「メディア芸術連携促進事業 連携共同事業」とは
マンガ、アニメーション、ゲームおよびメディアアートに渡るメディア芸術分野において必要とされる連携共同事業等(新領域創出、調査研究等)について、分野・領域を横断した産・学・館(官)の連携・協力により実施することで、恒常的にメディア芸術分野の文化資源の運用・展開を図ることを目的として、平成27年度から開始された事業です。
*平成28年11月8日、中間報告会が国立新美術館にて行われました。
*平成29年2月26日、最終報告会が京都国際マンガミュージアムにて行われました。
*平成28年度の実施報告書はページ末のリンクよりご覧いただけます。
本事業では平成27年度連携共同事業「タイムべースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存に関するモデル事業」の成果を踏まえ、映像やソフトウェアのような"時間"を構成要素としたテクノロジーを活用する美術作品の修復・保存の指針となるガイドを作成します。学芸員、研究者、アーティストの連携体制を通して、より多くの作品に適応できるガイドの作成と公開を行い、将来的な作品の修復・保存・記録につなげていきます。
●中間報告会レポート
報告者 京都市立芸術大学 石谷治寛
本事業は、昨年度(平成27年度)のメディア芸術連携促進事業「タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復/保存に関するモデル事業」を引き継ぐものである。昨年度は、「タイムベースト・メディアを用いた美術作品(時間の要素を伴い、映像、ソフトウェア、その他のテクノロジーを活用した美術作品)」の代表作である古橋悌二《LOVERS―永遠の恋人たち》(1994年)を修復・保存した。本年度(平成28年度)の目標は、このモデル作品の修復・保存の成果を踏まえて、他作品にも応用可能なガイドを作成することである。それによって、「産・館(官)・学の連携体制を構築し、メディアアートの制作面・研究面での発展を促進すること」が目指されている。
本事業の背景には、「20世紀にメディアアートが誕生して以来かなり時間が経過しているため、保存と修復の課題を整理して考え方を共有することが必要である」という認識がある。ただし、タイムベースト・メディアの技法や仕組は多様であり、これは一つの方法や技術だけで修復できるものではない。したがって、「網羅的なガイドを短期的に作成することは困難である」との判断のもと、本事業は、「継続的な予算確保と人材育成や美術館どうしのネットワーク構築といった長期的な計画」に資する、基礎的事業となることを目指している。特に、「より多くの関係者と基本的状況を共有するために、問題提起と整理、共有、リテラシーの向上といった、関係者の足並みを揃えていくための一つのツールになること」を目的としている。ターゲットとしては、「タイムベースト・メディア作品を収蔵している、ないし収蔵予定の美術館の学芸員、あるいはアーティスト」が想定されている。制作されるガイドは、高度に専門的にならずに「読みやすく、課題整理に務める」ことと、「簡便で緊急性の高いものの修復・保存を推進できるようにする」ことに重点が置かれている。
昨年度の事業との橋渡しとして、平成28年7月に京都芸術センターで《LOVERS―永遠の恋人たち》を展示した際の記録を素材にして、タイムベースト・メディア作品全般に応用可能なガイドが作成中である。このモデル作品は、「空間的なインスタレーション、プロジェクターのモーター制御による可動性、センサーによる観客とのインタラクション」といった複合的なメディアアートの要素が用いられており、これらの要素をもとにして他作品への一般的応用が可能なガイド作成が目指されている。京都芸術センターでのモデル作品の展示は、制作当初のオリジナル・プランで実際に再展示するにあたって必要な技術的な諸調整や、制作当時の設計図やマニュアル等の諸資料の展示、修復・保存に関するシンポジウムの開催を通じて、ガイド作成のための素材を得る恰好の機会となった。この成果は、修復・保存プロセスの図解や、注意点のチェック項目一覧として、作成中のガイドに結実している。また、モデル作品には、本事業で修復した再制作版と、MoMAに収蔵されているオリジナル版の、2バージョンがあり、両者の比較も検討されている。
実施体制としては、研究者(加持谷健司[表象文化論、東京大学]、石谷治寛[芸術学、京都市立芸術大学芸術資源研究センター])、メディアアーティスト(砂山太一[京都市立芸術大学特任講師])、美術館関係者(植松由佳[学芸員、国立国際美術館]、小川絢子[レジストラー、国立国際美術館]、山峰潤也[学芸員、水戸芸術館])を中心に研究体制が築かれ、デジタル複製等の権利や法律面に関しては水野拓也[弁護士]が担当している。また、ガイドの内容について、山口情報芸術センター(YCAM)での聴取と調査が予定されている。作成されたガイドは、京都市立芸術大学芸術資源研究センターのウェブサイトで一般公開される予定となっている。
事業の経過と今後の予定としては、すでに8月・9月・10月に実施された会合にて、ガイドの目次が作成され、執筆担当者が決定している。12月10日を初稿締切として、現在各自執筆中である。12月下旬に草稿が確認され、1月下旬に編集・校正およびガイドの最終確認と公開が予定されている。
ガイドの構成は、前半が「タイムベースト・メディアの定義や素材、課題についてなど、基礎的な情報の整理」、後半は「大まかな実践的な流れについての説明」となっており、100頁程度と予定されている。
報告後の質疑応答では、ガイドの目次には多様に細分化された項目が並んでいるが、汎用性・一般性があるものを目指しているのかどうかについて、企画委員より質問があった。石谷氏からは、「ガイドは汎用性・一般性を目指しており、各章にそれぞれ細分化された小項目が含まれてはいるが、まず各章冒頭の解説で全体像を把握してから細目に入る構成にしている。まだ試作段階のため、今後文字数が増える可能性もある」との回答があった。
●最終報告会レポート
報告者 京都市立芸術大学 石谷治寛
本事業の目的と趣旨は、タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復・保存について美術家・研究者・学芸員の協働作業を促進するとともに、修復・保存・記録のためのガイドを作成してウェブサイト上で一般公開し、今後の修復・保存や作品資料のアーカイブ化に必要な連携体制の将来像を提示することである。
本事業は、タイムベースト・メディアの多様な要素が組み合わされた作品である古橋悌二《LOVERS》(1994年)を修復・保存のモデル作品とし、次の3段階で進行された。すなわち、1)昨年度(平成27年度)中に修復されたモデル作品の京都芸術センターでの展示における最終調整の記録、2)ニューヨーク近代美術館MoMAにおけるオリジナル版の修復状況の調査および京都版との比較検討、3)上記の成果を踏まえたアーティスト・研究者・美術館学芸員の協働体制の構築と修復・保存・記録のガイド作成である。
実施体制は、京都市立芸術大学を中心に、諸連携機関・団体と協働してきた。展示に関しては、京都芸術センターとダムタイプオフィスが情報を提供した。ガイド作成に関しては、国立国際美術館のレジストラー、東京大学の研究者、水戸芸術館の学芸員、京都市立芸術大学のアーティストや研究者が協働した。
実施スケジュールは次の通りである。モデル作品の京都での展示における最終調整の記録については、平成28年7月に実施された展示の作業記録が、8月に整理された。MoMAでのオリジナル版の修復状況の調査は、平成28年9月・10月に実施された。ガイド作成は、平成28年8月中からミーティングを繰り返し、12月に初稿締切で進行し、平成29年1月には内容が最終調整された。ガイドは、平成29年1月・2月にウェブで公開された。
実施内容の詳細は、次の通りである。まず、京都芸術センターでのモデル作品の展示における最終調整の記録については、搬入から最終調整までの6日間の作業と、約2週間の展示中の調整作業が記録され、作業日誌を整理して視覚化したものがガイドに掲載された。
モデル作品の修復方法の比較では、本年度(平成28年度)に行われたMoMAでの修復に立ち会った高谷史郎氏にインタビューを実施し、京都とMoMAの2つのバージョンを比較した。両者の大きな違いは、京都では作品を制作/再制作したスタッフが中心となって修復され、MoMAではコンサバターが中心となって修復されたことにある。それにしたがって、京都ではデータの精査とシミュレーターの作成によって実際の動作を確認したのに対し、MoMAではリバースエンジニアリングの手法でアプローチしたため解析作業に不完全な部分も残り、最終的には制作者である高谷史郎氏が調整することで修復・保存が完了した。
修復・保存・記録のガイド作成の背景には、タイムベースト・メディア作品が多種多様な仕組みや技法で構成されているために、修復・保存・記録についての共通の語彙が未だに無いという状況がある。それゆえ、ガイドは、こうした状況の改善に向けて関係者の足並みを揃えるためのツールになることを目的として作成された。ガイドの対象者としては、タイムベースト・メディア作品を収蔵中ないし収集予定の美術館の学芸員や収集・購入・保存の関係者が想定されている。ガイドの分量は、原稿用紙(400字)230枚程度で、その内容は大きく前半と後半に分けられる。前半は、タイムベースト・メディアを用いた美術作品の定義、修復・保存の歴史、機材、課題についてなど、基礎的な情報が整理されている。後半は、実践的な作業の流れについての説明で、国立国際美術館の収蔵作品の展示例や、モデル作品の修復・保存のプロセスが提示されている。ガイドはウェブに公開されており、また、今後も拡張できるようになっている(http://www.kcua.ac.jp/arc/time-based-media/)。
本事業の成果は、次の3点である。すなわち、1)修復したモデル作品の国立国際美術館への収蔵が正式に決定したこと、2)修復に使用したシミュレーターを公開したこと、3)タイムベースト・メディアを用いた美術作品の修復・保存ガイドを公開したことである。
今後の課題は、次の5点である。すなわち、1)より多くの実例を反映させてガイドを改訂すること、2)1970年代のヴィデオ・アートや1980年代のコンピューターを用いたアートのような緊急度の高い作品を修復・保存すること、3)修復が必要なタイムベースト・メディア作品のデータベースを作成すること、4)これから制作される作品について将来の修復・保存を視野に入れた支援体制を整備すること、5)ワークショップやシンポジウムの定期的な開催によって情報を集約して実践を継続することである。
質疑応答では、久保田晃弘企画委員から、モデル作品の国立国際美術館への収蔵や修復の実現、手法確立が評価された。ただし、ガイドの焦点がメディアアート固有の問題であるのか現代美術の問題であるのかに曖昧さがあり、この点も視野に入れたテーマ設定の議論の必要性の指摘や、他作品との比較も踏まえたさらなる作り込みによって、修復・保存・記録の手法をモデル化し、ガイドの完成度をより高める余地があることも指摘された。
また、ゲーム領域でも同様に技術が失われている事情が挙げられ、それらの保存・修復・記録にも応用可能な、より一般化されたガイドの可能性が示唆された。
石谷氏からは次のように応答があった。まず、ガイドに関する諸問題については、諸機関で連携して具体例を積み重ねていくことが重要であり、それによってガイドをより一般化していく改訂作業が今後の課題である。また、メディアアートとゲームに共通の方法を応用する可能性については、ソフトウェア保存の体勢を整備しているMoMAがゲームを保存できるようになってきたことを例に、美術の視点からゲームが捉えられはじめている中で両者の共通する部分と異なる部分を見極めることの重要性が確認された。