2019年度メディア芸術連携促進事業 研究成果マッピング シンポジウムが、2020年2月16日(日)に国立新美術館で開催された。メディア芸術連携促進事業は、メディア芸術分野における、各分野・領域を横断した産・学・館(官)の連携・協力により新領域の創出や調査研究等を実施する事業だ。本事業の目的は、恒常的にメディア芸術分野の文化資源の運用と展開を図ることにある。なかでも「研究マッピング」は2015年度から2019年度の5年間にわたって実施された。本シンポジウムでは、5年間の総括として各分野からの成果報告とパネリストによる討論・提言が行われた。本稿ではディスカッションの様子をレポートする。

各分野のコーディネーター。左から、明貫氏、松永氏、土居氏、石川氏

「メディア芸術」という枠組み

4分野をまとめたメディア芸術について、土居氏は、あくまで学際性を促すことのみを目的とした抽象的な枠組みとして設定されることが重要だろうとした。メディア芸術という概念を具体的にかたちづくってしまうと、実態がないものを先行することになってしまい、その先に発展がないのではと指摘。メディア芸術の概念は、それぞれの分野に対してメタな枠組みを提供するものとして、また架橋する枠組みを提供するものとしてであれば、活用できる可能性がたくさんあると意見した。
吉村氏は学会や学部をつくりマンガ研究を制度化してきた自身の立場から、大学だけでなく、これからは小・中学校などにおける義務教育のなかに、メディア芸術の領域がどう入っていくかも重要だとした。そのときに、マンガやアニメーションが単独の教科になることは考えづらいが、メディア芸術の名のもとに、美術教育の一環として取り入れられる可能性があるのではないかと述べた。
細井氏は、吉村氏の発言を受け、メディア芸術のカテゴリーが制度によってもたらされたことに対しては、制度という力があったため切り開かれたと肯定的に捉えた。
ここで土居氏は、メディア芸術の名のもとに行われる各種事業がどのように連携し、総体としてどのような方向性を目指しているのかをきちんと可視化する必要があると発言した。これまでの5年間はそれが不明瞭なままに事業が行われてきたところもあり、研究者自身が戸惑いを覚える部分もあった。全体が見えるなかで、専門家としての知識・見識を発揮する枠組みとなることが重要であり、そうすればより「外向き」なものになっていくとした。
細井氏は、メディア芸術の発生を、電話が発明されたときに例えた。メディア芸術とは何か明らかにする議論は、電話はいったい何なのかという議論とよく似ている。メディア芸術も、かつての電話と同様に、いきなり登場して、人々が活用するようになったが実態はわからない状態にある。そのため、内在的にメディア芸術を体現しているマンガ、アニメーション、ゲーム、メディアアートの研究者たちが、メディア芸術のカテゴリーを立てることは難しく、行政がそれを先に立てたという見解を示した。電話ができた当時、それが何なのか、それがその先どうなるのかはまったく想像がつかなかった、メディア芸術もその段階にあることを認識したほうがいいのではと意見した。

4分野の「連携」で生まれるもの

明貫氏は4分野で行う共同研究を提案。あるひとつのアーティストや作品を取り上げ、マンガ、アニメーション、ゲーム、メディアアートそれぞれの分野の専門家が、それを紐解いていく構想を示した。例えば大友克洋監督の『AKIRA』(1988年)や押井守監督の『イノセンス』(2004年)は、サイバーパンク、サイバネティクス理論、VRといったものが表現されているため、メディアアートのほかの作品との比較もできる。このようなことを行えば、新しい研究のあり方が見えてくるのではと話した。
石川氏は4分野で共通のディシプリンや方法論があるのではないかと推測。いずれにしてもそれぞれの分野で学際性を抱えているため、例えば社会学的なマンガ研究、社会学的なアニメーション研究と並べたときにどのように違うのかを、個人的に見てみたいとした。

石川氏

これを受けて松永氏は、4分野が連携することについて、2つの考え方を提示した。それぞれをひとつの大きなカテゴリーとして考える方向性と、それぞれの違いのようなものを認めたうえで、連携していく方向性だ。どちらもそれなりに生産的だと思われるため、第5の分野としてメディア芸術という分野を立てるべきではないかと示した。
吉村氏はこの発言を聞いて、海外のゲーム研究において、ほかの領域をつなぐ核となっているゲームスタディーズを引き合いに出した。マンガ研究も社会学や歴史学などの資料を参考にしながら行われており、今日のゲームスタディーズのように、学際的な結節点のようなイメージがあったとコメント。
松永氏は、諸分野をつなぐゲームスタディーズの役割に一定の評価をしつつ、学際性を看板としては出すが、実際にはローカルな人文学的な研究に終始しているのではないかとの批判もあることを付け加えた。ただ、4分野をつなぐメディア芸術スタディーズのようなものについては、懐疑的な姿勢を示した。なぜなら、研究が成り立つためには、対象レベルでカテゴリーが実質的に存在していないと難しく、単に人工的にカテゴリーをこしらえただけでは、生産的な議論にならないからだ。ゲームの場合は、ゲームスタディーズという新しい分野があるが、ゲーム自体はすでにカルチャーのなかにあるカテゴリーであり、メディア芸術のカテゴリーを新たにつくって研究するのとは、そもそも成り立ちからして異なるとした。さらに同氏は、細井氏のメディア芸術が昔の電話のようなものに近いとした見解に言及。当時であれ、現在であれ、そういうものがカテゴリーとして人々に認められているかどうかが重要だと述べた。
対して細井氏は、カテゴリーの問題ではなく、大切なのは影響だとした。電話や自動車などは、それが何であるかという議論以前に、社会に対して大きな影響を与えた。同様に、マンガやアニメーションやゲームやメディアアートも、大きな影響を与えている。通信技術ができてから、国内で最初に取り扱った行政機関は逓信省だったが、その後、郵政省になって、今は総務省と取り扱いのカテゴライズが変わっている。メディア芸術は現在文化庁が取り扱っているが、将来変わるかもしれない。このように、現代で大きな影響を与えているが、輪郭も深さもよくわからないものがメディア芸術であるとした。

吉村氏はまとめとして、冒頭に阪本氏から話があったアーカイブの件も含め、メディア連携促進事業について整理。同事業では、研究マッピングのほかに、アーカイブを進める事業などが含まれている。さらに、メディア芸術関連作品のデータベースをつくるメディア芸術所蔵情報等整備事業と、メディア芸術アーカイブ推進支援事業があり、この3つの事業が2020年度以降、本事業の後継としては一体化していくような方向になると説明。それぞれが、より緊密な関係のなかで、全体として何を目指すのかという点はさらに重要度を増すため、より明確していく必要があり、そのための議論を積み上げる土台としても、この研究マッピング事業が持つ意味合いは大きいとした。

吉村氏

広がり、発展していくメディア芸術の可能性

一通りの議論ののち、来場者からの質問、意見が受け付けられた。

(1)なぜ変化を許容しないのか。部門を変更したアルス・エレクトロニカをはじめ、国際学会などでは、カテゴリー付けが変わっているのに、メディア芸術という名称・概念が変わらないことに違和感を覚える。それは、行政から始まったことだからではないか。

これについて土居氏は、メディアアート分野がワイルドカードだと思うとコメント。今回のシンポジウムではメディア芸術という枠組みに入っていない映画・映像分野を専門とする阪本氏が発表に加わることによって、メディア芸術という枠組みにこれまでになかったいろいろなものを含める可能性のようなものが見えたという。プラスアルファの部分が確保されていくことが、メディア芸術という概念が抽象的であるがゆえに持つ発展性、有効性を考えるうえで重要ではないかとした。
松永氏は、カテゴリーを4つからさらに増やすのと、ひとつのカテゴリーのなかで扱う対象を増やすのは、別のことであり、後者はメディアアートでは特にあり得ると指摘。ただ、おそらく両方必要だろうとした。
吉村氏は、分野は4つだけに限定しておらず、マンガといっても、コミックやバンド・デシネどころか、まだ名もないような絵と文字の組み合わせのようなものも研究対象になる、流動性は担保すると説明した。
明貫氏は、フレキシブルに変化を取り込んでいくことに賛成した。なぜなら4分野とも研究対象は消費されていくものであり、どれも同時代性を表しているからだという。重要なのは、義務教育に落としていく段階で、メディアや社会に対する批判的な視点が、この4分野の作品から学べることだとした。

左から、松永氏、土居氏

(2)マンガ、アニメーション、ゲーム、メディアアートというカテゴリーは、メディア芸術祭の枠組みにあわせてつくられたのではないか。明貫氏は、ほかの3分野とメディアアートが並んでいることに対して、どのように感じているのか。メディアアートは、現代美術の枠組みのなかの1ジャンルとして取り扱われてきた批評的な脈絡があり、メディアアートだけがほかの分野と異なり、基本的には複製芸術ではない。

明貫氏は、メディアアートは定義自体が確立していないため、マンガやアニメーション、ゲームと並んで語られるおかげで、浸透している向きもあるとした。また、複製芸術ではないという指摘については、メディアアートは、そもそも複製技術を使い、その特性を批判したり生かして作品にするところから始まったにもかかわらず、むしろアート界のなかに入っていくことによって、メディアアートが本来できたであろう脱領域的なことができなくなってきている部分もある。そのため、3分野と並べられることをポジティブに捉えていると伝えた。

最後に、登壇者よりまとめの言葉が述べられた。

土居氏は、メディア芸術という枠組みがあることによって起こった創造的な混交がそれぞれの分野の活性化につながった面もあることを指摘。この枠組みをむしろ専門家側が積極的に活用することが今後必要だと発言した。例えば、それぞれの分野で必要とされているものを伝えることで、結果的に政策に影響を与える可能性もあるだろうと話した。
松永氏は、一方的にこのような研究をしてくれと研究者に押し付けることは避けるべきであり、政策を進める側の理解度が大切だとした。その内容に対して、実際の現場にいる人間が提言をし、事業の制定を進めていくべきだという。
吉村氏は、決められた制度に押し付けられるのではなくて、逆にこちらが制度を活用する姿勢も欠かせないとした。次いで、政策をつくる側も研究者も、どうやって制度を活用していくかを話し合っていくべきで、その結果、メディア芸術祭の新しい枠組みを提案することもできるだろうと、継続して議論していくことの重要性を強調した。


(information)
2019年度メディア芸術連携促進事業 研究成果マッピング シンポジウム
日程:2020年2月16日(日) 13時〜16時
会場:国立新美術館 3F 講堂
参加費:無料
主催:文化庁