9月23日(木)から10月3日(日)にかけて「第24回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッションなどの関連イベントが行われた。10月2日(土)には、『ハゼ馳せる果てるまで』でアニメーション部門ソーシャル・インパクト賞を受賞したWaboku氏、クリエイターの南條沙歩氏、アニメーション部門の審査委員でアニメーションディレクターの水﨑淳平氏、コントリビューターとしてアニメ評論家の藤津亮太氏を迎え、「アニメーション部門ソーシャル・インパクト賞『ハゼ馳せる果てるまで』トークセッション」が開催された。本稿ではこのトークセッションの様子をレポートする。

トークセッションの様子

Wabokuと『ハゼ馳せる果てるまで』MVのインパクト

第24回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門でソーシャル・インパクト賞を受賞した、音楽ユニット「ずっと真夜中でいいのに。」の楽曲「ハゼ馳せる果てるまで」のミュージックビデオ(MV)。アニメーション作家・Waboku氏が手掛けたこのMVは、2019年10月の公開以来、YouTubeをはじめとする動画メディアで数多く再生された。

今回のトークセッションでは、アニメ評論家の藤津亮太氏をコントリビューターに、Waboku氏、MVを多数制作しているクリエイターの南條沙歩氏、アニメーション部門の審査委員でアニメーションディレクターの水﨑淳平氏が、『ハゼ馳せる果てるまで』の制作背景やアニメMVの現在について語り合った。

『ハゼ馳せる果てるまで』より

Waboku氏は2017年にボーカロイドプロデューサーのルワンの楽曲、初音ミクdark「ハイタ」で注目を集めて以降、「ずっと真夜中でいいのに。」による4楽曲など多くのMVを制作してきており、昨今のアニメーションを使ったMVの隆盛に先鞭をつけたといえる存在だ。南條氏もこうしたMVを中心にアニメーションやイラストレーションを提供するクリエイターで、YOASOBIやウォルピスカーターといったミュージシャンのMVを手掛けてきた。水﨑氏はアニメーション制作会社「神風動画」の代表で、枠に囚われない作風や演出でアニメーションの在り方に挑戦し続ける監督でもある。

まず最初に、同作がソーシャル・インパクト賞を受賞した理由について、審査委員を勤める水﨑氏より、次のように解説があった。「一人机に向かって世界観をつくり込んでくる。この世代の牽引をするとともに、新たな音楽ファンの層を掘り起こした点でソーシャル・インパクト賞にふさわしいと考えた。Waboku氏の作品からは、他者への目配せではなく、本当につくりたくてフレームをつくっていることが感じられた」。なお、水﨑氏は学生CGコンテストで審査員を務めた際に、当時本名で活動していたWaboku氏の作品を選んでおり、今回のセッションの前にかつて自分が選んだ作家と同一人物だと知って驚いたそうだ。

南條氏も同作について、同じくMVをつくる立場として次のように評価した。「音楽がもともと持っているメッセージや世界観を仲介して届けるという役割を意識するが、Waboku氏の作品はすべて自分が描きたいように描いていると感じる。カロリーが高いカット、唐突なのにつながりがある流れ、しかも楽曲とケンカをしていない。そこに嫌味のない純粋さや清々しい自由さを感じた」。

さらに「ずっと真夜中でいいのに。」のACAねによる、受賞を祝した音声が会場で公開。ACAねは、Wabokuのつくる色合いやアナログのぬくもり、そして真似したくなるような動きへの好感を語り、楽曲に対する「振付師」のような存在だと祝辞を送った。

Waboku氏は今回の受賞について、アニメMVの文化が勢いを増すなかで、昔から細々とアニメMVをつくってきたことを認めてもらえたことは嬉しいと語った。

いかにしてWabokuはMVをつくるのか

次に、Waboku氏がどのようにMVのアニメーションをつくっていくのかについての解説がなされた。同氏はまず、楽曲を聴いてからミュージシャンに盛り込みたい要素などを聞き、その後は自身で楽曲を解釈しながら、そのアーティストの過去の楽曲や共有するイメージを加えてイメージボードを仕上げていくという。会場では『ハゼ馳せる果てるまで』のキャラクター設定のイメージボードが掲出され、MVのメインキャラクターのデザインが、打ち合わせ時のACAねの着用していた服やたたずまいに影響を受けたことが解説された。曲を聴いて思い浮かんだカットをとにかくイメージボードに描き出したあとは、コンテをつくっていくが、そこも「このカットはこういうことを描きたい」という基準でイメージボードで温めた絵を羅列していくという自由度の高い手法をとるという。並び順なども、画面上で連続的にコンテを並べたビデオコンテから探って詰めていくそうだ。こうした手法について南條氏は、自分のイメージをパズルのように当てはめてMVをつくる手法に新鮮さを感じると述べた。

『ハゼ馳せる果てるまで』メインキャラクターの設定画

19歳のときに初めてアニメーションMVをつくりはじめたWaboku氏。自身がアニメーションをやりたいと思ったのも、MVがつくりたかったからだそうだ。その理由をWaboku氏はカット割りが速く、さまざまなシーンやキャラクターが一挙に出てくる、情報量の密度に魅力を感じていたからだと説明した。また、当時影響を受けた作品として、中澤一登が手掛けたASIAN KUNG-FU GENERATION「新しい世界」のMVを挙げた。ほかにも森本晃司や田中達之など、STUDIO4℃制作の作品に多く携わるアニメーターの世界観に惹かれて、自身の作品の世界観にも影響を与えているという。

南條氏は、現代の日本人が共通して持っているアニミズム的な嗜好や、『AKIRA』(1988年)、『ファイナルファンタジーⅦ』(1997年)等が描いてきた産業と文明の関係、そして浮世絵的な「かぶいている感じ」など、その人がさまざまな作品から摂取してきた要素によって、オリジナルな作品が生まれたことが感じられると指摘。Waboku氏も、その都度自身が魅力を感じているものを吸収してきて、世界観をつくっていると同調した。

また、Waboku氏は同時にユーモアも意識していると述べる。ユーモアがあるからこそ「かっこいい描写」が際立つと言い、どの作品にも入れている要素だとした。

加えて、南條氏は絵の線について、独特の魅力が一貫してあることも指摘。これについては、パースによる遠近の表現が苦手であったっため、線の強弱を使って遠近感の表現を試み続けたところ、自分らしい線ができあがったのではないかと回答した。

さらに、MV中の印象的な振り付けについて、水﨑氏が自身で考えたのかと質問すると、完全に頭のなかで描いたものを絵にしたものだとWaboku氏は説明。アニメだからこそ実現できるダンスの魅力を語った。

Waboku氏

アニメーションMVの魅力と可能性

アニメMVが隆盛する昨今だが、その魅力の源泉はどこにあるのか。水﨑氏は、自身がアニメーションを志した原点として森本晃司によるケン・イシイ「EXTRA」のMVを挙げながら、当時は多くのスタッフが関わるアニメーション制作会社主導のMVがまだ少なかったと述懐。やがて、ツールの進歩などで自身が3人ほどで制作できるようになったこと、さらにWaboku氏のような個人制作も可能になったという歴史を確認し、スタジオではなく個人が見える時代になり、ファンの醸成にもつながっているのではないかと指摘した。

水﨑氏

1989年生まれの南條氏は、自身の世代をニコニコ動画などで個人制作のアニメを見る機会が増え、機材を用意できれば自分たちでアニメをつくることができ、ウェブを中心に発信もできるという確信を強烈に得た世代だと位置づけた。こうした体験がアニメMVを制作する土壌になっているという。

そしてWaboku氏は自身の考えるアニメMVの魅力について、自分の作品が楽曲が世に出たときのイメージをある種固定してしまう存在になるわけで、そこにはプレッシャーもあるしおもしろさもあると述べた。

また、現在Waboku氏はアニメ制作会社のA-1 Picturesとともに、アニメPVを制作するプロジェクト「BATEN KAITOS」を立ち上げている。膨大な人数のチームでものをつくる初めての経験に、作品制作に関わる人ときちんとやり取りすることの重要性を改めて感じているそうで、自身の他者に伝える能力をもっと磨いていければと目標を語った。これに対して自身のアニメ制作会社を持つ水﨑氏は、スタッフとの人間関係をつくる時間と実際にデスクで作業をする時間のバランスをとることが難しいが、そこから得られるものは多いので、人を大事にしながらがんばってほしいとアドバイスをした。いっぽうで水﨑氏は、昨今は時間をかけて個人制作でアニメをつくることの魅力も再確認できており、今後も続けていってほしいとの要望も伝えた。対するWaboku氏も自分の関わる要素をしっかりと見つめながらつくっていきたいと語った。

アニメーションMVの魅力と可能性

最後に、水﨑氏と南條氏がWaboku氏に、これからの活躍に期待するメッセージを伝えた。水﨑氏は数々のMVを手掛けた経験を踏まえて次のように述べた。「MVの制作によって自分の作品世界を詰め込みながら構築するノウハウが蓄積しているはずなので、Waboku氏にはぜひ、MVでの経験を生かしながら、例えば長尺のものなどにもチャレンジしてみてほしい」。南條氏もいちファンとしての視点から次のように語った。「Waboku氏の純粋につくりたかったものの完成形を、MVとは違うかたちで見られると、いちファンとしておもしろい。加えて、自身の経験を次世代に発信していくタイプのクリエイターであってほしい」。

南篠氏

こうしたエールを受けたWaboku氏は、キャリアを積みながら、今後はぜひ長いストーリーのものも手掛け、いずれは映画をつくりたいと今後の展望について語り、いつか、森本晃司が監督を務めた『永久家族』(1997年)のような作品がつくりたいと締めた。

現在のアニメーションのトレンドとして、欠かすことのできない存在となったアニメMV。Wabokuをはじめ現場に携わってきた3人による、今後の活躍も期待させる密度の濃いトークセッションとなった。


(information)
第24回文化庁メディア芸術祭
「アニメーション部門ソーシャル・インパクト賞『ハゼ馳せる果てるまで』トークセッション」
配信日時:2021年10月26日(火)18:00~
登壇者:Waboku(アニメーション部門ソーシャル・インパクト賞『ハゼ馳せる果てるまで』)
    南條沙歩(クリエイター)
    水﨑淳平(アニメーション部門審査委員/アニメーションディレクター)
    藤津亮太(アニメ評論家)
主催:第24回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※トークセッションは、特設サイト(https://www.online24th.j-mediaarts.jp/)にて配信後、12月24日(金)17:00まで公開

※URLは2021年11月18日にリンクを確認済み