2021年4月10日(土)から7月4日(日)にかけて、千葉市美術館にて「大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師」が開催された。ジャンルを越えて作品を発表し、和製ポップ・アートのさきがけとして注目を集めたタイガー立石。2021年で生誕80周年をむかえた今、多彩な制作物からその活動を振り返る。

会場風景。左から、《昭和素敵大敵》《大正伍萬浪漫》《明治青雲高雲》(いずれも1990年)

社会風刺からコマ割り絵画まで

その決して長いとはいえないキャリアのなかで、絵画、マンガ、絵本、陶芸といった多様なメディアで活動を展開したタイガー立石(立石大河亞、本名:立石紘一)は、1998年の没後もコンスタントに作品が展覧会に出品され、近年も横山裕一や玉山拓郎といった現代の個性的なアーティストとの2人展(註1)が開催されたりと、さまざまな文脈から再考され続けている。そして生誕80周年でもある今年2021年は、全国4か所を巡回する回顧展「大・タイガー立石展」が開幕した。本コラムは、千葉市美術館での展示を鑑賞後、改めて彼の制作について考えてみたものである。

ポップ・アートやマンガの影響が取りざたされやすい立石だが、1960年代の活動初期作に特徴的なのは、社会に対する風刺性が伴っていることである。《フン》(1963年)という作品では日章旗の上に「米」とも読めるような形が描かれており、日米関係についての含意を深読みしたくなる構成になっている。またこの頃から作品に、富士山や旭日旗が繰り返し描かれるようになることも見逃せない。旭日旗については幼少期によく目にしていた文具店の看板が印象に残っていたと立石は語っているようだが(註2)、これは横尾忠則が同じモチーフを多用するよりも1年早く、ポップ・アートの情報もまだそこまで伝えられていない状況であったことも鑑みると、大衆的なアイコンを積極的に使用する立石の先駆性は評価に値するだろう。

会場風景より、《フン》(1963年)

時折こうした政治的な意味を持たせつつも、さまざまなイメージをモンタージュしていく立石の絵画は奔放なものであるが、その他に作家を代表するシリーズと言えるのがコマ割り絵画である。セリフを排した形式で描かれたそれらは、シュールなシチュエーションをコマ割りによって意外な関係性の反転や転位に導いていく奇想に満ちたシリーズだ。1969年から1982年のイタリア滞在時に深められたこのアプローチは、マンガ集『虎の巻 アララ仙人のおかしな世界』(工作舎、1982年)としてもまとめられているが、同作はマンガというメディアにとっても根本的な問題を提起している(註3)。

虎を描く理由

このようにユニークかつ一筋縄ではいかない作品を数多く制作してきた立石だが、なぜ彼はタイガーを名乗り、ほぼ生涯にわたって作品に虎を繰り返し登場させたのだろうか。これについての理由としては、そのイメージが強烈だったからであるとされているが(註4)、もう少し掘り下げて検討してみてもおもしろそうなテーマである。まず同一のモチーフを繰り返し描くことを好むのは、シュルレアリスムの画家たちにしばしば見られる傾向であることを指摘しておこう。例えばマックス・エルンストは自作に鳥(ロプロプ)を度々登場させているのだが、これらのイメージを鈴木雅雄は「図」という言葉によって形容している。図とは百科辞典などの挿絵のような中立性をもち、どのような文脈にも移し替えることが可能であるからこそ、さまざまな作品で反復させることが可能な、絵でも記号でもないものであり、そのどちらともつかない曖昧な「これ(・・)
でなくてもいいはずなのに、しかしやはりこれ(・・)自体として楽しい(註5、傍点原文)」ものとされている。また、そのことに加え、イヴ・タンギーの寂寥とした風景にうごめくバイオモルフィックな不定形などを挙げながら、正確な図像的な同一性がなくとも、それがそれであると認識し得るものであれば、図として機能するような可塑性が許容できることも述べている。

会場風景より、《「タイガー立石 アレクサンドル・イオラス画廊」ポスター》(1972年)

立石はインタビューでシュルレアリスムの影響を認めており(註6)、自らもこうした反復するモチーフによってオリジナリティを担保していた可能性はあるだろう。それは虎のようでありながら、虎ではないようにも見える。《タイガー・ポップ》(1966年)に描かれた虎は人間のように瓶を手に持っているし、そもそも緑色である。その他の作品に関しても、黄色で描かれた虎はむしろ少ない印象があり、結果として虎は描かれるだけで立石の署名代わりの役割を果たしている。その自由な振舞いが最もよくわかるのは今回の回顧展にも原画が出品されている絵本『とらのゆめ』(福音館書店、1984年)だ。同作において虎は、樹木やだるま、ひもに擬態したり、地と図を反転させ、判じ絵のように絵のなかに忍び込んでいたりと、何食わぬ顔で現実的な法則や秩序を飛び越えていく。

『とらのゆめ』より原画(1984年)個人蔵

「張り子の虎」という慣用句があるように、言葉のうえで虎の猛々しさは本当のことを覆い隠す虚像としても機能し得る。ゆえに虎は、どんなにリアルに対象を再現しても決して本物にはならないという絵画(あるいはイメージ一般)のジレンマを表象する適切な主題ともいえるだろう(註7)。立石のめくるめく表象の魔術は、無意識にそのことを探り当てていたのだろうか。


(脚注)
*1
横山裕一とは広島市現代美術館で2016年から2017年にかけて「世界が妙だ! 立石大河亞+横山裕一の漫画と絵画」が、玉山拓郎とは2019年にNonakaHill(アメリカ、ロサンゼルス)にて「Takuro Tamayama & Tiger Tateishi」が開催されている。

*2
イチゲフミコ「イチゲフミコオーラル・ヒストリー 2016年7月18日」、日本美術オーラル・ヒストリー・アーカイヴ
http://www.oralarthistory.org/archives/ichige_fumiko/interview_01.php

*3
そのことに触れたものとしては、例えば次の資料がある。夏目房之介「マンガ描線原論」、『マンガの読み方』宝島社、1995年、52-59ページ

*4
篠原資明「ニタリア国トラ夢譚」、『大・タイガー立石展』千葉市美術館、青森県立美術館、高松市美術館、埼玉県立近代美術館、うらわ美術館、2021年、12ページ

*5
鈴木雅雄、林道郎『シュルレアリスム美術を語るために』水声社、2011年、86ページ

*6
タイガー立石「タイガー立石の巻 なにかでない者の譜」、『美術手帖』1982年11月号、64ページ

*7
これに関連し、日本美術の文脈においても虎はフィクショナルな存在として描かれてきたことを補足しておきたい。江戸時代、伊藤若冲や長沢蘆雪は中国の絵画や猫を参考に、当時日本では目にすることのできなかった虎を描いたと伝えられている。


(information)
大・タイガー立石展 POP-ARTの魔術師
会期:2021年4月10日(土)~7月4日(日)
休室日:5月6日(木)、5月24日(月)、6月7日(月)
会場:千葉市美術館
入場料:一般1,200円、大学生700円、小・中学生、高校生無料
主催:千葉市美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会
https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/21-04-10-07-04/


[巡回展]
青森県立美術館
 2021年7月20日(火)~9月5日(日)
 http://www.aomori-museum.jp/ja/exhibition/136/
高松市美術館
 2021年9月18日(土)~11月3日(水)
 https://www.city.takamatsu.kagawa.jp/museum/takamatsu/index.html
埼玉県立近代美術館 *うらわ美術館と同時開催
 2021年11月16日(火)~2022年1月16日(土)
 https://pref.spec.ed.jp/momas/
うらわ美術館 *埼玉県立近代美術館と同時開催
 2021年11月16日(火)~2022年1月16日(土)
 https://www.city.saitama.jp/urawa-art-museum/

※URLは2021年6月11日にリンクを確認済み