「第24回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が2021年9月23日(木・祝)から10月3日(日)にかけて、日本科学未来館を中心に開催された。本稿では、開催日前日の22日(水)に行われた日本科学未来館での報道関係者向けの内覧会をもとに、展示の様子をレポートする。
内覧会では、メイン会場の入口で『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』の分身ロボットが来場者を迎えた
以下の会場写真すべて、撮影:畠中彩
展示は日本科学未来館1階の企画展示ゾーンを中心に行われた。展示企画ゾーンではアート部門、エンターテインメント部門、アニメーション部門、マンガ部門のすべての受賞作品37点と、功労賞を受賞した4名のブースが展示された。受賞作品の一部や関連事業は7階でも紹介。設備等の特性を活かした作品に贈られるフェスティバル・プラットフォーム賞は、有機ELパネルを使った球体ディスプレイ「ジオ・コスモス」、ドーム型スクリーンに高輝度RGBレーザー4Kプロジェクターで映像を投影する6階の「ドームシアターガイア」で上映された。
アート部門の大賞はVR/AR技術を用いた体験型演劇作品
企画展示ゾーンで初めに上映されたのが、アート部門で大賞に輝いた小泉明郎による体験型演劇作品『縛られたプロメテウス』だ。同名のギリシア悲劇を出発点とし、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者である武藤将胤が「現代のプロメテウス」を演じた作品で、VR/AR技術を用いて鑑賞者に新たな演劇体験をもたらす。
会場では『縛られたプロメテウス』のシアターコモンズ’20でのドキュメント映像が流された。パナソニックセンター東京では、鑑賞者がヘッドマウントディスプレイを装着しての上演も行われた
同じアート部門で優秀賞を受賞したのは4作品。Adrien M & Claire Bの『Acqua Alta - Crossing the mirror』は専用ARアプリを通すと、ポップアップブックのドローイング上に高潮現象をテーマとした男女の物語が展開される。Nathan THOMPSON / Guy BEN-ARY / Sebastian DIECKE『Bricolage』は心筋細胞を絹の上で増殖させるバイオアート作品。See by Your Ears(代表:evala)『Sea, See, She - まだ見ぬ君へ』は暗闇のなか、立体音響システムから発されるサウンドが鑑賞者の想像力を刺激する。Stefan TIEFENGRABERによる『TH-42PH10EK x 5』は、吊るされた5台のディスプレイが振り子のように動いて音が生じ、オーディオ信号がアナログのビデオ信号に変換された結果、ディスプレイに写された映像が明滅する。
タブレット端末をかざすと映像が映し出される『Acqua Alta - Crossing the mirror』
『Bricolage』は細胞を培養するためのシルク製の器がシャーレに入れられ展示されたほか、過去の展示の様子も紹介された
会場で展示された『Sea, See, She - まだ見ぬ君へ』のキービジュアル
『TH-42PH10EK x 5』の「TH-42PH10EK」は吊るされたディスプレイの型番を示している
ソーシャル・インパクト賞を受賞したSimon WECKERT『Google Maps Hacks』は、手押し車に99個の中古のスマートフォンを載せて、Googleマップ上に交通渋滞を意図的に起こすというメディアパフォーマンスだ。
会場では手押し車と、実際に手押し車とともに街中を移動する映像が展示された
新人賞に選出されたのは、小型のプロジェクターを載せた2台のロボットが動くことで回りの壁面に映像を投影する小林颯『灯すための装置』、鑑賞者の心拍のデータをミラーに送り、鏡面を振動させることで音を響かせるKaito SAKUMA『Ether - liquid mirror』、演奏者の声を基に生成された楽譜を演奏者が発声する行為の繰り返しにより、新たな音楽を紡ぎ出す小宮知久『VOX-AUTOPOIESIS V -Mutual-』。
『灯すための装置』は1階での紹介に加えて、7階のコンファレンスルーム「金星」で上映もされた。暗闇のなか、四方の壁に作者の個人的な記憶に基づいた映像が映し出される
屋外の『Ether - liquid mirror』は、鑑賞者の心拍を計測しミラーに反映させるインタラクティブな作品として展示。展示企画ゾーンにはボックス型の作品が展示され、過去の体験者の心音がミラーを振動させ、鼓動が響いた
『VOX-AUTOPOIESIS V -Mutual-』より記譜された楽譜。本作は会期中にライブパフォーマンスも実施された
アナログから最新技術まで、表現手法が幅広いエンターテインメント部門
エンターテインメント部門では岩井澤健治『⾳楽』に大賞が贈られた。本作は大橋裕之によるマンガ『音楽と漫画』(太田出版、2009年)を原作とした劇場長編アニメーション。不良学生たちがバンドを組み、音楽に明け暮れる日々が、実写映像を基に作画するロトスコープの手法を用いて描かれている。
7年半もの時間をかけて制作された『音楽』。作中のシーンのために、実際に野外フェスを開催したという
アナログな手法で制作された『音楽』に対し、優秀賞に選ばれたのはテクノロジーを活用した作品だ。新型コロナウイルス感染症をきっかけに結成された、フルリモートで演劇を完結させる劇団ノーミーツ(代表:広屋佑規)。80年代から2020年にかけてのジャカルタの街の移り変わりをVRアニメーションで表現したJonathan HAGARD / Nova Dewi SETIABUDI / Andreas HARTMANN / Dewi HAGARD / KIDA Kaori / Paul BOUCHARDによる『諸行無常』。イラストをスキャンすると画面上でそのイラストが動き出し、コミュニケーションもとれる『らくがきAR』制作チーム(代表:宗佳広)によるアプリケーション『らくがきAR』。近藤寛史『0107 - b moll』は、夜に走る電車の映像をつなぎあわせ、ミニマルな音楽にのせた。
『劇団ノーミーツ』のブースではこれまでに上映された作品が複数のディスプレイで流され、ポスターなどが散りばめられた
7階コンファレンスルーム「水星」では、ヘッドマウントディスプレイを装着し、VRアニメーション作品『諸行無常』を鑑賞できた
『らくがきAR』もタブレット端末で体験が可能。1階の企画展示ゾーンにて
7階コンファレンスルーム「火星」で展示された『0107 - b moll』。両サイドに鏡がレイアウトされ、電車がどこまでも続くような印象を与える
ソーシャル・インパクト賞は『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』制作チーム(代表:吉藤健太朗)による『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』が受賞。肢体障害があっても簡単に操作できる分身ロボット「OriHime」を通して、障害者や外出困難者が接客を行うプロジェクト。この「分身ロボットカフェ」は2019年10月に3週間限定で大手町にオープンしたのち、2021年に日本橋にて常設実験店が開業した。
『分⾝ロボットカフェ DAWN ver.β』のブースでは、分身ロボット「OriHime」を操作するパイロットの方とコミュニケーションがとれる
エンターテインメント部門で新人賞を受賞したのは、芳賀直斗によるピクセルアートを用いたゲーム『アンリアルライフ』、写真を撮影することでストーリーが展開していくNaphtali FAULKNER『ウムランギ・ジェネレーション』、トクマルシューゴの同名のミュージックビデオとして制作された、油原和記による手描きのVRアニメーション『Canaria』だ。また、森谷安寿によるフィットネス系のVRアプリケーション『Flight Fit VR』がU-18賞を受賞。U-18賞は前回に引き続き、4部門のなかで唯一エンターテインメント部門の作品に贈られた。
『アンリアルライフ』『ウムランギ・ジェネレーション』『Flight Fit VR』の3作品は、7階にて実際にプレイ可能
『Canaria』も『諸行無常』と同じく7階コンファレンスルーム「水星」にてVRとして鑑賞できた
アニメーション部門の大賞は全12話のテレビシリーズに
アート部門、エンターテインメント部門の次にアニメーション部門が続く。大賞を受賞したのは湯浅政明によるテレビアニメーション『映像研には⼿を出すな!』。大童澄瞳による同名のマンガを原作とした作品で、アニメーション制作にまい進する女子高校生3人の奮闘を描く。
会場では作品映像とともに複製原画、複製設定資料、メインビジュアル、メイキング映像も展示された
優秀賞に選出された4作品のうち、3作品は劇場アニメーションだった。手紙の代筆業を務める義手の少女、ヴァイオレット・エヴァーガーデンが主人公のテレビアニメシリーズの続編である石立太一『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。佐藤順一/柴山智隆『泣きたい私は猫をかぶる』は、「かぶると猫に姿を変えられるお面」をキーとした中学生の男女の物語。アンカ・ダミアン『マロナの幻想的な物語り』は、飼い主を転々とする1匹の犬の視点でストーリーが展開する。Marcos SÁNCHEZによる『Grey to Green』は、韓国のシンガーソングライターであるリディア・リーのミュージックビデオで、古めかしい映像やアニメーションに、ディズニー映画を思わせるアニメーションが重ねられている。
『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』『マロナの幻想的な物語り』の展示スペース。映像のほか、作中カットのパネルも展示された
『泣きたい私は猫をかぶる』の複製原画
『Grey to Green』の展示の様子
ソーシャル・インパクト賞を受賞したのは音楽ユニット「ずっと真夜中でいいのに。」のミュージックビデオ『ハゼ馳せる果てるまで』。Wabokuがディレクション等を務めた本作は、一人の少女が故郷を離れて宇宙を彷徨う様子が描かれており、サウンドに合わせてシーンが次々と移り変わっていく。
『ハゼ馳せる果てるまで』では映像、パネルに加えて制作資料も展示された
新人賞は短編アニメーションに贈られた。島で行われている架空の生物の研究が、ゲームエンジンを用いた3DCGでリアルに描かれた森重光/小笹大介『海辺の男』、鉛筆によるラフな絵柄で性にまつわる思春期の個人的な記憶を視覚化したふるかわはらももか『かたのあと』、母親と子ども2人の緊張感のある関係性をフェルトのパペットで表したHéloïse FERLAYによるストップモーション・アニメーション『À la mer poussière』の3作品だ。
『海辺の男』はモニターに加えて4つのタブレットで制作過程も紹介
『かたのあと』は、10×10cmの紙に描かれた原画が展示された
パペットを用いた制作過程を記録した映像も紹介された『À la mer poussière』
以上のアニメーション部門、またエンターテインメント部門の受賞作品、審査委員会推薦作品に選出された映像は、日本科学未来館のイノベーションホール、未来館ホールをはじめとして、サテライト会場であるCINEMA Chupki TABATA、池袋HUMAXシネマズで上映も行われた。
現代社会を舞台にした作品が多いマンガ部門
企画展示ゾーンで最後に並ぶのがマンガ部門の作品。大賞に輝いた羽海野チカ『3⽉のライオン』は、東京の下町に住む高校生のプロ将棋棋士を中心として、母を亡くした3姉妹との関係、ライバル棋士たちとの対局など、それぞれの人間模様が描かれる。
優秀賞を受賞したのは4作品だ。フランス革命期、死刑執行人の家系に生まれた兄妹の生きざまを美麗に描き出した坂本眞一『イノサン Rouge ルージュ』、第一子の誕生を待ち望む若い夫婦が、マララ・ユスフザイさんの襲撃事件をきっかけに世界の子どもたちが置かれている状況について向き合う山本美希『かしこくて勇気ある⼦ども』、学芸員の独身女性が伯母の孤独死をきっかけに生死について考えるカレー沢薫によるギャグマンガ『ひとりでしにたい』、女子刑務所の中の一般人の髪を受刑者が切る美容室を舞台として、現代の女性たちの姿を描く小日向まるこ/原作:桜井美奈『塀の中の美容室』。現代社会の問題や事象を主題とした作品が目立った。
デジタル作画によって繊細な表現がなされた『イノサン Rouge ルージュ』
『かしこくて勇気ある⼦ども』はカラー原画のほか、作者が使用した画材なども展示された
『ひとりでしにたい』もデジタル作画による作品。孤独死、結婚、老後といったテーマを笑いを取り入れながら描出
『塀の中の美容室』は細かい手描きの筆跡が確認できる原画も展示
ソーシャル・インパクト賞を受賞したのは野田サトル『ゴールデンカムイ』。退役軍人とアイヌ人の少女が、アイヌ人が隠したといわれる金塊を求める冒険譚で、アイヌ文化やギャグ要素を織り込みながら、物語に多くの読者を引き込んだ。
表紙イラストをはじめとしたカラーパネルが目を引く『ゴールデンカムイ』
新人賞は、戦後日本で芸能の世界に飛び込んだ少女を主人公に据えた灰田高鴻による音楽マンガ『スインギンドラゴンタイガーブギ』、人間関係から生まれる機微を描いたスズキスズヒロによる6つの短編を収めた作品集『空⾶ぶくじら スズキスズヒロ作品集』、両親から虐待されていた親友の死をきっかけに主人公が遺骨を奪還する大胆な行動に出る平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』の3作品に贈られた。
作品パネルのほかに原画や画材も展示された『スインギンドラゴンタイガーブギ』
『空⾶ぶくじら スズキスズヒロ作品集』はアナログとデジタルを併用した制作方法が原画から垣間見られる
原画とネームが比較できるように展示された『マイ・ブロークン・マリコ』
以上のマンガ部門の受賞作品と審査委員会推薦作品は7階コンファレンスルーム「木星」のマンガライブラリーに置かれた。来場者は実際に手に取って閲覧することができた。
マンガライブラリーの様子。受賞作品、審査委員会推薦作品が並ぶ
ちぎり絵×ストップモーション・アニメーションと3DCG、
制作方法が対照的なフェスティバル・プラットフォーム賞
日本科学未来館の施設を活用した展示、フェスティバル・プラットフォーム賞のうち「ジオ・コスモス カテゴリー」は、ちぎり絵のように地球がばらばらになり、またひとつに戻っていく秋山智哉の映像作品『ちぎる』が選定された。「ドームシアター カテゴリー」は人間と再発見された自然をテーマとした3DCGのオーディオビジュアル作品、Sandrine DEUMIER / Myriam BLEAUの『Lʼalter-Monde』が受賞。
ストップモーション・アニメーションの手法で制作された『ちぎる』
ドーム全体を使って映像が展開される『Lʼalter-Monde』
各部門での功績を称えて贈られた功労賞
功労賞を受賞した4名については、企画展示ゾーンの各部門で紹介された。アート部門にはメディアアート・映像文化史研究者/キュレーターの草原真知⼦、エンターテインメント部門にゲームクリエイターのさくまあきら、アニメーション部門に声優の野沢雅⼦、マンガ部門にガタケット事務局代表の坂田文彦のブースがそれぞれ設けられた。
功労賞受賞者のスペースでは、その功績に則って関連資料が展示された。草原真知子のガラスケースではこれまでに手掛けられた展覧会カタログや論文等の著作が並ぶ
坂田文彦が代表を務めたガタケットはパネルでその歴史がまとめられた
さくまあきらの手掛けたゲーム作品のパッケージや関連書籍など
メディア芸術振興のためのクリエイター支援と関連事業
文化庁メディア芸術祭で受賞作品や審査委員会推薦作品に選出された作者のうち、国内のクリエイターに対しては創作支援が行われている。そのなかから、7階コンファレンスルーム「天王星」にて、山田哲平『多様性と普遍性をテーマに鼓動を可視化する』、牧野貴『Echoed』、大西拓人『ドローンが来ると、風が吹く』、石川将也『Layers of Light』、Team Yuri Suzuki at Pentagram(代表:スズキユウリ)『難読症の為の音楽:共感覚トイ Colour Chaser 量産プロジェクト』の5作品が展示された。
また、先述のマンガライブラリーの近くでは、メディア芸術海外展開事業、メディア芸術連携基盤等整備推進事業などの文化庁の関連事業もパネルなどで紹介された。
独特な立体感のある映像表示装置『Layers of Light』
文化庁の関連事業
新型コロナウイルス感染症対策として、受賞作品展は事前予約制がとられ、入口での検温実施・手指消毒が行われた。また、人数を制限しながらも会期中にはワークショップやトークセッションも開催され、トークセッションのアーカイブ映像は期間限定(2021年12月24日(金)17:00まで)でスペシャルサイトにて公開されている。
(information)
第24回文化庁メディア芸術祭 受賞作品展
会期:2021年9月23日(木・祝)~10月3日(日)10:00~17:00
会場:日本科学未来館ほか
入場料:無料 ※事前予約制
主催:第24回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
*上記ウェブサイト内の「受賞作品集[電子書籍]」より、受賞作品や審査委員会推薦作品の作品概要・贈賞理由をはじめ、審査講評や過去の受賞作品を一覧にした「24年のあゆみ」を収めた電子書籍「第24回文化庁メディア芸術祭 受賞作品集」が閲覧できる。日本国内に限り、プリント版の購入も受け付けている。
※URLは2021年11月1日にリンクを確認済み