アメリカUCLA大学の教授(メディア史・メディア論)、エルキ・フータモ氏(Erkki Huhtamo)の著作 Illusions in Motion: Media Archaeology of the Moving Panorama and Related Spectacles(The MIT Press, 2013)が刊行された。2年前の Media Archaeology: Approaches, Applications and Implications(University of California Press, 2011)が共同編著者のユッシ・パリッカ氏(Jussi Parikka)をはじめ、10余人の著者によるエッセイ集だったのに対して、本書はフータモ氏が2000年頃から本格的に取り組んできた個人研究の膨大な成果である。

中心的な題材である「動くパノラマ」とは、絵巻物のような形をした長い絵を「ウィンドウ」の後ろで機械システムを使って動かし、講演、音楽、音、照明効果などと組み合わせて演出しながら見せるもの。面白いのは、内容となる絵が動くだけではなく、建築の壁面に固定された一般的なパノラマとは対照的に、このパノラマは場合によっては興行師の旅とともに「移動するメディア」でもあったという点である。著者は、全盛期だった19世紀を経て、現在はほぼ忘れられてしまった、この種のパノラマが、ジオラマ、幻灯機といった周辺の大衆メディアスペクタクルと持っていた関係性を分析する一方で、同時代の文学、ジャーナリズム、科学、哲学など文化全般に与えた影響について記述している。

先月の2013年2月、本書の出版直前に来日したフータモ氏は、第3回世界メディア芸術コンベンションにて行った講演の中で、もはや古くなり、忘られ、消えてしまったメディアを再考察することによって、今日の新しいメディアへの理解を深める試みが、技術決定主義に基づく「進歩」の歴史観を解体する「メディア考古学」であると述べた。この方法論によって書かれた Illusions in Motion: Media Archaeology of the Moving Panorama and Related Spectacles は、どのような結論にたどり着くのかという点に集中するより、その過程で行われる議論の豊かさを楽しみながら読むことを勧めたい。ほとんどが「著者蔵(author’s collection)」である百数十枚の図版から窺われるのが、学者の必須徳目である博識さだけでなく、研究に対する著者の愛情であるからだ。

Illusions in Motion

著者:Erkki Huhtamo 出版社:The MIT Press

出版社サイト

http://mitpress.mit.edu/books/illusions-motion