9月19日(土)から9月27日(日)にかけて「第23回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中には受賞者らによるトークイベントやワークショップなどの関連イベントが行われた。9月20日(日)には特設サイトにて、『闇金ウシジマくん』でマンガ部門ソーシャル・インパクト賞を受賞した真鍋昌平氏、モデレーターとして審査委員の倉田よしみ氏、表智之氏を迎え、マンガ部門 受賞者トーク「ウシジマくんの目に映る世界」が配信された。本稿ではその様子をレポートする。

受賞者トークの様子。左から、審査委員の表氏、倉田氏、受賞者の真鍋氏

ネタは足で稼ぎ、深掘りして輪にしていく

第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門ソーシャル・インパクト賞を受賞したのは、真鍋昌平氏による『闇金ウシジマくん』(2004年~2019年、小学館)。非合法の金融業に従事する冷徹なカリスマ性を持った主人公と、彼の会社にやってくる、サラ金からでさえ借りられないような寄る辺ない暮らしを送る人物たちの人間模様を描き切った。

本作が描かれた15年間の日本は、経済は長期停滞に陥り格差が拡大。それを覆い隠す世のなかのヴェールを剥ぎ取り、社会から振り落とされた人々をリアルタイムで描いてきた。平成日本の歪みと尽きることない人間の欲望を活写し、苛烈で酷薄、安易な救いのない作品だが、目を背けてはならぬし、そうさせない吸引力がある。日本社会に対する見方が変わる、まさにソーシャル・インパクトを持つと評価された。また、真鍋氏は、オタクとアイドルの関係に切り込んだ表題作をはじめ、現代に生きる人々を描いた短編集『アガペー』(2019年、小学館)でも審査委員会推薦作品に選出された。

受賞者トークでは、真島氏に加えて2人の審査委員、マンガ家で大手前大学教授の倉田よしみ氏、北九州市漫画ミュージアム専門研究員の表智之氏とともに、綿密な取材など創作の舞台裏について話が展開された。

『闇金ウシジマくん』
©︎ Shohei Manabe / Shogakukan.Inc

闇社会のリアルなネタを探しに、背景描写のためのロケハンに、真鍋氏は自ら街中へと踏み込んできた。「怖い目に遭ったことも、もちろんあります」。夜の歌舞伎町でロケハンしていたときのこと。暗い場所でシャッターボタンを半押しするとAF補助光ランプが点灯することを当初知らなかった真鍋氏は、ヤクザの人たちに囲まれた。「あの人たちはすごく勘がいいので、「お前、何やってんだ」と集団で追い駆けてきたんです」。逃げようかと思ったが、捕まったときに大変なことになると思い直し、撮影していたことを正直に告白した。「どこの誰だ?」とすごまれたが、『闇金ウシジマくん』を描いているマンガ家だと告げると、「めちゃくちゃ読んでる。背中にサインに書いてくれ」という展開に。しかも彼らは、摘発されたものとしては史上最大となった「五稜会ヤミ金融事件」(註1)のかつてのメンバーだった。真鍋氏は僥倖とばかりに彼らの昔話を取材したという。

そうやって「おもしろそうだ」というものが見つかると、さらに知り合いを紹介してもらうなどして深掘りしていく(註2)。「同じテーマについても、人によって意見がまったく違う。どんどん人に会って話を聞いていき、それが輪になると全体がつかめる」と取材のコツを語ってくれた。モデレーターの2人から思わず「15年間、よくぞご無事で」と言葉が漏れ、「怖くないんですか?」と質問されると、真鍋氏は「子どもの頃、カブトムシやザリガニを採りに行くとき、舗装されていない場所に分け入って行きますよね。あの感じに似ているように思います。ただ、自分のなかでこれ以上行ったら良くないとわかりますし、行ける範囲内で少しずつ」と長年の取材で培われたバランス感覚を語った。

表氏

葛藤する人間が描けているか?

そうして集めた珠玉のネタを、さまざまな人間模様がつまった物語に構成する。「最終的に娯楽作品にすることが自分のなかでの絶対条件。自分がちゃんと楽しめているか、おもしろいと思えているか、つねに自問しています。「おもしろい」というのは、人の葛藤を描いているかということ。葛藤の振り幅が大きければ大きいほど僕はしびれるんです」と語る真鍋氏。

さらに、メディアの進化で個人が発信できる時代だからこそ、物語をつくる力が必要だと強調する。「取材した相手がSNSで自分より先にその内容を公開してしまうことも起こります。旬のネタということであればそちらの方が絶対強い。こちらが描こうと思っている内容が違う形で拡散していってしまう。マンガは工程が多いのでどうしても時間がかかる。だから素材そのものではなく、どう作品化するかという部分を鍛えないと敵わないと思いました」。

真鍋氏

悲劇も喜劇も遠くから見たら同じ

後半は倉田氏自身がマンガ家であることからも、作画について話が及んだ。ネームには5日から6日かけるという。初期から細やかな描線を駆使している真鍋氏、「作画にも相当な手間がかかっているのでは」と問われると、ネームを切りながら3、4日で仕上げると語ったが、本作ではデジタルを使用しておらず、初期は写真をトレースして描いていたので大変だったという。トーン処理も、1コマずつスクリーントーンを貼っていた。作家コメント(註3)でも、「Gペンを使い1線1線をすごく大事にしながら描いていた。潰れたペン先がいっぱいに溜まったバケツを見ると感慨深い」と語っている。受賞作品展では、『闇金ウシジマくん』の展示スペースで実際にこのバケツも展示された。

倉田氏

真鍋氏は、1話18ページ構成のうち必ず1枚は見開きを入れる。特に俯瞰で見せる見開きについては、「起こった出来事というのは、悲劇でも喜劇でも、遠くから見たら変わらないと思う」と込めた想いを語った。そして、「お金の計算をしたりお弁当を食べていたり、結構ごちゃごちゃした日常も描いています。その日常のなかでの彼らの苦しみもある。それらを描いたうえで、ばーっと見開きで見せるということをやっているつもりです」と言葉をつないだ。

近視眼的に見ると衝撃性のほうに目が奪われるが、時に俯瞰して見せることで、読む者も緊迫状態から一息つき、そこに彼らの哀しさややるせなさに思いを馳せる余裕のようなものが生まれるのだろう。「本作に登場する人物たちは、もしかしたら良い風には感情移入できないかもしれないけれど、読者には彼らの思い、苦しみや悦びを感じていただいている部分はあるのかなと思っています」と真鍋氏は語った。本作が長きにわたり愛され続けた理由がそこにある。

最後に新作についても触れた。「犯罪者と関わっているような弁護士の物語なので本作とそこまで遠くない話」だというから、どこかで本作の登場人物たちにも出会えるかもしれない。


(脚注)
*1
指定暴力団山口組の二次団体だった五菱会の傘下の闇金グループは、摘発されたものとしては史上最大。率いていた梶山進は「ヤミ金融の帝王」と呼ばれた。多重債務者リストを基にダイレクトメールを送り無担保融資を勧誘。融資も返済も口座振り込みを利用し客と顔を合わせない仕組みの闇金融システムを構築した。返済期限が近づくと、同系列の別の闇金融が新たな融資を持ちかけ客の借金を一気に大きく膨らませた。2003年、警視庁と愛知・広島・福島県警の合同捜査本部は梶山と会のトップであった男を逮捕。闇金の存在が初めて世間の大きな関心を集め、想像を絶する暴力的な取り立ても明るみに出て暴力団とのつながりも明らかになった事件。

*2
「取材先からのクレームはあった?」という質問に、クレームではないが受刑者から、あの物語のモデルは自分ではないか、と問う「丁寧な」お手紙をもらったこともあると真鍋氏は語った。刑務所の中でもマンガは読め、特に本作は人気らしく、今でも「新連載はいつですか?」という手紙をもらったりするそうだ。

*3
第23回文化庁メディア芸術祭特設サイト 真鍋昌平『闇金ウシジマくん』「作家コメント」動画より。


(information)
第23回文化庁メディア芸術祭 受賞者トーク・インタビュー
マンガ部門 受賞者トーク「ウシジマくんの目に映る世界」

配信日時:2020年9月20日(日)16:00~17:00
出演:真鍋昌平(マンガ部門ソーシャル・インパクト賞『闇金ウシジマくん』)
モデレーター:倉田よしみ(マンガ部門審査委員/マンガ家/大手前大学教授)、表智之(マンガ部門審査委員/北九州市漫画ミュージアム専門研究員)
主催:第23回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※受賞者トーク・インタビューは、特設サイト(https://www.online.j-mediaarts.jp/)にて配信後、10月31日まで公開された

※URLは2020年10月13日にリンクを確認済み