9月23日(木)から10月3日(日)にかけて「第24回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッションなどの関連イベントが行われた。10月2日(土)には、第24回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員/マンガ家の西炯子氏、倉田よしみ氏、マンガ家のさそうあきら氏によるワークショップ「マンガ家の先生によるマンガの描き方講座」が開催。本稿ではこのワークショップの様子をレポートする。

西氏が描いた「ハンバーガーを食べる少年」と少女マンガの「目」。会場ではマンガ家の講師が実際に絵を描く様子が伝えられた
以下、撮影:畠中彩

マンガ家になったきっかけと3つの絵のテーマ

ワークショップは二部構成で行われた。第一部は「講師たちがマンガ家になったきっかけ」についてのトークと、3つのテーマに対しての実演、第二部では「マンガのアイデアはどこから?」「ネーム」「キャラクター」などをトピックとしたトークが展開された。

初めに、自身もマンガ家であるモデレーターのさそうあきら氏の司会のもと、講師の倉田よしみ氏と西炯子氏が紹介され、それぞれがマンガ家になったきっかけを語った。マンガ家としてデビューしつつも公務員として働いていたが、ある時マンガ家に専念することを選んだという西氏は「お金を稼ぐことを考えてこの道に入ったので、夢とか憧れを抱いていたわけじゃない」、一方の倉田氏は「マンガが描けていれば幸せ、お金がいらないと思っていた。高校卒業してすぐちばてつや先生のアシスタントになった」と対照的なエピソード。

その後、出されたテーマに沿って講師が絵を描いていった。ステージ上のスクリーンでは、その手元がアップで映し出される。ひとつ目のテーマは「食べている人物」で、制限時間は10分。素早く動く2人のペン先からは、どんどん人物の姿が描き出されていく。描きながら「『おいしそうだな』と思いながら描いて、見ている人にも『おいしそうだな』と思ってもらいたい」「食事のシーンは登場人物の内面にも直結する。どのような教育を受けてきたかなど、情報量が多い」などとマンガ家ならではの視点を語る。

描き始める倉田氏と西氏、解説するさそう氏
倉田氏が描いた「とんかつを食べる少年」

続いてのテーマは、マンガを描くうえでも重要な「背景」。枠線も背景もフリーハンドでアシスタントさんに描いてもらっているという西氏に対して、倉田氏は「『味いちもんめ』(1986~1999年)は編集部から『板場は清潔感が大事だからシャープな線がいいんじゃないか』と言われて定規を使うようになった。少女マンガは白い空間が得意ですけど、僕は白い空間を残すのが苦手で背景を描いた方が楽。人物の位置関係がわかるし」と話した。さそう氏から「人物の距離感を描くのは難しい」とコメントが入ると、倉田氏はさらさらと空間のパースを描き「床とかタイルであれば、パースは立方体の集まりなので描けるようになると思う。パースに沿うように、テーブルがあればテーブルを描いて……描けば描くほど、どんな部屋でも、空間でも描けるようになる」とリアルタイムで部屋を描き出し、登壇者・来場者双方から感嘆のため息が漏れた。

倉田氏が描き出す背景の基となったパース

第一部最後のテーマは「色気」。これについて倉田氏は「すごく苦手」と話しながら、酒器に触れる女性の細く官能的な手を描いた。「色気とか関係なく、ちょっとした仕草で女性らしさが出るように」描くそうで、なかでも一番大切にしているのは「わかりやすさ」だと語る。一方の西氏は映画監督・伊丹十三の著作内で紹介されていた一節を紹介。「伊丹監督は本を読んでいて、男女の違いは『女性の骨格は男性に比べて曲がりが強い』ということを学んだそうで、『なるほど!』と思った。女性は男性に比べて小さいから、骨格の曲がりが強いということを意識しているように思う」と話すと、大学で教鞭を取ったさそう氏が「クロッキーの授業を担当した先生が、学生に骨のレプリカを触らせていた。実際に骨が曲がっていることがわかる」とコメント。西氏は手と足を描き「体の末端に色気があると考えている。性的なメッセージを身体に込めるように」と女性の色気について見解を語った。

西氏が描いた「色気のある手、女性の足、日本人のうなじ」

アイデアの源泉と個性的なキャラクターを生む秘訣

休憩をはさみ、第二部へ。最初のトークのテーマ「アイデアはどこから出てくるのか」。倉田氏は「担当編集者と相談しながらアイデアと簡単なプロットを出す」一方、『味いちもんめ』では原作者・あべ善太氏の取材が基になったという。あべ氏の弟が板前だったため、作品にリアリティが生まれたのだ。対照的に西氏は「マンガ家になってから20年くらい担当がつかず、マンガのアイデアを出すためにひたすら自分のことを掘るしかなかった」と話す。20年一人で描き続けた後、初めて担当編集者をつけてほしいと出版社へ依頼し、そうしてできたのがヒット作『娚の一生』(2008~2010年)だという。

続いてのテーマ「ネーム」では、登壇者それぞれが持ち寄ったネームが示された。倉田氏はネームの前の段階でラフを描き、セリフだけのネームを作成する。セリフだけで読んでも話がわかりやすい内容を心がけており、プロットをベースにセリフを考え、登場人物それぞれの言葉遣いにも気を遣う。西氏は、担当編集者との打ち合わせ後に、担当がまとめたプロットを基にページをふり、ノートに細かく文章でその描写を記述。続いてB4の上質紙に見開きで文字だけのコマ割りをつくり、そのあとに絵を乗せていく。この時点で人物の描写やその感情などそのページで描かなければいけないことを記しておくという。さそう氏はA4のコピー用紙でネームを作成。脚本をノートに書いて必要なコマ数を割り出し、指定されたページ数に収まるように調整すると、大体1ページあたり6コマになる。また、担当編集者に見せる際には、ネームの段階で登場人物の表情など「描きたいもの」をしっかりと伝えないといけないとも話した。

倉田氏のネーム。セリフとコマ割りが書かれている
西氏のノート。プロットを基にページ数とそこに描く描写を記述

さそう氏のネーム。脚本をベースにページ数とコマ数を割り出して描く

続いて出されたテーマは「どのようにしたら個性的なキャラクターを描けるのか」。この問いに対して倉田氏は「勉強が大事。人の話を聞くのが一番の勉強かなと思う」と切り出し、若い頃は知らないことが多く生み出せる個性が少ないため、あらゆるものから吸収してなくてはいけないと語った。

西氏は「作中のどこかに自分のアバターがいると思う。作家によってはそれが主人公のこともあるし、脇役もある」とし、「自分と関わったときにどうおもしろいかなと考えてキャラクターを置いている」と明かした。さそう氏から「エピソードは人間の関係性を描かないといけないから、そのような考え方は大事」とコメントが入ると、西氏は「物語はAがAじゃないものに変わるということだと思う。変化しているということが物語の基本の構造であり鉄則。読んでいくとAのままから変わってないというものも、もちろんある。Aの状態をまず描く、そこにいろいろな人が絡まってきた結果、A′やBへと変わるんだと。物語を動かすために人物がいる」と返し、「絵は描かないとうまくならない。人と接触を持つ、関心を持つしかバリエーションは広げられない」と力を込めて語った。

それに対しさそう氏は「フィクションは価値観の違いを描くことかなと思う。いくら自分の価値観を掘っても描けないものは描けない。だから勉強しないといけない」と話し、登壇者全員が「勉強をすること、人に関心を持つこと」の重要性をに同意していた。

次に話題は「取材の有無」へ。倉田氏の取材は主に料理についてであり、フードコーディネーターから送られてくる料理の写真を基にスタッフが描いているとのこと。西氏は物語の最初の着想から掲載が決まるタイミングで大枠のロケーションを決め、写真を撮影したり取材をしたりするという。さそう氏は「マンガは、読者にとって新しい情報が必要」と考えており、そのためにはしっかりした取材をして、自分が経験することによってリアリティが生まれると語った。

『味いちもんめ』より、フードコーディネーターがつくった料理を基に描写されたコマを含む原画

続けてさそう氏から「プロになれるかどうかって、その人の引き出しの差かなって。興味の幅を広げるにはどうしたらいいか」とふられると、倉田氏は「物語は人間ドラマ。たくさんの人間のキャラクターを自分の中に取り込んでいけたらなと思う。それをいかに短い時間に若い人は溜めていけるか。マンガを描いているだけではなくて、テレビを見たり人に会ったり」と語った。それに対しさそう氏も「自分の体験はベースになる。ネットでいろいろなことが調べられるけど、体験が大事」と応えた。

この後、質疑応答を経て2時間半のワークショップは終了。来場者たちは熱心に聞き入りながらメモをとり、スライド上に映された講師たちのテクニックを撮影するなど静かな熱気に包まれていた。

左から、講師の倉田氏、モデレーターのさそう氏、講師の西氏

(information)
第24回文化庁メディア芸術祭 ワークショップ
「マンガ家の先生によるマンガの描き方講座」
日時:2021年10月2日(土)14:00~16:30
会場:日本科学未来館 7F イノベーションホール
講師:倉田よしみ(マンガ部門審査委員/マンガ家/大手前大学教授)
   西炯子(マンガ部門審査委員/マンガ家)
モデレーター:さそうあきら(マンガ家)
定員:20名
対象:将来マンガ家を志望している方、マンガ家の創作風景を知りたい方
主催:第24回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/

※URLは2021年10月20日にリンクを確認済み