2022年9月16日(金)から26日(月)にかけて「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッション、ワークショップなどの関連イベントが行われた。9月17日(土)には、池袋HUMAXシネマズにて、アニメーション部門大賞の『The Fourth Wall』、優秀賞の『幾多の北』を上映後、作者のMahboobeh KALAEE氏(アニメーション部門大賞『The Fourth Wall』)、山村浩二氏(アニメーション部門優秀賞『幾多の北』)、司会として藤津亮太氏(アニメ評論家/アニメーション部門審査委員)を迎え、「アニメーション部門大賞『The Fourth Wall』/優秀賞『幾多の北』トークセッション」が開催された。本稿ではその様子をレポートする。
左から、藤津氏、KALAEE氏、山村氏
以下、撮影:櫛引典久
『幾多の北』はいかにつくられたか
トークセッションは前半を山村浩二氏、後半をMahboobeh KALAEE氏から話を聞くかたちで進行した。
『幾多の北』について、審査委員を務めた藤津亮太氏は次のように評している。「無意識の領域が、語り手の内面ではなく、「断片」を通じて世界のあり方を示した場所になっている。描かれる「断片」も最初は「風刺」とも思えるほど具体的だが次第に抽象度を増していく。そして一番深いところで世界は「語り手」とも結びついていることが語られる。寂寥感や不穏な空気を感じさせる画面だが、同時にユーモラスでどこか懐かしい雰囲気も漂う。主題のスケールの大きさと、このような表現の厚みは長編だからこそ到達できたものだ」。
『幾多の北』
©︎ Yamamura Animation / Miyu Productions
まず、山村氏は受賞の感想を藤津氏から尋ねられ、「作品を初めて見た人の半分くらいはポカンとしてしまうかと心配していたし、どれくらい伝わる作品なのか不安があったが、こうして賞をもらえたことは嬉しかった」と語った。
『幾多の北』はもともと文芸誌の「文學界」の表紙として2012年から14年にかけて描かれたイラストから始まった作品だ。構想段階の物語の断片を毎号の表紙絵と、絵についての短い言葉を添え、提示するというかたちで進んでいったこの企画は、そのテキストを再構成することでシナリオができあがっていったという。当時は短編作品として構想していたそうだが、章ごとに組み立てたところで短編では収まらないことがわかり、長編へと計画を変更したそうだ。シンプルに見える短編においても多層的な意味を込めることを意識し続けてきたので、本作もそれを引き継いでいると山村氏は述べた。
藤津氏は「主人公格ともいえる2人の登場人物が途中の出番がなくなり、異なった位相に物語が移行したように思えたが、再び戻ってきたあとにまた新たなイメージが展開するという構成が印象的だった」とコメント。山村氏はフランスの映画監督、ジャック・タチの『プレイタイム』(1967年)を例に挙げながら、つながりのないエピソードに散りばめられたさまざまな登場人物を観客が能動的に関連づけていく「映画の民主化」的な手法を探りたかったと話す。結果的にオムニバスのように各エピソードが閉じたものは選択されず、一体として構成しようとした意図が際立つ作品となった。
山村氏
東日本大震災を経て
藤津氏の質問は作中で多く見られる「宙吊り」の描写に及んだ。山村氏はこの「宙吊り」について次のように語った。「「文學界」の表紙連載は2011年の東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故を念頭に置いていた。災害によって人々の生活が切断され、宙吊りになるということを実感を持って捉えていたので、その不安感や閉塞感を作品で描きたいという思いが固まってきた」。「北」というキーワードも震災を想起させる地理的な意味を込めているが、同時に世界中の人々の精神のなかにある「北」を複数形で表すことで普遍性を持たせたという。
いっぽうで、これまでの山村監督作品と同様に作中にはユーモアも込められている。人間たちがしていることの滑稽さや、それに対する冷めた視線などがそこにつながっているのではないかと山村氏は語った。
藤津氏
また藤津氏は山村作品の「言葉」について「容易に尻尾をつかませない温度感で書かれている」と指摘した。山村氏はこれについて小説家、フランツ・カフカの影響から、一瞬考えて立ち止まってしまうような言葉に惹かれるという。「今回の作品も言葉から発想した部分もあり、また絵を描き進めていくなかで言葉にヒントを求めたところもある」と回答。藤津氏はつながりを探りたくなる言葉からは、見る側に能動性を求める山村氏の思想を感じると語り、対して山村氏もロジックではなく感覚や感情と紐づく言葉をフックに、見る人それぞれにとって意味がある映像になればと述べた。
作品の構成について藤津氏が尋ねると、山村氏は次のように答えた。「物語の締め方は連載中に決まっていたので迷いが少なかったが、始まりについては未だに正解だったかはわからない」。そして本作を見た人々に向けて「おそらく一度では理解してもらえない作品ではあるので、ぜひもう一度見てもらえると嬉しい」と話した。
現在、長編を2本構想しているのと、短編2本を制作中、さらにVR作品も手掛けているという山村氏。『幾多の北』も「何かしらのかたちで今後広く公開できればと思うので楽しみにしてほしい」と締めくくった。
『The Fourth Wall』はいかにつくられたか
後半はMahboobeh KALAEE氏に話を聞くパートとなった。審査委員の権藤俊司氏は受賞作『The Fourth Wall』を次のように評している。「立体素材と平面素材が融合した、視覚の刺激に満ちあふれた作品である。壁面を2Dアニメーションが展開する場として活用する手法自体は必ずしも珍しくないが、手持ちカメラで撮影したと思しき流動的なカメラワークとの連動は見事の一語。全体を貫くライブ感、とりわけ回転のモチーフ(カメラ自体の回転と洗濯機の水槽の回転)による運動性は印象深く、見る者を眩暈のような映像体験に巻き込んでいく力がある」。
『The Fourth Wall』
まず藤津氏は、受賞作のタイトルである「The Fourth Wall」についてKALAEE氏に尋ねた。同氏は同タイトルに決めた経緯について、作中の少年を取り囲む四方の壁が少年の探し求めている自身の夢が投影される対象であるという本作の内容と、本作で採用された特異な技法とを踏まえたものであると明かした。また、実際の制作にあたっては、実験的な手法と物語の構成の両立に苦心しながら、「つくっていく過程で新しい発見をしてそれを取り入れていった。カメラでコマ撮りをしながら、おもしろそうなことをやってみて、採用するカットを決めていった」そうだ。
KALAEE氏は限られた予算と機材で、自身の体も含めて持っているものすべてを動員したという。作品の舞台が台所になった理由も、スタジオを持っていないなかで舞台にできる場所として目をつけたという。洗濯機と母親の役割の類似性などを加味しながら、物語に取り入れる要素を選択していったそうだ。
身の回りのものがつくった作品
主人公の少年についてKALAEE氏は次のように語る。「さまざまな技術を実験的に試すなかで、そういった実験が子どもならではの視点に結びつくと感じた。台所に子どもたちを呼んで彼らと話したり、彼らならではの視点についてブレインストーミングをしたりした。母親と父親のあいだに位置する少年の目から見た正面の壁に少年の心情が投影されている。作中の存在はすべて男の子の夢のなか、すべてが彼のイマジネーションだ。垣根がなく、規則もなく、好きなものが好きなようにつながる、そういった夢の世界を表現した」。
セットが割れて実在の台所が出てくる本作の衝撃的なラストシーン。KALAEE氏はこのラストの狙いを次のように説明した。「もともとラストシーンは決まっておらず、いくつかの候補があった。7割方をつくり終えたとき、最終的に現実の台所を見せるべきだと思うようになった。現実の台所とは自分が制作にあたって何度も試行錯誤を重ねた場所だ。本作にはイマジネーションの世界と、壁が飛んでいった自由な世界があるが、そこに加えてラストシーンで第3の世界として、自分が実験を続けてきた現実の台所も見せるべきだと確信するようになった」。
KALAEE氏
KALAEE氏が次回作として準備している長編についても話が及び、同作についてKALAEE氏は次のように語った。「1作目を完成させてさまざまな経験を得ることができたので、それを活かして90分ほどの長編をつくりたいと思っている。予算も時間も大変なものになるとは思うが、挑戦していきたい。将来のアイデアを書き出し、それを見ることが自分に活力を与えてくれる。現時点ではまだ制作に取りかかっていないが、とても楽しみだ」。
最後にKALAEE氏は観客に向けて次のようなメッセージを送った。「私自身はアイデアを自分自身の生活や経験、身の回りの出来事に求めている。もしみなさんが映画をつくろうと思ったのなら、まずは自分の生活に目を向けてみてはいかがだろうか。さまざまな芸術を生み出す土台は、みなさんのなかにある」。
日本を代表するアニメーション作家である山村氏と、衝撃的なデビュー作をもって新星として現れたKALAEE氏。2人の作品についての語りを通して、アニメーションの持つ豊かさを感じられるトークセッションとなった。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
アニメーション部門大賞『The Fourth Wall』/優秀賞『幾多の北』トークセッション
日時:2022年9月17日(土) 15:00~16:00
※13:30~14:45に2作品の上映会を開催
会場:池袋HUMAXシネマズ
登壇者:Mahboobeh KALAEE(アニメーション部門大賞『The Fourth Wall』)
山村浩二(アニメーション部門優秀賞『幾多の北』)
藤津亮太(アニメ評論家/アニメーション部門審査委員)
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※トークセッションの模様は、後日上記公式サイト内(https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/)でも配信された
※URLは2022年11月15日にリンクを確認済み
あわせて読みたい記事
- 「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」レポート(3)アニメーション部門2022年12月2日 更新