2022年9月16日(金)から26日(月)にかけて「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッション、ワークショップなどの関連イベントが行われた。公式サイトでは、『ゴールデンラズベリー』でマンガ部門大賞を受賞した持田あき氏(マンガ家)、本作連載担当の松永朋子氏(編集者/株式会社シュークリーム)、マンガ部門で審査委員を務めたおざわゆき氏(マンガ家)、司会として豊田夢太郎氏(漫画編集者/マンガ部門選考委員)を迎え、「マンガ部門大賞『ゴールデンラズベリー』トークセッション」が配信された。本稿ではその様子をレポートする。

左から、豊田氏、持田氏、松永氏、おざわ氏

女性マンガのジャンルを押し上げる作品

持田あき氏による『ゴールデンラズベリー』は、「フィール・ヤング」(祥伝社)にて2020年より連載されている。転職24回目の芸能事務所マネージャー・北方啓介が、下町で会社員をしていた吉川塁をスカウト。学歴、能力ともにハイスペックながら仕事が続かない啓介と、男にモテるが恋愛が続かない塁。どこか世間と噛み合わない2人が成功を目指し奔走する姿を描く作品だ。本トークセッションでは、本作の魅力をはじめ、制作の裏話から女性マンガの未来についてまで、さまざまな議論が展開された。

持田氏は受賞の一報を聞いたときの感想を問われ、「まずはただただ驚きました。もちろん光栄で嬉しく思うと同時に、担当編集の松永朋子さんにも贈られた賞だなとも思いました。それまで作品のターゲット層がもう少し下の少女たちだった私を「フィール・ヤング」に招いていただき、初めてのフィールドで何ができるかわからないときから励ましや助言をいただき、それこそ啓介が塁を口説くように熱心に口説いていただきました(笑)。そういう意味でも大変嬉しさを感じています」と答え、受賞の喜びとともに、松永氏へ感謝の思いを語った。

持田氏

ここで豊田夢太郎氏から、今年度のマンガ部門審査委員を務めたおざわゆき氏に、作品選考当時の状況や議論について質問が向けられ、おざわ氏は「本作はクオリティとして文句なしで、もちろん私だけではなくほかの審査委員たちからも非常に高評価を受けていました。最終的に大賞作品の絞り込みに慎重な議論を重ねるなか、私が本作の切り口の新鮮さに触れ、女性マンガのジャンルがこの注目作によって表舞台に立つのは意義の大きいことであるというお話をし、作品としての評価も高かったことから、最終的に満場一致で選ばせていただきました」と答えた。自身も選考委員の一人だった豊田氏からも、選考時の回想と、皆の最終的な納得の結果であったことが補足された。

豊田氏

「読む者の心を射抜く」――描かれる瞳の力強さ

ここからは本作の魅力について、多角的な掘り下げが行われた。まず作画の面から、豊田氏はおざわ氏が執筆した本作贈賞理由から「ヒロイン吉川塁の、達観したようなそれでいて真摯な瞳は読む者の心を射抜く。」を抜粋し、とりわけ、緻密でいながらキレのあるペンタッチで表現される瞳の力強さに触れた。

『ゴールデンラズベリー』より
©︎ Aki Mochida / Shodensha FEEL comics

持田氏は、「私が一緒に仕事をしているアシスタントなど、周囲には年下の女性が多いんですが、年齢も経験もまだまだこれからなはずの彼女たちのなかに、何だかこの子怖いな、と思う眼差しの人がいます。一見静かにマンガを描いているようでいて、外に出さない情熱を紙に殴り描くような……。そういう人を見るとワクワクしますし、何なら心のなかでちょっと惚れているんですね(笑)。年齢、性別に関わらず真剣な目というのは怖いし、怖いと同時に、その魅力に敬服して飲み込まれそうになる。塁のようなキャラクターを描くときは、そういう人に出会ったときの気持ちを思い出して、見る人が惹きつけられる表情にしたいと思って描いています」と語った。続けておざわ氏が「私自身の作品では、キャラクターの描き方はある程度説明的というか、読者の皆さんが追いやすいような仕草を心がけて描いていますが、持田さんはもう完璧に見せる絵柄で、決め絵が素晴らしい。また先ほど豊田さんも言われたように、本作は、塁の目力の描写から、おのずと彼女自身の人としての力強さが伝わり、読む側が引き込まれ、魅了される。絵の力をまざまざと見せつけられる作品です」と所感を述べた。

「語り手が男性、考えの読めないヒロイン」という設定

話題は、本作のもうひとつの魅力である設定へと移行。啓介を主人公および語り手とし、そのモノローグによって物語が進行する一方で、ヒロインの塁は徹底的に啓介から見た姿として描かれ、塁自身の心象は語られない。それゆえに前項で取り上げられた塁の力強い瞳、そして大胆な行動やセリフを、読者は啓介の目線で受け止め、より主人公の心情にコミットして塁への思い入れを強めるという構造が、豊田氏から解説された。そのうえで「女性マンガで男性を語り手とする設定は勇気のいる選択だったのではないか」という問いに、松永氏が答える。「舞台を芸能界にするということ以前に、持田先生から『男の人が主人公というのはだめですか』と、まずそこを相談されたことが印象深いです。私自身想像がつかなかったこともあり、勝算もありませんでした。ただ、女性マンガにおいて男性視点で描くということは珍しく、おもしろそうだと思い、あとはもう先生のポテンシャルに賭けようという気持ちで進めることになりました」と構想当時を振り返った。

松永氏

着想の段階で、すでに啓介視点で描くことを考えていたのかという問いに対し、持田氏は「そうだったと思います。塁については、容易にわかり切ることができないミステリアスな魅力があって、いつしか彼女が考えていることを追いかけたくなるようなキャラクターにしたかった。だったら主人公は女性よりも男性にしたほうが、読者が一緒に塁を追いかけていく気持ちに持っていけると思いました」と語った。

従来の男女の立ち位置を乗り越えた、新しいバディ像

従来の女性マンガと性別が逆転した設定という話題から、豊田氏が再びおざわ氏の贈賞理由より「従来のジェンダーの役割を超えたところでの恋愛の新しい形を提示してくれる」の一文を抜き出し、本作をジェンダーの観点から捉え直したとき、どういう見方ができ、何が見出せるのかをおざわ氏に訊ねた。おざわ氏は「塁というキャラクターは、これまで女性に求められてきた役割、恋愛において女性のあるべきとされてきた立ち位置といったものを、やすやすと乗り越えた新しいタイプの女性像として描かれています。性別以前に、輪郭のくっきりした一個の人間として存在している。だからこそ、女性が読んで爽快な気持ちになれる。そういう意味で『従来のジェンダーの役割を超えた』という表現をさせていただきました。また、啓介と塁の関係は、恋愛の感情はありながら、マネージャーと女優という仕事の相棒である点も非常に特異。今後も新しいバディ像として進んでいってほしいです」と述べた。

続けて持田氏も「確かに啓介が塁に惹かれる理由は、彼自身が仕事に熱中していて、自分の立ち位置を忘れているという点も大きいです。新人女優を教えるマネージャーだからとか、男だからといったことを全部忘れて、君はすごいよと尊敬の念をぶつけて、いい相棒として塁とやっていこうとしている。そこで2人が切磋琢磨して睨み合っている姿が色気として感じられるといいなと思って描いています」と述べ、本作が恋愛マンガの枠にとどまらない、人間の個としての存在を描く作品でもある点が改めて示された。

続けて松永氏が「これまでの多くの女性マンガの主人公は女性や少女で、読者は彼女に共感や感情移入をしながら読んできました。かっこいい男性キャラが出てきてもその内面は語られず、主人公の女性が、彼は何を考えているのかわからないと心を悩ませる。ところが本作は主人公が男性で、視点はその男性のものであり、ヒロインのモノローグが一切ない。そして回を重ねるごとにSNSに上がってきた読者の感想は、『塁かっこいい、男前』『啓介応援したくなる、頑張れ』というものが圧倒的でした。あらゆる面で従来の女性マンガにおける男女の逆転現象が起こった、今までの私の凝り固まっていた女性マンガのジェンダー観を打ち破ってくれる作品にもなりました」と述べた。

『ゴールデンラズベリー』より
©︎ Aki Mochida / Shodensha FEEL comics

恋愛の話を照れずに描く――作家としての転機

高校1年生だった2000年に「りぼん」(集英社)でプロデビューし、今年マンガ家生活23年を迎える持田氏。その間には創作の方向性に悩むこともあったという。「「りぼん」のメインターゲットは小学生から中学生の女児、少女で、よい意味で恋愛に対する純粋で絶対的なテーゼがある雑誌でした。でも私自身は学生時代から奥手で、恋バナも得意ではなく、恋愛の話を上手に描けないことにコンプレックスを感じていました」と話す持田氏の転機は20代半ば、病に倒れた父を、母とともに介護していたときに訪れた。

「晩年の父は薬の影響で、自分はもちろん母のことも誰だかわからなくなっていたんですが、ある日ちょっと一息ついたときに、父が母に『きれいな人ですね。僕と結婚してくれませんか』と急に言って、母が非常に喜んだんですね。それに私はショックを受けて。このときの父の言葉が『親切な人ですね』とか『優しくしてくれてありがとう』だったら、そこまで母は喜ばなかったし、私も胸を打たれなかった。女性が自分の好きな人から『きれいですね』『好きです』と言われることのパワーを全然わかってなかった、こんなわかっていない気持ちで少女マンガを描いていたんだと。そこからは、もう失敗してもいいから、照れないで思いっきり少女マンガを描こうと思うようになりました。愛されるって幸せだということや、好きな人に向かって行く気持ちを隠さないで描こうと。そこから自分でも作風が変わったのを覚えています」と、当時の出来事を詳細に振り返った。

今後予想される女性マンガの形とは

トークセッションも終盤となり、本作が女性マンガの新たな地平を拓いた作品であることが再確認されたのち、今後予想される女性マンガの形について各登壇者から見解が述べられた。

おざわ氏は「今の女性マンガはメインとしては人間ドラマや会話劇、恋愛のありようといったものが多く、名作もたくさんあって、いいジャンルだと思いますが、今後はそこを出発点として、さらに広がりがある展開をしていってもいいのではないかと思いますし、そういうものを読んでみたいです」と述べた。

おざわ氏

松永氏は「今の女性マンガの主人公の年齢は20代、30代ぐらいがマジョリティーですが、幼い頃からマンガに慣れ親しんだ世代はもう50代、60代に差しかかっている。日々読者の年齢層が上のほうに拡大されていることを肌で感じています。そのなかで、若い主人公に過去の自分を重ねるのも素敵ですが、例えばおざわ先生の『傘寿まり子』(2016〜2021年)のように、自分より年上の主人公を見て、私にもまだこれから楽しいことが待っている、年を取るのが楽しみだなとポジティブな未来を思い描けるような作品が増えていくといいなと思います」と語った。

最後に持田氏が「私は少女マンガ・女性マンガについて、少女が読めば特別な女性になれるし、自立した大人の女性が読めばただの女の子に戻れる、そういう魔法の力があると信じています。年齢に関係なく、いつまでもそういう作品を描いていきたいですし、必要とされる女性像は今後も変わっていくであろうなかで、いつの時代も等身大の魅力的なキャラクターを紹介していけたらなと思っています」と結んだ。

爽快で疾走感あふれるストーリー展開、心を揺さぶる数々のセリフで読者を魅了し続けている本作。持田氏によれば、ラストシーンの「絵」はすでに決まっており、そこへ向かう道筋を見据えて描き続けられているという。主人公の2人がそこをどのように進んでいくのか、今後も目が離せない。


(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
マンガ部門大賞『ゴールデンラズベリー』トークセッション
配信URL:https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/
登壇者:持田あき(マンガ家/マンガ部門大賞『ゴールデンラズベリー』)
    松永朋子(編集者/株式会社シュークリーム)
    おざわゆき(マンガ家/マンガ部門審査委員)
    豊田夢太郎(漫画編集者/マンガ部門選考委員)
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/

※URLは2022年11月9日にリンクを確認済み