2022年9月16日(金)から9月26日(月)にかけて開催された「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」。会期中にはトークセッションなどの関連イベントが行われた。9月18日(日)には、アニメ・特撮研究家の氷川竜介氏(明治大学大学院特任教授)とアニメ評論家の藤津亮太氏(アニメーション部門審査委員)によるワークショップが昨年に引き続き開催。前半は受賞作品展に展示されたアニメーション作品の中間制作物を現地で見ながらその特徴を解説、後半は2人の対談形式で、アニメーションの中間制作物の取り扱われ方についてのカンファレンスが実施された。本稿ではこのワークショップの様子をレポートする。

受賞作品展会場、『漁港の肉子ちゃん』展示前で解説する氷川氏(左)と藤津氏(右)
以下、撮影:中川周

アニメ文筆家2人による解説

「第25回文化庁メディア芸術祭受賞作品展」の会場においては、毎年の例に倣い、アニメーション作品の原画や設定資料をはじめとする資料展示が行われた。こうした中間制作物は制作者たちの演出意図や筆跡などを知ることができるいっぽうで、より深い理解のためには専門知識を持つ解説が求められる。

本ワークショップは昨年に引き続き、アニメ・特撮研究家の氷川竜介氏と、アニメ評論家で第25回文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の審査委員も担当した藤津亮太氏の2人の解説により、受賞作品展で展示されている中間制作物の見方を学ぶものとなった。ワークショップはまずこの2人とともに、展示空間をまわりながら中間制作物を確認することから始まった。

左から、氷川氏、藤津氏

中間制作物の展示物から

2人はアニメーション部門の展示空間に行く前にエンターテインメント部門の展示を訪れた。同部門の大賞を受賞したテレビ番組『浦沢直樹の漫勉neo 〜安彦良和〜』は、マンガ家の仕事場にカメラが入り、その手元に密着することでマンガの技術を伝えるドキュメンタリー番組だ。今回はマンガ家/アニメーターの安彦良和を取り上げた回が受賞した。氷川、藤津両氏は、鉛筆に近い柔らかい書き味の削用筆によって人物を描いていく安彦の独特の技法に触れながら、安彦の作画における空間づくりについて言及した。人物を描く際もあたりをとらず、眉から描き始めるという安彦。ネームを描かず俯瞰の構図も顔から描き始めるなど、その驚異的な空間把握能力について氷川、藤津両氏は本ドキュメンタリーを通して感じてほしいと語った。

『浦沢直樹の漫勉neo 〜安彦良和〜』展示より

アニメーション部門の大賞を受賞したイランのMahboobeh KALAEEによる『The Fourth Wall』は、「台所」を舞台とした実験的な短編アニメーションだ。平面素材と立体素材を併存させ、手持ちのカメラを動かしながら臨場感あふれる撮影によってアニメーションをつくるその独特の技法が高い評価を得た。藤津氏は、本作の最大の特徴は実物大スケールのセットとミニチュアのセットの双方を使って制作された点だと語った。終盤、台所のミニチュアが壊れると本物の台所が現れ、家族が集う生活の場としてのリアリティが印象づけられるなど、作品の表現と技法が極めて高いレベルで結びついているという。会場では重層的な映像をつくるために使われた素材が展示されており、映像とともにその類まれな技法を知る体感することができた。

『The Fourth Wall』の展示より。撮影用の模型。スケール違いのバリエーションがつくられている

優秀賞を受賞した『漁港の肉子ちゃん』は、第23回メディア芸術祭で大賞を受賞した『海獣の子供』の渡辺歩が監督として手掛けた劇場アニメーション作品だ。氷川氏は、本作の特徴を、主人公の「肉子ちゃん」がデフォルメされたキャラクターデザインであるのに対し、ほかのキャラクターはリアリティを感じさせるデザインとなっているギャップだと語った。母・肉子と娘・キクコの関係性を主題に置く本作だが、双方のキャラクターデザインの差がその対比に寄与していることがわかるという。中間制作物としてはキャラクターの設定ラフや絵コンテが展示されており、特に渡辺による絵コンテは、絵コンテの段階においての詳細な描き込みを発見できるものだった。また、『海獣の子供』に引き続き美術を務めた木村真二の画集も展示されていたが、こちらもリアルではあるが、ポイントで彩度の高い色を使うことで画面を地味に見せない本作の特徴を知るには良い資料だと藤津氏は語った。

『漁港の肉子ちゃん』の展示より。キャラクター設定など

優秀賞を受賞した『Sonny Boy』は夏目真悟によるテレビアニメーション作品。会場では監督を務めた夏目による修正原画やマンガ家・江口寿史によるキャラクター原案、背景美術の設定画といった中間制作物などが展示されていた。藤津氏は筆のタッチが残る、かつてのセルアニメーションのような背景美術とキャラクターとの溶け合いに特に注目したという。氷川氏も、アニメーションが絵の連続であることを感じさせることが本作の魅力であると語り、原画に書き込まれた修正指示から夏目の演出意図が汲み取れることを説明した。また、藤津氏はこうした意欲的なテレビアニメーション作品を顕彰できるのが、文化庁メディア芸術祭の魅力であるとも述べた。

『Sonny Boy』の展示より。レイアウトなど

優秀賞を受賞した山村浩二『幾多の北』について、2人は会場に展示された作品のイメージソースとなった絵に着目。これらの絵は文芸誌「文學界」の表紙として山村が毎号描き起こしていたもので、そのイメージを着想源に本作がつくられた。これらの表紙絵は、延々と水漏れをしないように袋を保守し続ける人々の姿などが描かれており、本作が東日本大震災にともなう福島第一原発事故に関するさまざまな思いが取り込まれていることも想起させるという。

『幾多の北』の展示より。「文學界」の表紙イラスト原画とスケッチを前に解説する

新人賞を受賞した矢野ほなみの『骨嚙み』は、瀬戸内地方に伝わる火葬後の骨を噛む「骨噛み」という風習を描いた作品。本作はペンによる点描を重ねることでつくられた作品で、完成までに2年半の年月をかけたという。中間制作物として実際に使われた点描による原画が展示されていたが、藤津氏は手描きアニメーションの魅力のひとつとして、こうした労苦の積み重ねがダイレクトに見る側に伝わり、感動を呼び起こす点を挙げた。

『骨嚙み』の展示より。点描による原画

3DCGの方法論と見直される手仕事の質感

一行は会場を後にしてカンファレンスルームに移動。ここでは氷川と藤津両氏のトークセッションが行われた。

藤津氏はまず、近年ストップモーション・アニメの話題作が多いことを指摘。第21回のアニメーション部門で審査委員会推薦作品に選ばれた堀貴秀の『JUNK HEAD』、第23回の同部門優秀賞を受賞した八代健志の『ごん』、そして今回アニメーション部門のソーシャル・インパクト賞を受賞した見里朝希の『PUI PUI モルカー』などがその典型例だ。

氷川氏は、近年では『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』(2016年)が話題となったアメリカのアニメーション制作会社「ライカ」を例に出した。「3DCGでキャラクターをつくったあと、それを3Dプリンターで出力し、ストップモーションの素材にする同社の手法が与えた影響は大きいのではないか」と語る。仮想空間において3DCGを動かしアニメーションを制作できるにもかかわらず、それをあえて実体にすることで、光の多重反射や質感といった予測不能な情報が画面に宿り、心理的に深く作用すると氷川氏は分析した。

カンファレンスルームでのトークセッション

こうした予測できない要素が求められる傾向は、「手描きのアニメーションでも見られる」と藤津氏は言う。アニメーションの美術がAdobe社のソフトウェアであるPhotoshopを使って制作できるようになった背景には、ブラシツールの性能向上によってより手描きに近いタッチが可能となったことが大きいそうだ。氷川氏は、「このように人間の手技には予期せぬ描線が生まれることがあり、そこに人間は何かを見出してしまうのではないか」と語った。

藤津氏は、こうした手仕事が見直される傾向について、3DCGの性質と関係していることを指摘。3DCGのアニメーションは最初にプランをいかに設計するかがポイントであり、一度設計したものを後の工程で無理やり変更するとそれは事故になってしまうという。いっぽうで、手描きアニメーションの良いところは絵に描くことで要素が成立することが多々あり、ゆえに現場の即興によって良いものが生まれることがあるそうだ。したがって、これからのアニメーションは3DCG的な設計と、手描きの即興をいかに組み合わせていくのかがポイントになるとも言えるだろう。

また、藤津氏はこうした最近のアニメーションにおける、質感を見直すというフェーズについて語った。例えば背景美術を手掛けるBambooは80年代のイラストレーションに寄せた背景を制作しており、また審査委員会推薦作品に選出された『サイダーのように言葉が湧き上がる』の監督・イシグロキョウヘイは昭和初期に隆盛した浮世絵版画を発展させた技術「新版画」からの影響を口にしているという。撮影処理による美しさとはまた異なる、手描きの質感がつくり出す美しさへの挑戦は、今後のアニメーションにおけるひとつの水準になりそうだ。

手描きの質感について、氷川氏は自身が副理事長を務めるアニメ特撮アーカイブ機構における仕事での経験を引き合いに出した。アーカイブされた古い時代のアニメのセル画に見られるブラシ効果などは、Photoshopでは再現できない表現だと感じることも多いという。こうした、実在のマテリアルと対面することで初めてわかる、言語化しづらい表現にも注目していきたいと語った。

アニメーションの中間制作物からは、完成した作品を下支えしている指示や、手作業だからこそ生み出せる質感がより伝わってくるものが多い。それらがいかに作品の表現に寄与しているのか、改めて確かめられたワークショップだった。


(information)
第25回文化庁メディア芸術祭 アニメーション部門 ワークショップ
アニメーションのできるまで〜受賞作の中間制作物を通じて〜
日時:2022年9月18日(日) 15:00~16:30
会場:日本科学未来館 1階 企画展示ゾーン、7階 コンファレンスルーム天王星
   (集合場所:1階受賞作品展入口受付)
講師:氷川竜介(アニメ・特撮研究家/明治大学大学院特任教授)
   藤津亮太(アニメ評論家/アニメーション部門審査委員)
定員:10名
対象:アニメーションの制作プロセスに興味がある方
主催:第25回文化庁メディア芸術祭実行委員会
https://j-mediaarts.jp/

※URLは2023年1月11日にリンクを確認済み