9月19日(土)から9月27日(日)にかけて「第23回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中には受賞者らによるトークイベントなどの関連イベントが行われた。9月26日(土)には、自作の人形を使用したストップモーションアニメ『ごん』で、同芸術祭のアニメーション部門優秀賞を受賞した八代健志氏を迎えたワークショップ「ストップモーションアニメーション『ごん』から学ぶ映像表現」が開催。参加者は、メイキング映像や実際に使われた人形を目の前に、八代氏の口から説明される『ごん』制作の手法や技法、工夫やこだわりなどに熱心に耳を傾けていた。このワークショップの様子をレポートする。

『ごん』のメイキング映像より
撮影:畠中彩

これまで手掛けてきたアニメーション

ワークショップの初めには、まず参加者に向けて八代健志氏の自己紹介が行われた。現在はストップモーションアニメを制作する八代氏だが、もともとはテレビコマーシャルの制作を行っており、アニメーションづくりを始めたのは8年前となる。同氏は、これまでに制作したアニメーションのダイジェストを上映し、さらに自身の作品はプラネタリウムでも上映されていることを説明した。短編アニメーション作品をスクリーンで上映できる場が限られているなか、プラネタリウムはその上映に適しているという。作品に夜が舞台となっているものが多いのは、プラネタリウムという上映の場を意識してきたからだそうだ。

今回の受賞作『ごん』は、これまでのような幻想的な夜の世界ではなく、多くの人が知る新美南吉の児童文学『ごんぎつね』を題材とした、茅葺屋根と着物を着た登場人物が繰り広げるアニメーション作品だ。八代氏はかつて教科書で触れていた同作を、20代の頃に図書館で改めて読み返し、その奥深さに感銘を受けたという。以後、子ども時代にはわからなかった同作の奥深さを、誰かに伝えたいと考え続けてきたが、今回の映像化でようやくその機会に恵まれたという同氏は、1930年代に発表された『ごんぎつね』を、現代の人々にも広く届く作品として、ストップモーションアニメで再構築した。

『ごん』を制作した八代氏
撮影:畠中彩

いかにして『ごん』はつくられたのか

ワークショップではまず、人形を支える糸の処理や音の調整を行う前の『ごん』の映像が参加者に向けて上映され、追ってストップモーションアニメの制作の手順が説明された。

制作にあたって八代氏は、シナリオをベースに物語の連なりと撮影する絵を設計する絵コンテを描き、これを編集ソフトに取り込んで連続させ、ビデオコンテをつくるという。このビデオコンテをもとに、声を当てる役者のセリフを録音する。この音声つきのビデオコンテに当てはめるかたちで、舞台上の人形をコマ撮りしてアニメーションを制作。最後に、編集ソフト上で人形を支えていた糸を消したり、効果音の調整などを行っていく。

ススキ野原を駆け抜けるごん。突き出し(細い針金)で支えられている
吊り具を使ってアニメーションをする八代氏。背景はプロジェクターで投影

八代氏は、先んじて音声を収録する理由について、以下のように語った。「コンテに音をはめることで、時間が感覚としてよくわかるようになるので、各カットの尺がイメージしやすくなります」。

ストップモーションアニメには人形が用いられるが、この人形は支えがないと自立させることができないので、「吊り具」と呼ばれる糸を使った装置で上から吊り下げられる。また、背景はプロジェクターで実際に投影しており、足りない部分は合成によってつなぎ合わせているそうだ。

八代氏は、こうしたアナログな「つくりもの」を使ってアニメーションを制作することの魅力を次のように語った。「観客がアニメーションの世界に主体的に入り込むのではなく、つくっている手法が観客にばれてしまうことに、ストップモーションアニメのおもしろさがあると考えています。監督としては、物語以上に、美術を鑑賞してもらうような感覚で制作をしています」。

さらに同氏は、舞台美術の制作や、釣り糸を使って人形の動きをつくる様子が収録された『ごん』のメイキング映像を、説明とともに紹介した。そこには、粘土を使って食器のような小物までもをつくりこみながら、実際にカメラを通した画面を見つつ微調整をしていく様子が映し出された。また、背景をぼかすようなカメラの演出や、細かな人形の演技をコマ撮りで表現する様子も紹介された。

俯瞰で見たセットの様子
カメラは1コマずつ動かせるように改造された機材に取り付けられている

木という素材へのこだわり

ここからワークショップは、『ごん』の絵コンテや、使用された木彫の人形などが展示されている文化庁メディア芸術祭受賞作品展の会場に場所を移した。人形の展示を前に、『ごん』の登場キャラクターたちがどのようにつくられたのかが解説されていく。

作品展の『ごん』の展示ブースにて。ガラスケースに人形や小道具が並べられたほか、絵コンテやキャラクター設定などが描かれた資料も掲示された
撮影:畠中彩
人形には楠を使った。荒々しいノミ跡を生かした頭(かしら)

八代氏は、絵コンテを制作する前に主役となる人形の頭部を彫ったという。頭部をつくることで、主役の人間像がはっきりして動きや反応を考えることができるという理由からだ。人形は楠を使ってつくられているが、動かすために内部には金属関節や鉛やアルミなど動くワイヤーが仕込まれている。金属の骨組みは自由度に限界があるので、目標とする演技のために、その都度設計を考えている。特に『ごん』においては、正座やあぐらといった日本を舞台にした作品ならではの足関節の動きや、火縄銃を撃つための肩関節の動きが必要になるので、それを可能とするために関節の自在度が工夫されている。また、表情づくりにおいて重要となる眼球は、黒目が描かれた白いビーズでできており、黒目の中心に開いた穴に針を刺して視線をつくっている。

ガラスケースのなかに置かれた人形の目玉や体のパーツ。たくさんの目玉のなかから白目と黒目のバランスが良いものを選ぶという
撮影:畠中彩

八代氏は、木彫りの人形にこだわってアニメーションをつくる意義を次のように語った。「監督として、物語をつくることと同じくらい、木彫の造形を大切にしています。現在ストップモーションアニメの素材としては、柔らかく動きが自由につくれる粘土やウレタンフォームなどが使われることが多いです。それらに比べると、古典的な木という素材は、自由度が低く、加工も思うようにいきません。でも、私は目的のために柔順な素材を用意するのではなく、目的と素材を戦わせなければいけないと思っています。木は、『何を一番大事に描写するのか』という、作者の考え方をあぶりだす素材なんです」。

裏側からくり抜かれた中に目玉が仕込まれている
八代氏自ら木彫りの作業を行う

八代氏は、木の質感を出すためにも時間をかけているという。塗料を塗るだけでなく、こすったり土をつけたりと、木をいじめるように素材感を出していくそうだ。ただ綺麗につくるのではなく、木を汚し、削り、それでも残っていくものを生かしていくわけだ。この手法の強みは、特に歳をとったキャラクターなどの場合、実写の歳を経た俳優と同じような雰囲気が出せることだという。

作品展では、彫刻刀をはじめ、実際に使用された工具も展示された
撮影:畠中彩

同氏はストップモーションアニメをつくるうえでの、素材の重要性も次のように話した。「ストップモーションは現在では古典的な技法になりつつあります。だからこそ、あえて今の時代にストップモーションアニメをやる以上は、その最大の魅力である『現物の素材の力を作品に持ち込む』ということは大事にしたいと思っています」。

川には本物の水が使われた。野原のセットにも実際のススキを使用

制作手法やストーリーについての質疑応答

最後に、ワークショップ参加者からの質問に八代氏が回答する時間が設けられた。まず「人形を吊る糸などの装置をどうやって消しているのか」という質問については、人形も装置もない状態で撮影した、「空舞台(からぶたい)」と呼ばれる舞台をコンピュータ上で重ねることで、装置を消すことが説明された。

さらに「CGを使用しない理由」についての質問もされた。コンピュータの場合はコンピュータを操作する人とのコミュニケーションが必要となるが、人形はコミュニケーションを介さずダイレクトに場面をつくることができるので、コミュニケーションが不得手な自分にとって、手を動かして物語を展開させ、1コマずつ撮影しながらアニメーションを制作する方が得意な領域で戦えるのだと説明した。

また、「原作の童話をどのように翻案したのか」という物語についての質問もあった。八代氏が好きだった絵本として黒井健氏が絵を手がけた『ごんぎつね』を挙げ、作品を演出するうえでさまざまな絵本を参考にしたと語った。また原作にはない主人公・兵十のバックグラウンドの描写や、狐のごんが人間の姿になる演出、そして原作にはわずかに登場するだけだった彼岸花を、物語を象徴する小道具としてピックアップしたことが語られた。

黒井健による『こんぎつね』
撮影:畠中彩

ストップモーションという膨大な時間が必要となる手法を用いる八代氏だが、そこに発生する「素材の力」を最大限に生かすというビジョンを基に作品を制作していることが、実際の制作過程や人形を参照しながらより明確になったワークショップとなった。

ワークショップの様子
撮影:畠中彩

(information)
第23回文化庁メディア芸術祭 ワークショップ
ストップモーションアニメーション『ごん』から学ぶ映像表現

日時:2020年9月26日(土)14:00~16:00
会場:日本科学未来館 7Fコンファレンスルーム 土星
講師:八代健志(アニメーション部門優秀賞『ごん』)
定員:9名
対象年齢:高校生以上
主催:第23回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/

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※URLは2020年10月20日にリンクを確認済み