9月19日(土)から9月27日(日)にかけて「第23回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中には受賞者らによるトークイベントやワークショップなどの関連イベントが行われた。9月20日(日)には特設サイトにて、アニメーション部門ソーシャル・インパクト賞受賞作品『天気の子』について、審査委員の須川亜紀子氏、アニメ評論家の藤津亮太氏による、アニメーション部門受賞者トーク「ソーシャル・インパクト賞 新海誠監督の『天気の子』を語る」が配信された。本稿ではその様子をレポートする。
トークイベントの様子。左から、藤津氏、須川氏
圧倒的な映像美と、多層的で巧みな描写
第23回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門ソーシャル・インパクト賞を受賞したのは、新海誠氏による2019年に公開された劇場アニメーション『天気の子』。――雨が降り続く東京。島からフェリーでやってきた家出少年・帆高と、祈るだけで空を晴れにできる不思議な能力を持つ陽菜は出会う。しかし、陽菜の能力の代償や大人たちの思惑により2人の運命は大きく動き始める。
世界で深刻化する異常気象を予見するテーマ、さらに2019年国内映画興行収入第1位(約140億円)という理由だけではなく、異物を排除する傾向が強まる世のなかに対し包含性(インクルーシブネス)のメッセージを持つと評価された。また、圧倒的な映像美、登場人物の心の機微や孤独感を表現する巧みな描写など、総じて素晴らしい作品に仕上がっている点も称賛された。受賞者トークでは、審査委員で横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院都市文化系教授である須川亜紀子氏、アニメ評論家でフリーライターでもある藤津亮太氏による論評が披露された。
まず須川氏が、降雨の描き方が非常に印象深いと語った。雨が、水中を自在に泳ぐ魚のように跳び回ったり、時には怪物の姿で襲ってくる。そして束の間、雲の切れ間から差し込む日の光。「大人には理解できない主人公たちの揺れる心の機微の象徴として描かれ、さらに圧倒的な映像美がある」と評した。
藤津氏は、社会に生きる子どもたちが、これまでの作品のなかで最も色濃く描かれていると論評。幼い弟の面倒を見ながら、豆苗やネギを再生栽培するなど工夫してやりくりしながら生活しているにもかかわらず、悲壮感はなく、部屋も片付いており、お洒落もしているヒロイン陽菜の生活描写に触れた。また、主人公・帆高について両氏とも「よく泣く」と指摘。須川氏は、「しかも綺麗な大粒の涙。少女の涙が人の心を動かすのが定番なので、ジェンダー的視点からも画期的」と論じた。
須川氏
周囲の人物たちも個性的だ。取材した藤津氏は、新海氏が「モブキャラクターをモブ風に描かないでほしい」とオーダーしたことに触れ、いろいろな人がいるという社会の広がりを描くことを意識していると語った。須川氏も「冷蔵庫に貼られたメモや洗濯物など、背景からも人物が語られる巧妙なつくり。何度見ても発見がある」と多層的な描写について触れた。さらに藤津氏は、新海氏が『言の葉の庭』(2013年、註1)制作後に自身で同作のノベライズを手掛けたことに触れ、「そこでキャラクターのバックストーリーをつくったことで、キャラをどう存在させるかのコツを掴めた」と語っていたと紹介。以降、人物のより深い描き方が定着したのではないかと分析した。
また、須川氏は『天気の子』の日本的な感性について、海外ではどう受け止められるか興味深いと問題提起。本作では、神道、彼岸などの日本的な神秘性が描かれる。鳥居をくぐった瞬間に彼岸に行く、数百年前の神話に通じているなど、理屈で考えると矛盾があるが日本人には「これってわかるよね」という部分がある。藤津も「多分にアニミズム的で、我々の普段の生活のなかに神性を発見するような目線をベースに演出力で見せている」と応じた。
ラストシーンには若者へのエールが込められている
少女が自己犠牲により世界を救うパターンは特に日本アニメーションには多いが、本作のラストは違う。そのラストシーンについて批判的な意見もあるが、両氏は肯定的に捉える。須川氏は、「Yahoo!知恵袋」のようなサイトに自らの質問を投げるくらい人に決めてもらうことに慣れている帆高が、自身で選んだという積極性を評価。藤津氏も、「これから生きていく子どもは大変だ」という言い方を大人はするが、子どもは子どもで生きていく、というメッセージを感じたという。しかし当然、無傷なままではいられない。大きな決断を乗り越え、それでもここが生きていく場所だと再発見しながら生きていかざるを得ない。そのような意味で本作のラストは、「若い人へのエール」になっていると思うと語った。
藤津氏
同時代作品のなかで際立つ包摂性とポップさ
審査委員の須川氏は、本年度は力作揃いでエッジの利いた作品が目立ったなかで、本作は年齢を問わず多くの層に届く作品だと評した。また、「包摂性」について言及。排除されマイノリティになった人たちをどのように描くか。アニメーションに限らず今日の表現者が向き合うテーマのひとつである。ほかの作品にもそのテーマが表れていたが、戦いになったり、絶望的なラストもあったのに対し、本作は、マイノリティを周辺化せず包み込む描き方をしていると論じた。
藤津氏は、大ヒットした『君の名は。』(2016年、註2)影響下の作品が多いなか、新海氏自身が似て非なるものをしっかり出したと分析。さらに、「昨今は日常を丁寧に描く方向にあり、超越的な要素があってもワンポイントだが、本作はそのワンポイントが深かった。世界を変えてしまうところまで行った。つまり自己との対話ではない要素が多かった」と、現在の日本の長編アニメーションの潮流に与していない点も評価した。
『天気の子』より
© 2019 TOHO CO., LTD. / CoMix Wave Films Inc. / STORY inc. / KADOKAWA CORPORATION /
East Japan Marketing & Communications, Inc. / voque ting co.,ltd. / Lawson Entertainment, Inc.
ポピュラリティについても議論された。新海作品の古参ファンのなかには『君の名は。』の大衆性を受け止めきれなかった人も目立つ。藤津氏は、新海氏が持つ抒情性をポップに出す方法はあると思っていたので好意的に評価すると語った。「僕の印象では、新海監督はど真ん中を投げられる人。一方でギャグ作品(註3)もある。コメディもできると知っている人は少ないのでは? 本作は、前半でコミカルなキャラで感情移入させて、後半に独自の世界に持ち込む王道のつくり。真価を発揮したという印象のほうが強い。変わったという意見は、その人が新海作品から受け取っていたものが偏っていたからでは?」とする考えを披瀝した。須川氏も、「『君の名は。』でより多くの引き出しを示し、本作ではさらに「こう来たか」という意外性があった。まだ隠し玉を持っているのだろう」と今後への期待を込め締めくくった。
(脚注)
*1
上映時間46分の劇場アニメーション。監督・原作・脚本:新海誠。靴職人を目指す少年が、雨の降る日本庭園でビールを飲んでいた女性と出会うところからストーリーがはじまる。
公式サイト https://www.kotonohanoniwa.jp/
*2
上映時間107分。監督・原作・脚本:新海誠。夢のなかで入れ替わる、少年と少女の恋と奇跡を描いた物語。興行収入250.3億円、日本で公開された映画としては歴代4位。世界135の国と地域で配給され、海外興行収入は合計150億円に達した。ハリウッドでの実写映画化も決定している。
公式サイト http://www.kiminona.com/
*3
『猫の集会』。2007年にNHKの「アニ*クリ15」用に制作した短編アニメーション作品。本編約1分。監督・絵コンテ・美術背景:新海誠。
新海誠公式サイト「Other voices」http://shinkaimakoto.jp/anicri
(information)
第23回文化庁メディア芸術祭 受賞者トーク・インタビュー
アニメーション部門 受賞者トーク「ソーシャル・インパクト賞 新海誠監督の『天気の子』を語る」
配信日時:2020年9月20日(日)14:00~15:00
出演:須川亜紀子(アニメーション部門審査委員/横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院都市文化系教授)、藤津亮太(アニメ評論家/フリーライター)
主催:第23回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※受賞者トーク・インタビューは、特設サイト(https://www.online.j-mediaarts.jp/)にて配信後、10月31日まで公開された
※URLは2020年10月13日にリンクを確認済み