「INFERMENTAL」とは、1982年から1991年にかけて全10エディション(他、特別エディション1回)発表された「世界初の国際ビデオカセット・マガジン」で、創刊者はハンガリーの映画/ビデオ作家ガボール・ボディ(Gábor Bódy、1946−1985年)。「INFERMENTAL」(以下、IF)は、「infer(意味・暗示する)」と「ferment(発酵する)」「mental(精神の)」からなる造語で、「インフェルメンタル」と読む。1982年にベルリンで創刊されて以降、年に1、2回、編集者と発行地を変えて国際的に展開された。
IFは、毎回異なる編集者がテーマや編集方針を決定し、国際公募で集まった作品からセレクトしてU-maticテープ数本(各40~100作品/4~7時間)にパッケージ化し、ブックレットと共に配布された。1984年にベルリンで開催された公開討論会でボディ氏が「ビデオは本の市場で取引されるべきだ」と言及したように、「マガジン(雑誌)」という形態を借りて、単なるコンピレーションやコンテストとは異なる目的でコンテンツを集めた。そして、フェスティバルや映画館など既存の上映システムに留まらない、ビデオテープの特性を生かした作品発表の場を拡張させることが企てられた。しかし、結果的には広く流通することはなく、フェスティバルや上映会での発表が大半を占めたようだ。日本人作家では、山本圭吾氏の作品がいち早くIF2(1982/83年、ハンブルク)およびIF3(1983/84年、ブダペスト)に選ばれている。また、1982年に大阪のゲーテ・インスティトゥートでIF1の上映会が行われた。
IFの多くはヨーロッパで発行されたが、IF8(1988年)は東京エディションである。清恵子氏とマイク・ヘンツ氏(Mike Hentz)が編集者をつとめ、「IF8: In the Afterglow of TV-Land(邦題:テレビ王国の憂愁)」と題し、1989年にMEDIX MIX & SYSTEMS inc.(東京)から発行された。本エディションでは「テレビを記述すること」をテーマに下記の通り5つのサブテーマを設定し、15カ国73作品(計5時間)を収録した。
1.Twilight of the Godz(黄昏のゴジラに捧ぐ)/2.The Five Warning Signs of Infomania(インフォマニア:情報中毒の自己診断)/3.The Limbo Hour(ザ・リンボー・アワー:地獄の辺土からの中継)/4.Canned Laughter(笑いは録音モノに限る)/5.Broadcast Shadows(電波植民地考)
IF8は、チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年)の直後の作品や、ベルリンの壁崩壊(1989年)を発端にする東欧革命前夜に制作された作品が中心であり、バブル景気真っ只中の華やかさの隙間に、鋭い視点を投げかけている。たとえば、オルタナティブな情報媒体を目指し、通常のテレビでは放送されないような社会問題やエネルギー問題を扱った作品などが見られる。また、雑誌形態を意識した作品へのコメント挿入や極端な作品抜粋を試みる他、入江経一氏や大竹伸朗氏らによって制作されたジングル挿入、和太鼓奏者や自称超能力者といった人々とのコラボレーションが本エディションを彩る。このIF8は「イメージフォーラム・フェスティバル1988」ほか、オーストリア、ドイツ、カナダ、米国などで上映された。ちなみに、VHS/Betaテープによる普及版をリリースする予定だったようだが、筆者は確認できておらず実際に「出版」されたかは不明である。
IFはビデオ・アートが成熟した時期に、「出版」を通して「ビデオ・アート」という表現形式と鑑賞形式の再考を実践した。有名/無名、ベテラン/若手を問わず短編(あるいは長編やインスタレーション用映像からの抜粋)が多数収録されているので、1980年代のまとまったビデオ作品集であると同時にビジュアル言語で切り取った映像資料とも位置づけられる。とりわけ福島原発事故を経験した我々にとって、IF8は改めて鑑賞したいエディションだ。現在であればオンラインで再発表あるいは「出版」することもあり得るのではないかと思案する。
IFの全エディション(36カ国、約1500作品)およびアーカイブ資料はZKM(ドイツ)にコレクションされており、事前に予約すれば閲覧することができる。
INFERMENTAL8 ポストカード、105mm×147mm、Collection ZKM|Media Lirary
参考文献
Infermental 1980–1986; the first international magazine on videocassettes(Cologne, 1986)
ZKM Exhibition, Infermental Video vocabulary of the 1980's
INFERMENTAL(*ZKMが運営)