9月19日(土)から9月27日(日)にかけて「第23回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中には受賞者らによるトークイベントやワークショップなどの関連イベントが行われた。9月19日(土)には特設サイトにて、アート部門大賞を受賞したAdam W. BROWN氏、モデレーターとして審査委員のゲオアグ・トレメル氏、選考委員の指吸保子氏を迎え、アート部門 受賞者トーク「When pigs fly, everything is possible. Biology, Art and Alchemy.」が配信された。本稿ではその様子をレポートする。

トークイベントの様子。左から、指吸氏、トレメル氏(ワイプ内)、BROWN氏(ワイプ内)

宗教的「奇跡」を微生物が再現する

アート部門大賞受賞者トークは、米国のAdam W. BROWN氏と、日本の指吸保子氏、ゲオアグ・トレメル氏をつなぐオンライン対話形式で行われた。トークイベントのタイトルは、「現実にはあり得ないこと」をさす英語の慣用表現と、BROWN氏の作品のキーワードであるバイオロジー、アート、錬金術を組み合わせたものである。

まずBROWN氏が自身の大賞作品『[ir]reverent: Miracles on Demand』を紹介。同作は、中世以降のヨーロッパに伝わる宗教的な超自然現象としての「奇跡」、すなわち聖体としてのパンから血が滲み出る現象を、観衆の眼前に出現させる。ただし、それをバイオテクノロジーの援用で微生物によって生じさせる点で、多様な考察をうながすものだ。作品名からは、神秘的体験としての奇跡と、現代において事物を好きなときに入手できるオン・デマンドな状況を重ね合わせ、irreverent / reverent(不敬/敬虔)の境界線上で思考する姿勢がうかがえる。

『[ir]reverent: Miracles on Demand』

受賞作のインスタレーションでは、中世ローマ・カトリックの聖体顕示台に着想を得てデザインされたインキュベーター(生物の成長に必要な温度などの条件を一定に保つ機器)の上部に、キリストを象徴する「PX」の刻印がなされた薄いパンが配置される。そこへ微生物の一種であるセラチア・マルセッセンスを含んだ培養液をパンに滴下すると、これが粘性のある赤い液体を生成。「奇跡」に似た現象を発生させる。ここでは小さな微生物がいわば神の役割にとって代わっており、その解釈は見る側の人々に任せたいという。

BROWN氏は本作が扱う、聖体(=パン)と血の奇跡の背景も解説した。「キリスト教、特にカトリックにおける聖体拝受式への参加は、キリストの体と血をいただくことを意味します。そこでは、聖体としてのパンがキリストの体そのものだと考えられているのです」。このことが、聖体から血が流れ出すという奇跡と結びついている。他方で同氏は「歴史的にはこうした奇跡が教会に人々を集めるために使われてきたとの考え方もあること」「かつてユダヤ人への迫害において利用されたという別の一面もあること」などにも言及。この事象をめぐりさまざまな思想や文化が、複雑に絡み合っていることが説明された。

BROWN氏

人間中心主義的な世界観への問いかけ

トレメル氏は同作を「歴史的、宗教的、科学的、そして文化的にたいへん豊かな背景をもとに、非常によく研究されており、作品として説得力あるかたちで成立している」と評価。指吸氏から発想源を問われたBROWN氏は、「私は存在論、特に人間それぞれの信念に基づいた、自分たちの存在についての考え方に関心があります。だからこそ、人間の信条に反するような情報があるとき、強く興味を抱き、追求したいと思うのです」と応答した。

同作発想のきっかけは、BROWN氏が数年前に生物学の専門誌でみた小さな記事。そこでは聖体と血の奇跡が、実際は微生物と関係していた可能性が言及されていた。そこで彼は調査を始め、それは米国からオーストリアに渡航するまでに広がったという。現地の修道院を訪ね、奇跡に対する考え方もそれぞれの修道士たちに面会するなどリサーチを重ねた。同時に微生物学に着目し、肉眼で認識できないほど小さな生き物が「奇跡」を発生させる可能性を考察。こうした研究が同作に結実した。

BROWN氏は、受賞作がモチーフとしたような宗教的奇跡について「人間が自らを地球上で最上位にある特別な種だと考えてきたこと」(同氏はこれをカトリシズムにも見られる考え方だとした)とも関連があると指摘する。これを微生物が再現し得ると示すことは、人間を中心とした考え方にとどまらない、より広い生命のつながりを問う行為にも思える。

作品のディテールについても解説があった。「本作では、微生物そのものが作品。そこに付随するものはいずれもシンボル(象徴)です」とし、白いスタンドは前出の通り聖体顕示台であること、その上部でガラス皿を囲む円形部分は太陽の輪のようなもので、カトリックなどのキリスト教は古い太陽信仰に基づいている部分もあることなどが語られた。一方で「一緒に展示されるケースは作品を収納・輸送するためのもので、つまりこれがオン・デマンドだと示したいのです」と解説。こうした対比性も、観衆に思考をうながす要素として丁寧につくり込まれていることを印象付けた。

「錬金術」や「コラボレーション」への思い

続いてトレメル氏は、この日のトークタイトルにもあるキーワード、Alchemy(錬金術)について、作家の考えを尋ねた。今日この言葉は否定的に使われることも多いが、BROWN氏は「私の背景には、原初の科学としての錬金術があります」と応答。「中世の文書などで調べていくと、錬金術は、世界がいかに機能しているかを理解しようとする試みであり、同時に自分自身、つまり個人を理解しようとする営為でもあることがわかります。こうした要素を組み合わせ、人間的な視点で作品にすることが私の創作動機になっています」と語った。

例えば過去作品『ReBioGeneSys – Origins of Life』では、地球上での生命の起源や進化という、未だ解明しきれていない領域を取り上げ、実験的システムを構築した。「適切な環境と条件が揃えば——神がいなくても——科学物質から生命が発生する、というのは興味深い考えです」とBROWN氏。また『The Great Work of the Metal Lover』では、バイオリアクター(生体触媒を用いて生化学反応を行う装置)を含む特製装置内で、微生物が可溶性の金を沈殿させていくインスタレーションを実現。金もまた神性や欲望など人間の精神と密接な存在だが、ここでも微生物を通じて、私たちがこの世界に向ける眼差しが問い直されている。

続けて指吸氏から、BROWN氏の作品に多く見られる、最先端の科学者との協働について質問があった。協働を機に科学論文が発表されることもあるという。これについて本人は以下のように語った。「まず、私は生物学を(アーティストにとっての)単なるメディウム(媒介)とは考えません。我々は互いにコラボレーションしています。共通の関心があり、単に一方が他方に依頼するのではなく、互いに学べることもあるのが重要です」。

指吸氏

さらにBROWN氏は「私はアートと科学をまったくの別物として区別してもいません」と続けた。「両者は異なる目標を持っていますが、互いに似たツールを使うこともあり、将来の世界について考えているのです」と語り、協働相手の科学的な目的も理解しつつ進めることで、アートとしての問いであると同時に、科学の領域でも試みられたことがない問いが生まれるとした。現在各地に影響を及ぼしている新型コロナについてもその深刻さを認識しつつ、「ではアーティストとして私たちはどう仕事をしていき、世界にどう関わっていくべきなのか。活動を通して、同じアーティストたちにも問いかけたい」との言葉が印象的であった。

バイオアートの未来

トークではトレメル氏が、科学的プロセスや微生物などを用いた芸術作品をめぐる「展示・輸送・保存の難しさ」を問いかけ、BROWN氏がこれに答える場面もあった。これはこの領域における表現の可能性にも関わるトピックであろう。

同氏は次のように答えた。「確かに私はこの問題に常に直面しており、またこうした課題に向き合う際、パーキンソン病を患っている自分の体の限界とも対峙せねばならない事情などもあります。とはいえ、微生物の働きが重要な作品において、それ抜きでオブジェだけを展示するようなことはしません。ただ近年は、作品の一過性の強い部分について、例えばそこで起こった出来事の残滓を示すような展示方法もあり得るかもしれない、と考えています」。

前出『The Great Work of the Metal Lover』については、電子顕微鏡で撮影した微生物のプリント写真を所有する人もいるという。またBROWN氏は「微生物そのものを含む作品を持ち帰ることも、もしかしたら冷凍保存などの方法による可能性があるかもしれません。展示を重ねるなかで、より持ち運びしやすいシステムをつくることも考えています」と、将来の可能性を語った。

またトレメル氏からは「バイオアートは特定の時空間で成される『パフォーマンス』としての要素もあるのでは」との投げかけもあった。対してBROWN氏は「こうしたアートはある意味、ペットと暮らすことにも似ている。微生物はその世話が必要で、壁にかけたらそれで終わりではないからです」と返答。キュレーター/メディア学者のイェンス・ハウザー(Jens HAUSER)が掲げる、パフォーマンスアートにおけるミクロな存在の位置付けを考察する概念「マイクロパフォーマティヴィティ」(microperformativity)にもふれつつ、表現のなかで微生物への存在をどう位置付けるかは重要だとした。

トレメル氏

「私が、自分はバイオロジーをメディウムととらえてはいないと言うのも、これが理由です。私にとっては、メディウムと言えば絵具や石材のようなもの。しかし微生物は生き物です。我々はこの地球にいる人間以外の種を、より尊敬する必要があると思っています」と同氏は続ける。

さらにBROWN氏は、デカルトのような哲学的思考も参照するなら、私たち人間は地球のエコシステム全体として「ひとつの意識体だとも言えるでしょう」と発言。次のように締めくくった。「私たち人間はそうした生物学的な環境の上に立って生きており、微生物なくしては生存もできない。ただ、私はこの関係性を美しいとも思うのです。今日は協働の話もありましたが、シンバイオシス(複数種の生物による共存)を経てつながるということです。そう考えると、人間の精神的領域だけからのみ考察するのでは十分ではないことも多いと思うのです」。

メディア芸術が持つ広く深い射程の可能性を体現するようなBROWN氏の創作について、その興味深い背景が語られたこの日のトーク。同氏は現在も複数のプロジェクトを進行・構想中で、その状況は作家のウェブサイトでアップデートしていく予定だという。


(information)
第23回文化庁メディア芸術祭 受賞者トーク・インタビュー
アート部門 受賞者トーク「When pigs fly, everything is possible. Biology, Art and Alchemy.」

配信日時:2020年9月19日(土)10:00~11:00
出演: Adam W. BROWN(アート部門大賞『[ir]reverent: Miracles on Demand』)
モデレーター:ゲオアグ・トレメル(アート部門審査委員/アーティスト/研究者)、指吸保子(アート部門選考委員/NTTインターコミュニケーション・センター [ICC] 学芸員)
主催:第23回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※受賞者トーク・インタビューは、特設サイト(https://www.online.j-mediaarts.jp/)にて配信後、10月31日まで公開された

※URLは2020年12月14日にリンクを確認済み