2022年9月16日(金)から26日(月)にかけて「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはトークセッション、ワークショップなどの関連イベントが行われた。公式サイトでは、『新宿東口の猫』でエンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞を受賞した山本信一氏(クリエイティブディレクター/メディアアーティスト)、青山寛和氏(オムニバス・ジャパンCG Supervisor)、大野哲二氏(音楽家)、エンターテインメント部門審査委員のえぐちりか氏(アートディレクター/アーティスト)、司会として小西利行氏(POOL INC. FOUNDER/クリエイティブ・ディレクター/コピーライター/エンターテインメント部門審査委員)を迎え、「エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『新宿東口の猫』トークセッション」が配信された。本稿ではその様子をレポートする。
左から、小西氏、青山氏、山本氏、大野氏、えぐち氏
猫好きだからこそのバランスと存在感
日本初の大型街頭映像装置として1980年代から人々の注目を集め、東京・新宿駅東口のシンボルともなっていた新宿アルタビルの大型ビジョン。2021年、その大型ビジョンと同じ高さに新たに据えられた縦8.16m×横18.96mの4K相当のサイネージ「クロス新宿ビジョン」に、巨大な猫が住み着いているらしい。「3D巨大猫」と呼ばれ、新宿東口広場に集った人々が見上げることになったのが、エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞を受賞した大型ビジョンコンテンツ『新宿東口の猫』だ。その開発を担当した山本信一、青山寛和、大野哲二の三氏に対して、同部門の審査委員を務めた小西利行、えぐちりか両氏から、さまざまな質問が投げかけられた。
『新宿東口の猫』を見上げる人々
まず挙がったのが、なぜ猫だったのか?という問い。山本氏は従前より新宿区主催の「新宿クリエイターズ・フェスタ」に参加し、新宿各所の街頭ビジョンを使ったメディアアート作品を発表していたが、それらがあまり人々に注目されていない状況にジレンマを抱えていた。そもそも猫が大好きだという山本氏は、「こういう街頭ビジョンに突然猫が映り込んできたら、みんな見上げるだろうな」と、2014年頃から漠然と考えていたのだという。また、2019年にパリのラ・ヴィレットで開催された「MANGA⇔TOKYO」展に関わった際、八百万の神々やアニミズムにも通じる、日本人が根源的に持っているキャラクターに対する不思議な愛情について気づかされたと語る。これらの想いがクロス新宿ビジョンの映像コンペに参加する際に検討していた案のひとつ、「Street Cat―つねにゴロゴロしながらストリートを眺めている」に結びついた。アメリカの3Dアニメーションのようなキャラクター造形の強いものではなく、本当にありふれた「素の猫」がそこでゴロゴロしているだけ……という猫好きだからこその感覚を大切にし、それを貫いた。当初はクールでリアルな3D映像が続くなかのアイスブレイクのつもりで考えたアイデアだったが、いつの間にかプランの柱となっていったと述べる。
「SNSでの猫の人気を見て、その話題喚起力や映えに便乗した発想から生まれたものだと、キャラクター感を強めすぎたり、リアリティを追及しすぎたりしていたかもしれない。しかし、『新宿東口の猫』は、本物の猫好きならではの感覚と発想に基づいているからこそ、あの絶妙な存在感・実在感のバランスが成立しているんだとわかったのはひとつの発見でした」と評したのはえぐち氏。「猫という題材はあまりにポピュラーかつキャッチーなので、安易に猫のかわいさに逃げてないか? などと指摘されそうな怖さはなかったか?」との小西氏の質問にも、「ありません。好きなものを何の迷いもなく乗っけただけ……」と飄々と語る山本氏の徹底した猫好きっぷりが清々しい。
山本氏
小西氏
「こうした錯視3Dを利用した映像コンテンツの制作は海外で先行しているが、ほとんどが硬派にリアリティを追及して驚きを喚起するもの。その流れに乗るだけではマイナーチェンジの域を出ない。僕らクリエイターとしては、そこに陥ることに対してもっとも慎重になるべきであり、猫くらい大胆なシフトチェンジが必要だった。僕自身、錯視3Dのサプライズ的な使い方があまり好きではありません。飛び出た! という驚きがある時点でひとつ気持ちが終わってしまうのではないかと。期待から裏切りへと移行する起承転結的な展開ではない方向を模索するほうが新しいものができると考えていました。なので、錯視3Dというのは私にとっては目的というより制作条件のひとつでしかなく、ビジョンの中に猫が住んでいるような感覚をつくり上げることを一番重視していました。今回の贈賞理由では、そこを汲んでいただいたので嬉しかったですね」と山本氏は話す。
広告やCGを超えたランドマークに
その猫が住んでいるような感覚をつくり出すため、CG制作を担当した青山氏にはとんでもないタスクが来たという。「最後の1時間は猫を出し続けたい……というオーダーがありまして。通常、1時間の連続したフルCG制作にはかなりの時間や制作費がかかりますし、単純なループで処理したりすれば、たちまちつまらないものと思われてしまいます。その解決策として、さまざまな動きや表情の素材をつくって並べ替える方法を考案して、終盤は徐々に眠くなっていって、最後には寝落ちして終わる、というストーリーが描けるかたちにしました」と映像の構成にたどりつくまでの過程を振り返った。
青山氏
構想段階のラフ
自身も2匹の猫を飼っているという大野氏は効果音やBGM音楽などの音響制作を担当。クロス新宿ビジョンの位置から新宿東口広場に対して、どの周波数帯域の音が最も届きやすいのか、周囲のビルの位置関係がどのように音の反響に影響するのかなどを事前に何度もリサーチして制作に臨んだという。「実際に飼っていると、猫がニャーとだけ鳴くのではないことがよくわかります。猫を飼っている人以外は知らない、意外な猫の声をあえてチョイスして、リアリティを補強していたりもします。ウチの猫たちの声をサンプリングしたほか、なかには山本さんをスタジオに呼んで鳴いてもらった声を加工したものも含まれています(笑)」と鳴き声へのこだわりを伝えた。
大野氏
猫の鳴き声のサンプリングの様子
そもそも『新宿東口の猫』は、特定の広告を目的としたものではなく、クロス新宿ビジョンへの広告出稿を誘引するための呼び水、いわば広告本編ではない「幕間」映像であり、同時に錯視3D表現の機能や可能性を散りばめたカタログの役割を果たせればそれで十分なものだった。しかし、そのエンターテインメント性の高さと話題性、SNSでの伝播力から、この場所での3DCG広告がいかに効くかを十二分に証明してみせたのではないかとえぐち氏は『新宿東口の猫』を高く評価する。「広告本編ではないので掲出期限などもありません。あの猫は永遠にあそこに住んでいることになります。広告とかCGを超えて、建築の一部、ランドマークになったと言えるのかもしれません」と山本氏も満足げに話していた。
えぐち氏
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭
エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『新宿東口の猫』トークセッション
配信URL:https://j-mediaarts.jp/festival/talk-session/
登壇者:山本信一(クリエイティブディレクター/メディアアーティスト/エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『新宿東口の猫』)
青山寛和(オムニバス・ジャパンCG Supervisor/エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『新宿東口の猫』)
大野哲二(音楽家/エンターテインメント部門ソーシャル・インパクト賞『新宿東口の猫』)
えぐちりか(アートディレクター/アーティスト/エンターテインメント部門審査委員)
小西利行(POOL INC. FOUNDER/クリエイティブ・ディレクター/コピーライター/エンターテインメント部門審査委員)主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2022年12月16日にリンクを確認済み