新型コロナウイルスの感染拡大と、それによる一斉休校や自粛要請により、私たちの生活のありとあらゆる面が変化せざるをえなくなった。この状況は、さまざまな業種や働き方に波紋を広げており、マンガ界も例に漏れない。コロナ禍において、マンガ界がどのような影響を受け、対応したか。またそれによりマンガ文化そのものがどのように変化していく可能性があるだろうか(以下の記事は、2020年6月11日の時点の状況である)。

「エアコミケ」の取り組み(コミックマーケット公式ウェブサイトより)

マンガ関連施設の休館、イベントの中止

まず、外出自粛要請により大きな影響を受けているのが、多くの人が集まる美術館やイベント関連である。例えば、京都国際マンガミュージアムでは、感染予防・拡散防止のため、2月29日から5月31日まで臨時休館となった(註1)。休館に伴い、開催予定だった展覧会や各種イベントが中止せざるをえなくなっている。北九州市漫画ミュージアムでは、緊急事態宣言解除に伴い5月25日に企画展「関谷ひさしとスポーツマンガの時代~もうひとつの少年マンガ史~」が開幕したが、北九州での感染者発生と拡大により、5月28日から再び臨時休館することになり、企画展も中止となった(註2)。

マンガ関連の大規模イベントとしては、3月末に、5月2日から5日にかけて東京ビッグサイトで開催予定だった「コミックマーケット98」の中止が発表された。公式サイトによれば、政府および東京都による大規模イベント等に関する自粛要請や新型コロナウイルス対策本部専門家会議の提言等を考慮し総合的に判断したとしている。1975年の開始以来、コミックマーケットの開催そのものを中止したことは初めてだという(註3)。コミックマーケット以外の同人誌即売会も中止が相次ぎ、こうした対面式の大規模イベントの存続が危ぶまれるなか、同人文化の火を絶やさないようにとの思いから、オンライン上でコミケを再現する「エアコミケ」の動きも広がった(註4)。これは、コミックマーケット準備会および関連企業・団体によって「がんばろう同人!」プロジェクトの一環として実施され、SNS上でも過去の会場写真やコスプレ写真をハッシュタグ付きで投稿する動きも見られた。

マンガ制作への影響

3密の回避により、マンガ制作の現場にも影響が出ている。5月8日には、さいとう・たかを『ゴルゴ13』が、5月25日発売の「ビッグコミック」11号(小学館)より当面のあいだ、新作掲載を見合わせると報じられた。1968年の連載スタート以来、休載は初めてであり、多数のスタッフを集める分業体制でのマンガ制作が3密にあたるため、作品制作が困難になったとしている(註5)。もちろん、さいとう以外の多くのマンガ家にも連載継続に困難が生じていると考えられる。

『ゴルゴ13』新作掲載見合わせについて(「ビッグコミックBROS.NET」より)

また、マンガ家だけでなく雑誌編集の過程における感染リスクも見過ごせない。実際、4月上旬には、「週刊少年ジャンプ」の編集部に勤務する社員が新型コロナウイルスに感染した疑いがあるとして、「週刊少年ジャンプ」編集部全体で作業を一時中断し、4月20日発売予定であった「週刊少年ジャンプ」21号の発売が1週間延期された(註6)。

こうした状況は、従来の主流であった連載形式や制作方法をも変化させるかもしれない。集英社「週刊少年ジャンプ」の公式サイトでは、5月11日付けで「読者の皆様へ編集部よりお知らせ」と題された文章が掲載され、「現在、週刊少年ジャンプでは、連載されている漫画家の先生方に、できる限り感染リスクの少ない方法での執筆をお願いしています。これにより、原稿完成までに多くの時間が必要となるため、止むを得ず、休載とさせていただくケースが増える見込みです。」と伝えている(註7)。

これまでマンガ制作の現場の多くでは、人が複数集まり共同制作を伴うため、まさに「密」の状態が重なってしまう。今後は、同じ室内でも人数を減らし身体的距離を取り、手洗い、換気を十分に行うなど「新しい生活様式」に則った方法を模索するか、すでに一部のマンガ家が実施するように、マンガ制作をデジタル化し、オンラインによって遠隔でアシスタントや編集者とやり取りをしながら作品づくりを進めていくことが主流になっていくかもしれない。その対応などで必然的に作品制作・編集により多くの時間がかかり、これまで過密な制作スケジュールのうえに成り立っていた「週刊連載」という形式を継続させていくことが困難になっていく可能性もある。

無料配信の対応、オンライン化の進展――東日本大震災と比較して

3月以降の一斉休校、自粛の要請を受け、各種動画配信サービスがコンテンツを無料提供する動きがあったが、マンガの場合も各出版社や配信サイトによるマンガ雑誌や単行本の無料配信が行われた。自粛要請によって外出できず家でマンガを読みたい人が増加したことや、書店の休業、流通の遅れ等により、紙媒体のマンガよりもオンラインマンガの需要が高まったためである。例えば、集英社は「週刊少年ジャンプ」、小学館は「月刊コロコロコミック」などを、各社の電子書籍ストアやマンガ配信アプリで公開した(註8)。また、尾田栄一郎『ONE PIECE』は1巻から61巻まで「少年ジャンプ+」と「ゼブラック」で無料配信された(註9)。これまでデジタル配信が行われてこなかった長谷川町子『サザエさん』も、3月17日に朝日新聞出版のマンガサイト「ソノラマ+plus」で公開された(註10)。

期間限定で無料公開された『サザエさん』(「ソノラマ+plus」より)

コロナ禍によるマンガ雑誌や作品のオンライン化の動きは、2011年3月に発生した東日本大震災以後のマンガ業界の変化とも関連付けられる。2011年以後、それまで雑誌や単行本等紙媒体を中心としていたマンガ出版業界が、ウェブ上での配信や電子書籍に次々と取り組むようになった。震災直後の状況の下で、紙でつくられ書店で流通する従来の書籍の販売方式が機能しなかったことと、東北地方に固まっていた製紙工場が被害を受けたことや、ガソリン不足で物流が止まってしまったことが主な原因である。震災直後、「週刊少年ジャンプ」「週刊少年マガジン」などのマンガ雑誌が緊急措置として期間限定でオンラインにて無料配信された。当時としては、通常書店で販売されている人気雑誌を丸ごとオンラインで、しかも無料で読めるという試みは、読者にとっても、まだそれほど書籍のオンライン化が進んでいなかった日本の出版業界にとっても大きな出来事として受け止められた。そして震災を経験した後、2012年初頭から各出版社が続々とウェブマンガ雑誌を創刊、電子出版事業に参入した。それ以後、スマートフォンの普及などに伴い、マンガアプリやウェブ上でマンガを読むサービスも多数登場し、現在では若い世代を中心にマンガはもはやアプリを使ってスマホで読むものという認識も定着している。新型コロナに伴うマンガの無料配信が迅速に対応できたのは、震災以後のマンガのオンライン化の動きと定着があったことに裏付けられる。今後、制作、編集、流通、交流などさまざまなマンガ文化をめぐる側面に、オンライン化がさらに進展していくと考えられる。

コロナ以後のマンガ界

それでは、コロナ以後のマンガ界が、これから具体的にどのように変化していくのだろうか。現時点で考えられることは、以下の3つである。

1. 対面型から非接触型への移行
新型コロナウイルスの感染が収束しない限り、美術館や対面型イベントの実施方法について、感染対策や実施方法の見直しが必須となるだろう。その結果、例えば展覧会においては従来の展示方法が難しくなったり、入場者数を制限したりするなどの措置が求められるかもしれない。イベントに関しては、場合によっては、「エアコミケ」のようにオンラインでの実施方法を模索する可能性もある。実際、世界各国では展示空間をオンライン上で体験できる「オンライン展覧会」の動きも広がっている(註11)。リアルな作品を美術館で観るという体験は得られないが、距離的、時間的に美術館に足を運ぶことが難しかった人が参加できるというメリットもある。一方で、著作権の問題や、これまで対面式のやり方でつくられてきた文化をどのように継承するかということも課題となる。

2. 従来のマンガ制作方法や連載方式の変化
これまでの日本のマンガ文化を特徴づけるもののひとつに、大手出版社が発行する週刊・月刊マンガ誌における連載形式を基盤としてきたことが挙げられるが、それを支えてきたのが一人のマンガ家が多数のアシスタントを雇うという形式の分業体制である。マンガ家の個人宅や事務所などに複数の人が集まり、場合によって長時間同じ部屋で作業をすることが伝統的に行われてきた。上述したように、これまでもオンラインを通してやり取りしながら作品制作を行うマンガ家が増えつつあったが、今後はそうした流れがさらに加速することになるだろう。その結果、紙のメディアを中心としてきたマンガ文化も、本格的にデジタルへ移行していくことになるだろう。

3. 東京一極集中から地方へ
これまで、主な大手マンガ出版社は東京に固まっていたため、マンガ家の多くも東京在住者がほとんどであった。しかし近年、インターネットとデジタルツールを活用して地方にいながらマンガ制作を行うマンガ家や、地方に拠点を置きマンガ家を育成するプロジェクトも見られる。例えば、「月刊ヤングマガジン」に連載を持つ田川とまた氏は、北見市出身北見市在住のマンガ家で、東京の出版社とオンラインでやりとりしながらマンガ制作を行っている(註12)。マンガ制作や出版がリモートワークにより進められることが主流になれば、マンガ家自身は世界中どこにいても制作が可能となる。東京よりも家賃の安い地方に拠点を移す作家も増えていくだろう。出版社側の新規性のある取り組みとしては、マンガ家志望者に対する作品の持ち込みのウェブ受付を開始しているところもある(註13)。

以上のように、主にマンガのオンライン化に関わる対応が今後もみられるだろう。マンガ読者に視点を移せば、人々がコロナ禍を経験し、先の見えない不安や新しい社会に対する想像力を共有したいという思いの高まりによって、既存のマンガ作品が再注目されたり、SNS上でプロ作家以外の人々がマンガを投稿したりするなどの動向も見逃せないが、それについては稿を改めたい。

「アフターコロナ」のメディア状況、社会情勢の変化は、急速な速度で展開していく。これからの時代を生きる人々がどのようにこの状況に対応し、新しいものを生み出していくか――これまで人々の生活に寄り添ってきたマンガ文化は、生活や社会の変化に合わせてその姿を変えようとしているのかもしれない。


(脚注)
*1
開館再開のお知らせ|京都国際マンガミュージアム(2020年5月29日)
https://www.kyotomm.jp/2020/05/29/finishi_temporaryclousure2/
6月1日より、京都府民に限って入館ができるようになり、6月19日以降、京都府民外にも拡大された。

*2
【代替開催調整中】関谷ひさしとスポーツマンガの時代~もうひとつの少年マンガ史~|北九州市漫画ミュージアム
https://www.ktqmm.jp/kikaku_info/12034?list=all&pg=1

*3
コミックマーケット98の開催中止について|コミックマーケット公式ウェブサイト(2020年3月27日)
https://www.comiket.co.jp/info-a/C98/C98Covid19Notice2.html

*4
エアコミケ|コミックマーケット公式ウェブサイト
https://www.comiket.co.jp/info-a/C98/AirComiket98.html

*5
『ゴルゴ13』新作掲載見合わせについて|ビッグコミックBROS.NET(2020年5月8日)
https://bigcomicbros.net/31966/
さいとう・たかをは「劇画」の代表的作家であり、マンガ制作を分業化し、プロダクションを設立した人物として知られている。

*6
「週刊少年ジャンプ21号」発売延期のお知らせ|少年ジャンプ公式サイト(2020年4月8日)
https://www.shonenjump.com/j/2020/04/08/200408_oshirase001.html

*7
読者の皆様へ編集部よりお知らせ|少年ジャンプ公式サイト(2020年5月11日)
https://www.shonenjump.com/j/2050/05/11/500511_oshirase001.html

*8
「週刊少年ジャンプ」「月刊コロコロコミック」など、ネットで無料公開 臨時休校受け|ITmedia NEWS(2020年3月2日)
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2003/02/news103.html

*9
『ONE PIECE』1巻〜61巻が5月31日まで無料公開決定!尾田栄一郎先生から直筆メッセージも|exciteニュース(2020年5月6日)
https://www.excite.co.jp/news/article/Nijimen_0000000000065355/

*10
4コマ漫画「サザエさん」の無料公開が4月末まで延長! 最新刊10巻も特別公開|YAHOO!ニュース(2020年4月8日)
https://news.yahoo.co.jp/articles/ffe48211c75afa651af3cfeb0c1f6773be849b2b

*11
Google Arts & Culture(https://artsandculture.google.com/partner?hl=en)、HASARD(https://wam-hasard.com/)など。

*12
増える地方への移住希望者 背景に新型コロナ|けさのクローズアップ|NHKニュース おはよう日本(2020年6月3日)
https://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2020/06/0603.html

*13
WEBで投稿! 少年ジャンプ+ 持ち込み受付中!|少年ジャンプ公式サイト
https://www.shonenjump.com/p/sp/mochikomi/

※URLは2020年6月26日にリンクを確認済み