9月19日(土)から9月27日(日)にかけて「第23回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中には受賞者らによるトークイベントやワークショップなどの関連イベントが行われた。9月19日(土)には特設サイトにて、『ロボ・サピエンス前史』でマンガ部門大賞を受賞した島田虎之介氏、モデレーターとして、審査委員の白井弓子氏、マンガ研究者の三輪健太朗氏を迎え、マンガ部門 受賞者トーク「時を超える「マンガ」そして「サピエンス」」が配信された。本稿ではその様子をレポートする。

トークイベントの様子。左から、モデレーターの白井氏、三輪氏、受賞者の島田氏

マンガを描くことは旅するようなもの

第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門で大賞を受賞したのは、島田虎之介氏による『ロボ・サピエンス前史』(講談社、2019年)。ヒトとロボットが共存する近未来を舞台に、ロボットたちのさまざまな「生(あり方)」を、シンプルな絵柄と記号的な背景、詩的な表現によって描いたオムニバス作品だ。人間の要請に応え続ける誰の所有物でもない「自由ロボット(フリードロイド)」、25万年におよぶ核廃棄物施設の管理、地球型惑星探査といったヒトには不可能な長期スパンのミッションを与えられた、半永久的な耐用年数を持つ「時間航行者(タイムノート)」――。壮大な時の流れのなか、ロボットとヒトの運命はやがて大きく動き出していく。

今回の大賞受賞は、テーマの現代性、ある種の詩情が宿るまで抽象化された表現、なめらかに引き込まれるストーリー性が高い評価を得た。受賞者トーク・インタビューでは、島田氏に加えて、審査委員でマンガ家の白井弓子氏、マンガ研究者で跡見学園女子大学専任講師の三輪健太朗氏を迎え、ストーリーテリング、どこか人間味を感じさせるロボットの造形、削ぎ落とされたシンプルな表現に対するこだわりなどが語られた。

『ロボ・サピエンス前史』上・下巻の表紙
©︎ Shimada Toranosuke

本作において、島田氏はこれまでの作品にはなかった近未来の世界を斬新に描き切った。「まずそもそもSFが描きたかった。そしてもうひとつ、ハードボイルドミステリーを描きたいことが重なった」という島田氏。まずロボットの捜索を職とするサルベージ屋を主人公とする第1話を描き、そこからストーリー全体が派生していったという。

同氏のストーリー構成に対する評価は以前から高い。練り上げられたストーリーテリングについて尋ねられると、島田氏は意外にも、マンガを描くときにテーマを考えたことがない、思いついたストーリーを描くというシンプルなスタイルだと語った。ただし、全体の流れはある程度決めてから描きはじめるという。「とは言っても、かっちりそのとおり描くとは限らない。旅行前の計画と同じで、あくまでも予定であって、実際に旅に出ると予想外のことが起こりますよね。マンガを描くことは旅をする行為と同じようなものです。当初の構想から“ここまで来たか”ということもままあります」と語った。

また、タイトルについて、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』(河出書房新社、2016年)との関連性を問われると、島田氏は「もちろんベストセラーでしたから知っていますが、じつは読んでいないんです」と明かした(註1)。日本語の「前史」には「ある歴史的事象のそれ以前の歴史」「ある時代の前半の歴史」という2通りの意味がある。三輪氏が、本作はロボ・サピエンスがすでに生まれ人類と共存していた前半の歴史なのか、それとも、このあとからロボ・サピエンスの歴史が始まるという意味なのかと問うと、島田氏は「それは最後まで読んで判断してもらえれば」と、読者それぞれの『ロボ・サピエンス前史』を楽しんでほしいと答えた。

人間らしいロボットたち

「ロボットは古典的でシンプルな道具立て、きわめてマンガ的なものを描きたかった」という島田氏。本作で描かれるロボットは「鉄腕アトム」のように足裏からジェット気流を出して飛ぶなど、クラシカルな造形だ。さらに白井氏、三輪氏ともに「人間らしさを感じる」と指摘するように、ヒトと結婚したり、ロボット同士で疑似家族を構成したり、漁業や牛のお産を手伝い、沖縄舞踊らしきものの踊り手を務めるなど、違和感なくヒトと共存している。

白井氏

その「人間らしさ」について尋ねられると、島田氏は、「ロボットなので基本的にプログラムされています。彼らに心があるのかどうか、僕はわからない。そう見えるのは、彼らには人類の歴史や文化などのデータが入っていますし、おそらくあたかも心があるようにプログラムされているのでしょう」と述べた。安易な擬人化に陥らず、SFという枠組みから外れることなく設定されているとのこと。そのうえで、「物語を進めるにあたって、作家によってタイプがあります。例えば、娯楽映画の巨匠ロバート・アルドリッチ(註2)は、緊迫する対立をつくり出して物語を劇的に展開していく。僕はそういうタイプではありません。それが僕の描くロボットが優し気に見える理由かもしれません」と語った。

特に印象的なシーンとして、白井氏、三輪氏はそろって、相手の頬に触れて記憶データを共有するシーンを挙げた。島田氏も、「思いついたときに、これはいいシーンになると思いました。互いの記憶を共有する。マンガなのでそれを形として見せなければなりません。どのようにするか考えたのですが、あたかもラブシーンのようなロマンティックな描き方ができました」と自身も気に入っているシーンだと明かした。

ロボットで描くジェンダー観

本作で描かれるジェンダー観についても論じられた。イトウサチオ(註3)という1人の主要キャラクターは後半でジェンダーに関わる驚きの展開がある。三輪氏は、「本作ではロボットが結婚したり家族を構成したりする。ただ、ジェンダーの観点からすると、前半ではロボットにもかかわらず異性愛規範に縛られた家族観が適用されているのかなと感じられたが、後半で劇的なねじれが生じ、非常にインパクトがあった。ロボットにジェンダーを与え、そのあり方を作品のなかでひとつの仕掛けとして使っている点に現代性を感じた」と、ネタばれになるのを慎重に避けつつ、島田氏のロボットを使ったジェンダー観への洞察に話題を向けた。

三輪氏

島田氏も決まりきったジェンダー表現には否定的で、「今、ちまたにあるロボットでも、例えば受付ロボットは若い女性の形だったり声だったりします。それはおかしくはないか、と日頃から思っているので、自分の作品ではああいう展開になったんです。僕の作品は、男女の役割を逆にしてもまったく問題ありません。かりに本作を映像化するとして、男性の設定である役柄を女優が演じてもいいわけです」と語った(註4)。

マンガらしい絵柄と削ぎ落された究極の表現

トーク後半は、表現や絵柄について話が展開された。島田氏の作品は、モノトーンの鮮やかな画面づくりが印象的だが、それはトーンを使わない作風のためだという。また、以前は多用していた細かなテクスチャー、短い独特のタッチの線が本作では見られなくなった、という指摘に、島田氏は、「それはたぶん絵が上手くなったから。あれを使わなくても絵をもたせられるようになった」と率直に語った。また、大島渚(註5)作品で美術を担当した戸田重昌(註6)のシンプルで平面的なアートワークにひかれていると言い、そのような表現を目指したと言葉をつないだ。『九月十月』(2014年、註7)までは具体的な表現だったが、「これじゃダメだ。もっと抽象的に、シンプルに」と思いながら描いたという(註8)。そして「余白とベタで陰影のある表現になってきた」と言うとおり、本作では余白を効果的に使った、飄々とした詩情あふれる表現が展開された。さらに、『ラスト・ワルツ』(2002年、註9)から『トロイメライ』(2007年、註10)などの初期作品(註11)はとにかく情報量に圧倒されたが、本作では台詞も少なくなり、台詞のないページも増えたとの指摘に、島田氏は、「本当は台詞が多いものはあまり好きではない」と明かし、今後は作品によるが、基本的により削ぎ落としていきたいと語った。

絵柄については、よい意味でマンガらしいと評される。以前、島田氏は「タンタンの冒険」シリーズ(註12)の作家エルジェの絵について、これ以上古くならない絵だと評していたが、「島田さんの絵もそのような境地。非常に普遍性のある絵柄を手に入れたと思う」と三輪氏が論じた。自身もマンガ家である白井氏は、建物などは用途や状態が字で書かれディテールは省略されるなど、どこかユーモラスでデザイン性の高い背景描写について、「研ぎ澄まされている絵柄に加え、背景の隅々までシンプルになっている」と言及。島田氏は、「未来都市の描写は、『ブレードランナー』(註13)の影響が非常に強いですよね。ごちゃごちゃと混沌としたデザイン。でも僕はそういうデザインができない。じゃあどうするかと考え、文字を使うことを思いついたんです。近未来なので、建物の壁全体に液晶などで看板や広告が映し出されているかもしれないですから」と、独自の表現開拓について語った。

描きたいものを描く

今後、プロのマンガ家や文化庁メディア芸術祭の応募を目指す人たちにメッセージを請われると、「描きたいものを描くのが一番」と即答。本作も連載が決まってない段階で描きはじめたという。連載が始まってからも、編集部からは変更などの要望はなかったそうだ。「描いているときにほとんどストレスがなかった」と語り、マンガ家にとってそれが一番大事、そうすれば100%力が発揮できると強調した。

島田氏

描きたいもの――島田氏の場合、それはどこから来るのだろうか。歴史から文学、音楽、美術まであらゆるネタを駆使する島田氏。なかでも「映画的」と評されることが多いため、映画の影響について問われると、「あります。映画は大好きです。映画から絵的なもの、ものの見方についても学んだと思う」。島田氏が子どもの頃、毎日のようにテレビで洋画が放映されていた。島田氏はジャンルにこだわることなく、すべてを見ていたと言う。「何が放映されるかわからない、玉石混交だったけれど、だからこそ結果的に多用な表現や視点、世界観が培われたと思う」と少年時代のブラウン管の中の学校を振り返った。

また、第2話冒頭のナレーション「21世紀初頭に原子力発電所が爆発した」のリアルな日付にメッセージ性を感じたと指摘されると、「もちろん東日本大震災の福島原子力発電所事故のことを念頭に置いています。でも近未来が舞台ですから福島に特定しているわけではありません」。そのうえで、「表現者は、今社会のなかで起きていることの影響を必ず受けます。それはどんどん取り入れて描いていきたい」と語った。

最後に今後について問われると、次作もSF長編になるという。そして、「興味の範囲が広いので、実際に形になるかは別として、描きたいものがたくさんあります。怠け者なので(笑)、残り時間を考えたら気合を入れて描き続けていきたいと思います」と締めくくった。


(脚注)
*1
初期作品は音楽からとったタイトル(『ラスト・ワルツ』『トロイメライ』『ダニー・ボーイ』)が多かったが、「あとで自作品の評判などを検索する際に不便なので(笑)」控えるようになったとタイトル選びの工夫についても触れた。

*2
1918~1983年。アメリカの映画監督。『何がジェーンに起こったか?』(1962年)、『特攻大作戦』(1967年)、『ワイルド・アパッチ』(1972年)、『ロンゲスト・ヤード』(1974年)などで知られる娯楽映画の巨匠。しばしば「男の世界を描く」と評され、気骨ある主人公を斬新な手法で描き時代を先取りした傑作を多数発表した。

*3 
第4作『ダニー・ボーイ』(青林工藝舎、2009年)の幻の主人公であった伊藤幸男(いとうさちお)を、本作ではロボットのイトウサチオという重要なキャラクターとして登場させている。「スターシステム」(同じ絵柄のキャラクターを俳優のように扱い、異なる作品中にさまざまな役柄で登場させる表現スタイル)を多用したのは手塚治虫が有名だが、島田氏もいくつかのキャラクターを複数の作品に登場させている。本作のイトウサチオについて、三輪氏は「スターシステムをロボットが演じる段階まで来たのですね」と感想を述べた。

*4
本作には、種をも超えた動物型ロボットも登場する。物語の後半になるとヒトは引きこもってしまい、ロボットはもはやヒト型である必要性がなくなるからだ。島田氏は、「スティーヴン・スピルバーグ監督作品『A.I.』(2001年)に登場するクマのぬいぐるみ人形がとてもよかったので、それを援用しています」と語り、ネコ型ロボットは『ドラえもん』(藤子・F・不二雄、1969~1996年)、ウサギ、馬、鳥型のロボットは手塚治虫『W3』(1965〜1966年)に登場する銀河パトロール要員(ボッコ、プッコ、ノッコ)へのオマージュだと明かした。

*5
1932~2013年。日本の映画監督。デビュー直後から松竹ヌーベル・バーグの旗手として活躍し、晩年まで斬新な作品を撮り続けた。作風は、差別や犯罪、戦争など、社会の歪みに鋭く切り込んだものが多く、その高い社会性や政治性が特徴とされる。主な作品に、『青春残酷物語』『日本の夜と霧』(1960年)、『新宿泥棒日記』(1969年)『愛のコリーダ』(1976年)、『戦場のメリークリスマス』(1983年)など。

*6
1928~1987年。日本の映画美術監督。小林正樹、大島渚、篠田正浩監督らの作品の美術監督を務めた。大島渚の義弟にあたり、大島作品には1960年代から戸田の晩年の80年代の『戦場のメリークリスマス』まで美術監督として参加している。

*7
小学館。家と家族の記憶が、読者に暗示的なヒントを投げかけながらミニマムに展開される。この作品も説明的な描写が極力排除され独特の間が奥行きを与えている。劇的な変化があるわけではない日常が描かれ「小津的」と評されることが多い。

*8
本作の前に、島田氏は片岡義男の短編作品をコミック化したアンソロジー『片岡義男COMIC SHOW』(左右社、2019年)に参加。何もかも白い町を舞台に会話と拳銃だけで物語が構成されるシンプル極まりない短編「白い町」をコミック化した。その際に、ペンを変えたりと異なる描き方に挑戦し、それが上手くいったので「本作もこれで行けると思った」という。ちなみに、島田氏が使用する画材は、ケント紙のB4マンガ原稿用紙、ペンはボールペン(以前はミリペンを使用)、ベタは油性マーカーで塗りつぶしているという。

*9
青林工藝舎。島田氏のデビュー作。同書第1話「エンリケ小林のエルドラド」は、2000年に島田氏が青林工藝舎の「アックスマンガ新人賞佳作」を受賞しマンガ家デビューした作品。「エルドラド」という黄金郷の名を冠したバイク、おならのせいで世界初の宇宙飛行士の座をガガーリンに奪われた男、チェルノブイリから唯一生還した消防士、晩年を迎えて日本の地を踏むブラジル移民……。歴史の裏側を生きた彼らの、語られなかった物語がからみ合う時空をまたいだ虚構の歴史。単体の作品として読める物語が意外な横糸でつながり、ドライブをかけてスパイラルしていき神話的なラストに至る。

*10
青林工藝舎。第12回手塚治虫文化賞新生賞受賞作品。前世紀植民地時代のカメルーンで生まれたピアノ「ヴァルファールト」がたどる数奇な運命の物語が、世紀を超え、日本、カメルーン、ジャカルタ、イラン・イラク戦争の国境線などを縦横無尽にまたいで展開される。時制の転調、シーンの間に流れるミステリアスな間、ロングからアップ、俯瞰そして仰角というカメラワーク的な構図などから、多くのレビューで「映画を観ているようだ」と評される。

*11
ほかに『東京命日』(青林工藝舎、2005年)、『ダニー・ボーイ』。

*12
ベルギーのバンド・デシネ(マンガ)。1930~1986年。主人公の少年記者タンタンと相棒で白い犬のスノーウィが世界中を冒険する物語。世界中で翻訳され愛されている作品。映像化やグッズ展開なども多数なされている。

*13
1982年、アメリカ。監督:リドリー・スコット。原作:フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968年)。サイバーパンクの金字塔と評される一作。近未来、酸性雨の降りしきる高層ビル群が立ち並んだ人口過密都市が舞台。暗く退廃的な近未来のビジュアルは後のSF作品に多大なる影響を及ぼした。特に、歌舞伎町をヒントにしたという、乱立するビル群に日本語で書かれた看板やネオンサインが雑然と掲げられた都市のビジュアルが強烈な印象を残す。


(information)
第23回文化庁メディア芸術祭 受賞者トーク・インタビュー
マンガ部門 受賞者トーク「時を超える「マンガ」そして「サピエンス」」

配信日時:2020年9月19日(土)16:00~17:00
出演:島田虎之介(マンガ部門大賞『ロボ・サピエンス前史』)
モデレーター:三輪健太朗(マンガ研究者/跡見学園女子大学専任講師)、白井弓子(マンガ部門審査委員/マンガ家)
主催:第23回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※受賞者トーク・インタビューは、特設サイト(https://www.online.j-mediaarts.jp/)にて配信後、10月31日まで公開された

※URLは2020年10月13日にリンクを確認済み