2022年9月16日(金)から26日(月)にかけて「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」が開催され、会期中にはワークショップ、トークセッションなどの関連イベントが行われた。9月19日(月・祝)には、日本科学未来館 7階 コンファレンスルーム天王星にて、『20歳の花』でエンターテインメント部門新人賞を受賞した根本宗子氏(劇作家・演出家)を講師に迎え、エンターテインメント部門ワークショップ「演劇稽古体験ワークショップ『20歳の花』の花になろう」が開催された。本稿ではその様子をレポートする。
演出し、アドバイスする根本氏と、真剣に聞き入る参加者たち
最近起きた「悲しかったこと」を掘り下げる
縦型映像作品『20歳の花』は、演劇をフィールドに活動する根本宗子氏によるコロナ禍における演劇配信の新たな試みであり、スマートフォンなど、手元のデバイスでの視聴することを前提としたミュージカル作品だ。初めて体験する出来事に感情を揺さぶられ、時に歓喜し、時に悲しみにくれる主人公、花を描いた物語。花の真剣さや盲目さが、かえって滑稽に映り、思わず笑ってしまう場面もある。作品をつくるうえで、アンハッピーな出来事をポップに描くことによって生まれるおかしみを大事にしているという根本氏。今回のワークショップも、まず「最近起きた、イヤだったことや悲しかったこと」を参加者に尋ねるところから始まった。
参加者が挙げたのは、「出演する舞台が映像作品に切り替わって見せ場が減った」「3日前に彼氏にフラれた」「ここに来る途中で大雨に見舞われた」「好きな先生がほかの生徒と仲良くしている」と、実にさまざま。「同じ出来事でも、切り取り方でおかしくも悲しくもなる」という根本氏。さらに「その出来事のなかでも、一番自分にとってショックでドラマチックだった場面は?」と質問を重ねると、それぞれの出来事がグッと具体性を帯びて、情景が浮かんだ。
講師の根本氏。今回は中高校生を対象にしていたこともあり、まず自分が演劇分野でどのように活動してきたか、経緯をわかりやすく語り、ワークショップがスタートした
参加者の悲しかった出来事を具体的に聞き取り、板書する
自分を主人公に、短いエチュードをつくる
それぞれの出来事をもとに、2グループに分かれて1エピソード5分程度のエチュード(場面設定のみを共有し、セリフや動作はその場で役者が考えながら行う即興劇)を考案する。自分を主人公(註)に、ほかの参加者は登場人物の一人として、場面を想定してみる。実際の出来事を大切にしながら、切り取り方の選択肢を具体的に提示していく根本氏。選択の観点はさまざまだ。主人公がよりかわいそうに見えるのは? よりおもしろくなるのは? 演劇作品として意識するべきポイントなども交えながら、根本氏からは的確なアドバイスが次々に繰り出された。
グループワークに入り、アドバイスする根本氏。場面の切り取り方や登場人物の役どころなどの選択肢をさまざまに提案する
10分程度のグループワークを経て、早速実演。まずは「出演する舞台が映像作品に切り替わって見せ場が減って悲しい」エチュードにグループの3人がトライする。撮影終了後の控え室で他の出演者とやりとりをするという場面設定で、トライの初回にはストーリー展開はまだ見えなかったものの、根本氏は「差し入れをシェアしたり一緒に自撮りしたり、その繰り返しになってしまっていた場面が、かえっておもしろかった」とコメントし、さらに出演者を増やしてトライ。控え室に一人ぽつんと座る主役の元に、満足げなほかの出演者たちが次々に声をかけ、「記念の自撮り」と「差し入れ自慢マウント」が繰り返された。最後にまた一人残った主役に、その場で根本氏が「誰かに電話をかけてみたら?」と小声でアドバイス。静かになった控え室で母親に電話をかけ短く会話をして終わるという印象的な締めも加わり、たったの数回で、見どころが伝わる魅力的なエチュードにブラッシュアップされた。初回のトライではまだぼんやりとしていた各要素に、性格や役割を設定することで輪郭がはっきりし、さらに出演者がそれを共有することによって、エチュードの方向性も定まり、伝わりやすくなったということなのだろう。
初回のトライ。主役含め3人が自撮りしたり、差し入れをシェアしたり。それがおもしろいから、もっと突き詰めようと根本氏
次のトライ。主役は椅子に座ることに。人を増やし、主役のもとへ次々に人がやってくる。パターンができて、わかりやすくなった
自分の悲しみを膨らませ続け、最後に人と交換してみる
以後、各参加者を主人公にした悲しみのエチュードが次々と生み出される。初回のトライから伸ばすべきポイントをつぶさにすくい取る根本氏と、根本氏のアドバイスを即座に吸収し次のエチュードでかたちにする参加者たち。2時間半という短時間のワークショップながら、そのインプットとアウトプットの往来はとても濃密で圧倒された。
彼氏にフラれた悲しみのエチュード。最初は主役を中央にして、周りで友人が慰めるかたちだった
根本氏のアドバイスを経て、フラれて戻ってくる主役を待つ、友人たちを切り取ることに。友人たちを舞台中央に置き、主役は舞台袖からスタート
参加者全員の出来事が一通りエチュード化され、最後の「好きな先生が他の生徒と仲良くしている」エチュードが煮詰まり、自分が世界で一番かわいそうな主人公であるかのように主役が振る舞い始めた頃、根本氏から新たな提案がなされる。それは、今演じているエチュードのなかで、各々がこれまで演じた「悲しみの主人公」を思い出し、自分の悲しみを訴えてみよう、というもの。他者の物語に、各々が主役のまま乗り込んで撹乱する、そんな提案だ。一人だと思っていた花が、実はたくさんいた。作品『20歳の花』を見る目も変わりそうな、プチどんでん返しである。エチュードはヒートアップし、「自分の方がもっとかわいそう」と、「かわいそうマウント合戦」となる。
さらに、ここで役を交換してみましょう、と根本氏。「実はこれが、今日一番やりたかったこと」だという。今日のワークショップを通して、互いの悲しみを具体的なエピソードや感情で共有してきた参加者たち。実際に演じてみると、先のエチュードに出てきた細かな設定をうまく取り込んでセリフを回す参加者もいたりと、他者を演じることで、自分自身を演じるよりも客観的に、役を演出できることがわかる。
自分自身を演じることから始まり、他者に着地する。その過程で、「演技」のなかにある、「演出」「観察」といったさまざまな術を体験する、巧みな演劇稽古体験ワークショップであった。
ワークショップを一緒に盛り上げたスタッフとともに。左から、アシスタントの果音氏、杏優氏、講師の根本氏、アシスタントの椙山さと美氏
(脚注)
本文中では、「主人公」を「物語上の中心人物」、「主役」を「現実空間で物語上の中心人物を演じる人物」と使い分けている。
(information)
第25回文化庁メディア芸術祭 エンターテインメント部門 ワークショップ
演劇稽古体験ワークショップ『20歳の花』の花になろう
日時:2022年9月19日(月) 13:00〜15:30
会場:日本科学未来館 7階 コンファレンスルーム天王星
講師:根本宗子(劇作家・演出家/エンターテインメント部門新人賞『20歳の花』)
定員:10名
対象:中学生・高校生
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/
※URLは2023年1月6日にリンクを確認済み