9月23日(木)から10月3日(日)にかけて「第24回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッションなどの関連イベントが行われた。10月3日(日)には、アニメーション部門新人賞『かたのあと』を題材に、バリアフリー映画鑑賞推進団体シティ・ライツ代表の平塚千穂子氏、視覚障がい者モニターの田中正子氏、『かたのあと』作者のふるかわはらももか氏によるワークショップ「アニメーション作品の音声ガイドを作ってみよう」が開催。本稿ではこのワークショップの様子をレポートする。

ワークショップの様子
以下、撮影:畠中彩

私たちは何を見てイメージを膨らませているのだろう

視覚に障がいのある人とも一緒に映画を楽しみたい。その思いで「音声ガイド」の制作やバリアフリー映画館を運営する平塚千穂子氏を講師に迎えたワークショップ。アニメーション部門の新人賞受賞作品『かたのあと』を題材に、映像を言葉で伝える音声ガイドをつくる。作者のふるかわはらももか氏と、視覚障がい者のモニター・田中正子氏を講師に加え、参加者と一緒に『かたのあと』の音声ガイドを考えていった。

左から、バリアフリー映画鑑賞推進団体シティ・ライツ代表の平塚氏、視覚障がい者モニターの田中氏、『かたのあと』作者のふるかわはら氏

音声ガイドの制作に入る前に、「最初に視覚障がい者の疑似体験をしてみましょう」と平塚氏。会場に映像を映さず、音だけで『かたのあと』を鑑賞する。7人のワークショップ参加者のほとんどが初見の作品だ。

音だけを聞いた参加者が、それぞれどんな映像かを予想していく。「登場人物は2人、『えみちゃん』と『私』の話だと思う」「『私』は体に合わない水着をきて『かたのあと』が残った話かな」「黒板にチョークを走らせる音、プールに入る水の音、鳥のさえずりなどの効果音が印象的」「『私』の視点から一人称で語られるので『えみちゃん』がどんな子かわからなくて気になる」など、音だけの作品にとまどいつつも、さまざまな想像を膨らませた。

参加者の率直な意見を織り込みながら進行された

次にスクリーンに映像が投影され、改めて『かたのあと』を見る。音だけではわからなかった作品の表現やストーリーが明かされていく。参加者からは「冒頭で『小さくて』と言っていたから、えみは赤ちゃんだと思っていたが、裸の女性でびっくり」「白地にクレヨンのような絵のタッチが、想像と違った」「2人の関係性が細かに描かれたセクシュアルな印象が強かった」など、意外性や驚きの声が多く出た。

音声のみを聞いたのち、映像も含めて作品を鑑賞

『かたのあと』は、ふるかわはら氏が東京造形大学の在学中に制作した4分間のアニメーション作品。鉛筆で描かれた黒い線に、時折赤やピンクが使われるだけのシンプルな絵で構成される。セリフは少ないが、主人公「私」のモノローグで語られ、友人の「えみ」が夢に出てきたところから物語が始まる。

ふるかわはら氏は制作にあたり「なるべくシンプルに絵だけで伝えることを目指し、セリフや効果音は極力削ぎ落とした」と話し、それだけに「音だけで聞いてもらうとまた違うイメージとして伝わっておもしろい」と、作者としても作品の新たな側面に気づいたことに言及した。

『かたのあと』

見たままを言葉で表現していく

いよいよ、音声ガイドの実践に入っていく。「シンプルだけれどドキドキする作品。その感覚が動いた理由を紐解きながら、ぜひ音声ガイドを考えてください」と平塚氏。音声ガイドを作成するためのワークシートが配られた。

まずは平塚氏が制作した冒頭20秒ほどの音声ガイドを視聴する。お手本を見ながら「セリフに重ねない」「最初に主人公の人物像をなるべく描写する」「ストーリーの伏線になる部分は印象的に語る」など、作成するうえでのコツを聞いた。

音声ガイドのワークシート。冒頭20秒のみ、平塚氏が書いた例が記載されている

「かたのあと」のタイトルバックでは、唇が赤い線に変化し「か」の文字の一部になるが、平塚氏は「重なる唇が赤い線になり、ひらがなの一部になる」とガイドした。「『か』の一部になる」と表現しなかったのは「人により情報のニーズが異なるから」と話す。「視覚障がいがある人といっても、全盲だったり弱視だったり、また生まれつきや中途の人など背景もさまざまです。また見える・見えないにかかわらず、細かく情報を知りたい人も、ざっくり知りたい人もいる。こうした前提のもと、つくってみてください」。実践では、20〜30秒ずつ区切ったシーンを繰り返し流し、それを見ながら音声ガイドを考え、できたものを発表していった。

ワークシートを基に音声ガイドを組み立てていく

常に動き続けるシーンの解説を、セリフの合間に入れていくのは至難の技。「早さに合わせていくのが大変だと思います。説明したいことをまずは書いて、それを削ったり、言い換えたりしてミニマムな表現にしていきます」と平塚氏。

また、効果音を言葉にしたり、セリフを補ったりした参加者の音声ガイドには、「音でわかる情報はガイドに入れない」「登場人物のセリフは加えず、どんな顔をしているかを描写する」など、短い文で映像の情報を伝えるためのポイントが加えられていった。

それぞれが書いた音声ガイドをスクリーンに投影して、発表した

作品の序盤に、主人公が夢から覚めて学校に急ぐ途中、ピンク色の手が画面に現れ、「私」のほおをなでるシーンがあるが、参加者の一人は「私をなでる2つのピンク色の手。夢を思い出し、反芻する」と表現。「ピンク色の手が『頭上から降りてくる』と加えるだけで、主人公が夢を思い出していることが伝わると思います。なるべく解釈は加えず、見えたそのままを言葉にするだけで大丈夫です」と平塚氏のアドバイス。田中氏は「ピンクの手でなでられているときくと、ゾワっとしますね。だんだんと、内容が見えてきましたよ」とコメントした。

「ピンクの手」のシーン

みんなでつくり、みんなで楽しむ音声ガイド

最後に、参加者や講師がワークショップを振り返る。参加者からは「作者の伝えたいことや世界観を、第三者がガイドする難しさがありましたが、その価値観が加わることのおもしろさも感じた」「音声だけで映像の情報を伝えるため、言葉選びの難しさを実感した」などの感想があり、短時間の実践のなかでも、音声ガイドの醍醐味が伝わるワークショップとなった。

田中氏
ふるかわはら氏

ふるかわはら氏は、作者の視点から「ガイドによって、より作品の本質が伝わっていくのだなと思いました」と、音声ガイドが作品に与える影響について感想を語った。そして、「映像っておもしろいなと再確認しました。圧倒される作品でした」と田中氏。同氏のようなモニターが、音声ガイドづくりには欠かせない。平塚氏は「一人では音声ガイドはつくれない」と話す。「音声ガイドにはつい主観が入ってしまいますよね。私自身、力をいれてしまう部分もあります。そのため、田中さんのようなモニターさんに必ずチェックしてもらい、複数の人で検討します。そうして癖をそぎ落としていくことで、いい音声ガイドができるんです」。音声ガイドをつくる過程を通し、一層作品を深く知り、考えるワークショップとなった。

平塚氏。2001年にバリアフリー映画鑑賞推進団体「シティ・ライツ」を立ち上げ、東京・田端にある日本初のバリアフリー映画館・CINEMA Chupki TABATAを運営する
同日、本ワークショップに先立つプログラムでは「音声ガイド・字幕付き作品上映 〜エンターテインメント部門大賞『音楽』〜」の上映がイノベーションホールで行われた。「シティ・ライツ」が制作した音声ガイドとともに『音楽』を鑑賞。上映前には音声ガイド制作の経緯について、平塚氏が解説した
参加者はFMラジオを借り、イヤホンで音声ガイドを聴きながら作品を鑑賞した

(information)
第24回文化庁メディア芸術祭 ワークショップ
アニメーション作品の音声ガイドを作ってみよう
日時:2021年10月3日(日)14:00~16:00
会場:日本科学未来館 7F イノベーションホール
講師:平塚千穂子(バリアフリー映画鑑賞推進団体シティ・ライツ代表)
   ふるかわはらももか(アニメーション部門新人賞『かたのあと』)
   田中正子(視覚障がい者モニター/映画『光』出演)
定員:10名
対象:音声ガイドの作成に興味がある方
主催:第24回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/

※URLは2021年10月20日にリンクを確認済み