民的マンガに

1985年から95年の「Weekly漫画アクション(以下、アクション)」を語るうえで忘れてはならないのが、1990年8月からスタートした臼井儀人の『クレヨンしんちゃん』だ。
埼玉県春日部市にあるアクション幼稚園に中途入園してきた嵐を呼ぶ5歳児・野原しんのすけを主人公にしたギャグマンガで、1992年にテレビ朝日系列でアニメが放送されると、『サザエさん』(1969〜)、『ドラえもん』(1973、1979〜2005、2005〜)、『ちびまる子ちゃん』(1990〜92、1995〜)と並ぶ国民的な人気番組に躍り出た。アニメ化にあわせて刊行された単行本は93年3月には累計1000万部を突破。1993年には劇場版アニメもつくられ、現在も春のゴールデンウィークに合わせて新作が制作されている。単行本の累計発行部数は「漫画全巻ドットコム」の「漫画歴代発行部数 ランキング」によれば5400万部で第30位にランクイン(、2020年2月18日現在)。関連図書や海外での販売、デジタル配信、ライツ収入を合わせると文字通り双葉社の稼ぎ頭になっている。

「臼井さんはスーパーマーケットのPOPをつくる仕事をしながらマンガを描いていて、初めは持ち込みで編集部に来られたんです。ちょうどその頃僕は、『週刊ビッグコミックスピリッツ』で連載が始まったばかりのホイチョイ・プロダクションズ(馬場康夫・原作、松田充信・作画)の『気まぐれコンセプト』(1981〜)が気に入っていて、うちでもああいう業界ものができないかな、と考えていたところでした。臼井さんが持ってこられたのは、スーパー業界を舞台にしたギャグマンガでしたから、もう即断です。飯田橋界隈のほかの出版社にも回る予定だ、という話だったので、原稿を預かって編集長に見せると、そのままデビューでもいい内容だけど、“何か賞をとったほうが読者にはインパクトがあるから、新人賞にまわしたほうがいい”と言うので、新人賞の候補にしたんです。しかも、“賞を取ったらすぐに連載できるように、描き溜めしておいてもらってくれ”と(笑)。このときは幸運でしたけど、うちでダメと判断した人がよそに持って行ってブレイクするということもあるんです。難しいですよね」

ライツ部門が稼働

Weekly漫画アクション新人賞の佳作に入選した臼井儀人が1987年から連載したのは『だらくやストア物語』(~1990)。全国チェーンの大型スーパー「だらくや」の北春日部店を主な舞台に、特定の主人公はいないが、創業者の二階堂信之介がメインキャラクターのひとり。この二階堂信之介の生い立ちを描いたエピソードから生まれたのが野原しんのすけだった。
第1回が掲載された1990年9月4日号を見ると、表紙の上部に「新連載[クレヨンしんちゃん]」の文字があるだけで、目次でも新連載と特記されているわけではない。

「Weekly漫画アクション」1990年9月4日号表紙

「臼井さんはとにかく目立つのが嫌いで、“マンガ家は感動を売る仕事で自分が目立っちゃいけない”というのがポリシーだったんです。『クレヨンしんちゃん』が売れてからも決してマスコミに顔を出すことがありませんでした。それよりも困ったのは編集長が新連載に思ったほど入れ込んでくれなかったことです。“幼稚園児が青年誌に出てきておもしろいのか”といった調子だったんです。第1話は青年誌を意識して、転園してきたばかりのしんちゃんが先生のスカートの中に頭をつっこんで、先生が感じる、なんてシーンを入れたり、前年に起きた天安門事件を皮肉ったりという過激な内容で、ほかの編集者の評判はよかったんです。それなのに、編集長が乗ってこない。もともと4ページで連載のはずだったんですけど、3ページに減らされたのも編集長の判断です。ところが人気が出てくると、“しんちゃんおもしろいじゃないか”って(笑)」

『クレヨンしんちゃん』で特記すべきことがひとつある。それは、この作品で「Weekly漫画アクション」編集部が初めて本格的な版権管理に関わった、ということだ。
「アクション」からは『ルパン三世』(1967~69)をはじめ、『じゃりん子チエ』(1978~97)、『かってにシロクマ』(1986~89)などがアニメ化され、『子連れ狼』(1970~76)、『同棲時代』(1972~73)、『若者たち』(1968~70)などがテレビドラマ化、『嗚呼!! 花の応援団』(1975~79)、『ア・ホーマンス』(1985)など劇場映画で話題になった作品も多かった。しかし、双葉社や編集部が版権に関わることはほとんどなかったのだ。これは、創刊編集長で1979年に社長になった清水文人の方針でもあった。

「清水さんは、われわれは雑誌で稼ぐんだ、という考えでした。版権は不労所得で、テレビや映画はただで雑誌の宣伝をしてくれているんだから感謝しなくてはならない、ということです。昔の映像化作品で双葉社が権利を持っているものはないんじゃないかな。ライツ感覚がなかったんですね。そんな資産があれば今は左うちわなんですけど(笑)。ですが『クレヨンしんちゃん』では双葉社が版権の窓口になって、映像だけでなくマーチャンダイジングや海外版権についてもしっかり管理していこうということになったのです」

海外版権では、1997年に中国の業者が勝手に「しんちゃん」の絵柄と、中国でのタイトル「蠟筆小新」を商標登録するという事件が起きた。2004年には、公式商品が中国国内でコピー商品として店頭から撤去される事態にまでなったが、双葉社は中国企業を相手どり上海市第一中級人民法院に提訴。8年がかりで不正登録商標の無効判決を得たのだ。

「画期的な勝訴でしたね。中国で商標権が問題になって取り戻したのは、日本でしんちゃんが初めてです。版権の窓口になるのは版権料をもらえる、という単純な話じゃないんです。著作権者の正当な権利を守る防波堤になるということです。8年もかかりましたが、いい勉強になりました」

デジタル時代の「アクション」の未来

『クレヨンしんちゃん』ブームで活気づいた「アクション」だったが、1990年前後はアクション快進撃時代を支えた作品の連載終了が相次いでいる。『かってにシロクマ』、『ジャンク・ボーイ』(1985~89)、『迷走王 ボーダー』(1985~89)が1989年に完結。『恋子の毎日』(1985~92)も1992年に完結する。

「当時は3~5年くらいで連載終了するのは当たり前だったんですよ。今みたいに単行本で稼ぐ時代になると売れる作品は何十巻も出てくれないと困るんですけど、当時は雑誌主体ですから雑誌のなかで人気がなくなってくると、そろそろ終わらせようか、ということになるんです。単行本の売り上げはあまり関係なかったですね。編集者とマンガ家さんのあいだでも一番良い形で作品を終わらせるのはどのタイミングか、というのを考えていたと思います。今はヒットしてしまうと終われないからマンガ家さんも大変ですよ」

若手時代は『かってにシロクマ』を担当。現在は取締役編集局長としてマンガづくりに携わる

1993年には太田垣康男の『一平』(~1997)などの新連載で持ち直したが、2000年に新たに創刊した4コママンガ誌「月刊まんがタウン」に『クレヨンしんちゃん』、『鎌倉ものがたり』(1984〜)、『かりあげクン』(1980~)を移籍。2003年には一旦休刊。2004年に月2回刊スタイルになって現在に至っている。

「雑誌は1987年頃をピークに徐々に落ちていきます。『一平』や土屋ガロン・原作、嶺岸信明・作画の『ルーズ戦記 オールド・ボーイ』(1996~98)、山上正月の『ルパン三世Y』(1998~2003)といった作品があり、1997年には国友やすゆきの『幸せの時間』(~2001)が始まっています。しかしながら、2000年頃から雑誌が迷走し始めエロ化路線に走るなどして2003年には一旦休刊します。バブルがはじけて不景気になったことも反映されているのでしょうが、あの頃から情報にアクセスするタッチポイントが雑誌をはじめとする紙媒体だけでなくなっていった、というのが大きいと思います。Windows 95やインターネットが登場して、やがてスマホの時代になっていくわけですけど、そのなかで雑誌に対するプライオリティも下がってしまった。小説やマンガの単行本はまだいいんですけど、雑誌に使う時間がまず最初に削られてしまったんです。正直言って今のマンガ雑誌は原稿を集めるための媒体になってますね。双葉社も売上から言えばデジタルが主体なんです。でも、デジタルであっても紙であっても作品づくりは同じなんです。紙がデジタルに移行したからと言って悲観することはないと思います。むしろ、そこを間違えると出版社はダメになりますね」

お話をうかがってみて、デジタル時代の「アクション」が85年当時のような新しい快進撃時代を迎えるのかどうか、楽しみにしたいと感じた。


(脚注)
漫画全巻ドットコム「漫画歴代発行部数 ランキング」
https://www.mangazenkan.com/ranking/books-circulation.html


島野浩二
1961年、栃木県鹿沼市生まれ。慶應義塾大学を卒業後、1985年に双葉社に入社。「Weekly漫画アクション」編集部に配属。編集長などを経て現在、取締役編集局長として同社のマンガ出版全般に関わる。

※URLは2020年3月24日にリンクを確認済み

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