横手市増田まんが美術館が、事業のなかで最重要と位置づけるのがマンガ原画のアーカイブだ。その取り組みは全国のマンガ関連施設の運用モデルとしても注目されている。同館がアーカイブを進めるなかで乗り越えてきた壁、そして見えてきた課題とは。前編に引き続き、横手市増田まんが美術館長の大石卓氏に話を聞いた。

展示タッチパネル。大規模収蔵のマンガ家の原画をモニターで閲覧できる。拡大も可能。各作家の作品数が多いため、閲覧できるコンテンツは定期的に入れ替えている
※タッチパネルは新型コロナウイルス感染症対策のため現在は使用が制限されています

保存と活用は両輪

横手市増田まんが美術館が取り組む原画アーカイブについて、本稿の前編では、原画の整理、収蔵の方法とともに、原画の価値の位置づけをめぐるジレンマについても取り上げた。

原画保存に伴うコストを考えると、事業の拡充、継続のためには利活用についても同時に考えていく必要があるだろう。実際、館長の大石卓氏は、「保存と活用は両輪。どちらかだけに偏ってもうまく回らない」と強調する。原画アーカイブを、収蔵から活用までがひとつながりになった事業として捉える必要があるという。

しかし一口に活用といっても、マンガ作品にはマンガ家や出版社がそれぞれに持つ権利があり、慎重さが必要だ。同館はその点で、「郷土性」と「市民への還元」という2つの指針に基づく活用方法を打ち出している。それは後述する「地域ごとに郷土の作家の原画を守っていく」考え方にもつながる思想だろう。

収蔵した原画の価値を市民に還元する例では、わかりやすくは原画展示の無料化がある(註1)。さらに、例えば公用車のラッピングや公共ポスターの制作など、横手市が非営利で行う町づくりやイメージアップの範囲内で図像を使えるようにも取り決めている。マンガならではの親しみやすさが生かせるだけでなく、美術館がどのような作品の保存をしているかを周知することでシビックプライドの醸成にもつながる、メリットの多い活用方法といえるだろう。

著作権と原画

上のような市のPRとしての原画の活用については、市や美術館はマンガ家にも出版社にも使用料は支払わない。原画の保存と管理を行うことの対価として、許諾をとって運用している図式だ。

原画の権利まわりについて簡単に整理しておくと、まず物としての原画の所有者はマンガ家である。しかしマンガ家と出版社との契約によっては、著作権のひとつである出版権(註2)を発注した出版社が持つことになる。さらに作品やキャラクターの権利については、マンガ家と出版社の両方がホルダーの立場となる。そのため、原画の譲渡や信託をマンガ家の判断で行うことに問題はないとしても、出版社をはずした利活用は難しい。

同館ではあらかじめ活用を見越した収蔵をしているため、マンガ家との交渉段階から出版社も参加してもらう。これはアーカイブのプロセスでいえば前段階にあたるものではあるが、ここが最もエネルギーを要するという。

大石氏はこう話す。「保存状態にも気を配りながらマンガ家個人が原画をずっと管理していくことは大変なことです。大変であるがために原画が破棄されてしまうケースもあります。また、仮にマンガ家が急逝される場合に遺族が対応できるかという不安要素もあり、原画収蔵を美術館のような施設でしっかりと守ることに対しては、ネガティブな反応はほとんどありません。ただ原画を持ったからといって、何か権利的なものを施設が主張し始めることに対しては、皆さん神経質になります。あくまで市民へ還元していく範囲で、何をさせていただき、何はしないのかを最初に丁寧に説明しています」

横手市増田まんが美術館長の大石卓氏

マンガ教育の展開

原画アーカイブを活用したもう一方の注目すべき取り組みは、マンガ教育、すなわち教育分野へのマンガの導入だ(註3)。市内の小中学生からマンガ原稿を募り、作品で集めてマンガ誌を発行する「横手市ミライの漫画家発掘マガジン制作プロジェクト」も進んでいる。2020年の春には創刊号が発刊。この雑誌は市内の公共施設や病院、歯医者の待合室などに設置されて市民の目に触れていった。さらに本になった原画は、子どもたち自身がアーカイブ作業を行って同館に保存した。いずれのプロジェクトも、アーカイブという同館の特色を生かして、小中学生たちに出版のプロセスだけでなく、原画保存の意義も考えるきっかけをつくる内容といえる。とはいえ、このような市や教育委員会を巻き込んでの取り組みが動き出すまでには苦労も多かったという。

「マンガに公のお金を使うことには、市議会、市役所の中でも否定的な反応がありました。こちらがいくらアーカイブの必要性に熱弁をふるっても、なかなか伝わりません。というのも行政には、福祉とか教育といった一義的に取り組むべき事業が多々あります。それらを差し置いて文化にお金をかけるのは、ハードルが非常に高いのです。その逆風のなかで私が言ってきたのは、福祉や教育、医療といった、食事でいえば主食に対して、文化という副菜にも成長に必要な必須栄養素があるのだということ。しかしこの副菜は自分たちの畑ではつくれない。たくさんのマンガ家や出版社に協力してもらって外から栄養素を取り込むことで、初めてバランスの良い食事をつくれる。それが健全な横手市の成長につながる、という話をするのです。そうするとやっと、なるほどと言ってくれる人たちが出てきました」と大石氏。

横手市に限らず、行政にとってマンガ文化は従来の業務から遠すぎて価値が見えにくいものであるかもれない。一方の市民にとっても、マンガ文化は日常にあふれる娯楽であり、それに行政が介入する価値を見出しにくいことも想像できる。しかし、例えば病院の待合室で、児童・生徒たちの手でつくられたマンガ誌を目にしたらどうだろうか。あるいは自分の子どもや孫の作品がその雑誌に載ったとしたら。マンガ文化との距離感はそういう小さな一歩から変化していくように思える。

『横手市ミライの漫画家発掘マガジンせいさくプロジェクト 作品集』表紙。2020年版(左)は全242ページ。2021年版(右)は448ページものボリュームとなっている

アーカイブの先にあるネットワークづくり

保存と活用はアーカイブの両輪である。だとしても、その乗り物が運べる容量には限界があるだろう。

同館は2021年の時点で国内外合わせて182人、42万点以上の原画を収蔵しているが、施設のスペースから、開架で30万点、閉架で40万点、合計70万点という物理的な上限が決まっている。当然ながらこれまでつくられたマンガのすべての原画(註4)を同館のみで守れるわけではない。

またデジタル化に要する時間をとってみても、1枚の原画を1,200dpiでスキャンするのにかかる時間は約10分から15分。1日に最大50枚程度と考えると、今後収蔵数が増えていった場合に、保存までにかかる時間が原画収蔵数と乖離していくのも目に見える。

これらの問題を解決するために、複数のマンガ施設のあいだで連携して保存にあたる「ネットワーク構築」が動きはじめている(註5)。このプロジェクトで期待されている役割は大きく3点ある。
(1)原画相談窓口の設置
(2)全国の協力施設のネットワーク化
(3)専門人材の育成
これらの要件を満たすことで、マンガ家やその遺族、出版社、編集者から寄せられる保存の相談に対して、いろいろな地域の美術館、博物館、マンガミュージアムがネットワークでつながりながら、原画を守っていくことができるという構想だ。

(1)の窓口開設については、2020年7月に実装が実現し、すでに専用ウェブサイトが公開された。初めて生まれた公的な原画保存の相談窓口であり、情報の集約や一元化を図ることがこれから期待されている。

次の段階は、原画を保存していく場所をつくっていくこと。そのために協力施設の呼びかけをし、施設間でネットワークを築くことが今取り組まれている。

「原画の価値が見直される機運とともに、全国各地に原画をコレクションする施設はこれからも増えていくかもしれません。しかし、それぞれが競って収蔵数を増やしていくのではなく、目の前にある圧倒的な量の原画をみんなで連携して守っていこうという動きにつなげたいのです。考え方として一番わかりやすいのは、マンガ家の出身地の美術館が、その原画を地域の宝としていくという形です」と大石氏は語る。秋田に生まれた矢口高雄の原画収蔵が横手市増田まんが美術館の核になっているのと同じように、地域のマンガ家の原画の収蔵をそれぞれの地域が受け持つ。収蔵からアーカイブ、そして利活用によってシビックプライドにつなげていく。このすぐれた循環を範にしない手はないだろう。

「私たちは横手市増田まんが美術館の事例をひとつの物差しとして、各自治体にも使ってほしいと考えています(註6)。決してこの通りにしなさいと言っているわけではない。あくまで例として提示して、仮に中性紙を使わずに原画のみを箱に入れて保管収蔵するようなケースがあったとしても、その考え方も含めて許容していこうという姿勢です。非難や否定は絶対にしないというメンタリティで、仲間を増やしていきたい」

膨大な数の原画を前に、私たちにはあまりに時間がない。そんな危機感が大石氏にはある。そもそも原画のアーカイブ自体がまだ日の浅い事業である。ネットワークの構築にもまだ時間がかかるだろう。そしてその先のアーカイブの作業には、さらに果てしない時間が待っている。

アーカイブは過去を対象にした作業だが、その原動力は未来への想像力によっている。例えば50年後、読者がどんな過去の作品に接することができるかは、まさに今行われるアーカイブの成果に委ねられている。

読む機会ばかりではない。次の世代のつくり手のためでもある。1995年の増田まんが美術館の設立前夜には、郷土のマンガ家として矢口の作品のみを集めた「矢口高雄記念館」の構想もあった。しかしそのアイデアを断り、次世代のマンガ家を育成するために、国内外のすぐれたマンガ家の本物の原画を見られる場所にしたい、と矢口は言ったという。

「本物に触れれば誰にでもすごさを理解してもらえる。[…]漫画家にしてみれば、心血を注ぎ命を削って描いたような大切な作品だ[…](まんが美術館は)きっと漫画文化の発信拠点として大きく貢献すると、私は信じています」(註7

紙にペンで描かれた原稿からは、みずみずしい筆致の感覚を残すインクの物質感、修正液の跡にもマンガ家の手技を感じられる。創作の熱気が詰まった生きた最高の教科書なのだ。その矢口の想いが、同館の進む先を今も明るく照らしている。

「マンガの蔵」
アーカイブルーム

(脚注)
*1
市内、市外在住にかかわらず、常設展は無料(特別企画展は有料)。年間パスポートもあり、小学生は800円から利用できる。

*2
「版権」の語は一般的にライセンスビジネス全体を包含する意味で使用されているが、著作権法のなかで明記されているものではなく、各出版社が個別に設定・契約をしていることが多い。「出版権」については著作権法の第79条に「著作物について、文書若しくは図画として出版すること又は当該方式により記録媒体に記録された当該著作物の複製物を用いて公衆送信を行うことを引き受ける者に対し、出版権を設定することができる。」また第80条「出版権者は[…]頒布の目的をもつて、原作のまま印刷その他の機械的又は化学的方法により文書又は図画として複製する権利」を持つとして記され、複製権(第21条)と公衆送信権(第23条)をあわせもつ存在としてイメージすることができる。出版権の期間は3〜5年が一般的で、定めがない場合は3年とされる。

*3
横手市による「マンガ活用構想」にもマンガを活用した「特色ある教育」が謳われている。
https://www.city.yokote.lg.jp/masuda_comic/page000006.html

*4
本稿前編でも触れた「マンガ原画アーカイブマニュアル」には、アナログ原稿の総量として5,000万点以上との推計が示されており、根拠として、日本マンガ学会2016年度大会 研究報告「『メディア芸術データベース(開発版)』の制作経緯と活用についての報告」より以下の試算方法が示されている。
「日本国内で刊行されてきたマンガ雑誌(明治期の風刺漫画を含む)の総数は5500種類(雑誌の誌名を集計)14.5万冊(各誌が刊行した全号数を累計)。
各雑誌のページ数を400ページと試みに設定して、14.5万冊×400ページ=5800万となる。」

*5
マンガ史資料の連携型アーカイブの構築については、シンポジウム「マンガが先か!? 原画が先か!? ―「マンガのアーカイブ」のネクストステージに向けて―」のレポート(https://mediag.bunka.go.jp/article/article-16346/)ほか、メディア芸術カレントコンテンツのメディア芸術連携基盤等整備推進事業のアーカイブにて情報がアップデートされていく予定。

メディア芸術連携基盤等整備推進事業発表資料より

*6
同館が共有を目指すのは、アーカイブの方法論だけでなく、原画の観賞方法にも及ぶ。2019年に同館で開催された企画展「ゲンガノミカタ」は、収蔵原画を例に、原画を鑑賞するときのポイントや革新性などを紹介する内容だが、この展覧会をパッケージにして展覧会企画を全国の文化施設に提案し、巡回展とする計画も進めている。

*7
『マンガ万歳—画業50年への軌跡』(秋田魁新報社、2020年)114、115ページより。


(information)
横手市増田まんが美術館
住所:秋田県横手市増田町増田字新町285
開館時間:10時00分~18時00分
休館:第3火曜日(祝日の場合は翌日)
入場料:常設展は無料(特別企画展は有料)
http://manga-museum.com

マンガ原画アーカイブセンター(横手市増田まんが美術館内)
TEL:0182-23-6915
FAX:0182-23-6916
メール:info@manga-genga-ac.jp
http://www.manga-genga-ac.jp

※URLは2021年6月16日にリンクを確認済み