シンポジウム「マンガが先か!? 原画が先か!?―「マンガのアーカイブ」のネクストステージに向けて―」が、2019年12月17日(火)に大日本印刷株式会社 DNP 五反田ビルにて開催された。本シンポジウムは、2019年度メディア芸術連携促進事業のうち、「マンガ原画に関するアーカイブ及び拠点形成の推進」「国内外の機関連携によるマンガ史資料の連携型アーカイブの構築と人材育成環境の整備に向けた準備事業」という2つのプロジェクトの約5年間におよぶ活動実績を総括すべく行われた。シンポジウムでは第1部、第2部でそれぞれの事業の成果が報告され、ディスカッションでは今後の「マンガのアーカイブ」が目指すべき姿が議論された。本稿では、ディスカッションでの発言を抜粋して紹介する。
ディスカッションの様子
ディスカッションは、第1部と第2部でそれぞれ司会を務めた伊藤遊氏、鈴木寛之氏に加え、赤松健氏(マンガ家)、森川嘉一郎氏(明治大学)を迎え、シンポジウムのタイトルでもある「マンガが先か!? 原画が先か!?―「マンガのアーカイブ」のネクストステージに向けて―」をテーマに行われた。司会は吉村和真氏が務めた。
マンガ原画アーカイブの現状と今後
●これまでとこれからの5年間
森川 これまでの5年間は、事業の枠組みや予算の規模で可能な範囲のことはかなり実現できていると感じている。刊本や原画の利活用に力を発揮できる人材の本格的な育成が次の目標になるが、スポット派遣などの実証実験を通して、人材のポスト創出を試みることが重要だろう。次の5年間でアーカイブ構築の対象として避けて通れないデジタル原画は、単にデータを保存すればいいという単純なものではなく、作家によっては紙に描かれた直筆の構成素材が大量に存在するなど、古典的なアナログ原画とまったく違う整理方法を要することを見据えておかねばならない。また、施設間連携によるネットワーク型のアーカイブを考える際には、分担や棲み分けとともに、全体でどのような範囲をカバーすることを目指すのかを、改めて検討する必要がある。日本に影響を与えた海外作品、逆に日本から影響を受けた海外作品も、日本のマンガを捉えるうえで重要だ。
マンガだけではなく、アニメ、ゲームのアーカイブ事業にも携わる森川氏
●マンガ原画の保管方法
赤松 1980年代は原稿のスクリーントーンや写植が剥がれるような扱いが横行していたが、本事業の丁寧な保管方法に感動した。マンガ原画の耐光性については、知識のない現場の者にとって貴重な研究だ。インターネットで公開すれば大きな反響を呼ぶだろう。
吉村 報告集としてはあるが、まだ公表できる段階には至っていない。
●国内のマンガ原画の収蔵状況
赤松 日本にあるすべての生原稿の収蔵を目指すことはできないか。また、作品の知名度などにかかわらず網羅的に集めていくのか。
吉村 横手市増田まんが美術館のキャパシティー70万点に対して、国内に存在する全原画は、概算で5,000万点と推計している。
伊藤 基本的にはフラットに考えていくべきだが、取捨選択と価値評価をしなくてはならない葛藤がある。研究が進むなかで経済的な価値も変化していく可能性もある。
鈴木 すべて残すべきだが物量的に限界がある。郷土資料館を前身とする合志マンガミュージアムの例のように、郷土ゆかりの作家の作品を文化的事業として残す方向もあり得る。
赤松 エロマンガなど公序良俗の議論がある作品も収蔵していくのか。
伊藤 公的な施設と私的な施設での役割分担をイメージしている。
赤松 著作権者不明の孤児著作物はどのような位置付けとなるのか。
森川 拠点ができることで収益化の可能性が開ける。昔の特定のマンガの1コマがネットミームとして突然人気を博すことがあるが、たとえばその1コマをTシャツにして売ることを手軽に可能にする仕組みをつくれば、商品として寿命が来ていた作品から大きな収益が生まれる可能性を開く。また、賛否両論あるだろうが、オークションなどで無軌道に行われる価値付けを調整したり保証したりする機能をアーカイブ施設が持てば、それに伴う収益化も可能だろう。
吉村 アーカイブのスキルとは違った、プロデュースできる人材が必要だ。
『魔法先生ネギま!』(2003~2012年)、『UQ HOLDER!』(2013年~)などを執筆する赤松氏
●アーカイブ施設の収益化
赤松 収益性があれば、所有者から原稿を寄託されるインセンティブになり、施設の永続的な運営にも寄与するはずだ。
森川 明治大学で保存しているなかには、展覧会などが開催されるときに無償で即貸し出す条件で寄贈された原画類があり、作家側からは無料の倉庫に見立てていただいている。
赤松 きちんと管理されていれば、昔の作品を掘り起こし、さらに収益化することもできる。保存のみに集中する人と、それを収益化していく両輪で推進していけないか。
鈴木 収益性を追求する次の5年間では、時代を閉じ込めたタイムカプセルとも言いうる雑誌について、展示や利活用に結び付けることを考えたい。
伊藤 原画自体がなくとも、画像データさえあればマネタイズができると考える人もいる。画像データの使い方を検討するためにも、当初は並走していたデータベース事業ともう一度統合していく必要があるだろう。
吉村 アーカイブの利活用が強調されるなかでは、両事業の一体化もが不可欠になってくるが、保存方法やアーカイブのあり方もあらためて問われることになるだろう。
京都精華大学国際マンガ研究センターの伊藤氏
●メディア芸術ナショナルセンター構想の展開
森川 メディア芸術ナショナルセンター構想は、国立国会図書館の支部としてのアーカイブ機能と、民間が担う催事などの収益機能を、施設内に併設するビジョンだと聞いている。
吉村 メディア芸術の各分野によって進捗の違いはあるが、マンガ原画アーカイブのネットワーク構想は一足先に実装化を進めている。今後、そのハブとしての拠点が東京などにできれば、全国分散型の連携によるアーカイブをなし得ると考えている。
伊藤 私たちが構想している「マンガ原画アーカイブセンター」はあくまで、原画保存などに関する相談窓口であって、その場所ですべての原画を集める集積所ではない。分散型のアーカイブを前提としているが、今年度本事業で行った調査の結果、絵や本の保存に多大なノウハウを持った館が仲間になる可能性が見えてきた。
鈴木 熊本では、地域活性化のために廃校の利用、集客のためにサービスエリアへのマンガ配置を進めている。マンガを必要としている施設で連携したい。
マンガ原画アーカイブのネットワーク構想図。分散型アーカイブネットワークによる共同管理の連携のイメージ
●アーカイブ化を担う人材
森川 人材派遣の姿としては、マンガ展示に関心のある館へ出向し、専門的な技能に見合った給料が支払われ、公共性の高いミッションを成し遂げていくことが考えられる。
伊藤 人材派遣の実証実験は具体的な提言として参考にしたいが、その人材が仮にメディア芸術ナショナルセンターから派遣される場合と、私立大学の施設から派遣される場合だと、受け入れやすさが違ってくる。どこにどういうポストをつくるのかも今後の課題だ。
鈴木 大学が絡むのであれば、文化行政という枠でアーカイブに携わる人材を育成する必要があるだろう。
熊本大学/特定非営利活動法人熊本マンガミュージアムプロジェクトに所属する鈴木氏
●マンガ原画の国内外での価値
赤松 昨今マンガ原画などが海外のオークションで高値を付ける事例がある。先手を打ってアーカイブ施設の魅力を訴えなければ、浮世絵の二の舞になってしまう。
森川 オークションの動向によって、議論の前提が変わる可能性はある。
吉村 想定より早くマンガ原画の価値付けが国内外で大きく揺らぎ始めている。今後の連携先には作家、編集者、遺族等も視野に入れながら、積極的な意見交換をしたい。
質疑応答から見えてきた課題
●アーカイブの対象範囲
来場者 PixivやTwitterに掲載されたマンガ等もアーカイブ対象となるのか。また、データベース化された際は、一般市民が自由に画像データを使える可能性はあるか。
吉村 デジタルとアナログは単純に二分化できない問題もはらんでいるが、視野には入れている。 次年度以降の事業では自由利用のモデル化も進める予定だ。
来場者 二次創作の同人誌はアーカイブの視野に入っているのか。
森川 マンガ家になるルートとして、同人誌で有名になってスカウトされるケースが増えており、マンガ研究においても同人誌は重要なものとして認識されている。
来場者 マンガ家の描いたライトノベルの表紙や挿絵など、ほかのプロデュースで描かれた資料群の取り扱いについて伺いたい。
伊藤 少女マンガ家として人気を博したあさぎり夕氏は、その原画や関連資料を、京都国際マンガミュージアムでお預かりすることになったのだが、BL小説も書き、ご自身で挿絵も描かれている。一作家の作品の一部分を収集するのではなく、形態を問わずなるべく固まりで集めて、総合的に研究することが必要だと実感している。
●過去作品の継承
来場者 過去作品の当時の熱量を残し、伝え、よりプロデュースする流れを考えてほしい。
鈴木 各年代の文化資源としての価値創出が次の課題だろう。過去作品に目を向けてもらえる関係をつくりたい。
伊藤 京都国際マンガミュージアムではそのようなスタンスでマンガ展を作ってきた。展覧会は、いま現在熱量を持った作家や作品ばかりを取り上げ、そのファンだけをターゲットにしていては先細りしてしまう。過去に存在した熱量を再現したり、新しい熱量を展覧会場でつくり出したりすることで、その作家や作品を知らなくても来てもらえるようにしたい。
吉村 自治体が関わって何かをやるときには、納税者である市民のために説明するロジックが重要となる。ミュージアムの現場の声と自治体の理念とを突き合わせる作業も始まってくると考えている。
シンポジウムの全体司会も務めた京都精華大学の吉村氏
●アーカイブにかかる労力・資金
来場者 5,000万点の原画を200人でスキャンするとすれば、37年の期間と約700億円かかる計算になるため、どこかで収益を考える必要があるだろう。また、スキャナーの選択肢が減ってきていることも考えなければならない課題だ。
●美術品として捉えられるマンガ原画
来場者 マンガ原画が美術品として捉えられてしまうことに危機感を感じている。また、保存管理の方法を広く発信していけるものがあれば望ましい。
赤松 相続の際、作品を破棄・売却されないように率先して取り組むべきだ。
森川 この場で挙がった問題意識は政治的な側面も持っているため、MANGA議連から働き掛けてもらうことが適切だろう。マンガ原画が美術品のように展示される機会もあり得るため、所有者から意見を聞く機会も設けたい。
吉村 今回は具体的な課題も多く挙げられた。そもそもこのシンポジウムのタイトルを「マンガのアーカイブ」としたのは、「アートの」ではないというメッセージも込めている。原画にしても刊本にしても、マンガの価値付けを巡る問題と向き合うためには、知見と経験、そして覚悟が問われることを、ここにいるみなさんと共有してディスカッションを終わりたい。
マンガが先か!? 原画が先か!?
―「マンガのアーカイブ」のネクストステージに向けて―
日時:2019年12月17日(火)13:00~17:00(開場12:30)
会場:大日本印刷株式会社 DNP 五反田ビル
定員:130名
参加方法:申込不要、当日先着順
参加費:無料